「ママ」がいるなら「パパ」もいるでしょ   作:水色クッション

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狩り

 どうも自分は、一風変わった縁に囲まれているらしい。

 そのことにユウキが気がついたのはつい最近のことだった。

 それは彼が記憶喪失で、今まで他者と自分の比較経験を忘れていたが故である。

 

 記憶喪失。その通り、彼は記憶を失っている。

 名前はユウキ。姓は不明、年齢十七歳、……だそうだ。自身の名以外の、あらゆる意味記憶を失い草原に投げ出されていたところを保護された。

 

 読み書きや生活上必要な物事は、主にその『縁』ある彼女達から学んできた。

 人畜無害で抜けた姿がどうも彼女らの評判のようで、子可愛がりのように接された。姉か母代わりのつもりだったのか「いい子でちゅね」などと赤ちゃん言葉で頭を撫でられたこともある。

 要するに彼は、実年齢から十二は下に見られていたらしく。

 

 思春期真っ盛りの男子にとっては、それは恐らく恥以外の何者でもないだろう。一人の人間として認められたがる時期なのだ、それに逆行する赤子扱いは、アイデンティティをひどく傷つける行為だった。

 

 だがそれは一般的男子の話、ユウキは健忘者であり精神年齢も下がりきっている。

 事実、あの保育的な接し方こそ正解だったと断言できる。

 

 つまり彼にとって見知った女性の多くは、保母的な立場と同義である。たとえそれが実年齢が下であっても。

 精神的にはあちらが年上なのだから、何も問題はない。たぶん。

 だが人の親とは、母だけで成り立つのではない。もう一つ別の形がある。

 

 多くの母に支えられた。しかし母とは違いユウキにとって、父と呼べる存在は一人だった。

 

 

 

 

 

「ふぁ、ぁあ……くわ……」

 

 木々に留まる鳥達がちゅんちゅんと鳴っていた。窓から差し込んだ朝日が、目蓋を貫いて網膜を刺激する。光が夢の世界を真っ白に侵食した時、少年ユウキは大あくびと共に目を覚ました。

 

「むぅう……」

 

日光を浴びながらうんと伸びをする。心地良い朝の日差しは、心まで爽やかにしてくれた。

 

 二階にある自室から一階に降りていく。焼いた小麦の香ばしい香りが廊下まで届き、彼の鼻腔をくすぐる。空っぽの胃が稼働を始め、口の中で唾液が分泌された。

 

「おはようございます主さま。今日は一人で起きられて偉いですよ」

 

 階段を降りる音に反応し、台所にいた一人の少女が声を掛ける。

 少女の年の頃は十歳程度か。白髪に白と緑を主にした服、赤くぱっちりとした瞳。絵本に出てくる妖精さん(スノーフェアリー)が飛び出したような儚くも幻想的な出で立ちには、多くのものが息を呑むだろう。

 何者にも侵しがたい純麗さに満ち満ちていて、詩人はその出会いを森の奥、清廉なる湖畔で見た夢の一時として歌とする。

 

 そんな幻想世界の住人が、台所という最も生活感に溢れた場所にいて、エプロンを結んでいるのはある種ミスマッチだった。

 

「おはよう、コッコロちゃん。みんなはまだいる?」

「ペコリーヌ様とキャル様は既に出かけております。あの方なら庭にいると思います」

「そっか、ありがとう」

「ふふふ、まだ寝ぼけていらっしゃいますね。まずは顔を洗ってください」

 

 ユウキの一挙一頭に余裕を持って微笑む姿は母性を感じさせて──然り、彼女はユウキの従者にして育ての親である。

 身元不明男児を、今の今まで保護してきたエルフの少女だ。年上? 主従? それがどうした。返しきれぬ多大な恩を与えてくれた存在が、母と言わずしてなんとする。

 

「さあ主さま、座ってください。そういえば、久しぶりに二人での食事でございますね」

 

 手渡された布で顔を拭いたあと、引かれた椅子に座る。その隣にコッコロが座った。スペースを広々と使える箇所はあるがあえてのことだ。ユウキの隣が彼女の定位置である。

 普段は五人(……)が囲むテーブルも、二人きりだと少し過剰に感じた。

 

「「いただきます」」

 

