新選組顛末記ー桜セイバーと男の幕末譚ー   作:とある

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書くのむずい、訳分からなくなってきた。

とりあえず最後に少しだけアンケートします。


2.

 人を笑わせるという意味が込めて、道化人。

 私が抱いた男への感想は、それが的確なのだと感じました。

 

「それで内弟子になるのは、そっちの小さい子で良いのか?」

 

 島崎勝太と名乗った男は、心の乱れをまったく感じさせない平静な声で言いました。

 あれから。

 甘味処前でのひと騒動後、それを引き起こした当人であるこの男は、私たち姉妹を連れ出し江戸の街を歩かせていました。相変わらず男の上半身は裸のせいで、通りすがった町民から奇異の目線を投げられますが、もちろん、この男はそれを気にした様子もありません。逆に一部の女性からは、男の鍛えられた肉体美にうっとりしている様子も見受けられました。

 

「内弟子、というよりは、奉公人に近いかもしれません」

 

 そんな取り立てておかしい状況にも関わらず、姉は臆することなく男に言います。

 

「奉公人? おかしいな、義父(しはん)からは内弟子と聞いてたんだが」

 

「書状では名前と日程しか取り決めていなかったために、どうやら齟齬があったのかもしれません」

 

「んー? まあどっちでも俺は構わねーから良いか」

 

 と、島崎勝太は肩の生肌を掻きながら答えました。

 

「そう言えば自己紹介がまだだよな。俺は島崎勝太、周りからは『かっちゃん』とか、『勝』って呼ばれてんだ。よろしく」

 

「私の名前は沖田みつと言います。こちらが———」

 

 そう言って私の顔を見つめる姉。

 ここからは己で名乗れというのが、姉妹でなくとも分かりました。

 

「私が沖田宗次郎と言います。よろしくお願いします」

 

 私がゆっくりと頭を下げれば、島崎勝太は煩わしく思ったらしく「いいよ、そういうの」と言って、頭を上げさせました。一目見た時から適当な男っぽいと感じはしましたが、どうもこの適当さ加減は武士っぽくありません。私が知っている武士は、もっと堅苦しく自己中心的な考えを持った連中のことです。他人に頭を下げられて面倒に思う武士など、この世にはいないと思えるくらいでした。

 

「聞けば、勝太さんは試衛館の跡取りなのですよね」

 

 みつ姉のその問いかけに、私は思わずぎょっとします。

 こんな見窄らしい男が、道場の跡取りというのは、どうも私には信じられないからです。

 

「まあ成り行きでな。少々、事情があって跡取りに成らせてもらったんだ」

 

「成り行きで、ですか?」

 

「ああ」

 

 やけに力強く、島崎勝太は言います。

 

「俺が試衛館で過ごせていられるのは、色んな助けがあったからだ、みつさん」

 

 その言葉の裏には、何やらこの場で言い表せぬ事情と感情が秘められているのは明らかと言えました。そのため姉も私も、それについて深く言及するつもりにはなれません。聞いたら答えてくれるかもしれませんが、他人の裏事情に興味を示すほど、変態的な趣味を私たちは持っていないからです。

 島崎勝太もこれ以上この話を続けるつもりはないらしく、土埃のついた袴をはたきながら続けました。

 

「そういやー、みつさん達の家はどの辺なんだ?」

 

「一応ここから一刻半のところにあります」

 

「一刻半かー、まぁ走れば近いか?」

 

「籠などを使えば、それなりの時間ではありますね」

 

 そう言ったみつ姉は少しばかり暗い顔になりました。

 

「ここから試衛館も結構歩くから、道場から家だと少しばかり遠いのか」

 

「はい。道場から私たちの家までは二、三刻は掛かると聞いております」

 

「じゃあ、俺の足だと半刻もかからないかもしれないな」

 

 と、いきなり己の運動能力を自慢げに語る島崎勝太。

 

「……冗談だ。そんな目はやめてくれ」

 

 私たちの冷めた目線に耐えられなくなったのか、男は手を振って誤魔化しました。

 

「度を越した冗談はよしてくださいね。あまり感心できません」

 

「いやー、一応この重たい空気を和ませようと思った冗談だったんだけど……申し訳ない。このちびっ子もさっきから全然喋らないし、緊張してるのかなって思ったんだよ」

 

 みつ姉はそう言われて、納得したように頷きます

 どうやら先ほどから私が喋っていないことに、姉も思うところがあるらしい。私個人の思いを言わせてもらうとするならば、特段、この男と話すことも無いだろうと考えてのことなのだが。

 

「別に気を遣っていただかなくて結構です。何か聞きたいことや喋りたいことがあれば、私の方から話しかけますし。今のところはそうですね———特に無いです」

 

 私がそう言ったためか、ぴきりと場が凍ったのを感じました。

 表情には出ていないが、姉が困っているような気がします。しかしそれよりも困ったような態度を表しているのは、島崎勝太の方でした。彼は目玉をキョロキョロと忙しなく動かし、拳を不規則に開閉させています。私のような小さい童から、こういった辛辣な言葉を聞いたことがなかったのでしょう。それか、もともと感情が人一倍表に出やすい人間だったのかもしれません。

