京都の疑似空間から帰還した一誠達は孫悟空達に連れられて、ホテルの屋上へと連れられた。救護班が駆け回り、戦闘で負傷した仲間達が手当てを受ける。特に匙は今回暴走した八坂を相手に一歩も退かなかったため、かなり消耗しており、担架で運ばれていった。大一も回復は受けたものの、英雄は4人相手に持ちこたえたことで、相当体を酷使していた。救護班のスタッフに連れられようとするが、そこに零が待ったをかける。
「待て。その男を少し貸してもらおう。話があるのでな」
「しかしこれほど消耗が激しいのは───」
「ウチの者が回復したからまだ大丈夫だろう。私の方も重要なのだ」
「…俺は構いませんよ」
大一は零の言葉に応じる。彼女は屋上の隅に彼を連れて行くと、鋭い眼光で周囲を見渡す。誰にも聞かれたくないような内容なのだろうか。
零は大一へと向き直ると、落ち着き払った…それでいて警戒を促すような強い声で話し始める。
「まず、勘違いしないでも貰いたいが、私が今回援軍に来たのはかつての借りを返すためだ。それ以外の何物でもない」
「わかっています」
「…つまりだ、協力関係は結果的なものでしかなく、私…いや我々が今後も貴様らに力を貸すと思わないことだ」
「心得ています。炎駒様にもそのように報告するつもりです」
大一の淡々とした反応に、零はわずかに眉根を寄せる。いくつかの反論や、表面上の理解を予想していた彼女からすれば、落ちつきながらも素直に言うことを聞いた大一の反応はいささか面を食らった。
「ずいぶん物分かりがいいな。この前は不信感が漏れていたぞ」
「も、申し訳ありませんでした。あの時は自分が勝手に振舞ってしまい…」
「…まあ、なにがあったかを聞くつもりは無いが。いや私のことはどうでもいいのだ。釘を刺したいのは紅葉の方だ」
大一と零はちらりと紅葉へと視線を向ける。アザゼルとなにかを話していた様子だが、彼の表情から感情を読み取ることはできなかった。
「奴が来たのもお前を助けたいと言ったからだ。そして私はそれを納得はしていない」
「戦いに巻き込んで申し訳ありません」
「まっことその通りだ。奴がようやく手に入れた平穏を自ら捨て去るとは…よほどお前の戦いに心を動かされたのだと思う。おっと、『自分は何もしていない』のようなつまらない言葉を出すなよ。お前がどう思うかは勝手だが、紅葉は心を動かされたのだ」
大一が開きかけた口を見て、零はすぐに彼の言葉を押しとどめる。彼女の青く深さを感じる瞳は、大一の不安を完全に見透かしているように見えた。
「お前ら、3大勢力に協力するつもりは無い。これはさっきも言ったとおりだ。しかしな、部下の友好関係まで縛る私ではない。以前、連絡用に持たせた紙があっただろう?」
「え、ええ。ホテルの部屋にあります」
「持っておけ。話し相手でも、たまの茶の相手でもいい。それが彼の儚かった生に火を灯すことになるのだから」
それだけ言って零は軽く大一の背中を叩くと、紅葉と話すアザゼルへと介入する。不遜な立ち振る舞いとは裏腹に、彼女の言動が部下を重んじていることを感じられた。大一はアザゼル相手に脅すように指を向けている零にもう一度だけ目を向けると、医療スタッフに連れられた。
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帰ってきた一誠達は家の一室でリアスを筆頭に怒られていた。2年生組は全員が正座しており、反省の色を見せている。魔法陣で一足早く帰ってきていた大一はすでにいくらか小言を受けておりげっそりとした様子であったが、帰って早々疲れと酔いで寝込んでいるロスヴァイセと比べればマシだろう。
「なんで知らせてくれなかったの?───と言いたいところだけど、こちらもグレモリー領で事件が起こっていたものね。でも、ソーナは知っていたのよ?」
「こちらから電話したときに、少しでも相談が欲しかったですわ…」
「…そうです。水くさいです」
大一としては、リアスの言葉が特に耳に痛い想いであった。今回の一件の報告をすっかり忘れたのは大きなミスであった。自覚しているゆえに、彼女の言葉はバツが悪い。
「で、でも、皆さん無事で帰ってきたのですから…」
「まあ、イッセーは現地で新しい女を作ってたからな。しかも九尾の娘だ」
