表面上は穏やかに過ごすことは出来るのが、オリ主です。
「ったく、これは学園祭の人数じゃねえだろ」
あごを掻く大一のぼやきを人混みの中で聞こえた者はいなかっただろう。旧校舎をまるごと使ったオカルト研究部の出し物はアイドルの握手会と勘違いさせるほどの人気であった。朱乃と小猫の占い&お祓いコーナー、美女部員たちの喫茶店の人気は特に絶大で、去年から引き続きのお化け屋敷くらいが普通に入れるくらいだろう。長蛇の列は廊下どころか外にまで伸びており、その盛況さは学園の歴史上トップクラスと言えるだろう。
大一は外にまで並んでいる人々の整理にあたっていた。彼の長身は人混みでもよく目立ち、持っているプラカードと合わさればトラブルでもなければ見逃すことはないだろう。
そんな彼のもとに大沢を筆頭とした同級生がやって来た。以前のようなわかりやすい敵意のようなものはない。
「よっ!来てやったぜ!」
「お前らも来ていたのか…あれ?飯高と三谷はどうした?」
「いや、飯高の部活で出しているたこ焼きがちょっとシャレにならないレベルで人気になってな。ここほどではないが、どうも去年の評判を舐めていたようだ。あいつは未だに頑張っているよ。それで三谷も手伝うために残って、俺たちだけで先に来たんだ」
「あとで行こうと思っていたが、これは難しいかな」
大一は頭を掻きながら、その盛況っぷりに舌を巻く。去年の学園祭で感動したのはどうやら自分だけでは無かったようだ。
そんな大一に大沢は声を落として耳打ちする。
「安心しろ。特別にお前らの分の材料は確保してやっている。あとで姫島さんと一緒に行ってこい」
「おいおい、ありがたい限りだけどそんな贔屓していいのか?」
「まあ、俺らの好意と思ってもらおうか。その代わりと言ってはなんだが───」
「…言っておくが、この行列をどうにかすることは出来ないぞ。先に入れるとか難しいだろうし」
「いやいや、そういうことじゃないんだ。ちょっと先の話になるが、大学に入ったらちょっとした同好会を作りたいんだが、その際に協力して欲しい。署名とか規定人数の補充とか…」
大沢の発言に、大一は目を丸くする。エスカレーター式で大学に上がるとはいえ、彼らがすでにそこまで考えを巡らせていたことに驚きを感じた。しかし高校生としての卒業も近づいている今、決して遠くない将来への計画を思案することはおかしくないだろう。そういう意味では悪魔という人間よりもはるかに長い寿命を持つのに、状況に流されがちな自分こそ考えるべきだと大一は思った。
「それくらいなら協力するよ。よほど変なものでない限りは」
「失礼な奴だな。俺らは真面目だぞ」
「信じているよ。しかし列が動かないな…」
「ちょっと大一ちゃん!ここにいたのね!」
突然の声に、大一は飛び上がるように肩を反応させると後ろを振り返る。見慣れた生島の顔が視界に入った。学園外の人も大勢来るのだからおかしいことでは無いのだが、いきなり野太い声をかけられるのはいつもよりも驚いてしまう。
「生島さん、驚かさないでくださいよ…あと列には並んでいただかないと」
「やーね、私は大一ちゃんを見かけたから声をかけただけよ。やっぱり大きいと目立つわね」
「だ、大一…この人はいったい…?」
大沢達は目を見開いて、大一に問う。長袖のシャツでは隠しきれない生島のがっしりとした体格に、大一にも劣らない高身長、これほど男性らしい体つきと顔をしているのに、口紅をつけているなど、同級生たちが怯む理由がいくらでも挙げられた。
大一は説明に迷ったが、素早く生島がフォローに入る。
「あら、お友達ね。初めまして、生島純よ。飲み屋を経営しているんだけど、前に町で困っていた時に大一ちゃんが助けてくれたのよ。それ以来、ちょっとした知り合いなの。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします…お前、変わった人と知り合いなんだな」
「まあ、偶然の出会いでな…いい人だよ。リアスさん達とも知り合いだ」
「はあ、意外な人脈ってあるものだな…。おっと、列が動いた。じゃあな、大一、生島さん」
