これからも気に入らない部分や矛盾をしれっと消すかも知れませんが、ご容赦ください。
人の胴体ほどもある腕が空を切った。
キノコ人の殴りつけは、皆後ろに下がることで回避した。腕の速度はともかく、動き自体が鈍かったのが幸いだった。
空振った腕は地面を殴打しもうもうと土埃を上げる。焚き火にしていた枝が打撃によって砕け散っている。あの力の前では下手な鎧はひしゃげるだろう。
パワーもスピードもあの寸胴体型のイメージそのままのものがある。
「無事か!」
「はい、主さまも平気ですか!?」
「へいき!」
(……どうして茸人の群れが? 彼らがあれ程大規模な群れを形成するなどと、聞いたことがありません)
言うまでもないが、群れという存在は個より大きくより目立つ。それが大規模になればなるほど隠しきれないものとなるのだ。
視界を埋め尽くす規模での大移動など、鈴を鳴らして警告しているようなものだ。ましてやあの巨体だ、隠密性など微塵もない。
コッコロは己の油断を恥じた。接敵までそれを察知出来なかったなどと、エルフのアンデンティティたる耳を切り落とすべき恥辱である。
「……たぶん、私を狙ってきたんです。皆さんを巻き込んじゃいました、ごめんなさい」
行き倒れ少女からの謝罪があった。敵の狙いが彼女だというのは、先の殴打の対象が彼女だったことからも信憑性を増す。しかし魔物が個人を標的にするなど、囮の魔法でも使われたのだろうか。
彼女と共に戦おうと、ユウキは、腰の剣に手をやった。自然と体が前に進む。
「……逃げるぞ」
剣を鞘から抜き取ろうとしたが、そこに手を重ねて止められる。伸ばされた手を辿って振り返れば、鮮紅色の目が睨みつけてくる。
「助けなきゃ」
「益が無い」
アニマの押さえ込む力は強く、ユウキには退かすことができない。
二人の視線が交錯した。アニマの眉間が皺を寄せる。
「はなして!」
「いいから、従え」
アニマは声を荒げ威圧する。一瞬だけ怯えの表情を見せたユウキ。押さえられた手が痛みをあげる。
「あの人だけじゃ危ない──」
「うん? ああ、わたしのことは気にせずに逃げちゃってください。この子の言う通りです。危険にさせたのは私ですから、責任は私が取ります」
当の本人からの言葉とあっては、こちらに落ち度が何一つなくなる。見捨てて逃げたという罪悪感も潰され、心置きなく逃亡ができる。できてしまう
「……いいか、今のお前に何が出来る。奴らに囲まれ、確実に生き延びられる自信があるのか。あの女に命を張るだけの貸しが、有るわけでもない」
アニマの言う理屈は通る。得は向こうにある気がする。
ユウキにとって、初めて己の弁が反論された瞬間だった。コッコロはほぼ全てを肯定してくれる。これ程まで、明確に拒絶されたことはない。
「──っ」
それでも。己の内から湧き上がる衝動的な献身が止められなかった。自分はこうしなければならないという心根の芯を感じていた。
記憶を失う前から、骨の髄まで刻まれるまでそうやって生きてきたような。とにかくこの思いまで無くなってしまえば、今ですら何もない自分が、本当の空っぽになる気がして。
それが堪らなく恐ろしい。一種の、強迫観念と言える。
「お話の途中、申し訳ありませんが! そろそろ逃げないと囲まれちゃいますよ!」
その言葉に二人が周りを確認した時には、既に後ろまで包囲されていた。逃がさないという意思を集団から感じ取れる。
「……もういい、お前は下がっていろ。私が片付ける」
選択肢が消え、折れざるを得なくなったアニマが腕を下ろす。ある意味、説得に成功したと言うべきか。
少女への協力はする、だが前には出るな、それが譲歩の条件らしい。
「聞こえていたな。手を貸してやる」
「成り行きでも嬉しいですよ! あなた達の気持ち、伝わりました!」
「礼はやつに言っておけ」