 コッコロの言うとおり、こうして二人きりでいると昔を思い出す。昔と言っても数カ月だけ前のことだが、時間の概念がその時から始まっているユウキにとっては、十分昔と言える。

 

「とても美味でございますね」

「さいこー」

 

 二人柔らかな白パンを口に頬張る。同居人の好みによりいつもは米飯が主だったが、たまに違うものを食べてみるのも悪くない。

 

「今日の予定は決まっておりますか?」

「えっと、あのひとが言ってたかな。今日は一日わたしについてこいって」

「まあ、それは大変でございますね。申し訳ありません、今日はわたくしも私用がありまして主さまと共にいることが出来ないのです。できれば多くの時間を共に居たかったのですが──」

「コッコロちゃん。心配しないで」

 

 目をギラギラと輝かせて更に密着してくるコッコロ。なんだかこそばかゆい感覚があった。

 

 皆の予定がばらばらなのはかなり珍しい。特にコッコロは常に同行していて、こうして別々の用事で別れるのは初めてだった。

 

「しかし、主さまにもしものことがあったら──」

「大丈夫だよ、ボクも少しは戦えるようになったし、それに……」

「それに?」

「あの人はつよいから」

 

 ユウキの目はコッコロを見ているが、別の誰かも見つめていた。

 

 朝食の後、出かける準備を整える。青染のマントを纏い、そして蒼い貴石が埋め込まれたブロードソードを腰に提げる。いつもの格好。名前以外に、彼が最初に身につけていた一式だった。

 

「素晴らしいです、一人で着替えられるようになりましたね!」

 

 当然のことのように聞こえる言葉だが、実際に昔は手伝ってもらったのだから何も言えない。特にマントの部分が、赤ちゃん脳には難しいのだ。

 

「行ってらっしゃいませ、主さま」

「うん、行ってきます」

 

 玄関まで見送りながら微笑むコッコロ。お別れのキスやハグ……はしないが、頭を撫でる。

 

「あっ……」

 

 ユウキの手が、コッコロの髪を撫でる形で。

 コッコロはピクリと一瞬だけ震え、目を細めて手の平の温度を感じ取る。

 その時の絵だけはまるで兄と妹のようにも見える。

 

 ただ頭を撫でられるだけで、そう変わる。親としての落ち着き払った態度が、人恋しさで寂しかった娘のように。

 

 男女、兄妹、親子、その時々によって移ろう関係は、子供同士の定まらぬ未来を表しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 きり、きり。

 擦り合う音が風に流れる。

 

 少女は作業に没頭していた。無言のまま草花の微吟と木の軋みに耳を傾ける様は、少女よりも枯れた老人を思わせた。

 

 色の抜け落ちた白髪と血に漬け込んだかのような赤濁した瞳。頭頂には双角が髪を貫いて生える。角は四種族の一つであり、その中でも数の少ない魔族の血の証だ。

 

 白髪赤目と言えばコッコロと同じようで聞こえはいいが、感じる第一印象は大きく異なる。

 コッコロを妖精と暗喩するならば、彼女は人を呪う幽霊だ。世が世なら聖職者から聖水を渡されかねない。数千年前、魔族と三種族の戦争があった頃ならば特に。

 

「来たよ、アニマさん」

 

 ユウキが少女の背中に呼びかける。

 アニマ、と呼ばれたかの少女は指を止める。その血色の瞳は下に下げたまま口を開く。

 

「持て」

 

 腕だけを伸ばして渡されたのは、少女の体躯に見合った小型のクロスボウ。今の今まで彼女が弄っていたものだ。

 ユウキは手渡された意図が掴めず困惑に、躊躇いながらもそれを手に取る。

 

「使い方は覚えているな」

「それは、教えてもらったけど……練習もしてないよ」

「充分だ、撃ってみろ」

「え、うわっ! いきなり!?」

 

 突然に石が放られる。狙う時間は当然ないし、止まった的だとしてもその技術も経験も──

 

 引き金を引く。ボルトは目に見える張力以上の力で持って打ち放たれた。こぶし大の石に突き刺さり中心から破砕する。

 

「当たった!?」

 

 当たったことに逆に驚くユウキ。発射の瞬間、目測二十センチはずれていたのに、磁力でも働いたかのように石に吸い寄せられていた。

 弾道を捻じ曲げる追尾性能とバリスタから打ち出したような破壊力、このクロスボウには超神秘的な何かが宿っている。

 