「ああ、またな」
すっかり委縮したような大沢達は前に進んでいく。彼らが声の届かない距離まで進んだことを確認すると、大一はざっと列を整理するような声をかけた後、再び生島へと向き合った。
「ちょっと理由づけに無理ありませんか?」
「親戚だと親御さんの耳に入った時に大変でしょう?」
「まあ、そうですが…しかし手慣れていましたね」
「こう見えても悪魔利用は長いし、仕事がら話を合わせるのが得意なのよ」
ふふんと鼻を鳴らして、得意げに生島は語る。その姿は人生の先輩として、先ほどの行動にも妙な説得力を与えた。
「なるほど…あー…まだやることあるので案内するにはもう少し待ってもらう必要が…」
「もう、私だっていい大人よ。そこまでしてもらわなくてもいいわよ。むしろ大一ちゃんこそ、姫島ちゃんと一緒に回る時間は確保しておきなさいよ」
「肝に銘じます」
「それでよし。さーて、私も楽しみますか。そうだ、ロスヴァイセちゃんにも会っておかなきゃ…じゃあね、大一ちゃん」
そう言い残して、生島は去っていった。見た目とは印象を変える軽やかな足取りから、彼なりに学園祭を楽しもうとしていることがわかる。
────────────────────────────────────────────
「大盛況だよな。ウチの学園祭」
「本当ね」
学園祭に来る人々の流れを見ながら、大一と朱乃はベンチに座って静かに雑談する。わずかに出来た休憩時間を利用して2人は学園祭を回っていた。その手には湯気の立つタコ焼きの入ったパックを持っていた。店を訪ねてから、飯高がわざわざ作ってくれたタコ焼きは手に程よい温かさを伝え、寒くなってきた最近には嬉しい一品であった。
「こういうのを見ると駒王学園の人気がよくわかるわ」
「規模も大きいし、特にウチの出し物は大人気だ」
「嬉しい限りよね。でも笑顔で顔が引きつっちゃいそう」
「だろうな」
実際、この学園祭で一番の人気を集めているのはオカルト研究部だろう。しかしオカルト関連の占いやお祓いはあるが、それを目当てに来る人はどれだけいるだろうか。基本的に他校にも名高いほどの美男美人達を目当てに来るのは間違いないだろう。実際、部員と写真を取れるシステムを作ったら、多くの人が雪崩のように押し寄せた。写真の枚数が集計されれば、それこそ面白い結果が得られるだろう。
「他の学校の人に口説かれちゃうかも」
「またわざとらしい発言をして…」
「もうちょっと乗ってくれてもいいじゃない」
「いちいち反応していたら、俺が疲れちゃうよ」
朱乃がわざとらしく頬を膨らませるのに対して、大一は肩をすくめる。リアスや朱乃を知っていれば、それでいちいちなびくようなことにならないことを確信していた。
それでも大一の反応にいささか不満であった朱乃であった。
「もう…今回はこの前の試合の件があるから許してあげる」
「この前の試合ってサイラオーグさんの時か?俺は何もしていないよ」
「私の方は全然ダメだったわ。完全な敗北、クイ―シャさんを見くびっていたつもりは無かったんだけど…」
苦い表情で朱乃は話す。実際、サイラオーグとの試合で一番活躍できなかったのは彼女だろう。一騎打ちであったため敗北がより強く強調されやすく、世間的な評価としてはよいものとは言えなかった。
そんな朱乃に大一は優しく話す。
「朱乃のおかげで俺は「女王」相手に引き分けまで持ち込めたんだ。あの試合で無駄な試合はひとつも無かったと思う。俺は俺で反省点がたくさん見つかったし、また2人で強くなっていこう」
「そうよね…私もリアスを支えなきゃ。ありがとう」
朱乃はゆっくりと大一に寄りかかる。ズルい男だと思った。長年の付き合いがあるとはいえ、下心的な打算がなくそんなことを言えるのだから。他人には優しいのに、自分が背負う責任に対して楽観的になれないのは、彼の美点かそれとも…。
一方で大一は人前でこういったことになるのは抵抗があったが、ここで振り払うのはさすがに罪悪感が先行するため、姿勢を変えずに彼女を受け入れた。もっとも体は強張ったように力が入っていたのだが。