 

「コホン……とりあえず宗次郎さんや、江戸の町でも案内しようか?」

 

「いえ。必要ないので大丈夫です」

 

「じゃ、じゃあどこかで食事でも?」

 

「先程の団子でお腹は膨らみました。それにあなた一文無しではないのですか?」

 

「あ……確かに俺お金持ってなかったわ」

 

 ご機嫌取りをしたいのか、それとも気まずいのが嫌なだけなのか。島崎勝太は色々と私に提案してくれますが、それらを全て一蹴します。

 私は無駄な馴れ合いを、試衛館の人間とするつもりは一塵も無いのです。

 

「はあ、呆れました。本当にそれで試衛館の跡取りなのですか? みつ姉、私はこんな人が道場主になるかもしれない所に行くのは不安です」

 

「あ、あはははは……」

 

 私の言葉にみつ姉は何も言い返せないのか、乾いた笑みを浮かべるばかりでした。

 しかし意外なことに、それへ楯突いたのが島崎勝太です。

 

「よーし、そこまで言うなら俺のすんごい所を特別に見せてやる」

 

 肩を大きく回しながら島崎勝太は言いました。

 見るからに胡散臭いとは、まさにこの事を言うのでしょう。島崎勝太の凄いところと言えば、それは武士のくせに上半身裸でも、迷うことなく路上をうろつけることです。他の旗本とかであれば、こうはいきません。武士とは基本的に、身の丈にあった見栄を張るものです。

 

「すごい所ですか?」

 

 私は興味が無かったのですが、どうやら姉は興味があるそうです。

 

「試衛館の跡取りが、いかに素晴らしいかを教えてやるのさ」島崎勝太は言います。「着いてきな」

 

 そう言って我々を連れ立って向かったのは、川越人足もいない大きな河原でした。周りには渡し船と思わしきものが、3〜4隻ほど、川岸に停泊しています。

 私たちが川を見つめていたせいか、船渡しで船頭をしていると思わしき男が、「渡るんだったら金を寄越しな」と言ってきました。島崎勝太はそれを聞いて「ああ、渡らんから大丈夫だ」「代わりに船をちとばかし安全なところへ避難させてくれ」と言うのです。

 あまりに妙なことを言うものですから、船頭も首を傾げながら離れていってしまいました。上半身裸の男が奇抜なことを言っても、誰も真剣に取り合わないのです。当然と言えば当然のことかもしれません。

 

「あの、島崎さん。ここで何をするのですか?」

 

 あまりに何をしでかすのか分からない島崎勝太に、姉はとうとう痺れを切らして問いかけました。私としても、少しだけこの男が何をするのか気になっている節があります。大きな川に来てすることと言えば、大抵は釣りか、川越えくらいのものですから。

 

「まあまあ、見ててくれ、みつさん。少しばかり面白いものを見せてやる」

 

 そう言って島崎勝太は、私たちを背後へと追いやり、川に正面を向いて目を閉じます。体勢は左手を前にかざし、右手は自身の懐部分へと引き絞って、腰を低くしていました。

 島崎勝太はそのまま息を短く吸いました。そして、ゆったりとした動作で吐き、また短く吸います。

 

「―――――Anfang」

 

 そう言って、何かよく分からない言葉を吐いた島崎勝太。

 すると勢いよく引き絞っていた右手を、目の前の川に叩きつけます。

 そうすればなんと言うことか。拳を突き出した前方部分、つまりは拳から川を伸びて対岸までの一筋に、大きな亀裂ができてしまったのです。人間技ではない威力の拳。誰がどう見ても、島崎勝太という男が川を割ったようにしか見えません。同じように、渡し船を避難させていた船頭たちは、あまりの出来事に口を開け放っていました。

 

「っ、———ちょっとやりすぎたかも。うっかりしてた……。ま、まあ、これですごさは分かっただろ!?」

 

 唖然としている私たちを差し置いて、島崎勝太は笑顔で言いました。

 すごいという言葉を一段か二段ほど凌駕しています。人間にはこんな隠れた力が潜んでいたのかと思うと、恐怖しか思い浮かべれません。隣にいた姉ですら絶句という言葉がよく似合う様子をしていました。

 

「な、なんですか……今の」

 

「ん? なんかよく分からないけど、グッと力をこめて、バーンてやったら出来ることに気がついた」

 

 島崎勝太は告げると、なんでもない様子でからからと笑いました。

 この男にとってはこれが出来て当たり前なのかもしれません。

 私たち姉妹はお互いに丸くした目を合わせ、「意味が分からないです」と呟くのでした。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって河原の側。

 誰にも見つからない高草の影に身を潜めて隠れた四人の男たちが、勝太たちを眺めながら内談していた。

 

「今の見た……?」

 

「人間の技じゃねぇ。あんな野郎に報復なんて出来るのかよ」

 

「う、うるせぇ。あのまま帰ったら荷主に俺たちが殺されるんだ。なんとかしねーと……」

 

 一人を除いた三人が、声を震わせながら話を進める。

 彼らとしても、先程の光景を見た後では、とても勝太に喧嘩を売る覚悟ができないらしい。

 

