「父上、僕は将来、レオンに歌われるに足る領主になりたく思います! その為には、勉強などしている場合ではありません。冒険を! 冒険をしなくては!」
「まあ。素晴らしい心掛けね。貴方、レオンにまたとない経験をさせてあげて」
カイルの我儘に、領主は頭を抱えた。領主の妻アリーナは帝国の姫で、圧倒的に妻の発言権が強い。それでも長男の教育には自重して黙っていたが、第二子ならばよかろうとここぞとばかりに教育に口を出していた。
長男は夫。次男は妻の意見優先。暗黙の了解に、領主は仕方なく提案した。
「冒険者の見学はどうだ」
「そんなのありきたりだわ」
「商人の見学はどうだ」
「悪くはないけど、地味ねぇ。ないの? これはっていう、誰も経験したことのないような大冒険は!」
「……では、我が都市に入り込んでいる木っ端隠密の見学はどうだ」
「凄い!」
「それよ!」
その隠密は、吟遊詩人の歌や娼婦の歌しか集めていない。護衛もつければ、それほど危険はないだろう。謎が多く、ちょうど調査したいのもあった。捕らえても良いのだが、面倒くさいことが起こりそうだと放っておいた隠密である。
というのも、始末したら新しいのや有用なのが来るかもしれない、という危惧もあるのだが、それ以上に様子がおかしいのだ。毎回町の外まで出ているし、移動の魔道具という高価な物を使っている疑いがある。領主の抱える隠密は、おそらく勢力争いに負けた高位貴族が隠密に押し込まれたのでは、と予想していた。それで、扱いに困って簡単な任務をさせている。ありそうな話である。となると、始末すると非常に面倒な上に今の所害はない。素行も1人を貫く以外は悪くなく、依頼に関しては非常に真面目。
予め捕らえないと匂わせて護衛をつければ危険なこともなかろうし、もしそれで何かあってもカイルは予備であり、きちんと領主教育も受けられていない。まだ赤子だが、3人目もいる。ついでに、面倒な隠密にこちらは泳がせる旨を伝えることも出来る。
そういうわけで、早速冒険者ギルドに指示を出した。
意気揚々と帰ってきたカイル。
話したいのをぐっと黙って、レインに歌わせると言った。
こういう、相手に花を持たせることが出来るところは気に入っている。
一応、密偵の話なので人払いをして、アリーナと側近、隠密、執事と絞った人数で話を聞いた。アリーナは眼をワクワクと輝かせている。、
召喚笛を全員分使ったという導入部で、既に驚きである。
本人が持っていることは知っていたが、依頼人数分用意できるとは。背後の組織は大きいのかもしれない。アリーナの様子を見ている王族直属の隠密だったらどうしよう。その場合、クロウも非常に慎重に扱わねばならない。
そして、なんと森の中で楽器をかき鳴らしたと言うではないか。
不安を呼び起こすそれは、魔物を呼び寄せるのだという。
罠かと思ったその時、楽器を放り投げて現れた魔物を一気に狩ってしまったという。
その後の解体の鮮やかさと美しさ、手際の良さと優れた魔法の技を称える歌。
カイルがちゃんと度量を見せたところまで歌う。うむ。これはカイルの歌だからな。
しかし、怪しげな術を使う隠密。さては邪教集団かと心配したが、次は当然のように癒しの歌を歌えと言ったという。吟遊詩人の常識と思っていたようだ。
レインに教え、才能がないと断じた後に、面倒くさいからとスキルブックと楽器を売ってきたという。しかし勝手に売り買いするとヤバいからとスキルブックを売った体で楽器はオマケと。おそらく、絶対に勝手に売り買いするなと言う言葉の意味をわかっていない。
金貨20枚というのも、あまりにも安すぎる。楽器代にもならない。
隠密に押し付けられた高貴な者説が補強される。常識がないのは、うまく利用できそうだ。あまり欲をかきすぎないよう気をつけねば。
そして、レインは歌う。勇者の旋律という、力が湧いてくる歌を。
これは……有用だな。戦場で歌わせるわけにもいくまいが。
解体や採取をして、食事をして、解体したものを換金して帰還。
食事だが、調味料を大量に入れて味の濃いかなり美味な料理をご馳走になったと言っていた。やはり甘やかされた隠密モドキか。