朱乃が無言の甘えを発揮していると、大一はふと思い出したように話し始める。
「そういえば、あの試合で一誠の奴がリアスさんに告白したらしいな」
「らしいなって、試合見ていなかったの?」
「俺が目を覚ました時は、もう終盤だったんだよ…。まあ、後で試合の反省で見直す際に見なきゃいけないだろうが」
「あらあら、もったいない。イッセーくんの告白はとても面白かったわよ」
「弟の告白は見たいような見たくないようなだな。でもまだリアスさんと付き合っているわけじゃないんだろ?」
「そうみたいね。早く決着がつけば私たちの心配も終わるのにね」
「否定はしないな」
朱乃も大一もリアスの友人として、ここ最近の彼女の恋愛事情については頭を悩ませていた節はあった。特にリアスが一誠に対して不満をぶつけてからの数日は相当なフォローの連続であった。せっかくきっかけが作られたのだから、この辺りで決着がついて欲しいというのが本音であった。両思いであることが明確であるのだから尚更だ。
「まあ、そろそろなんとかなるだろう。あいつもこれ以上は先延ばしにしないと信じたい」
「兄としての直感が当たるといいわね。上手くいったら───」
「すいません、ちょっといいですか?」
朱乃が言葉を続けようとしたところで、見知らぬ男性が声をかける。学生服から別の高校であることがわかる。祐斗ほどではないが顔は整っている方で、笑顔は穏やかであった。
「俺、実はこの学園祭初めてで…案内してもらえませんか」
この発言に、朱乃は驚いたように眉を上げる。稀に口説いてくる相手はいるが、まさか大一と一緒にいる時に来るとは思わなかった。露骨に朱乃だけに話しかけており、大一の方は無視している。普通に話しかけてくる相手よりも厄介な可能性を考えて身構えてしまう。
「…俺の連れなのでそういうのは止めてください」
大一は朱乃を優しく引き剥がすと立ち上がる。彼の静かな苛立ちは言葉に出来ない凄みがあった。まさかここまで威圧感があるとは相手も思わなかったのか、ぎくりとした様子で一歩下がり、視線をきょろきょろと走らせる。
「あー…えっとこれは申し訳ありませんでした」
間もなく早口で答えると、逃げるように去っていった。相手を一瞥もすることなく、大一は軽く首を曲げて嘆息する。
「言葉は本当に起こるものだな。しかし口説くにしても相手がいるのにやるかね」
「学園祭だとこういうことも本当にあるのね」
「3年になって遅ればせながら気づいた警戒するべきことだな」
「警戒はいらないわ。頼れる彼氏がいるんですもの」
「…俺はそんな大層な人物じゃないよ」
そう言った大一はガラじゃなさそうに顔を赤らめながら背ける。こんなことも経験できるのだから、朱乃としてもリアスには早く決めて欲しいと思ってしまうのだ。
────────────────────────────────────────────
学園祭は大盛況であったが、始まれば必ず終わりが来るものだ。終盤、校庭ではキャンプファイヤーごとく火がたかれてオクラホマミキサーが始まっていた。
大一はこれに参加する気は全くなく、むしろさっさと片づけを終わらせたかったため、ゴミ出しなどに奔走していた。どうもこういった盛り上がりには煩わしさの方が勝ってしまう。それにこういったことに参加すれば、頭の中でディオーグがまたぐちぐちと文句を言うことが予想できたからだ。もっとも今も騒がしいのであったが。
(甘い匂いがするな…なにか食いてえな…)
(もう学園祭も終わりなんだぞ。甘い物の匂いなんてするわけないだろ)
(いや俺の感覚に間違いはねえ!)
結局、ディオーグを黙らせるためにわざわざ案内された家庭科室に大一は向かった。しかしそれは彼の言葉が正しかったことを決定づけるのであった。中には明かりがついており、疑いながらも面食らいながらも中を覗いてみた。
「…レイヴェル様?」
「あっ、大一お兄様」
家庭科室ではレイヴェルがエプロンをほどいていた。近くのテーブルには大きなケーキが置いてあり、彼女が作っていたようだ。
(どうだ、俺の言ったとおりだろ!)