「でも、あんな力で殴られちゃ、俺たちどのみち死んじまうぜ。それこそ、四肢がもげちまう。あのクソ野郎、あん時は手加減してたみたいだが、次は本気で俺たちを殴るかもしれねぇよ」

 

「うるせぇ、だからいい案がないか考えてんだろうがい!」

 

「だからその案が浮かばないんだってさ……」

 

 しかしそんな時、結論が出ない話し合いを続ける三人に向かって、黙っていた一人の男が口を開いた。

 

「いや、あるじゃねぇか」

 

 そう言って、四人の中でも一人だけ、その男はほくそ笑む。

 

「あのにっくき兄ちゃんに仕返しをする、特上の策がよぉ」

 

 その男が見つめる先。そこにいたのは、一人の小さな小さな子供の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 私たちは河原から一転、建築物が縦並ぶ町中へと戻っていました。

 島崎勝太と姉は、私から少し離れたところで会話をしています。どうやら、今後のことについて話しているそうでした。

 私としてはあんな化け物じみた人間のいる道場に行くのが、不安で堪らないのですが、姉にはあれが受けたそうです。強い男に惹かれるのは女としての宿命と誰かが言っていましたが、あれは少々行き過ぎた感が否めません。私としては、逆に恐怖を感じたくらいでした。

 

「よう、童。こんなところで一人かい?」

 

 そんな折、後ろから私に声をかける人物がいました。

 

「誰ですか?」

 

 私は振り向きながらそう問います。

 私の背後に立っていた人物は、淡い青の着流しを着た不衛生な男でした。どこかで見たような気もするのですが、どうも思い出せません。

 

「ああ、別に誰だって構わないだろう。てめーさんには悪いけど、ちょっと面を貸しちゃくれねーか」

 

「嫌ですよ。誰だかわからない人には付いて行くなと姉から教わっているので」

 

「じゃあ、俺が誰か分かればいいのかい?」

 

 要領を得ない返事に、私は思わず頭を悩ませました。

 こういう輩は一定数どこかにはいるものです。有名なもので言うと「日向飫肥人買船実録」などが有名でしょうか。まあ、あれは家出中の子供たちを攫うというものですが。

 

「人攫いならもっと通行人の少ないところでやるべきですよ。ここなら、誰かに見つかってしまいます」

 

「それで良いんだよ。俺たちゃ、てめぇに直接の用は無いんだから」

 

「はぁ、それは一体どういう……」

 

 そこまで言った瞬間でした。

 後ろから口元へと手を回され、私は息が出来なくなります。本当にこんな大通りで人攫いをすると思っていなかった私は、油断していたこともあり、そのまま無抵抗に男へ抱き抱えられました。

 

「悪いけど、少々痛いめ見てくれや。なーに、大人しくしていてくれりゃ、殺しはしねーよ」

 

 男はそう言うと、あえて人目に着くような道順で、そのまま私をどこかへ運ぶのでした。

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、知らない家屋に連れ込まれていました。

 一応、あそこからの道順は見ていて覚えたので、帰ろうと思えば帰れるでしょう。そこまで遠くないのが唯一の救いと言ったところです。

 私を攫った男はというと、仲間と思わしき3人組と合流して、何やらこそこそと密談を始めていました。私はその3人組を見て、ようやく「ああ、あの大八車を押していた……」と事の顛末を察するのです。

 どうやらあの四人組は、島崎勝太と真正面からかち合っても勝算が無いと判断したのでしょう。確かにそれは賢い考え方と言わざるを得ません。河原での一幕を見た私が言うのですから、これはほとんど確定事項のようなものです。

 きっと、この男たちもあの一幕をどこか隅の方で眺めていたのでしょう。それゆえに、私を攫うというまどろっこしいやり方を実行したのです。私からすれば、完璧に巻き込まれ事故な気がするのは否めません。だってこの人らの大八車と積荷を台無しにしたのは、私ではなくあの男なのですから。

 

「それで、これからどうするんだい。()はできるだけ穏便には済ませたいけれど……」

 

 四人組の中でも、外見は一番若く見える男がそう言いました。

 仮に彼へ名前をつけるとすれば、若さんと言ったところでしょうか。

 

「どうするもこうするもあるめい。ここまでやったんなら、計画通りこの()()を餌にして、()()()()あの()()()()()()へ報復すんのさ」

 

 次に喋ったのは、四人組の中で一番筋肉が発達している男でした。

 前の人と区別するためにも、彼のあだ名は筋肉さんで良いでしょう。

 

「じゃあ、奴がここに駆けつけたとき、この()を人質にして、積荷の罪を全部被ってもらうってことで良いんだな? でも仮に奴が抵抗してきた場合はどうするんでぃ」

 

 そんな懸念を口にするのは私を攫った不衛生な男でした。

 少しでもあの男に抱き抱えられていたのかと思うと、多少嫌な気持ちになってしまいます。復讐の念を込めて、彼のあだ名は汚物にしようと思いました。

 

「そんときはこの()()を殺してやりゃ良いのさ。そうすりゃ、ちょっとはあの()()()()も、()()らにしたことを後悔するだろうよ」

 

