大一とクイ―シャの引き分けは、リアス達にとって完璧なものであった。これで次の試合、どんな数値が出ようが一誠とサイラオーグの勝負は決定した。
そんな状況で一誠は瞑目しながら、兄の戦いを思い出す。相性が良くない上に、「女王」という格の違いがある相手に引き分けられたことは見事なものだと思った。だがそれ以上に、互いに相手を尊重した戦いであることを目の当たりにした。大一は格上の相手を倒すための一手をしっかりと用意していた上に、クイ―シャの覚悟を信じていたからこそ雷光の使用まで見越していた。クイ―シャも大一の実力を認めているからこそ油断なく立ち回り、最後に彼への称賛も口にした。おそらく一誠が戦ったら、そういった感情を抱く前にすぐに動いて決着をつけるだろう。それ以上に仲間のやられた我慢の限界を超えて殺す気でやりかねなかった。
不思議な感情であった。仲間の仇を取るという気持ちはしっかりと根付いているし、悔しさをサイラオーグにぶつける気もある。だが先ほどの必要以上に苦しめる熱さとは違い、もっと洗練されて澄み切った熱さが一誠の胸の中にあった。先ほどの試合、大一は勝利こそできなかったものの、一誠に変わって相手を見事に打ち倒すことができた。しかもそこには暗雲立ち込めるような黒い感情はない。互いにリスペクトし、全力を出し切った試合だったのだ。
そして次の試合に移ろうとするところで、サイラオーグがひとつの提案を行う。それは次の試合を残ったメンバーで団体戦を行うというものであった。ここまで来れば、2試合以内に一誠とサイラオーグが激突するのは決まっている。観客全員が次の展開を読めてしまうこの状況よりも、互いの総力戦で一気に勝負をつけるのがゲームとしても盛り上がるという考えであった。
リアスはその提案を呑み、委員会もそれを受諾する。こうなれば話は早かった。
「───だそうだ。やりすぎてしまうかもしれん。死んでも恨むなと言わんが、死ぬ覚悟だけはしてくれ」
「───全力で行きます。そうじゃないとあなたに勝てなさそうだし、リタイヤしていった仲間に顔向けできないんで」
「たまらないな…ッ」
燃え盛る闘志を胸に秘めながら、いよいよ最後の試合が始まろうとしていた。
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負傷した男性選手の治療室で大一は目を覚ました。悪夢を見ていた時のようなハッとした目の覚まし方であり、あの時のような苦しみは無かったが、身体中に取り除かれたはずの光の感覚が残っていた。
大きな歓声が耳に入ると、彼は体を起こしてモニターでの試合に目を向けた。そこに映されていた映像では一誠とサイラオーグが全力で殴り合っていた。2人も見たこともない鎧に身を包んで戦っている。一誠はいつもの禁手とは違う赤い鎧で、サイラオーグは獅子を想起する黄金の鎧だ。
すでに目を覚まして勝負の行く末を見守っている祐斗とギャスパーに声をかける。祐斗の方はかなり手ひどくやられたようで、目は覚ましても体を起こすことができない様子であった。
「これはどういう状況だ?」
「僕も目を覚ましたのが少し前だったので全部を把握していないんですが、団体戦になったようです」
「え、えっと、サイラオーグさんの方から今後の試合展開を予想できるという理由で、残ったメンバーの団体戦を提案して部長が受け入れたんです」
「ふーん…」
ギャスパーの説明に、大一は静かな反応を見せる。相手からの豪胆な提案に少々驚きはしたが、リアスが承諾したことならばいちいち突っ込む必要もあるまい。観客の盛り上がりを目にすれば、ゲームとしては今回の提案は成功したと言えるだろう。もっとも戦略的な面から見れば、大一とクイ―シャの試合があまり意味の無いものになっている気はするが。
「それであの鎧は?どこから出てきた」
「どうやらサイラオーグさんの『兵士』が神器だったみたいなんです…」
サイラオーグの隠していた「兵士」の正体は、意志を持った神滅具「獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)」であった。所有者が殺されていたところをサイラオーグが見つけたのだが、この神器自体が意志を持っており前の所有者を返り討ちにしていた。獅子の名を持つこの神滅具に運命を感じたサイラオーグは、悪魔の駒を使って彼を眷属へと引き入れたのであった。
当然その力は絶大であったが、主と合わさることで更なる高みへと昇華される。その身ひとつで戦っていたサイラオーグであったが、この神滅具を禁手にまで至らせていたのだ。名を「獅子王の剛皮(レグルス・レイ・レザー・レックス)」、獅子を模した金色の全身鎧はたてがみをはためかせ、その強大な力を悪魔たちへと見せつけていた。
ただでさえ体ひとつで圧倒的な実力を誇るサイラオーグであったが、この鎧をまとった時の彼はそれを遥かに凌駕する力であった。トリアイナを使った一誠でさえ歯が立たず、まるで相手にならないほどであったのだ。
しかし今の一誠はそんな相手とも真正面から殴り合っている。闘志と力が正面からぶつかり合うその勢いは画面越しにも伝わる迫力があった。