ギャスパーのおかげで鎮火しかけた状況に、アザゼルが巨大な爆弾を投下する。その言葉がリアスどころか、その場にいたはずのアーシア達にまでピリッと辛みの効いた空気をもたらした。
すぐに一誠はアザゼルに反論する。
「そ、そんなのじゃありませんよ!ったく、人聞きが悪いな、先生は!」
「でもよ、あの八坂を見た限りじゃ、将来相当な美人で巨乳に育ちそうだぞ?」
「…そ、そうかもしれません。けど!俺はちっこい子への趣味はありませんって!」
どことなく弁解っぽく聞こえる一誠の言い方に、彼に好意を寄せる者達は目を細めていた。
その一方で、小猫は大一に静かに問う。
「…先輩は相手が小さくても大丈夫ですものね」
「いや、なんの確認だよ。そういうのは、惚れた相手に確認しておくものだぞ。だとしても、変な質問だと思うが…」
「…もういいです」
心なしか舌打ちが聞こえたような気がしたが、特に大一は気にしなかった。小猫に対して親愛の情しか占めていない彼に、現時点で彼女の想いは届くどころかほんの1ミリでも理解しているのかは懐疑的であった。
そんな2人のやり取りには気づかず、アザゼルは一誠を諭すように話す。
「お前の力の選択はいいと思うぜ、イッセー。お前のライバル───ヴァ―リは『覇龍』の力を極めようとしていて、本当の意味で覇王の天龍になろうとしている。お前がヴァ―リと同じ道を選んでも旧魔王派襲来のときのように覇の力に飲み込まれるだけだろう。イッセー、お前は覇道ではなく、王道で行け。『王』を目指しているならちょうどいい」
一誠の新たな力の可能性は、現場にいた大一も知るところであった。「覇龍」に似ていながら、禍々しさを感じない魔力は一誠の更なる一歩であるだろう。聞けば、「おっぱいドラゴン」を妖怪界隈でも放送が決まったらしく、妙な方向で赤龍帝の名前が広がるのは間違いなかった。それを聞いた時に、大一は無意識に胸のあたりを落ち着かせるように撫でていたが。
さらにアザゼルが思い出したように話を展開させる。
「そういや、学園祭前にフェニックス家の娘が駒王学園に転校してくるようだぜ?」
レイヴェル・フェニックスの転校は、リアスやソーナ同様に日本で学びたいという理由からであった。表向きは…。
「でも、なんで急に転校してくるんでしょうね?」
真意を理解していない一誠の発言は、先ほどのアザゼル並みの爆弾となって空気を変化させる。
「ま、そういうことだろうけどな。リアスは大変なもんだ」
「…帰ってきても安心できないんですね」
「耐えろ、アーシア。こいつに付き合うということは耐えることでもある。最近、私も覚えてきたぞ」
「そうね。…私も耐えなきゃダメなのかしら…?」
後輩たちの反応に大一は気の毒に思えてしまった。一誠が気づいていないとはいえ、彼女らに無意識に我慢を強いているのは兄という立場からすれば反応に困るものがあった。
そんな中で、リアスは嘆息すると仲間達に呼びかける。
「まあ、いいわ。皆、無事に帰ってきたという事でここまでにしておきましょう。詳しくは後でグレイフィアを通じてお兄さまに訊いてみるわ。
さて、もうすぐ学園祭よ。あなた達がいない間、準備も進めてきたけれど、ここからが本番よ。それにサイラオーグ戦もあるわ。レーティングゲーム、若手交流戦では最後の戦いと噂されているけれど、絶対に気は抜けないわ。改めてそちらの準備に取りかかりましょう」
『はいッ!』
身を引き締める思いで全員が返事をする。サイラオーグに勝つ…まずは目の前のことに集中するべきであった。そう言い聞かせないと、また余計なことを考えるのだから。
だが大一が表面的に不安を見せないように表情を取り繕ったのを、朱乃は見逃さなかった。
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お説教と決意の話し合いが終わると、お土産を渡したりと、修学旅行が終わった後の余韻を皆と共有していた。
大一は土産に買った饅頭だけおいて、そこには顔を出さずに自室の椅子に座り込んでいた。くたびれたジャージ姿であったが、彼の心身の疲れが服装にも表れているように見えた。
そんな彼は珍しく自分からディオーグに話しかける。
(なにか気になることでもあったか?)
(あん?なんだ急に?)