 そう締め括るのは、やはり先程の甘味処前でも頭領格を発揮していた男です。

 他の三人がその言葉に唾を飲んでいるのにも関わらず、その頭領格の男だけは平然を装っていました。今回の計画を立案し、実行させたのも彼だと容易に想像ができます。なので、私はその男に向けて事実を教えてやることにしました。

 

「残念ながら、私に人質の価値はありませんよ。あの島崎勝太と出会ったのも今日が初めてです。私は姉から彼のいる道場へ預けられることになっていただけで、彼にとっては私への思い入れなんて、小蝿ほどの大きさもありはしません」

 

 事実、私は出会ったからというもの、島崎勝太と言葉を交わしたのは片手の指で数える程度なのです。そんな仲なのに、命を賭けてまで助けに来るとは到底思えませんでした。

 みつ姉なら、私を死に物狂いで見つけ出してくれるかもしれませんが、それも期待が薄いでしょう。何せみつ姉は女です。女一人がこの野郎どもを相手に、大立ち回りができるとは思えませんでした。それに姉が憂いていたとは言え、所詮私は口減らしされるような子供なのですから。

 

「それが本当だという確証がねぇなー」

 

 頭領格の男がそう言いました。

 

「確かにあなたたちを信頼させるほどの証拠もありません。なので、私が何を言っても無駄なのでしょう」

 

「ふん。妙に賢ぶりやがって、いけ好かねぇガキだ。もしテメェの言うことが本当だとしても、さっきうちらが話していた通り、テメェを目の前で殺してやる」

 

「お尋ね者になりますよ?」

 

「上等だ。積荷が駄目になった時点で、うちらの未来はもうねぇんだからよう」

 

 それだけを話すと頭領格の男は、汚物に指示を飛ばします。

 

「おい、少しだけ計画を変える。こっちからあの兄ちゃんを呼び出してやれ。きちんと、このガキが人質になってることを話すんだぞ」

 

「おうさ。きっと、さっきの所でこの童を探しているだろうし、四半刻もせず連れて来られるだろうよ」

 

 汚物はそう高らかに宣言すると、軽い足取りで家屋を飛び出て行きました。

 さっきの所で私を探していると、汚物は憶測をしていましたが、それも怪しいと思います。何せ私と島崎勝太の間には、本当に、これっぽちも、恩情を向ける対象では無いのですから。それこそ、私が居なくなったのを良いことに、さっさと道場に帰っているかもしれません。その場合、ここへ連れてこられるのは、私を探しているであろう姉でしょう。

 実にまずいことこの上ない状況です。姉が連れてこられた場合、私は自分の不甲斐なさと悔しさで死に悶えるでしょう。口減らしをするために送り出されたにも関わらず、初日からこのような事件に巻き込まれるとは……。

 よくよく考えれば、全てはあの男が引き起こしたのに、皺寄せが全て私に返ってくることに不満を抱かずにはいられませんでした。

 

「それにしても、小僧。おめぇの言うことがもし本当なら、なんで道場なんかに預けられるんだ? 内弟子にでもなるのかよ」

 

 筋肉が、私の鬱屈とした顔を眺めながら言いました。

 

「いいえ。別に内弟子になるわけでは無いです。そもそも私は女なので」

 

「女? おめぇ、女なのか?」

 

 そう言って私を舐め回すように眺める筋肉。

 傍らでは、若さんも私の身なりをじろじろと不躾な眼差しで見つめてきます。

 

「どう見ても男の子供にしか見えんな」

 

「失礼ですね。まあ、よく言われますけど」

 

「でも、それじゃもっとおかしいじゃねーか。なんで女が道場なんかに預けられるんでい」

 

「それは……」

 

 筋肉の言葉に、私はそのまま何も言い返せず黙ってしまいます。

 

「馬鹿野郎。この時代で意味の分からんところに見受けさせる理由なんざ、そこまで多く無いだろう。どうせ口減らしだ。このガキ、姉に捨てられたんだよ、くくく」

 

 頭領格の男は、何か面白いものでも見つけた子供のように、そうやって喉の奥から笑いを漏らしました。

 その行為が私の琴線に触れます。

 なぜこのように何も知らない奴らから、私と姉の事情について笑わなければいけないのか。親が早くに他界して、姉がどれだけ苦労したかも知らないくせに。

 姉の苦渋の決断を、私の苦しみをこんな野蛮な連中に笑われたくはない!!