(だがあれは…)
(以前、暴走していた時のものだな。似て非なるものだが)
説明を受けながら大一が頭の中で考えたことを、ディオーグが引き取るように続ける。映像越しにもかかわらず、一誠の魔力が絶大なものかつ旧魔王派と戦った時の似たような魔力の質を感じた。「覇龍」…その言葉が大一の脳に出現するのに、時間はかからなかった。
だが不思議なのは、「覇龍」の時とはまるで違う感覚であった。幼子が殴り書きしたような乱雑かつ血のように心を怯ませるような恐ろしさは全くない。ドス黒さとは対照的な明るさがあり、それを洗練した魔力として純粋な力強さを感じたのであった。まるで違うこの力をどうして関連付けることができたのか、大一にはいささか疑問であった。
子ども達の「おっぱいドラゴン」という英雄を求める歓声、神器の奥にあった白龍皇の残留思念、リアスが彼の存在を肯定し求めたこと…あらゆる要素と偶然、そして想いが重なり合った結果、一誠とブーステッド・ギアの力は覚醒に至った。
「真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)」、サイラオーグが命名したその新たな力は赤龍帝の力が解放された状態で「女王」へと昇格したものであった。その姿をもっとも印象付けるのは、リアスの真紅の髪を想起させる色合いだろう。一誠のリアスへの感情が色濃く反映されていた。もっともこれに至る経緯にリアスの胸から出てきた光が一誠に照射されたことや、観客の「おっぱいドラゴン」のコールがなされていたが、大一がこれを知ることになるのは後日なのだが。
「しかしこんな大衆の面前で告白する必要なんてあるかねぇ、まったく…」
「イッセーくんらしいとは思いますよ」
「僕はむしろ安心しました」
大一のぼやきに祐斗とギャスパーに苦笑い気味に答える。一誠が今の鎧姿になった際に、彼は主であるリアスに大声で「愛している」と告白したのだ。会場は別の意味で湧くわ、リアスは髪にも劣らぬほど赤面するわ、サイラオーグは豪快に笑い飛ばすわと多種多様な反応だったらしい。大一としてはその際に目を覚ましていなかったのはよかったと思っていた。いくら日常でやきもきさせられた関係とはいえ、弟の告白場面など好きで見たがるような性格ではない。
祐斗とギャスパーからその話を聞いた際に彼の心に芽生えたのは、一種の安心と自分自身の杞憂であった。一誠とリアスの関係性の発展に兆しが見えたこと、新たな力を得られたこと、冥界での存在が認められていること…
(なんつーか、腑に落ちねえんだよな)
大一が想いを馳せているところに、ディオーグが話しかけてくる。どっしりと構えるような低音にも隠れきれていない疑問と呆れの感情が含まれていた。
(さっきの戦い方か?)
(そうだな、あの戦い方に不満が無いと言えば嘘になる)
(あの戦い方が正しかったかはわからない。俺にとってはあれしか勝てる手段がないと思ったから、あの方法を取ったまでだ)
(まあ、所詮その程度しか出来ねえし、今さら蒸し返すつもりは無いんだよ。それ以上に腑に落ちねえのは、お前の弟に対しての感情だよ)
ディオーグの発言に、大一は眉を上げる。その反応だけで彼にとっては触れられたくないものであることが明らかであった。
(…またその話か。お前、自分が追及しても無駄だと思ったんじゃないのか?)
(俺なりに考えたら、ある一点を解決すれば納得できることが思いついてな。まずお前が弟に戦い前に説教まがいのことをしたのは、あの筋肉バカを倒すにあたって前に暴走した時のような力を使う可能性があることを、お前は見越していたんじゃねえかと思った。その際にお前は魔力と生命力のドス黒さを感じ取っている。赤龍帝の話とやらも知っている。つまり弟が暴走しないためにも釘を刺したんだろ)
(…白状するとその通りだ。サイラオーグさんを倒すために、「覇龍」を発動させるかもしれなかった。クイ―シャさんを殺しかねないあいつの感情を少しでも落ち着かせたかった)
試合前に一誠の感情を読み取れないような大一ではなかった。鬼気迫るあの表情、仲間が負けて我慢の限界であったことは理解できる。
しかしそれを肯定することを許しては、彼の直情的な性格からして「覇龍」を発動させた際に再び取り返しのつかないことが起こることを危惧した。だからこそ彼の悔しい想いを消化させるために、最後まで相手をリスペクトするような発言を仲間達に聞こえるようにしていた。もっとも相手への敬意は嘘では無いし、あの戦い方しか勝算がないのも事実であったが。
結論から言えば、その心配は杞憂であった。一誠はサイラオーグに全力で向かい、さらには多くの想いに応えることで「覇龍」とは違う方向で、彼なりの新たな進化を見つけることができたのだ。大一があのような試合を見せなくても、ひとりで乗り越えることができただろう。
(口でハッキリ言えば良いだろうによ)
(一誠がそれでわかってくれると思わない。あいつなりに、俺に対してコンプレックスを抱いている節があったみたいだからな。そんな相手から口頭で説明されたところで、意地になって聞かないだろう?)