「はい、ユウキくんもありがとうございます!」
結果とはいえ助力してくれることに笑顔を見せる少女。一時は切り捨てようとしていたのに全く根に持つことがないあたり、とても純粋な人だ。
「あなた様は…………、ええと、あら」
(そういえば、名前を聞いておりませんでした……どうも隠しておきたい事情がお有りのようですし、どうしましょう)
コッコロは少女を呼ぼうとして困惑する。聞き出そうとしたタイミングで襲撃されたのもあるが、名前の話になった途端、彼女が露骨に緊張し始めたのが見えた故、ここで改めて聞いても教えてもらえないだろう。
(しかし呼び名がないのも不便ですし、何かしらの──ごはん、お腹、ペコ……)
「???」
じーっと彼女を見つめるコッコロ。
彼女の特徴から何とか繋がるあだ名を見つけようとして──腹の音と、食事をしていた印象が強すぎる。実際一食を共にしただけだが。
「えぇっと、お腹ペコペコの……ペコリーヌ様……と、仮にお呼びしますね。こうなれば乗りかかった船です。共に窮地を脱しましょう」
「おや、ペコリーヌって私ですか? かわいいあだ名を付けられちゃいました! ヤバイですね☆」
コッコロは気に入って貰えたようで何よりだと胸を撫で下ろす。
「来るぞ」
アニマの鋭い声が飛ぶ。四人は各々の武器を手にした。
ユウキは腰の剣を抜き両手で構える。
コッコロは父から賜った槍を。
「それが、アニマ様の武器ですか」
「ああ」
コッコロが態々確認を取りたくなる程に、アニマの持つ武器は少女とはちぐはぐなものだった。
右手に鉤の付いた
斧刃には傷と、補強のため熔した鉄で歪に覆われていた。
鉄臭く無骨さを醸すそれは、童女が握るにはミスマッチが過ぎ、悪趣味とさえ言える。二つを手に取るだけで小令嬢が粗暴な獣へと、輪郭そのものが変わっている。
「へぇ、かっこいいですね。なんていうか、とってもワイルドで」
そして行き倒れ改めペコリーヌは、膝を拡げてファイトスタイルを取る。シュシュシュと残像を帯びたジャブを放つ姿は堂に入っていた。
当然、手には何も持っていない。その両手は柔らかく仕立てのよい手袋を通しただけだ。手甲でさえ無い。
「……ペコリーヌ様、武器はどうされました?」
「実は剣を無くしていまして!ご迷惑をおかけします!」
「はぁ、それは、ご苦労を……」
「でも大丈夫です、剣がなくともこの拳で十分戦えますよ!」
「御託はいい。今は、切り抜けることに集中しろ」
キノコの軍勢が、陸の波を作るように押し寄せる。軍勢に対し、臆せずに先陣を切るのは斧を持つ二人。
「ふッ!」
吐いた言葉に嘘はない。二人の動きは踏み込みの一段目から常軌を逸しており、目で負えぬような速度で魔物の懐に踏み込んだ。
振るわれる鉄斧。アニマは己が手を伸ばしきっても届かない巨躯を二つに裂いた。横でなく、縦に、茸の繊維を添いながら裂く。長さが足りないのにどうような原理で傘の先まで到達したのか。
振るわれる斧は必殺で、構えた防御も組んだ腕も関係なしに両断されていく。
ペコリーヌは加速の勢いをそのままに突貫し、目の前の魔物を殴り抜ける。殴られた魔物は冗談みたく吹っ飛んでいく。
ぶつかって尚も勢いは止まらない。魔物達の抵抗も関係なしに猛進し、その度に宙を舞い、あるいは引きずり倒される。
そして倒れた茸人の傘を踏む。柔らかな弾みがジャンプ台のように彼女を空に舞い上げた。
頭のティアラが煌めいた。ペコリーヌのぎゅうと握り締めた拳に込めたれた力が、光と共に増していく。
「はぁあああ!」
重力加速を味方につけて地に蠢く茸に叩き付ける。地響きと轟音を伴った衝撃波は、触れた対象のみならず半径十メートルの魔物全てを紙くずに変えた。
後に残った
「一人で相手どると言っていたが、ただの虚勢ではないか」
「あなたこそ小さいのにやりますね! 何処でそんなに鍛えたんですか?」