 

「何も知らないくせに……」

 

「ああ?」

 

「何も知らないくせに、がたがた喋るなって言ったんですよ」

 

 拳を握りながら私は立ち上がりました。

 これ以上、この男の傲慢で不遜な口振りを聞いてはいられません。例え姉に見捨てられようと、姉に捨てられようと、その決断を下した姉を見下す発言だけは、私は誰であっても許すつもりはないのだから。

 

「面白いことを言うな、ガキ。なら俺の口を閉ざしてみろよ」

 

 その言葉を皮切りに、私は精一杯、まだ発達しきっていない躰で駆けるのでした。

 

 

 

 

 

 

 場面はまた変わり、建築物が縦並ぶ町中。

 そこで島崎勝太と沖田みつは、突如いなくなった宗次郎を探していた。

 

「宗次郎、見つかりましたか?」

 

「いや、こっちでも見かけなかった。だがやっぱり、子供が攫われているのを見たって人間が多数いる。皆一様に、黒髪の童が誰かに抱えられていたと。でも、どこに行ったのかまでは誰も分からんらしい」

 

「そうですか……」

 

 みつは勝太の報告を聞いて、思わず鬱積した。

 宗次郎がいなくなったと気がついて、直ぐに探し始めたというのに、どうしても見つからない。それどころか、人に聞けば聞くほど「子供が抱えられていた」という証言が出てくるばかりである。その度に、どうして止めてくれなかったのかと問い詰めたくなったが、それは時間の無駄だと思い、辺りを駆けずり回ったのだった。

 しかし……、

 

「やはり、私のせいなのかもしれませんね」

 

 宗次郎が見つからなかったせいか、みつは自暴自棄になりながらそんな言葉を吐き捨てる。

 

「何か心当たりでもあるのか?」

 

「いいえ。ただ、島崎さんは知らないと思いますが、実はあの子、試衛館に行くことを嫌がっているんです」

 

「そりゃ、またなんで……」

 

 勝太はどこか思い当たる節があったものの、それを無視して聞き返す事にした。

 出会った時から、みつと宗次郎の雰囲気をどことなくおかしいと感じていたのもある。やけに宗次郎が勝太のみに対し、冷たい対応を取っていた事にも、彼自身は気づいていた。

 

「簡単ですよ。私があの子を口減らしのために試衛館へ預けるからです」

 

「口減らし? 義父からは一度もそんな事を聞かされてないぞ」

 

「そうだと思います。何せ、私はそのことを夫以外に誰にも言ってませんから」

 

 そう言って力なく自嘲すれば、みつはこう続けた。

 

「でも、あの子は歳不相応に聡いんです。私が言わなくなって、その事については察していました。私がどれだけ、『良き事を成すため』だと言っても、そんな見え透いた建前を看破してしまうほどです。

それでもあの子は私のことを好きだと言ってくれました。笑える話ですよね? あの子を自分可愛さに手放す姉ですよ。あの子から愛情を受ける権利など、どこにありましょうか」

 

「それは……」

 

「だからこれはきっと天罰なのです。あの子を騙し、自分を騙した私への阿弥陀様が下した罰。私は一生、あの子を手放した罪と後悔に襲われるのが、お似合いなのでしょう」

 

 唇を噛み締めるみつを見ながら、勝太は言葉を詰まらせた。

 なんと声をかけていいものか。それなりに濃密な人生を送ってきているとは言え、勝太だってまだ18歳のガキンチョである。21世紀基準で考えれば、彼もまだまだ大人とは言えない年頃だ。そんな人間が上っ面の言葉だけで、目の前の女性を慰めるのは気が引けた。

 もとより、勝太はそこまで口が達者な方ではないと、自覚しているのもある。

 だからここは勢いだけで押し切ろうと、勝太はみつの手をとって、声に覇気を乗せ説得する事にした。

 

「っ、そんなくだらねーことを考えてる暇があるなら、さっさと宗次郎を探そう! 天罰とか、罪とか、そんなもん今は関係ねぇだろ! みつさんは自分のための口減らしって言ってるけど、本当はあいつを食わせていくため、仕方がないことだったんじゃ無いのか!!?」

 

「そんなの言い訳ですよ……。結局、あの子の気持ちも考えずに、私たち夫婦が得しているだけじゃ無いですか」

 

「っ〜〜〜、言い訳なんかじゃねぇよ! 実際、これからあいつが試衛館でどうなるのかなんて分からねーけど、それでも今まであいつを育ててきたアンタが、あいつのことを考えなしに手放すわけないだろ!!

これは天罰なんかじゃねぇ! 決してアンタのせいでもねぇ! こんなことする奴らが悪いのであって、アンタと宗次郎には何の非も無いんだから!」

 

「島崎さん……」

 

 みつは呟く。

 勝太の言葉を飲み込むために、何度も何度も己の中で繰り返して。

 

「そう、ですね。私は何を弱気になっていたのか……。そうです。そうですよね」

 

 と、そんな時だった。

 みつと勝太の正面から、人垣を割るようにして現れた男がいる。

 

「へへ、ここにいたのか」

 

 二人が視線を投げれば、そこには不衛生な着流しの男が立っていた。

 無作法に生えた髭。結われていない乱れた頭。それら全てが、男の無頼漢度合いを高めている。

 

「誰だ、てめー」

 

 思わず勝太は、いつもよりも数段低い声のトーンで声を放つ。

 この状況下で出てくると言うことは、つまり宗次郎が攫われたことと無関係ではないと思ったからだ。普段は馬鹿なくせに、こう言った時は際限なく野生の勘が働く。

 

「忘れたのかい? さっきは大通りでよくも積荷と大八車を駄目にしてくれたな」

 

「まさか、あの時の四人組の一人か」

 

「おう、そうさ。ようやく思い出してくれたのかい。嬉しいねぇ。貴様のおかげで、俺たちは荷主からどんな罰を受けるか分からねぇ羽目になっちまったじゃねーかよう」

 

