「ママ」がいるなら「パパ」もいるでしょ   作:水色クッション

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リトル・サーヴァント

「お金を稼ぐ必要があります、主さま」

 

 広場の真ん中で、コッコロが自身の財布を確認しながらそう言った。

 財布の中身は涙がちょちょぎれそうになるくらい寒々しい。

 王都ランドソルとエルフの里の片田舎の物価の違いを甘く見ていたが、それにしても金の準備が少なすぎではなかろうか。本当は昨日の宿すら賄えず、二人の金を足してようやくといった具合だった。これは流石に不足が過ぎやしないか。

 コッコロは自身の父でもある里の長老に対して、初めて訝しみの感情を抱いた。

 

 まあそれは良いとする。確認せずに出立した己にも、責任の一端はある。

 

「ですのでわたくし達、働きに出ようと思います。主さまはその辺で遊ぶなり、美味しいものを食べるなりしてごゆるりとお過ごしくださいませ。こちらが本日のお小遣いでございます」

「夕刻には……時刻は分からんか。あの時計の針が下を指す頃に帰る。それまでにここに戻っておけ」

 

 言うが早しとコッコロは自身の全財産をユウキの手に収め、二人はそのまま右回りして別れようとしている。

 

「ま、まって!」

 

 ユウキはそれを止めようとして、それが必要なことだと説明されると、自分も付いていくと言った。

 その心にあったのは一人にされることへの不安感だったのか。

 

「おかね、たいせつ、おかねたいせつ! おぼえた!」

 

 自分の覚えた言葉を繰り返して呼び止める。まるで今生の別れかのような必死さだった。

 

 ただ半日だけの時間だが、なんというか、ユウキにはそれがどのくらいなのか分からないらしい。

 考えてみれば、ユウキが生きてきた時間はまだ二日なのだ。昨日だとか今日だとか、時間感覚の意味は体感していなかった。生後間もない赤子が、昼夜の区別がつくだろうか。

 

 それはもう生活の中で身につけていくしかないし、誰かに聞くことで覚えられるものではないのだ。

 

 

 ともかく、ユウキは二人に付いていくことにした。

 

 いくら世界最大の王都と言えど、十歳そこらの女二人と、学のない(ランドソルの識字率はほぼ100%)少年が就ける仕事は限られている。真っ当となればなおさら少ない。

 そしてその大半は、二束三文で使い捨てられるのがおち(……)だ。

 

(となれば、ここしかありませんね。即日即金、出自年齢不問、今のわたくし達にとってとても都合の良い)

 

 一行はギルド管理協会の門を叩いた。

 扉音に気がついた給仕服の女性が、ユウキ達を出迎える。

 

「私はギルド管理協会職員のカリンと申します、分からないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね」

「こちらにお仕事募集の掲示板があると伺ったのですが」

「はい、ご案内しますね」

 

 カリンと名乗る女性に目的の場所まで案内されるユウキ達。掲示板はすぐに見つかった。

 

「討伐クエストに護衛クエスト……それにダンジョン探索……どれも初心者の方にはお勧めしづらいですね」

「ランドソル周辺にドラゴンの目撃情報あり、財宝に誘われたドラゴンは人的被害を及ぼすため討伐隊を求む……。そういえばアニマ様は、どの程度の魔物までの討伐経験をお持ちで?」

「ドラゴンは不可能だ。倒すならば、大きな備えがいる」

 

 依頼書に記された危険度の等級は、どれも中級パーティー以上を募集するものだった。カリンが聞けば依頼を受けるのは初めてで、この辺りの地理にも疎いとのこと。

 依頼を受けても門前払いか骨になって帰ってくるかの未来しか見えなかった。

 

「あ、これならいかがでしょうか。ガト遺跡でのキノコの採集なのですが──」

 

 彼らの事情や実力に照らし合わせて、カリンが端に隠れていた一枚の依頼書を剥がす。

 内容はランドソル近隣の森での食材採集。戦闘による危険は少なく、珍しいキノコだからか報酬金も十分にある。

 