「なんて凄いの! 歌を聞くと力が湧いてくるなんて不思議だわ……。魔力を感じるから、魔法の一種ね。隠密って凄いのね! カイル、一生懸命学ぶのよ!」
「はい、母上! 解体技術なら、既に自信があります!」
隠密に学んでどうするのか。解体を領主の息子ができたからと言ってどうなのか。
だが賢い私は、グッと黙った。
ひとまず、迷宮産の楽器でこの曲を弾かせて同じ効果が出るか、スキルブックなしでもこの特殊な曲を弾けるものがいるかどうか確かめねば。幸い、ここはダンジョン都市。
楽器含め、迷宮産のわけもわからぬドロップアイテムなら山とある。
クロウについてだが、ヒューバートと隠密頭のシャドウとも話し合ったが、やはり放置ということで話がついた。
それから二週間後、カイルは爆弾情報を持ってきた。
裏工房でなら、ジークが使っても壊れない剣を用意できるという。裏ってなんだ。おそらく、隠密の使う専属の工房のことだろうが。明らかに言って良いものではなかった。クロウの教育はどうなっているのか。彼の上司の苦労が忍ばれる。クロウだけに。
ジークは、数合で剣を壊してしまうほどの怪力で、自分にあう剣をくれたら忠誠を誓うと豪語していた。誰もがジークを雇い入れたいと願い、カイルもまた幼いながらにオファーを掛けていた。
しかも、ダンジョンにはエレベーターという階層を飛び越える機能があると習ってきたと。普通に大発見である。兵站とか攻略の常識が変わるのだが、多分クロウはこれについても重要性に気づいていない。高貴な血筋とは言え、処分されないかこっちがハラハラする。しかし、毎日のように領主の息子をダンジョンの深層に連れて行くとか、クロウは頭のネジが外れている。カイルの成長著しく、持ち帰る情報はことごとく有用だから止めさせはしないが。それにしても、本当に吟遊詩人を戦場に連れて行って歌わせるとは思わなかった。しかも、パーティーとして機能しているという。これはかなり有用な情報だ。
正直、父としては認めたくないが、領主としてはこれでカイルが死んでもお釣りが来るほどの利益だ。
最終日、顔を真赤にして、喜びにあふれた顔でカイルは告げた。
「ミスリルゴーレムの討伐10回チャレンジを成し遂げることになりました!!」
「なんだと?」
「それで、裏工房と取引して、ジークの剣を作るのです!! ほら、この杖を見て下さい。裏工房の商品は凄いですよ!」
ジークが杖を振ると、魔弾が空を貫いた。
「……ダンジョン産ではないのか?」「ないみたいです!!」
領主の息子にそんな事させるのも凄いが、裏工房からの武器の横流しも凄い。
奴は処刑を望んでいるのかと思ってしまうほどのやりたい放題っぷりである。
しかし、無論益は多い。
「しっかりやり遂げるのだぞ、カイル。お前はこの迷宮都市の領主の子なのだから」
「はい!!!」
そして、4ヶ月後。
国宝クラスの装備がジークに贈られ、レインの歌った英雄譚が都市を席巻し、劇にもなった。アリーナもカイルも大満足のようだが、予想通りクロウは姿を消してしまったという。
それはそうだろうな。私だったら処分する。私でなくても処分する。
だがしかし、利益になる男なので、我が領地のために、クロウの生存を祈る。
奴の(多分)高貴な血筋なら、ワンチャン行ける行ける。
処分されない内に囲い込み工作も指示しておくか。
ダンジョンのエレベーターの情報から、おそらく帝都の隠密ではない……と思うから。
お忍びでそっと歌うクロウを見る。謹慎の後、息抜きだと言って歌い狂うクロウを。
「ファイヤー!!! ジーク! ジーク! ジーク! ジーク!」
派手に楽器を踊らせ、奏で、異国風の歌を歌う。
私は他人事ながら、頭が痛くなってしまった。無敵の男である。精神がオリハルコンで出来ているのに違いない。
癒しの歌一つとっても、とんでもない大事件な情報漏えいなのだが……。
こんな好き勝手しても処分されない血筋というのも怖いが、有用なのは有用なので取り込んでしまいたい。どの国の隠密、あるいは裏の団体だろうか。
こんなにガバガバなのに、中々情報が集まらない。監視はいないのか?