「これすごいね! どうやって手に入れたの?」

「あの土人(ドワーフ)のガラクタだ。奴に体良く押し付けられたにすぎん」

「へえ、こんなの作っちゃうなんてすごいんだね」

 

 そうした魔法を付呪した武器道具──魔導具と呼ばれる品は、希少性と能力故に呆れる程の値段がつく。間違ってもガラクタなどと呼ぶようなものではない。

 

「えっと、アニマさん。どうしてボクにこれを?」

 

 ますますこれを渡された意味が分からなくなるユウキ。これを戦闘時の武装とするなら、目の前の彼女の方が有効に使うだろうと考える。

 

「魔物を狩りに行く。ついて来い」

「どうして?」

「ドワーフの頼みと、お前の鍛錬の為だ」

 

 アニマは立ち上がり、ユウキに背中を向けながら語る。彼を見ようとはしない。

 

「その弩なら出来る筈だ。やってみせろ」

 

 それはいつもの事だ。顔を見せず、表情を見せず、声に感情を乗せない。いつも唐突に、こちらの事情などお構いなしに一方的に話を終える。

 彼女が何を思ったまま話しているのか、ユウキには分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼な森は昼間でも薄暗い。足元は満遍なく雑草が生茂っている。慢性的に人の通った跡は無く、代わりに獣道だけが標として刻まれている。

 高枝からは止むことなく烏鳴きが降り注いでいた。烏の声は不吉の呼び声だとする迷信がある。この地帯に生息する、人の手に余る『魔物』達を鑑みれば、それは案外虚伝ではないのかもしれない。

 

 二人の少年少女、ユウキとアニマがそんな森の奥を渉猟していた。道の無い道を進み、森の深くへと踏み入ってくる。

 

「ねえ、狩りって言ってたけど、何を狩ればいいの?」

「猪の魔獣を狙う。だが狙えるのならば他でも構わん」

 

 その猪は近隣の田園地帯に被害を齎しながらも、魔物ゆえに一般人では中々対抗策が取れずにいた。半端な電気柵など打ち壊し、加えて知性が高いのか逃げ足も早い。

 罠を仕掛ければ嘲笑うように餌だけを抜けとられて、縛り紐が空気を掴んだ形跡だけが残る。

 

 そんな猪が、何の因果かユウキ達のギルド『美食殿』と因縁があった。

 切っ掛けはこの狩猟依頼の前、前回受けた、美食殿メンバー皆での田植えの手伝いの依頼。そこで雇われた依頼主の田畑が件の猪の被害にあっているらしい。

 

 そこで食へのこだわりが凄まじいギルドメンバーの一人が、いつでも力になると豪語したために、依頼の一つが回ってきたということだ。

 

 そして二人は魔物の狩猟依頼を受け、この森へと足を運んでいる。

 

「みんなで探した方が簡単だと思うけど……どうしてボクたち二人だけでやるの?」

「言っただろう、鍛錬の為だ。他の者達はそれを磨くには邪魔になる」

 

 アニマが先導し、ユウキがピッタリとそれに続く。森の歩き方はアニマの方が経験があるようだった。

 

「見ろ、恐らく奴の痕跡だ」

「それと……これは転がったのかな」

「沼田打ちか、猪や鹿の習性だ。そう遠くはない」

 

 二人が見つけたのは泥濘んだ地面と、四方に飛び散った泥の跡。木に擦り付けられた泥の乾き具合から、少し前のものだと推測出来る。

 

「足跡だ、あっちに続いてる!」

「おい離れるな!」

 

 興奮から我先に行こうとしたユウキをアニマが諌める。数時間は歩き回って初めての成果なのだから昂るのも分かる。

 

「慎重に追うんだ。不意の遭遇に気を払え」

「……はい」

「分かったのなら追うぞ」

「はい」

 

 足跡を辿りながら坂を下る。人の通るようには作られていない道を、1歩ずつ確かめながら。

 

 そして、痕跡の示す通り獲物は其処にいた。

 

「見つけたよ!」

「弩を構えろ」

 

 少し開けた平地の上に、呑気に昼寝をしていたところを二人は目にする。寝ぐらに戻ることもしない。天敵がいないがための大胆な行動だ。

 その油断を、大いに利用させてもらう。

 