 それを聞いた勝太は唖然とした様子で、「もしかして、そんなことだけで宗次郎を攫ったのか……?」と言った。

 

「へへ、あの童、宗次郎って言うのか。随分とおとなしい童だったぜ」

 

「テ、メェ」

 

 わらわらと震える拳。今すぐにでもこの男を殴り飛ばし、数発程度蹴りを打ち込んだ末、宗次郎の居場所を吐かせたいと考えた勝太だが、その行動は次の不衛生な男のセリフで中断される。

 

「おっと、ちょい待ちな。俺が無事に帰らねけりゃ、あの童の命は保証しねーぜ」

 

 みつと勝太が自信たっぷりな様子で吐かれた言葉を理解するのに、時間は掛からなかった。

 そんな二人の反応にご満悦な笑みを浮かべる不衛生な男。二人はそれを見せられながらも、何もできない自分に腹を立てる。

 

「なら、俺はどうすればいい」

 

「簡単なことさ。俺たちの代わりに貴様が死んで、荷主に詫びいれろ。そうすれば、俺たち四人の首も、あの童の命も守られるってもんだ」

 

 男は首を切るジェスチャーをしながら言った。

 彼らの目的はあくまで己の命の保全である。ついでに自分たちを侮辱した勝太へ復讐できるのなら、御の字といったところだ。別にそれ以上の悪事を働こうなどとは思っていないし、そもそも彼らはそういう事が上手な手合いでもない。

 根からの小物と言われればそれまでだが、小物には小物なりの悪事があるのだ。

 

「そんな、それはいけません! いくらなんでも横暴ですよ!? 第一、あれだけの積荷を一度に積みすぎていたのは、そちらの荷主が原因ではないですか! 江戸の町は人が多く往来する場所。それを知っておきながら、あのような野蛮な運送をしていた、貴方達に非があります!」

 

「知るかぁ!! 俺たちは依頼主がやれって言うなら、やるんだよ! こっちも仕事だ。半端なことなんてやらねーのさ」

 

 不衛生な男はそう怒鳴り散らした。その鬼気迫る表情から、男たちにも何やら言い知れぬ事情があるのかもしれない。

 だが、それとこれとは話が別でもある。先にルールを破っているのは明らかに男たちの方であり、危うく死罪になりそうなところを助けたのが勝太なのだ。恩を述べられはしても、文句を言われる筋合いだけはないと言えるだろう。

 勝太もそれは理解の上だが、今回に関しては宗次郎の命が危ぶまれている。今更この男達に、一般的な正論を吐いたところで意味がないことは、いくら彼でも理解できていた。

 

「俺の命だけで助かるのか?」

 

「ああ、荷主の目の前に言って、全部テメェがやったと白状したのち、そのまま俺たちに殺されてくれれば良い。それだけの簡単なお仕事だ。できるだろう?」

 

 勝太は頷く。

 攫われた宗次郎は「私のために危険を冒すわけがない」と言っていたが、迷うことなく勝太は己の身を差し出した。

 それで宗次郎が助かるのであれば。今の勝太の頭の中には、それしかない。

 

「島崎さん」

 

 みつはそれを見て泣きそうな顔になりながら呟いた。

 こんな理不尽な提案に乗らなければいけない勝太を憐れんだのか、それとも宗次郎を守ってくれる存在を尊んだのかは分からない。けど、彼女の目には心配そうな色だけが濃く映し出されていた。

 

「大丈夫だ。俺は天下一の侍になる男だぜ? こんな奴らには殺されねーよ」

 

 勝太は目尻に皺を寄せて笑う。なんともない日常風景のようなその笑顔は、彼の人柄を表しているようだった。

 

「け、随分と啖呵切ってくれんじゃねぇーか。おら、こっちだ。まずは俺たちの仲間がいる家屋まで来てもらうぞ。童を解放するのは、貴様を殺してからだ」

 

 

 

 

 

 

 呼吸をするのも辛いと感じたのは、これが初めてでした。

 

「はぁ……はぁ、はぁ」

 

 手足には斑点模様のように広がる痣の大群。少しでも動かせば、皮膚と骨に痛みが走ります。

 

「やりすぎじゃねーのか?」

 

 若い男が私の惨状を眺めてそう言いました。

 今の私は地に伏せており、誰が見ても致命傷なのが分かるのでしょう。島崎勝太のために人質にする予定の私をここまで痛めつけてしまっては、意味が無いと感じているのかもしれません。

 まあ、なんにせよ。これで私は完璧に人質の価値を失せました。

 

「うるせぇ。思ったよりもこのガキが抵抗するのが悪い。姉に捨てられたことを笑ったくらいで、つまらねー意地張りやがって……」

 

 頭領格の男がそう吐き捨てると、手短な所へどさりと腰掛けます。

 私を殴って随分と体力を消耗したのかもしれません。私も初めて人に殴りかかったのですが、心臓がはち切れそうなほどうるさく動いているのが分かりました。なるほど、これは確かに苦しいです。

 

「どうすんだ。この小僧の有様じゃ逆効果としか……」

 