そうこうしているうちに、カイルが来た。
「カイル様。今日はレインは来ないのか?」
「あれは一日中歌わされていてな……」
「えっ 一日中」
「癒しの歌は有用だからな」
「そりゃそうだけど。回復魔法か薬使えよっていう。楽器壊れるぞ?」
「どちらも簡単に使えるものでもあるまい。だが、楽器については困ったな」
「それが簡単じゃないなら、癒やしの歌も手軽なものじゃないんじゃないかな……。レインももっと自分を高く売ったほうがいいんじゃあ?」
「耳が痛い……。楽器やスキルブックは、手に入れられないか?」
「無理無理。めっちゃ怒られたんだからな」
怒られるだけで済ませるのが凄い。すごすぎる。我が国では十回は処刑される出来事である。
「まあ、そうであろうな……。しかし、手を触れずに楽器演奏できるなら、1人で戦えそうなものだが。それに、これだけ楽器があるなら……」
「楽器を演奏している間は、剣は振れない。それにこの楽器は全部で一つの楽器なんだ。作るのすごい面倒だから、なくしたら親方に殺される」
やはりわかっていないな……。
「うむ。しばらく歌っているというのなら、ついででこちらの用意した楽師を鍛えられないか? もちろん、代価は払おう」
「えっ? 吟遊詩人なんざ歌を覚えた後はひたすら戦場でバフ掛け続けるしかないだろ」
「バフ?」
「勇者の旋律とか、技工者の旋律とか、掛けると強くなる魔法や魔曲の総称をそう言うんだよ。魔物と戦いながら歌い続けろってこと」
「技工者の旋律は知らないな」
「教えないぞ」
「情報が対価ではどうだ?」
「例えば?」
「父上の事を、表に出せる範囲で何でも話してやろう」
「ほぅ」
「更に本人と話せる茶会が出来る!」
「なんと!」
「ま、まあそれなら良いかな。丁寧に教えたりはしないぞ! ひたすら弾くだけだぞ!」
「よし。言ったな。一週間後に段取りしよう」
「わかった」
私の情報を流していいとも茶会をするとも言っていないが、それはいい。
私が暗殺されたとしてもまだプラスだし、おそらくこれはそんな事は考えない。
問題は、それで釣られる頭のお粗末さだ。まさか、建前の情報収集任務を信じているとか……?
「話は終わったか? 装備の手入れをお願いしたいんだが」
「良いぜー。一週間後に代わりの装備をついでに持っていく。補修費は素材をお気持ち程度と銀貨6枚で」
「それは良いのか……?」
良くない。絶対に良くない。
「一枚は俺、五枚は親方のへそくりになる」
内緒前提か。謹慎のち息抜きのち内緒で仕事を請け負うと申すか。
「おいおい……ガバガバだな、お前の組織」
「工房と纏めてスカウトされるつもりはないか」
「それはない」
「ついでに僕達の装備も補修してくれ。素材に色はつけるぞ」
「わかった」
「その。歌、良かった」
「あ、ありがとう」
顔が真っ赤にして嬉しそうな顔をする。
我が姫アリーナのように、蝶よ花よと育てられた立場だったのだろうか。
それを思い、ほんの少しだけ哀れに思った。
それはともかく、迷宮産の楽器を集められるだけ集め、使える楽師を募集しよう。
ちょうど舞踏会がある。新たな分野の魔法を披露するのにちょうどよい。
後日、果たしてカモネギがやってきた。
正直に言って、来られたことに驚いている。止められなかったのだろうか?
それはともかく、素材を見せて何を欲しがるか確認してみることにした。
「好きなものを20個まで持っていっていい」
「へ? 高いものから持ってきますよ?」
「構わん」
目移りした素材、興味を示した素材を文官に覚えさせる。
使いみちのわからない物、扱えない物にも興味を示していたので、Win-Winの取引ができそうだ。可能なら工房ごと引き抜けるといいのだが。
話を聞く感じ、親方とやらも物作りしか考えてなさそうだから、素材で釣ればなんとかなると思うのだ。問題は、組織の抵抗か。帝都に協力を仰ぐか。
「それだったらあるだけ持っていって構わん」
「え、えええー!?」
「親方殿によろしく頼む」
「わ、わかりました!!」
クロウはホクホク顔で素材を漁る。何が釣れるか楽しみだ。
10日後。残念ながら、釣れたのは楽器だった。でもまあ、不要なもので釣れたものとしては悪くはない。高価なミスリルも、扱えるものがいなければ無用の長物だからな。
そろそろ茶会を頼まれる頃かと部屋に向かったら、会話が聞こえた。
「ダンスは敵の攻撃をよく回避できるようになりますよ」
「そんなわけないだろう」
「本当ですって。知り合いのアサシンがダンスを納めてますが、凄くきれいに戦うんですよ」
アサシン!???
「ならばその知り合いを連れてこい」
我が息子は何を言っているのだ???
「無理ですって。あ、知り合いから習ったダンスの基礎を教えましょうか? 私は出来ないですが、見様見真似でお教えするくらいは出来ますよ」
「アサシンのダンスの基礎か……良いだろう、教えてみせよ。近々帝都で舞踏会もあるしな」
そして、何やら習い出した。二人共一体何をやっているのだ。
その後、アリーナとカイルは自信たっぷりに帝都へと向かっていった。
カイルはアリーナのように大物になるのかもしれない。