「当てることを思え、付呪はそれに反応する」

 

 茂みに紛れ狙いを定める。臭いも逆風が打ち消してくれている。気取られるものはない。

 

 ──落ち着け、力を入れる必要はない。

 

 

 ──ぐらつくな、集中するんだ。

 

 

 ──狙いを定め、息を止めろ。

 

 

 

「撃て」

 

 放たれたボルトは対象へとぶれ、横腹に突き立つ。腹部を貫き、尚も留まらないそれは躰そのものを吹き飛ばした。

 血混じりの唸りと共に、下に延びる崖へと落ちていく魔獣。

 

「やったっ! ……あ、でもどうしよう、証明の部位を取らないと、報酬がもらえない」

「……下に降りて確かめるぞ」

 

 落ちていった場所へと走る。上から見下ろせば崖は深くへと続いていた。点々と付いた血痕、ここを転がって行ったのは間違いない。落ちた者が人であれば、助かりはしないだろう。

 

「……ん?」

「……生きているな」

「ウソでしょ!?」

 

 ブルル、と、鼻を鳴らす音がした。だが機械の排気音のように重く底に響く、尋常でない唸りが聞こえる。

 

 音の出処は暗い崖、よりもやや前方。

 踏み締める地面。二人の真下だ。

 

「──下がれ」

「うわぁあ!?」

 

 アニマはユウキの服を引く。地面が爆発すると同時に、巨大な双牙と鼻が地中から這い出した。

 

「土の魔法を操り、地中を掘り進めたか」

「でも、この魔物がそうするなんて、依頼書には書いてなかったよ?」

「伝聞は参考でしかない。鵜呑みにするな」

 

 全身を地上に出した猪。未だ矢が突き刺さり、血の流れ出る腹部など意に介さない。苦痛以上の憤怒が鼻息から迸る。溢れ出る敵意、怒りによって血が巡り、脳が真紅に染まってしまったかのようだった。

 

 並外れた体躯、賢しい知能、それらはどれも飾りでしかない。敵対者への凶暴性が、獣を『魔物』たらしめるのだ。

 

「どうするの!?」

「私が受けて動きを止める。お前が、とどめを刺せ」

 

 それは耳を疑う発言だった。かの魔物の力は、鎧を纏った軍馬を凌駕する。体高ですら劣る子供など、紙くずのように千切り飛ばされてしまうだろう。

 

「わかった!」

 

 だと言うのに、発言者に恐れの色は無い。それを聞くユウキも実現可能なことを疑っていなかった。

 

 猪が踏み出す。文字通りの猪突猛進。爆竹を踏んだかのような飛沫を上げて少女に突貫してくる。口元から生える大牙は土を掘り返す道具であると共に、堅木も貫く最大の武器だ。

 

 迎えるは少女の左手が掴む円盾。堅固だが、到底それを使う少女が受け止められるとは思えない。

 

 だが、この世界は超自然的な動物や道具があるように、人もまた個体により道理にそぐわない力を持つ。

 

「……ぬぅ……」

 

 盾と牙が打ち合わさる瞬間、赤熱した火花が舞った。数瞬遅れて衝撃波が襲い、落ち葉が吹き上がる。盾が小刻みに震え金切り音を立てる。

 少女はかの猪の突進を一歩も後退することなく阻んでみせた。猪は尚も前進へと地を蹴りつけるが、より土を掘り進めるだけに終わる。

 

 膂力比べは初手こそ拮抗だが、時間は立つごとに天秤は少女へと傾いていく。

 摩擦が限界に達し猪が滑る。力差が埋めようのないものへと広まった瞬間。

 

「憤ッ!」

 

 アニマは盾で殴りつけるように振りぬいた。罅入る牙、数十分の一もの質量差のある相手に猪は吹き飛ばされる。

 

 目を回しながらのたうち回る猪を、アニマは首を締め付けて押さえ込む。先の膂力差はそのまま、猪が暴れようとも拘束は剥がれない。

 

「剣を!」

「は、はい!」

 

 大きく嘶き上体を起こそうとした猪を、牙を掴み力のまま叩き付ける。既に罅の入っていた片牙がへし折れた。ショックと痛みにより一時昏倒した猪。無防備に晒された首に、ユウキは剣を突き立てる。厚い毛皮は思う以上に切っ先が通らなかった。

