兵藤大一にとって、この半年近くは常に胸のあたりをさすりたくなるような気持ちが駐在していた。その理由を上げればキリがない。弟が悪魔という非現実的な領域に関わったこと、次々と迫りくる自身の能力を超えたものを必要とする問題、それらにつけて実感する無力さ…明確に表さないだけで、他にもあるだろう。
しかし先日から一誠とリアスが付き合い始めたことで、幾分かその気持ちが緩和されると考えた。日常生活の中で定期的に2人の世界を作るものの、リアスが居候を始めてから幾度となく見せつけられた、彼女の直接的な好意の表現とそれに対して弟の煮え切らない言動の組み合わせと比べれば遥かにマシであった。
だがそれは瞬間的な錯覚であると認めざるをえなかった。その証拠ともいうべき言動が、大一に襲い掛かる。
「死ねェ、大一!」
遠慮のない友人の言葉が屋上で響き渡る。この日の昼休み、大一はクラスメート大沢率いる男性陣に屋上へと呼ばれた。和解を経てすっかり気を許していた彼に取って開口一番の罵倒は、早朝から朱乃とささやかながらも甘美な時間を過ごした大一としても、大沢の容赦を捨ててきた言葉には気持ちの良いものではなかった。
「…さすがに前置きも理由もなしに罵倒されるのは、俺だって気分が悪いぞ。何をしたって言うんだ」
「監督責任の一点に決まっているだろうがァ!てめぇの弟とグレモリーさんが付き合っているって噂があるんだぞォ!」
大沢の半泣きに加えて、後ろのメンバーも口々にそうだそうだとはやし立てる。目の前で繰り広げられる同級生たちの地獄絵図に対して、「どこからの情報か?」という至極当然の質問が出かけるも、それを胃の中に押し戻して平静な表情を崩さずに、あえて疑問を浮かべるような表情を作った。
「え?なんだよ、その話は?」
「しらばっくれるんじゃねえ!明らかに最近の一緒に登校してくる2人の距離感がおかしいんだよ!腕組んでいるの見たって、言っていた奴がいるくらいだぞ!」
耳に響く強い主張であったが、それに反して大一は驚きで飛び上がりそうな感情が、少しだけ落ち着いたのを実感する。主観的な理由に伝聞交えた情報、要するに彼らの話は確証のあるものではないのだ。あくまで初耳であるというスタンスを取った自身を褒めたい気持ちであったが、今は目の前の友人たちを落ち着かせることを優先するべきだろう。
事実を話すつもりは大一には無かった。一誠、リアス両者の評判を知っている彼からすれば、事実ひとつで駒王学園全体がパニックになるのは目に見えている。せっかく想いが通じ合った2人にも余計な被害が及びかねない。それに何よりも自分自身にも降りかかる被害は想像を超えるだろう。
如何に問題をこじらせないかを大一が考える一方で、クラスメート達はとうとう膝をついて握り拳で床を叩いていた。
「俺らだってな!男女の仲について口出したいわけじゃないんだよ!でもな、俺らが1年の頃から憧れであったグレモリーさんが、よりにもよってお前の弟だぞ!エロ大名で他校にすらその名を知らしめるお前の弟だぞ!姫島さんの時は、お前だったからまだ許せたが弟の方は…無理だ!」
「あのな、まず俺の話を聞けって。証拠があるわけじゃないんだろ?その証言だって眉唾ものじゃないか。以前にもこういうのがあったし、ちょっとした噂だよ」
「でもよ、俺らにはもうわけがわからないんだよ…。お前の家に非現実的なくらいホームステイの美人がいるわ、オカルト研究部が酒池肉林の惨状になっているという噂が出るわ、もう最近は本当のことがわからないんだ。挙句の果てには、信じて送り出したお前にまでホモ疑惑だ!」
「たしかにおかしいことだらけだが…ちょっと待て。最後のはスルーできないぞ」
悪魔に関する知識や戦闘においては注意を払う彼でも、友人の耳を疑うような内容の発言には一瞬反応が遅れた。
「木場祐斗やギャスパーくんに慕われているのもいつかは毒牙にかけようとしていたのか!姫島さんと付き合っているのも、その趣味を隠そうとするための偽装か!」
「俺を含めて、いろんな方向にめちゃめちゃ失礼なこと言っているからな!?それも根拠ねえことだろ!」
「いや、グレモリーさんの件よりはある!お前、学園祭の時にオネエの人と知り合いだったじゃねえか!」