(いや、俺がウダウダ悩んでいた時さ、珍しく何も言わなかったじゃないか。お前はお前で別に気になることがあったのかと思ってさ)
(…お前が考えるのなんて今に始まったことじゃねえだろ。いちいち指摘するのも面倒なだけだ)
嘘だ、大一はそう思った。彼の傍若無人名性格からして、今さら宿主である大一の感情を尊重するとは思えない。また直前まで戦闘で昂っていたであろうことを考えると、より彼の気づかいができるとは思えなかった。
とはいえ、大一もそれを追求しようと思わなかった。訊いたところで絶対に口を割らないという確信もあったし、この様子なら少なくとも今の自分には余計な口出しをしないと思ったからだ。
大一は疲れを拭うように顔を撫でつける。無意味な動作だとわかっていても、そんなやり方でしか心を穏やかにできないのだ。
今回の京都への派遣は、結果的にはグレモリー眷属として禍の団との戦いに参加したが、考えることが多い一件であった。自分の実力や仲間のことだけでいっぱいいっぱいであった時とは違う。悪魔側の使者として動き、別勢力への実状に目を向ける。さらに無関係な戦いに巻き込んでしまったことへの自責感も付け加えられる。紅葉が神器のことで苦労したことを思い返せば、敵である英雄派ですら戦ったことに虚しさを感じるのであった。もっともテロリストに同情の余地など無いと言い聞かせはしていたが、「よくわからないから」という言葉だけで片付けるのは、大一としては不本意であった。
ぼんやりと気怠そうに天井を見上げる大一の耳に扉をノックする音と朱乃の声が耳に入る。
「大一、入るわよ」
「どうぞ」
部屋に入ってきた朱乃は盆を持っており、その上には紅茶の入ったポットとカップが乗っていた。
「お仕事、お疲れ様。大丈夫…じゃなさそう」
「まあ、いろいろあったからね」
「あんまり無理しちゃダメよ。倒れたら元も子も無いんだから。はい、お茶を淹れてきたわ」
「ありがとう」
朱乃が手早く淹れた紅茶の入ったカップを受け取った、大一は一口すする。温かさが全身をほぐすような気分にさせてくれた。
「まったく、炎駒様もアザゼル先生も無茶苦茶だわ。あなたに頼む仕事では無いのに」
「人がいなかったから…と思うようにしたよ」
「だとしても、まだ学生の身で上級悪魔でもないのに…!」
朱乃も自分の分のお茶を淹れると、憤慨しながら愚痴を吐く。彼女からすれば、兵士でありながらその壮絶さを目の当たりにしてきた大一を知っているからこそ、今回の彼への扱いには疑問が生じた。上の相手でも自分の愛する男を追い詰めるのは、気持ちの良いものではない。
「大一も怒っていいと思うわ」
「怒るというか、別のことを考えちゃうな」
「どんなこと?」
朱乃の問いに、大一は口をつぐむ。自分が勝手にネガティブな方向に考えていることを彼女に共有するのは気が進まなかった。余計な重荷を朱乃に背負わせたくないのだ。
大一の煮え切らない態度を見て、朱乃は聞き出そうとはしなかった。彼女も相談してほしいとは思うが、彼の性格を考慮するとその悩みを聞いたところで受け止めきれる自信も無かったからだ。
そうなると自分に出来ることを考えた朱乃は自分のカップをテーブルに置くと、大一を後ろから抱きしめる。
「話したくなったらでいいから。あなたが不安になったら、私が一緒にいてあげる」
わざとらしいくらいに身体を密着させる朱乃は、我ながら自惚れに満ちているように思った。他よりも優れた容姿と、彼から愛されているという自負があるからこその行動であるのは否定できなかった。
だが彼女の目論見通り、その行動が大一の安心に一役買っていた。惚れた相手への信頼が揺るぎないからこそ、その彼女のため、同じく信頼する仲間のために今は前を向こうと思えるのだ。
「ありがとう、朱乃。一緒にいてくれるだけでも助かるよ」
「あらあら、嬉しいわ。いっぱい甘えていいのよ。それこそイッセーくんがリアスにするみたいに」
「いや、さすがにそこまでは…そこまで期待していたの?」
「私も寂しかったの。それに…その…そういうことだって考えているし…」
赤面する朱乃の顔は大一の方からは見えなかったが、彼女の言葉に勝るとも劣らない勢いで彼の顔も赤面していった。
「ま、まだ、早いんじゃないかな…?」
「だってリアスじゃないけど…うかうかしていると…」
「うかうか?」
「…なんでもないわ。ねえ、そろそろ皆のところに行かない?」
「そうだな。うん、そうしよう」
互いに身体に熱を帯びているのを感じながら、2人は部屋を出る。大一の方は朱乃の不安を察することはできなかった。
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「最初から協力など考えてなかったのだろう?」