「やっちまったもんは仕方ねーだろ。最悪、ガキは死んでないんだ。ある程度痛めつけていても、人質として役に立つ」

 

 筋肉の男に言われて気が立った頭領格は、徐に隠してあった小刀を板張の床へと突立てました。

 小刀は見たところ人を斬った形跡は見当たりません。きっと、護身用として隠し持っていたものか何かなのでしょう。彼らが普段、こういった事に慣れていないのが、それを見ただけで分かりました。

 確かに人質へ安易に手を出す下策を、手慣れた人間がするとは思えません。

 

「何度も言うが、俺たちはどうせ荷主に責任取って殺されるかもしれねーんだ。ここでガキの一人や二人、殺す覚悟ができてなければ、全員お陀仏だぞ!!」

 

「そ、それはそうだけどよ」

 

「僕としては、素直に謝った方がいいんじゃって思うけど……」

 

「なに?」

 

 若い男が頭領格の男へ意見を述べると、きっと蛇が蛙を睨むような眼差しを向けました。これには流石に続けて何かを言う気も起きないのか、若い男はしどろもどろになってしまいます。この四人組の中でも一番、力が弱そうなのもあわさって、なんとも情けない。

 私は口に溜まった血を、そんな感情と共に吐き出しました。

 

 すると、こんこんと外から戸を2回叩く音が聞こえました。

 頭領格の男が戸に顔を向けると、「入ってきな」と声を掛けます。それに合わせるかのように他の二人も、それぞれ自分の立ち位置で構えました。

 しばらくしない間に戸が開きます。そこから入ってきたのは、私を攫った不衛生な男と、姉、そして来ないと思っていたはずの島崎勝太でした。

 

「連れてきたぜ」

 

 不衛生な男が言いました。そして家屋の中をぐるりと眺めると、その中でも私の惨状に目がいったのか、目を丸くさせます。

 その反応に釣られ、みつ姉と島崎勝太も同じように私の方へと向きました。

 みつ姉は私を見て、口を押さえ目尻に涙を浮かべます。反対に島崎勝太は、眉毛一つすら動かさず、淡々とした声で「これはどういうことだ」と不衛生の男に投げかけました。

 

「な、なんだこれ……。童を痛めつけるなんざ、俺は聞いてねーぞ、おい!?」

 

 不衛生な男は激昂した様子でそう言いました。

 しかし、そんな反応など端から気にするつもりなどないのか、頭領格の男はこめかみのあたりを指で掻きます。

 

「ちょっと、テメェは黙ってろい。———よう、兄ちゃん。さっきぶりだな。うちらの大八車と積荷を台無しにしてくれて、無事で済むとは思ってないよなぁ?」

頭領格の男は言いました。

 

「それより、なんで宗次郎が傷ついてる」

島崎勝太がそう返します。

 

「ああん? そんな細かいことはどうでもいいだろうが。命まで取ってはねーんだ。約束は守るさ」

頭領格の男は言いました。

 

「なんで宗次郎が傷ついているのかと聞いている」

島崎勝太がそう返します。

 

「チッ、うるせーな。ちょいとこのガキが絡んできたんだよ。姉に捨てられるのが可哀想だって同情してやったらな」

 

 それを聞いた時、はらわたが煮えくり返る気がしました。

 お前に同情される覚えなんてないのだと、言いたくなりました。

 しかし、私はあまりの痛みに声が出ません。それどころか、先程から指一本も動かせないでいるのです。

 

「同情だと?」

 

「ああ、だってそうだろう? こいつ口減らしのために道場に売られるんだぜ! そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんざ、どれだけ痛めつけようと、誰も困りはしねーだろ!?」

 

 

 ———うるさい、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!

 頭の中で回想される、貧困に喘ぐ姉。

 私さえいなければ、もっと違う生き方ができたかもしれない。

 そんなこと、私は物心がついてたから何度も考えさせられた。

 

 

「このガキは常に誰かに迷惑をかけて生きてきたんじゃないのか!? 本当は俺がコイツを殺した方が、そこにいる姉ちゃんも嬉しいんじゃないのか!?」

 

 

 ———そんな訳がないはずだ! 私の死を望んでいるなんて、みつ姉が望むはずない!

 じゃあ、なんで私は捨てられるのか。

 本当に私のことを大切に思っているなら、姉は私と一緒に暮らしてくれるはずなのに。

 あの時、流していた涙も本当は嘘だったのか。

 そんな疑念が私の中で再燃する。

 

 

「テメェだって所詮、このガキが居なきゃこんな所まで来なくて済んだだろう!? このガキが痛めつけられていようが、いまいが、どうだっていいことに変わりないだろう!」

 

 

 ———聞きたくない! これ以上は聞きたくない!

 でもこれが現実だと、これが事実だと。

 お前が背負うべき業なのだと言われているような気がして、私はその言葉をただ静聴するしかできなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れっ!!!!!!」

 

 場が静まり返った時、その男の怒号はやけに響いた。

 ろくに動かない頭を無視して、その声の方を見れば、そこには島崎勝太が一人———拳を握りながら立っている。

 

「お前に宗次郎の何が分かるっ!