大沢の発言は、大一の不全感を解消して納得させるものであった。先日の学園祭での生島とのやりとりが彼らに誤解を与えてしまったのだ。それか、他に見ていた誰かが根も葉もない疑いを持ったのかもしれない。いずれにせよ、友人たちが疑いを持つ材料はあったわけだ。
しかしそれで非難の嵐を受ける道理は無かった。一誠とリアスの件は疑いレベルであったが、彼についての件は誤解という半年近く前に経験したものと同じなのだから。反論する大一の声は意図せずに喧嘩を売るような荒々しさが出ていた。
「このご時世に偏見この上無さすぎるだろ!生島さんは本当にただの知り合いだわ!なんだったら、俺だけじゃなくて朱乃やリアスさん、ロスヴァイセ先生とも知り合いだよ!」
「お前が期待を裏切ったなんて信じたくない!でも俺らにはそれ相応の確証が欲しいんだ!ホモ野郎!」
「本気で信じ込んでいるんじゃねえか!」
友人たちとは別ベクトルで泣きたくなるような気持ちで、大一は昼休みの残された時間を彼らへの誤解という厄介な氷を溶かすのに注ぎ込むことを考えたが、いくら器量の悪さが目立つ彼でもかつてその不毛さと苦労を知っていれば、同じことに時間をかけようとは思わなかった。
そこで彼が取った行動は…
「あらあら、そんな疑いが。でもしっかりと私のことを気にしてくれるのですもの。そういうことはありませんわ」
「ほ、本当ですか…?」
「ええ。私も生島さんとは顔見知り程度ですけど会ったことはありますもの」
学園で人気を博する笑顔で朱乃は、疑いを持つクラスメート相手に答える。結局、自分で弁解しても時間と労力、さらに不全感が残るだけと踏んだ大一は、朱乃に連絡を取って彼女に確証を持った発言を頼むしかなかった。彼女の説得の力は絶大であまりにもトントン拍子で進んだため、彼女の力量に感服した。もっとも疑いを持っていた友人たちは朱乃と話してすっかり骨抜きの状態であったため、大一としては完全に溶け切っていない疑いを友人に向けるのであった。
「もっとも本気で隠されたら私も分からないかもしれませんが」
「「「「「大一、てめぇ!」」」」」
「この場に来て煽るようなこと言わないでくれよ!」
鳴りを潜めていたと言えど朱乃のSな側面は、何気ない場面でも発揮されるのであった。
────────────────────────────────────────────
穏やかさと不快な疑いというふり幅の激しい日を過ごした大一であったが、その日の終わりはサーゼクスとグレイフィアが来訪することで、違う方向に緊張が走った。アザゼルも共に来ておりVIPルームに案内すると、眷属全員集められた。
「先日も話した通り、イッセーくん、木場くん、朱乃くんの3名は数々の殊勲を挙げた結果、私を含めた四大魔王と上層部の決定のもと、昇格の推薦が発せられる」
サーゼクスの発言に、いくばくかの驚きが眷属全員に広がった。もともと昇格については当事者である3人にはすでに話が持ちかけられており、他の皆も大なり小なり小耳には挟んでいたが、いざ正式に発表させられると感情を揺さぶられるものがあった。
テロリストである「禍の団」や悪神ロキの撃退、さらには先日のサイラオーグ戦の試合が決定打となっていた。特に一誠については冥界で人気の「おっぱいドラゴン」というのも話の後押しになっていた。本来ならば3人とも上級悪魔の素質は十二分にあるのだが、慣習に倣って手順を踏んだ昇格は必要であった。同時にメンバー全員が実力などから考えてみれば、すでに上級悪魔相応であることにアザゼルは太鼓判を押す。
この報告には、主であるリアスを皮切りに次々と祝いの言葉が上がる。
「昇格推薦おめでとう、イッセー、朱乃、祐斗。あなたたちは私の自慢の眷属だわ。本当に幸せ者ね、私は」
「イッセーさん、木場さん、朱乃さん、おめでとうございます!」
「うん、めでたいな。自慢の仲間だ」
「中級悪魔の試練とかとても興味があるわ!」
アーシア、ゼノヴィア、イリナの教会トリオと呼ばれる3人が祝いや興味を示せば…
「ぼ、僕も先輩に負けないように精進したいですぅ!」
「私も早く昇格して高給で安定した生活が欲しいところです」
「おめでとう。納得の人選だな。…自分のペースで強くなるにも限界があるか」
ギャスパー、ロスヴァイセ、大一のように各々の感性や目標を抱きながら、上を目指すことを考えるメンバーもいた。