 

 フッ……、ブフゥ……。

 

「……」

 

 開けた穴からどろりと血が垂れ落ちる。喉にまで達していたのか、呼吸は小さくなりながらも暴れる様は止めない。

 必然、血と毛皮を飛び散らせ、終始拘束に努めていたアニマを巻き込んで汚す。

 

「……終わったの?」

 

 喉を壊されながらも、完全に動かなくなるまで三分要した。窒息と、総量の三割の血を流しても動きを止めない驚異的な生命力にはため息が出る。

 

「ボク、どうだったかな?」

「悪くはない」

 

 ぬうっとアニマが顔を上げる。元々の生気の薄い顔と戦場を転げまくったような風体が合わさり、そろそろ死体が蘇った姿と評されても仕方ない具合になっている。

 有り体に言えば、おぞましく不気味だ。

 

「お前が初めて自身で倒した魔物だ。……どうだ、何か感じたか」

 

 美食殿の仲間達と、ユウキは何度も魔物退治に赴いたことはある。だがその剣でとどめを刺したことは今までなかった。

 それは狙ったものではなかったが、彼の戦闘スタイルからそうなったものだ。後方に下がり味方を支援するために、直接対峙する機会の無かっただけだ。

 

「……少し、怖かったけど。でもそれだけだよ。ペコさんも、キャルちゃんもコッコロちゃんも、魔物はたおすのはみんなやってることなんだし。それに、そうやって教えてきたじゃないか」

「そうだ、生きるためにはやむを得ん」

 

 襲い掛かる敵や、魔物に情けをかけるべきでないと口を酸っぱくするまで言われ続けてきた。それが正しいことなのかはユウキには分からないが、必要なことだと言うのは分かる。

 

「……この先、お前の力を狙う者が現れるだろう。奴らは皆等しく強大だ」

「それって……前に会った、あの女の人みたいに?」

「ああ」

「あの人みたいに強いのが、まだいるの?」

「そうだ。情けなどかけようものなら、お前は付け込まれるぞ」

 

 ならばこの狩りは、先に待ち受ける試練への始まりだと言うのだろうか。

 

「でも、それって本当にしなくちゃいけないの? 人を、……殺す、なんて」

「…………」

「動物や魔物は食べるためだったり、人を襲ったりふるから、分かる。でも──」

「……違いなどない。生きるために、必要ならば殺す。何も変わってなどおらん」

 

 アニマの瞳がユウキに突き刺さる。それは理知的でなく、拒絶するような冷たさがあった。反論を封じて強引に話を切り上げる時、彼女はよくその目をする。

 

「……話は終わりだ。村に戻るぞ」

 

 アニマは背中を向けて会話を終える。

 彼女が気づいているのか分からないが、皮肉にも拒絶する目こそユウキと目を合わせる数少ない時間の一つだった。

 

 そしてそれ以外の表情を、ユウキは見たことがない。

 

 

 

 

 

 魔猪はアニマの馬鹿力によって抱えながら持ち替えられた。子供二人が魔物を狩ったことに驚く人は多かったが、それ以上に喜んでいる人も見受けられる。何であれ脅威が消えたことには変わりはないからだろう。

 

 依頼の内容に則り猪は依頼人、もといこの地域の農業ギルドに引き渡され、牙や毛皮と肉に解体される。

 ユウキ達には報酬とは別に、礼として猪肉の一部を手渡された。なんでも脂の乗った希少な部位らしい。好意はありがたくいただく事にする。

 

 土産を持って美食殿のギルドハウス兼自宅に戻ると既に三人は帰宅していたらしい。扉を開けると廊下から現れてきた。

 

「おかえりなさーい! おやユウキくん、その手に持っているものはお肉ですか! しかも魔物の! あなたも魔物料理の美味しさを分かってくれたんですね!」

「……えぇ、魔物のお肉……? それをわざわざ持ち帰って……とにかく二人とも汚いんだから、そのまま上がらないで。特にアニマ、あんた滅茶苦茶くっさいわよ! 何それ、血!?ぎゃああ近寄らないでぇ!?」