 お前にみつさんの何が分かるっ!

 この二人は好きで口減らししたい訳でも、好きで離れ離れになりたい訳でもないんだぞ!?

 

 こんな小さい子供が実際なにをしたっ!!?

 お前みたいに弱いものを痛ぶり、嘲笑ったか!? 

 お前みたいに人を轢き殺しかけたりしたか!?

 

 生きてる価値がねぇのはテメェの方だ、このクソ野郎!!!

 これ以上俺の新しい家族を馬鹿にしてみろ!

 この島崎勝太がテメェをぶっ殺すぞっ!!!!」

 

 

 

 それを聞いた時、私の頬からぽたぽたと涙が溢れ落ちていました。

 なんでもない。私が常々思っていたことを、目の前の島崎勝太は言い放っただけにすぎません。

 それでも確かに、私の心の中には「私は生まれてこなければ良かったのではないか」「もしかしたら生きていること自体が望まれていないのではないか」という不安感があったのです。

 頭領格の男の言う通りだと思っていたことを、

 半ばそれを受け入れそうになっていたところを、

 島崎勝太という男は、真っ向から否定し、真っ向から肯定してくれました。

 

「っ……、うっ、ぐぅ……」

 

 それがどれだけ嬉しいことだったのか。

 それがどれだけ希望に満ち溢れたことだったのか。

 きっとここで書き連ねれるほど、私はその感情を正しく文章にできないのです。

 しかし、これだけは言えることがありました。

 

「もう一度、聞くぞ。なんで宗次郎を傷つけた」

 

 私はこの島崎勝太にどうしようもなく救われたのです。

 

「う、うるせぇ……うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ! このガキ殺されたくなかったら、大人しくしろい!!」

 

 頭領格の男は島崎勝太の気迫に負けずと、私に小刀を突きつけました。

 手足も動かなくなっている私では、この男の行為を止めることはできません。他の仲間たちは、未だにさっきの迫力に気圧されているせいか、動けずにいたのが幸いです。

 島崎勝太は、頭領格の男だけに的を絞り、その冷ややかな目で見つめました。誰もが体の芯から凍えてしまいそうな目をしています。足を一歩、島崎勝太が前へと踏み出せば、頭領格の男はそれに合わせて少し体を後ろへと下げました。また一歩、また一歩と近づくたびに、頭領格の男は私からも離れるように後ずさるのです。

 

「言い残すことはあるか?」

 

 島崎勝太の言葉に、頭領格は何も言いません。いえ、言えないのです。

 何を言っても、これから起こるだろう未来を変えることはできないと察したのでしょう。

 この男たちの敗因。

 それは、人質である私を傷つけたまま隠そうともしなかったこと。

 最初はそれでも勝太を御すことができると考えたのでしょうが、彼は私を見て自制するのをやめました。もしこれで私が無傷だったなら、いいや、どこか見えないところにでも監禁していれば、島崎勝太も抵抗などせず、軍門に下ったと思われます。

 どちらにせよ、彼らの手慣れなさ、感情の制御ができない幼稚な精神性がその敗因を作り上げてしまったのです。

 

「く、くるなぁ!!!」

 

 頭領格の男がそう叫ぶと同時、島崎勝太の拳が彼の顔面へと炸裂する。

 あの川をも切り裂く拳が。

 

「死んで詫びろ———」

 

 

 

 

 

 

 歩けない、喋れない。

 そんな体で私は上半身裸の島崎勝太に背負われていました。

 どんなに足掻いても、いや、足掻こうとしても、彼は私を手放すつもりはないらしく、降ろしてくれません。いわゆる為す術がないと言うものです。口だけでも動かせれば、この男の肩にでも噛み付いてやれたのに。それを私は歯痒く思いました。

 この場に姉がいれば、姉に目配せでお願いするのに、その姉もそろそろ夜が来るということで帰ってしまいました。だから今は私たち二人だけが、川沿いの道を歩いているのです。

 

「なあ、宗次郎」

 

 そんな私のことなど知ってか知らずか、島崎勝太が私の名を口にしました。

 

「お前が試衛館にくれば、お前は俺たちの新しい家族だ。姉ちゃんの代わりなんて口が裂けても言えねーけど、それでも俺はお前の新しい家族だ」

 

 新しい家族———。

 それはとても甘味な響きで、それはとても哀しい響きだと思いました。

 あの頭領格の男を吹っ飛ばした時も、男はその言葉を吐いていましたが、私にはその意味がとんと分かりません。私にとっての家族とは、姉のことであり、私にとっての希望とは、それもまた姉のことなのです。

 だから、この男が言う「新しい家族」というのは、どういうものなのか私は知りたいと思いました。

 

「来いよ。俺が、俺たちがお前を歓迎するから」

 

「———っ!」

 

 そう言って振り返りざまに見せた男の顔は、とても眩しくて、街並みに沈む夕日のように輝いて見えたのです。

 私はこの顔を、生涯忘れることがありませんでした。

 

話の進め方についてのアンケート。

  • 余計な話は省いて、展開を早く
  • 余計な話は省いて、もう少し展開を早く
  • このままの感じで、遠回りしながら
  • もっと話を入れて
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