 ユウキ達が探してもこれだと言えるようなクエストは見つからなかったし、美味しい依頼を特に断る理由もない。

 

 

 ユウキ達はその依頼書に判を押して、すぐにガド遺跡に出発した。初めて見る外の景色、初めて受ける仕事、ユウキは目を爛々と輝かせている。

 

 コッコロも道行く全てに興味津々のユウキの姿に微笑んでいたのだが。

 

「ここからがガド遺跡でございますね……、……?」

「どうした、コッコロ」

「いえ、その、森の雰囲気が違う気がするのです」

「エルフの森とは違うだろう。精霊の恩寵はあそこほど厚くはない」

「それは承知しております。その上で、森の声が静かすぎるというか」

「……そうか」

 

 森に親しむエルフ故に、コッコロはこの一帯から何かを感じとった。

 それがただの思い過ごしという線も捨てきれない、小さなものだったが。

 

「離れるな。示したもの以外には触れるな」

「どうして?」

「お前はそこに潜む危険を見抜けるのか?」

「……わからない」

「ならば無闇に手を触れるな」

「アニマ様、さすがに心配のし過ぎではありませんか?」

 

 森を歩き慣れ、感覚に優れるコッコロが先頭を行き、アニマが後尾からユウキの状態と不測の事態に気を張り巡らせる。

 

 道すがら目標のキノコを集めていく内に、奇妙なものに出会う。

 

 プチ? 

 なんとも珍しい、房に顔のついたキノコだった。手の内に収まる程度の大きさで愛らしく鳴いている。菌や植物と言うより、小動物的な可愛げがあった。

 

「キノコの魔物の幼体か。寄越せ」

 プチッ!? 

「いけませんアニマ様。報酬のためとはいえ、このような小さな命をいただくのは残酷でございますよ」

 

 コッコロはそのまま食用とは別のポーチに入れる。早くもプチ子、と言うあだ名をつけ始めており、情が湧いたようだった。

 

 ふと、先頭のコッコロが足を止める。

 

「……先程、何か聞こえましたか」

「唸り声か、我らの前方にいるだろう」

「ええ、行きましょう」

 

 一行が察知したのは、獣の唸り声のような低音と、女性の力ない声だった。女の声からは危機感らしいものは感じなかったが、それでも確認しないわけにもいかない。

 音から察するに距離は遠くないようだ。警戒しながらも歩く速度を上げる。

 

 数十秒も進めば、音の発生源は見つかった。そうして、三人が見たものは。

 

「ふええぇぇぇえ…………」

 

 うつ伏せに倒れて情けない声を上げる、一人の少女だった。

 ぐぉおおお、咆哮が彼女から木霊する。口からではなく、もう少し下から鳴ったように聞き取れた。

 

 つまり腹の虫の音だった。

 

 コッコロは狼狽えるように、少女と二人の間に目を行き来させ、アニマは不遜げに肩をすくめる。

 

「だいじょうぶ?」

「…………ぉ」

「お?」

「……お腹ペコペコぉ……」

 

 声を掛ければ、なんともまあ予想通りの答えが返ってきたものである。

 

 

 

 

「──んんまぁーい! ごはんは命のエネルギーですね!」

「おいしい?」

「はい、炊きたてのご飯に勝るものはありませんとも!」

「さあ主さまもどうぞ、焼いたキノコに塩をまぶしただけのものですが絶品ですよ。わざわざクエストで採集されるのも頷けます」

「あーん」

「はい、あーん」

 

 行き倒れ一名を混ぜての昼食。焚き火の煙がもうもうと上がる。

 

「はふはふ……うま」

「ふふふ、良かったです。アニマ様もいかがですか?」

「腹は減っておらん」

「えぇー、勿体ないですよ! せっかくこの子が作ってくれたのに。遠慮なく食べましょうよ!」

「貴様は遠慮を知れ」

 