「不覚でございました。主さまがこうして帰ってくることは予測できたはずなのに。申し訳ありません、今から急いでお風呂の用意をいたします」

 

「えっと、ただいま、みんな」

 

 三人の少女がユウキ達を出迎える。彼女らがギルド『美食殿』の仲間達だ。

 メンバー男女比は一対四、男性はユウキのみ。同じ屋根の下の同居に反発が無いあたり、彼の誠実ぶりが伺える。

 世界の美食を探求する、という目的の元集った仲間達。かけがえの無い友であり、同じ釜の飯を食べる家族でもある。

 

「二人が持ってきたお肉を分厚く焼いてみました! 素材の味を感じるにはやっぱりシンプルなのが一番ですね!」

「イノシシの肉って、臭いし癖があるって聞いたんだけど……」

「その濃い味が堪らないんですよキャルちゃん。それに処理がちゃんとされているので臭くなんかないですよー」

「やーめーなーさーい! そうやって無理やり押し付けんなぁー! ……あ、美味し……」

 

 五人揃っての夕食。キャルが独創的料理に苦言を呈し、ペコリーヌに口に運ばれてコロッと態度を入れ替えるまでがいつもの流れだ。

 本人だって、まずいものは作らないと分かっている筈なのについツッコんでしまうのが皆の笑いを誘う。

 

「アニマから聞いたわよ、今日の依頼、あんたが魔物を倒したんだってね。……ま、やるじゃないの、少し見直したわよ」

「主さまの日々の成長に胸が高鳴ります。この目で確かめたかったと言うのが本音ではありますが……」

 

 取り囲む食卓はいつも暖かい。

 飯があって、喋る相手がいる。その二つさえあれば、自然と笑えるものだ。

 

「──それで、コッコロちゃんは何してたの?」

「ええ、一度神殿に行きまして、アメス様にこれまでのご報告と、新たな啓示をいただきに」

「啓示ってどんな?」

「大したことではありません。主さまは仲間との絆をより深め、記憶を取り戻すよう努めよと。つまり、これまで通りに過ごせということですね」

「あれ、コッコロちゃんって神様とお話できるんですか? ヤバイですね!」

「ええ、まあ、巫女の端くれではあるので、それに主さまとアニマ様もお話していると思いますよ」

「え、それホント?」

「ああ」

 

 食後の一時を温かい茶を飲みながらくつろぐ。その中でキャル達の知らない話題が出た。

 

「えと、あんたたちってユウキの従者なのよね。それって神様に言われたからなの?」

「そうだ」

「ええ」

「それじゃあさ、あたしが会う前のユウキのことも、知ってる訳でしょ? ねね、話してもらっていい? あんたたちの事いっぱい知りたいの」

 

 やけにキラキラとした目で食いついてくるキャル。純粋な好奇心、にしては押しが強い気もするが。

 

 コッコロはちらりとアニマを見る。アニマは首で促した。

 

「そうですね、キャル様達ともすぐに出会ったので、それ以前の話はあまり多くはありませんけど──」

 

 そうしてコッコロは、ユウキに仕え始めた時を振り返る。ユウキにとっては、それは遠い昔の事のように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お目覚めになられましたか、主さま』

 

『──偉大なるアメス様によって派遣されたガイド役……わたくしはコッコロ、隣におるのがアニマと申します』

 

『──主さまをお守りし、おはようからおやすみまで、揺り籠から棺桶まで誠心誠意お世話をするのが、わたくし達の役目でございます』

 

『わたくし達がお導きいたしますので、どうかご安心を』

 

 少年の目に焼き付いたのは二つの白。

 鳥は初めて見た動物を、親であると認識する。少年もまた、自然とそれを受け入れた。

 

 総てを喪い世界に投げ出された少年。

 世界を知らず小さな箱の中で育まれた童女。

 

 七人の王により定められた運命の元、二人は出会う。世界が何度繰り返そうとそれは変わらない。

 

 ただ、そこに一つの異物があった。

 彼ら王にとっての、バグと言えるのかもしれない。

 

 二人の心は純水のように透明だった。逆にそれは、何色にも変質し得るということ。

 二人の運命の糸は、世界に変革を起こすよう紡がれている。

 

 蝶の羽ばたき一つで移り変わる彼らの未来は、この時既に七つの王の手元を離れてしまったかのようだった。

 

 

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