当然、レイヴェルも満面の笑みで祝う。
「ライザーお兄様のチームではもう太刀打ちできないほどの眷属構成になってしまいましたわね」
「フェニックスのところは長男がトップレベルのプレイヤーじゃないか。あそこのチームはバランスがいい」
アザゼルはフォローするも、レイヴェルは特に気にしない様子で頭を振った。
「ウチの長男は次期当主ですもの、強くなくては困りますわ。それはともかく、さすがリアス様のご眷属ですわ。短時間で3人も昇格推薦だなんて。ね、小猫さん?」
「…当たり前。───おめでとうございます、イッセー先輩、祐斗先輩、朱乃さん」
レイヴェルから話を振られた小猫の声はどこか弱々しく、いつもの調子じゃないことを看破できないメンバーはいないだろう。とはいえ、仮にも魔王の面前であるためこの場でことを大きくすることも出来ないのだが。
祐斗、朱乃の両名は立ち上がると、サーゼクスに一礼する。
「このたびの昇格のご推薦、まことにありがとうございます。身に余る光栄です。───リアス・グレモリー眷属の『騎士』として謹んでお受け致します、魔王サーゼクス・ルシファーさま」
「私もグレモリー眷属の『女王』として、お受け致します。このたびは評価していただきまして、まことにありがとうございました」
2人の毅然とした態度にサーゼクスは微笑むと、その視線を一誠へと向けた。
「イッセーくんはどうだろうか?」
「もちろん、お受け致します!本当にありがとうございます!…正直、夢想だにしなかった展開なので驚いてますけど、目標のために精進したいと思います!リ…部長にも応えられて俺も満足です!」
祐斗や朱乃と比べるといささか直情的な物言いに感じる弟の返答に、大一は軽く頭を掻く。ただサーゼクスが気になったのは、一誠が遠慮してリアスを部長と呼んだことであった。
「おやおや、イッセーくん。私の手前でもリアスのことは名前で呼んでくれてかまわないよ。ハハハ、むしろ呼んでくれたまえ!私も嬉しいし、見ていて幸せな気持ちになれる」
「も、もう!お兄様!茶化さないでください!」
「ハハハ、いいではないか。なあ、グレイフィア」
「私風情が分に過ぎたことは言えません。…ですが、この場の雰囲気ならば名前で呼び合っても差し支えないかと」
相変わらず魔王としての威厳よりも妹への態度を優先するサーゼクスはともかく、一線を引いた厳格さで知られるグレイフィアですらその関係性について認めたのだ。これにはリアスも目を潤ませるほど感激を示すが、対照的にサーゼクスの言動を増長させることになった。
「よしよし。それならばついでに私のことも義兄上と呼んでくれてもかまわないのだよ!さあ、呼びたまえ、イッセーくん!お義兄ちゃんと!」
さすがにこれを看過するほどグレイフィアも甘くなく、どこからともなく取り出したハリセンの一撃で魔王の頭をはたいた。
「サーゼクス様、それはこの場ではやりすぎです。───いずれ。いずれでよろしいではありませんか」
「…そ、そうだな。それにイッセーくんには、本当の兄もいるし…ところでこの場合は大一くんからお義兄ちゃんと呼ばれるのもありなのだろうか?私としてはそれもいいな。いやしかし大一くんとはあくまで兄同士の立場でセラフォルーも含めたお兄ちゃん、お姉ちゃん会合を…」
「サーゼクス様?」
「す、すまない。私もそろそろ自重しなければな…コホン」
咳払いをして誤魔化すサーゼクスであったが、大一は耳を塞ぎたくなるような想いが頭を駆け巡ったのを感じた。相手が相手でなければ「お兄ちゃん、お姉ちゃん会合」というものを小一時間問い詰めたいような気もするが、それを聞くと逆に手を引っ込めたくなるような熱量に直面しかねなかった。
サーゼクスの威厳を忘れてきたような様子にひとしきり笑ったアザゼルの話では、この中級悪魔の昇格試験は来週であることが告げられる。試験内容はレポート作成、筆記、実技と人間界の試験を想起させるような内容であった。特にレポートについては「中級悪魔になったら何をしたいか」というテーマで、受験や就職活動にも通じるようなものであった。
祐斗、朱乃はもともと筆記にも心配は無かったが、アザゼルは一誠を危惧していた。