(だからこの前の説得の際も模擬戦か…バカだな)
(我ながら不器用だと思うよ。こんな方法しかできないんだから)
(いやそれだけじゃないな。お前は弟に負い目がある)
ディオーグのきっぱりとした言い方に、自嘲気味に話していた大一は血の気が引いたような感覚を覚えた。以前の疑問を呈するような言い方では無い。身体を共有するドラゴンには確信がある、それが大一の心を不安定にさせた。
畳みかけるようにディオーグは言葉を続ける。
(最近、お前の性格を理解してきた。その上で言わせてもらうが、お前の自分本位な性格と言うのも嘘ではないだろう。だがそれは常に自分の感じている責任を回避するためのものだ。そんなお前が弟に対して世話を焼くのは、負い目や罪悪感があるからじゃねえか)
大一はすっかり押し黙ってディオーグの言葉を聞く。頭では理解していた事実だ。だが直面することが、自分の抱いていたものを露呈させて余計に重い責任感を抱くようで今まで避けていたことだ。
しかし気づけば、大一はディオーグに背負っていたものを打ち明けていた。
(…あいつが悪魔になるきっかけが堕天使に殺されかけたからなんだ)
(ああ、なんかそれっぽいこと言っていたな)
(神器があるから狙われてしまったが、それを未然に防ぐことができなかった。俺は…あいつに苦しい経験をさせてしまった)
一誠が悪魔になったきっかけは、神器を持っていたからレイナーレに狙われたことだ。堕天使が神器持ちを狙うことなどおかしくない。一誠の持つ神器が神滅具である以上、いずれどこかの勢力が狙いをつけて、結果的に彼は悪魔とは少なからず繋がりを持っただろう。
それでも弟が殺されかけるという事態を未然に防げていた可能性が僅かでもあると考えた時、その重圧は兄である大一を大きく蝕んだ。頭の中では常にどこかで感じていたことだ。それでも自身に余裕がなかったことが、その事実を背けさせていた。だが一誠が「覇龍」を発動させた時、一誠から女性に対しての恐怖を聞いた時…自分の中で彼への罪悪感が膨れ上がっていた。
サーゼクスやセラフォルーのような兄弟愛は彼には無い。子どもの頃から一誠に対して、大一が抱いていたのは兄としての責任感だけであった。それ故に一誠に過去を引きずらせる経験をさせてしまったことは、直接的な原因ではないにしろ後悔していた。
情けなく頭を抑える大一に、祐斗とギャスパーは気づいていない。彼らは一誠とサイラオーグの激闘を目に焼き付けているのだから。しかし珍しくディオーグは彼らの勝負など片手間に聞いているだけで、今の大一に苛立ったように声を荒げた。
(想像以上にくだらねえ理由だったな。お前が弟に甘い理由は)
(俺が勝手に悩んでいることだっていうのも理解している。それでも俺は…)
(そんな考えは理由つけてさっさと捨て去ることだな。じゃなければ、お前はいつまでも弟を超えることは出来ねえ。それに試合を見てみろ)
ディオーグに従って、大一は顔を上げて映像を見る。そこには両者共に鎧が砕かれており、意識を失ったサイラオーグを一誠が抱きしめていた。
『…ありがとう…、ありがとうございましたぁぁあッッ!』
『サイラオーグ・バアル選手、投了。リタイヤです。ゲーム終了です。リアス・グレモリーチームの勝利です』
一誠の涙ながらの叫び、審判の試合終了の合図、熱狂する観客、勝利を喜ぶ仲間達…気づけば大一は試合にほとんど注意が向かずにディオーグと話し込んでいた。それを差し引いても、この盛り上がりが信じられないほど大きかった。ましてやその原因が弟にあることが尚更だ。
この熱狂に相対するかのように、ディオーグは静かに話す。
(小僧、前に言っていたよな。あの弟に誰も味方がいなくても自分だけは味方でいてやるって。これを見て、あのエロガキにそんな日が来ると思うか?むしろその逆だ。あの弟にはこれからもっと名声が集まる。奴をすべて肯定するだろうよ)
(それは…)
(とにかく何かのきっかけでその責任感は捨てろ。お前の人生だからどうしようが勝手だが、このままじゃ俺はドラゴンとしての名を轟かせることができねえ)
おそらく次回あたりで10巻も終わると思います。
オリ主がまた別方向で曇ってきました…。ぶっちゃけディオーグじゃなくてもイライラすると思います。