 相当に、そうっっっとうにお腹が空いていたのだろう。部外者ながらにこの中で一番の量を食す行き倒れ。

 食べ物を口にした途端に、うめき声から元気いっぱいに変わったところから、先のは演技ではなかろうか? 食事の七割を取られながら邪推する。

 

「ふぅー。いやぁ、助かっちゃいました。見ず知らずの私に美味しいごはんを恵んでくれるなんて……一生恩に着ます!」

 

 しかし、こうして眩しい笑顔を見せる姿に嘘は見えない。一生恩に切る、などというなかなか重い言葉を言ってのけるし。なんというか、強かな女だった。

 

「あの……このようなところで何をしていたのでしょう」

 

 コッコロが女性に尋ねる。

 

「はい。実は色々とあって旅をしていたのですが、久しぶりに故郷のランドソルに帰ろうとしていたらお腹ペコペコになりすぎちゃって」

 

 てへ、と舌を出す女性。抜群のプロポーションを持つ体だが、それに見合わない子供らしい仕草も自然と似合う。

 高貴な高嶺の花のようでもあり、純朴なすみれのようにも見える、色気ある女性で、無邪気な子供で、神がかり的な均衡を保った美少女だった。

 

「それで、行き倒れてしまったと……」 

「はい、やばいですね!」

 

 とは言うが、彼女の身なりから金に困窮しているようには見えなかった。恐らく魔法を宿したティアラや服の繊細な装飾からは、実用性の内にも確かな気品が備わっている。

 高貴な血の主──貴族のぶらり旅にも見えるが、事実森の真ん中で行き倒れていたあたり、彼女の言うとおり「いろいろあった」ということだろうか。

 

「ところで貴方達は、どうして此処に?」

「ええ、わたくし達はキノコを取りに──」

 

 彼女の事情について追求はしなかった。きっと藪をつついて蛇が出ることになる。

 

「──なるほど、ユウキ君とコッコロちゃんって言うんですね。それで、あなたは?」

「アニマだ。同じくやつの従者をしている」

「ほうほう、お二人とも彼の妹さんなのかと思ったのですが、従者なんですね!」

 

 深入りは避けながら自己紹介を始める。初対面に言うべきでないことはあるのだ、お互いに。

 

「それで、あなた様のお名前は──」

 

 彼女の名前を聞き出そうとした時、その後ろから影が覆いかぶさる。何かと思って振り向いて見れば、そこにキノコが生えていた。

 

「……」

 

 正確には、キノコの魔物だ。人間を超えた体躯と凶暴な顔、あの幼体の可愛らしさは面影もない。銛や錆びた剣、簡易な武器の刃先を向けてくる知能もある。

 そして群れを成す。厄介な相手だ。

 

 魔物は数十を超える数で前方に広がっている。視界はまさにキノコ畑と言えるだろう。

 

「っ、下がって!」

 

 最も手前にいた一体が突如殴りかかる。体躯は見せかけではない、武器なくとも腕には殺傷力が宿る。

 完全な敵対の意志。意思の通じぬ凶暴さは、正しく魔物の在り方を示していた。

 

 

 

 

 

 

 少年一人と少女三人、一行が魔物に取り囲まれる様を、木陰から見つめる少女が一人。木々が体を覆い隠し、彼らからは見えづらくこちらは労せず観察出来る絶好の位置。

 本を開く。宿した魔力が巡り、怪しい光を放ちながらひとりでにページが捲られる。

 

 地面がひび割れ、そこから巨大な傘の頭が生えた。あちらにいる魔物と全くの同種が地中から顔を出す。

 本の魔力が眠っていた魔物を呼び起こし、操っていた。

 

 魔法による魔物の隷属は禁忌の類いであり、故に現代から失われた外法である。行使できるものは存在しない。七人の超越者と、それに連なるものでなければ。

 

「アンタ達、あたしの下僕になりなさい」

 

 命令を伝達。

 女の殺害、及び目撃者の排除。

 

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