(はいはい、わかったから)
「お兄様、ここで何しているんですの?」
「頭の中のドラゴンといろいろありまして…。レイヴェル様はケーキ作りですか」
「ええ、学園祭と試合の終わりのお祝いに。片付けも終わったので、あとは持っていくだけです」
レイヴェルはエプロンを丁寧にたたみながら答える。洗い終わった食器やたたむ動作だけでも彼女の器用さがうかがえた。さすがは名家のお嬢様といったところだろう。
「ケーキ運ぶの手伝いますよ」
「そんなお兄様だってお疲れでしょうに…」
「体力には自信がありますから大丈夫ですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
大一はレイヴェルのケーキを持つと、2人で旧校舎を目指す。校庭ではいまだに踊りが続いており、学園祭の終わりを感じさせる光景が広がっていた。
大一はそれをちらりと見ただけであったが、その視線をレイヴェルは見逃さなかった。
「お兄様は参加しなくてよろしいのですか?」
「ああいうの苦手でして…それとレイヴェル様、お兄様なんて呼ばなくても」
「イッセー様のお兄様ですから間違っていません。それに兄たちとなかなか会えない以上、その…頼れる人は欲しいですし…」
少し恥ずかしそうにレイヴェルは尻すぼみ気味で話す。どうやら小猫の考えは正しかったと認めざるをえなかった。もっとも「兄」としてなのかはまだ確信は持てないが。
「むしろお兄様こそ私を『様』付けで呼ぶのは、どうにもむず痒いのですが…」
「いや名家のお嬢様を呼び捨ては出来ませんよ」
「学校でその呼び方をされると、むしろあらぬ誤解を受けかねないのです。敬語も同様です」
毅然とした態度で答えるレイヴェルの言葉に、反論できる材料を大一は持たなかった。この短いやり取りだけで、彼女の理路整然とした性格を垣間見た気がした。尚のこと、一誠に惚れたのが疑問であったが、ライザーの言うように英雄色を好むというものなのだろうか。
「わかった。慣れるまでに時間がかかるだろうけど意識します…いや、違うな。努力する」
「ありがとうございます。しかし不思議ですね、お兄様は。転生悪魔でありながら、こんな小さいことでも悪魔的価値観を重要視しています。それでいてあの試合では、力こそすべて、戦いに命を懸けることも厭わないタイプとは違いました」
「それは…申し訳ない」
「あっ!いや批判しているわけではないんです。あの試合はイッセー様の戦いが特に感動しましたが、お兄様の「女王」との勝負もとても素晴らしかったと思います。ただ不思議だと思っただけで…」
レイヴェルが慌てて話す様子に対して、大一は彼女を安心させるように笑顔を向ける。彼女の考えは、大一自身もあながち間違いでは無いと思った。彼も最近は自分の立場はもちろんのこと、悪魔としても迷うことが増えたのは否定しようがない。見る人が見れば、彼の不安はあっさりと看破されるのだろう。
しばらくして彼らは旧校舎へとたどり着き、部室へとたどり着く。喜々としてレイヴェルは扉を開けていった。
「家庭科室をお借りして、ケーキが完成しましたわ!…あれ、皆さま、どうかされたんですか?」
怪訝そうな表情で、レイヴェルは部室にいるメンバーを見渡す。揃いも揃って気まずそうな様子であったが、ひときわ雰囲気が違ったのはリアスであった。一誠の横で身体を震わせている。
「もう!あなたたち!私の貴重な大切な1シーンだったのに!どうしてくれるのよ!これもイッセーのせいよ!こんなところで告白するんだもの!」
「え!俺のせいなんですか!」
「「「「「「「「ということにしましょうか!」」」」」」」
リアスは叫び、一誠は驚き、他の部員は同意する。状況が飲み込めないレイヴェルと大一は顔を見合わせて首を傾げた。
大一は手近なテーブルにケーキを置くと、朱乃の傍に行って小声で問う。
「何がどうなったんだ?」
「私たちの昼の悩みが解消されたの」
「あー、そういうことか。…って、みんなで告白の場面を覗いていたのかよ!」
「私たちも負けていられないわ」
「別に競うことじゃないだろうに」
「負けていられないのは、私だって同じです」
「なんで小猫までそんなに気合い入っているんだよ…」
朱乃は余裕を持って小さく笑い、小猫はいつの間にか大一の近くで彼の袖を握って会話に入り込んだ。
大一の方は戸惑いながらも、とりあえずリアスが同棲してから半年近く感じていた心労から解放されたことに安堵するのであった。
いよいよ次回から11巻の突入です。
9巻、10巻で書いた不穏さを存分に活かしたいところです。