自身の屋敷の客間で、零はキセル片手に目の前の男に問う。スーツ姿に髭をたくわえた初老の男性姿の炎駒は、零の言葉に反応を見せずにただ静かに出されたお茶をすすっていた。先日の一件から無理にでも休日を取り、彼女に会いに行ったのだ。
炎駒の静けさに、零は特に無礼も感じなかった様子で話を続ける。
「八坂の件はせいぜい貴様が上に命じられたから形だけでも…といったところだろう」
「いや軽くは思っていない。たしかに私の目的は貴殿に大一殿を会わせることではあった。だからといって、私は命令を蔑ろにしたわけでは断じて無い」
「口ならいくらでも…と言いたいところだが、お前はその辺りは嘘をつかないからな。まあ、信じてやるさ」
零は再びキセルを吸いながら、静かに炎駒の出方を待つ。鼻につくような上から目線の態度、見透かされているような不遜な目つきは相変わらずであった。彼女は初対面の相手には特にそういった態度を取ることで、彼女なりに人物鑑別をしているため咎めようとは思わなかった。それでも弟子に付き合わせてしまったことを今更ながら炎駒は後悔した。
出来ることなら彼女の思い通りの反応はしたくなかったが、このまま沈黙を続けてもらちが明かないため、炎駒は軽く嘆息した後に本題に切り込む。
「世界の裏側を見てきた貴殿だ…大一殿の中のドラゴンに思い当たる節があるではないか?」
「はっきり言わせてもらうが無いな」
炎駒の眉間に真っすぐな縦線が入る。その承服しがたい表情を見た零は肩をすくめながら、なだめるような口調で話しを続けた。
「いやお前の言い分はわかるよ。私ですらその全容を感じられなかったドラゴンだ。無名と聞いて、はいそうですかと納得はできないだろう。だがそれが現実だよ」
「貴殿なら、と期待した私が甘かったと?」
「まあ、そうだな。私とて世界の全てを見ているわけではない。日本ですらいくつか私の知識が及ばない場所はあるのだからな」
実際のところ、零がパイプを繋いでいるネットワークは日本全土には及ばない。どれだけ実力があろうとも、どれだけ人徳に溢れようとも、所詮は一妖怪。ましてや九尾の狐のように生まれながらにして特異な存在とは違い、人間の師から術を仕込まれて長年かけてこの実力を築き上げたものだ。そんな自負があるため、彼女は態度とは裏腹に慢心しておらず、己の立場を過信もしていなかった。もっとも八坂にとっては、零の実力とネットワークは京都妖怪にとって強力な手札であったため、相対的に彼女は自身を過小評価していることになっているのだが。
そして八坂以外にも零の能力を信頼している者は他にもいる。そのひとりである炎駒としても、彼女の反応には落胆を感じた。それは彼女へ向けたものでなく、弟子の力になれない自分自身へのものであった。
「…入れ込まない方がいいぞ」
「なにがだ?」
「あの小童にだよ。いかに弟子といえど、あれに肩入れしすぎない方がお前のためだということだ」
悩む炎駒に零は忠告する。声の調子が不遜なものから低く注意を促すものに変わったことがハッキリとわかる。
「あれは後に苦しむぞ」
「お得意の人相占いか?」
「だから私のは占いではないって。経験とお前らの実状から言っているのだ。弟の赤龍帝は着々と力をつけている。顔つきからわかる。あれは良くも悪くも己の道を曲げることがない。しかも3大勢力があれに期待を寄せているのは間違いないだろう。堕天使総督や猿のジジイの態度を見ればわかる。
だが兄の方は似て異なる。自分なりの信念はあるのだろうが、立場でそれを曲げられかねない。そして彼は仕方ないことだと受け入れている節がある。実に悪魔が望むような都合のいい駒だ」
回りくどい言い方だと炎駒は思った。要するに赤龍帝は今後も持ち上げられていくのに対して、大一は便利扱いされることが増えるだろうという予想だ。あながち間違っていない指摘に、炎駒の感情は静かに逆なでされる。
炎駒は感情を表にしないように落ち着き払った声で追及する。
「我が弟子への侮辱か?それとも今回の私のやり方にか?」
「侮辱ではないさ。ただ彼がこのままその現状を受け入れていると、碌なことにならないと思うのだよ。それこそ離反か、あるいは使命を全うするために己の命を軽視するか…いずれあの男を失うぞ。肩入れしすぎていると、落胆は大きいだろう?」
零の指摘に炎駒は押し黙る。炎駒としては大一を全面的に信頼していた。その不安定さを含めて、彼の強みであることも理解していたからだ。しかし第3者…それも勝手を知る相手からの指摘は、炎駒に苦い感情を抱かせた。
9巻は今回で終わりです。次回から10巻に入りたいと思います。あの10巻かあ…。