「お前はレポートの他に筆記試験のための試験勉強だ!基礎知識はともかく、一週間で応用問題に答えられる頭に仕上げろ!安心しろよ。お前は周りには才女、才児がなんでもござれの状態だ」
アザゼルの発言は釘を刺すのと同時に、一誠を安心させた。事実、彼のサポートにはリアスがいるし、共に勉強する仲間として祐斗や朱乃がいる。3人の成績の優秀さは皆が知るところであった。もっとも仮に落ちたところでよほど素行が悪くない限り推薦は取り消されることは無い。良くも悪くも注目されることが多い彼らには、取り下げは無縁の話だろう。
「私はイッセーくんが次の試合で合格すると確信している。イッセーくん自身は突然のことで不安かもしれないが、まったく問題ないのではないかな」
「俺、がんばります!絶対に中級悪魔になります!そして、いずれ上級悪魔にもなります!」
サーゼクスからの太鼓判に応えるように一誠は決意を口にする。心の中にはハーレム願望が再燃していた彼であったが、その決意が確固たるものであるのは疑いようもなかった。
「さて、話がまとまったところで、私は少しばかり出かけようと思います」
この状況で声を上げたのはロスヴァイセであった。夜にもかかわらず外出すると思われる格好をしており、時間とのギャップを感じさせるものがあった。
なんでも先日の試合で露呈した弱さを振り返り、故郷の北欧へ一時帰省し「戦車」としての特性を伸ばすことを考えていた。彼女自身、魔法の攻撃力においては目を見張るものがあるが、それとは別に伸ばしたい能力もあった。
当然、リアスとしても彼女の前向きな意気込みを否定する理由はない。彼女は自身の眷属の行動を許可した。
「自ら伸ばしたい点があるのなら、断る理由はないわ」
「ありがとうございます。あ、それと学園の中間テストの方はすでに問題用紙を作成しておきましたのでご心配なく」
ロスヴァイセの発言に、大一は無言ながらも感嘆の気持ちが湧きだすのを実感した。彼女から魔法を教えてもらった身であればその優秀さ、勤勉さは知るところであったが、加えて手際の良さも所有している。
その一方で、一誠は思い出したかのように声を上げた。
「やべぇ!そうだ、中間テストあるんだった!べ、勉強あんまりしてねぇぇぇっ!」
地頭はお世辞にも良い方でない一誠としては、勉強関連が重なるというだけでも大問題であった。悪魔としてはまだ1年も経っていない彼としては、このやりくりの難しさを感じるのは当然だろう。
そんな彼の心配をよそに、サーゼクスはレイヴェルに問う。
「レイヴェル、例の件を承諾してくれるだろうか?」
「もちろんですわ、サーゼクス様」
「例の件ってなんですか?」
「うむ。レイヴェルにイッセーくんのアシスタントをしてもらおうと思っているのだよ。いわゆる『マネージャー』だね」
今後の一誠の多忙さについて予想するのは難しくない。特に悪魔としては、絶大な知名度と人気を博しておりその存在は別の勢力、神話体制でも少なからず耳に入っているだろう。そうなれば彼をサポートする人物…すなわちマネージャーが必要であった。そこでサーゼクスが打診したのが、レイヴェルであった。元より支援という面では非凡な才能を持ち人間界でも勉強中である彼女は、一誠のサポートにおいてうってつけであった。
まさか1年もしないで弟がこれほどの存在になることは、大一としても驚きを隠せなかったが、それを補うにあたり余りあるほどのサポートが入ることには安心を覚える。
一誠の待遇にはギャスパーも息を漏らし、大一と共に驚きを示していた。
「イッセー先輩、すごいですぅ…」
「マネージャーの話は前にも出ていたが…なるほど、そう来たか。レイヴェルも忙しくなりそうだな。小猫、ギャスパー、同じクラスだから気にかけてやれよ」
「もちろんですよ」
「…はい」
ギャスパーは活気的な返事を返すのに対して、小猫は相変わらず覇気のない様子で答える。どうも彼女の様子は引っかかるものがあるが、それが気持ち的なものなのか、体調的なものなのかは判断しかねた。ただ夏休み時のように彼女がまた何かを思いつめているようなら…そのような考えがよぎった大一は頭の中で対策を練ろうとするも、同時にディオーグのとげとげしい苛立ちの感情がよぎって思考を深めることが至難であった。
オリ主の経歴で中級の昇格は…まだ出ないんじゃないかな。