新選組顛末記ー桜セイバーと男の幕末譚ー   作:とある

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この作品が、少しでもあなたを楽しませることができれば幸いです。


0. 序章

「お久しぶりです」

 

 ある晴れた日のことである。沖田総司はかすかにこもって聞こえてくる秋蝉の声を聴き、木陰の葉叢の匂いにまじって漂ってくる香煙の匂いを嗅ぎながら、感に堪えたようにそう言った。

 目の前には雨風にさらされて粉を吹いたように風化した墓石。見るからに、作られて数十年の年月は経ってそうなそれに、彼女はそっと両手を合わせた。

 

「沖田ちゃん、今日も来てたのか」

 

 ふとそんな声が聞こえる。

 合わせていた手をやめ、沖田が後ろを振り向いてみれば、そこには初老過ぎくらいの顔をした斉藤一が、酒瓶と花を持って立っていた。どうやら彼もこの墓石へ挨拶をしにきたらしい。沖田はすっと自分が立っていたスペースを空けると、斉藤はそれに肖り、「ありがとね」と言って墓石の前に立った。

 

「斉藤さんこそ、最近は頻繁に来てませんでした?」

 

「いやいや、俺ちゃんにとってはこれが老後の運動みたいなもんだからねー。それより体は大丈夫? 風邪気味だと聞いていたけど」

 

「はい、すっかりよくなりました。一昨日と昨日は来れなかったので今日は長めにここへ居ようかと」

 

「はあ、本当にご執心なことで」

 

 斉藤は困ったようにすらりと伸びた長い首を振った。

 沖田はそれを見ても怒ることもせず、それどころかどこか楽しげに笑うのである。それを見てさらに困り果てたのか、斉藤はこめかみに指を当てながら、とりあえず持ってきた花でも生けようと考え、持っていたそれを花立てに挿れてやる。

 

「いつもありがとうございます」

 

「なんのなんの、これくらい。この人には世話になったから死後くらいは面倒見てやらないと、地獄で鉢合わせた時に怒られちまうよ」

 

 斉藤はそう言うと、懐に仕舞ってあったお猪口を二つ取り出して酒瓶から酒を注いだ。

 自分が地獄に落ちること前提で話を進めているのが彼らしいと沖田は思う。ただまあ、またみんなで揃うことができるのなら、例えそこが地獄だとしても楽しいかもしれないとも感じた。

 

「沖田ちゃんも一献どう?」

 

「いえ、私は医者から禁止されてるので」

 

「あらそう。残念」

 

 酒を淹れたお猪口を墓石の前に置き、斉藤はぐびりと残ったもう一つの酒を呷る。彼は毎度こうやって墓石に酒を持ってきては、生前墓に眠る人の好きだった酒を飲み交わすのだ。

 沖田はそれを見て、優しい手つきで墓標を撫でた。

 もうすぐ墓の主が死んでから45年。あっという間のようで長い時間だった。もうあの頃のメンバーも大分減ってきてはいるが、それでも未だにこうしてこの墓石に訪れる人間は少なくない。それもこれも、一概に墓の主の功績と人柄が成した所業故のことだろう。

 

「そう言えば、あれが本になるって決まったらしいけど、題目はもう考えたのかい?」

 

 ”あれ”と云うのは、きっと沖田たちが新聞に掲載させ続けてきた回顧録のことなのだろう。幕末が終わり、明治も半ばを過ぎた頃に連載を始め、今度それが本として出版されることが決定した。世間では、あまりにも荒唐無稽な話を詰め込まれ過ぎたため、「新聞社が匙を投げたのでは?」と噂されていたりするのだが、その真相は明らかになっていない。

 何にせよ、今回はそれに際し題目も何かしら別のものに変えようと仲間内で話が出て、その役目を任されたのが沖田なのである。

 

「私の中ではもう決まっていますよ」

 

「へぇ、それは気になる。ちょっと教えてくれよ。酒のつまみにするからさ」

 

「駄目です。こればっかりは永倉さんにも教えていないので」

 

「なんだ、沖田ちゃん。歳をくってケチにでもなっちまったのか」

 

「斬りますよ?」

 

 斉藤はその言葉にからからと笑いながら、もう一度酒を注いで呷った。

 

「そりゃ困る。僕も沖田ちゃんもいい歳な訳だし。あの頃みたいに斬り合いなんてできないよ」

 

「そんなのやってみなければ分からないじゃないですか」

 

「分かるんだよ、それが。俺もそろそろこの人のところに行ける気がするんだ……」

 

 斉藤は普段の洒落なんか捨てて、真面目な顔で言った。

 反面、それを聞いた沖田は顔を伏せて、

 

「そうですか……。また寂しくなりますね」

 

「心配しなくても、沖田ちゃんには可愛いガキたちがいるだろ」

 

「それはそうですけど。それとこれとは話が違いません?」

 

「いやまあ……仰る通りなんだけどね」

 

 それ以上なにも言えなくなったのか、気まずそうに頭をかく斉藤。

 沖田もそれを見て深い息を吐くと、不意に墓石へ語りかけ始めた。

 

「そちらはどうですか? 皆さんと仲直りはできていますか? 今度そっちにこのヘラヘラした人が逝くらしいので、可愛がってあげてくださいね」

 

「沖田ちゃん!?」

 

「久しぶりにこの人の絞め技でもくらえば、少しは斉藤さんも真っ直ぐな男になれますよ。ついでに土方さんや原さんにもお祈りしておきましょう」

 

「それは普通に死体蹴りってもんだ、やめてくれ!」

 

 地獄の河原で鬼よりも怖い元同僚たちにいじめられるなど、斉藤は想像しただけで身震いした。その反応だけで十分楽しめたのか、「今のは冗談ですから酒でも飲み交わしてくださいね」と沖田は墓石に一声かけなおす。その時、何となく残念そうな彼らの顔が浮かんだのは気のせいだと、斉藤は己に言い聞かせることにした。

 

「はあ……ったく。そろそろ帰るよ、沖田ちゃん。二人きりのところ邪魔して悪かった」

 

 墓の主のために注いだ酒も呷り、そう言って斉藤は踵を返した。

 沖田もそれを止めることはしないらしく、「私がいない二日間の掃除、ありがとうございました」と頭を下げる。この瞬間だけを見れば、何やら夫の友達をお見送りする妻のように感じた。

 ふと斉藤は最後に墓の方へと振り返る。そこには、居るはずもない墓の主が楽しそうな笑みを浮かべて沖田の隣で手を振っているように見えた。

 

(———やはりいかんな)

 

 今こうして沖田も自分も生きているのは彼のおかげだと分かっていても、思うところはある。どうして己だけ先に死んでしまったのか、どうしてこんな最後を迎えてしまったのか。数十年と後悔してきたつもりなのに、いまだにこの感情は斉藤の中から消えそうにない。清濁併せ呑んでこそ人生とは思うが、あれはあまりにも濁りが強過ぎたのだ。

 

「ちと飲み過ぎたかな……のう、近藤さん」

 

 そうやって空を見上げて呟いた言葉は、誰に届くわけでもなくころりと地に落ちた。

 

話の進め方についてのアンケート。

  • 余計な話は省いて、展開を早く
  • 余計な話は省いて、もう少し展開を早く
  • このままの感じで、遠回りしながら
  • もっと話を入れて
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