「話すつもりは無い」
「ありゃりゃ、これはまた失礼を」
アニマとペコリーヌは、背中合わせで死角を補い合う。連携でなくとも、お互いがある程度は呼吸を合わせることはできる。それは信用に足る強者と、互いが認めた証明だった。
両者共に一振り一殺、瞬く間に刈られたキノコが積み上がる。
だが、何十体もの数を倒しても魔物共の勢いは弱まらない。後から後から、横たわる同族を踏み潰してでも、倒した数を上回って襲ってくる。
「……きりがないですね、これだけ執拗に狙ってくるのなら、皆を指揮するものが近くにいる筈ですが」
「ならば探して元を叩く。お前が包囲に穴を開けろ」
「上からですねぇ、わたしの方がずーっと年上ですよ」
「早く、やれ」
「おっと了解です、──せいやぁ!」
大上段に構えた剣を振り下ろす。宿した魔力が振り下ろしと共に放出され、斬られた魔物が爆発を引き起こした。
ちなみに剣は魔物が使用していたものを分捕ったものだ。
衝撃が前方の敵を薙ぎ倒し、一時的に道が出来上がる。
「……ユウキを任せる」
アニマはぽつりと、喧騒に呑まれそうな細い声で呟いた後、小さな体を穴に滑り込ませるように駆けた。鈍重な茸人には影さえも掴めない。そのまま森の深くへ消え、見えなくなる頃には包囲も元に戻っていた。
一人孤立無援の状態、だが心配は無いだろうとペコリーヌは考える。
「アニマちゃーん! 頼みましたからねー!」
そしてそれはこちらも同じことだ。戦力の分散によって、単純により大きな脅威に晒されることになる。
別れ際の言葉に従い、後ろの二人を守るように立つ。巻き込んだ身としては、怪我をさせては顔向けできない。
「すごかったね、コッコロちゃん。魔物がぴゅーって飛んでいって……アニマさん、あんなに力持ちなんだ……」
「ええ、ええ。まさかお二人ともあれ程の力をお持ちだとは、想像もつきませんでした」
「あれ? お二人もあの子のこと、あんまり詳しくないんですね」
「何分、出会ったのがつい先日のことですので。わたくしと同じく主さまに仕える者だとは仰っていたのですが、それ以上は何も」
「あの子、お話があんまり好きじゃなさそうですからね。さ、これからが踏ん張りどころですよ」
ペコリーヌのティアラが更に輝きを増す。笑顔を絶やさず二人を励ます姿は、戦場の中に在って尚も美しい。
(くそ、クソクソクソッ! 聞いてないわよあんな化け物が二人も居るなんて!)
予定が狂った。いや、狂っていたのは暗殺対象──ペコリーヌが一人ではなかったことからだったか。
猫の
(あの魔族のガキンチョ、あれはあたしを探しに来てる動きだわ、絶対……。操った魔物なんて全ッ然役に立たないし、どうしろってのよ!)
彼女らの足掻きを観察してやろうと思って見てやったが、ペコリーヌの想像以上の抵抗に眉を顰めた。それと同等のヤツが紛れ込んでいた事に驚愕し、さらに司令塔が潜んでいる事に気が付かれて、一人抜け出して潰しに来られていると知ると遂に顔を青ざめさせる。
別働隊として魔物を差し向けたが、接触すら出来ずじまいに終わった。扱う茸人の動きがとろくさいのだ、あれでは千年追いかけようが影も掴めない。
ガキンチョ──もとい、アニマには護衛や妨害の配置から既に当たりを付けられ始めている。
見つかることは避けられない。そして、捕らえられることになるのか。
(……いいや、違う、絶対にころ──)
あの振りまく刃物のような雰囲気を、キャルは何度も感じたことがある。
彼女の仕える主、『陛下』が、出来損ないの自分を蔑む時に感じる雰囲気だ。
あれは殺すつもりの目、殺気の類で間違いない。
殺される。斬られるのではなく、潰される。あの斧で自分の頭蓋を、西瓜の皮みたくかち割られて。
野良猫の死骸なんぞに価値もなく、そのままゴミのように打ち捨てられて。
今のそれは幻覚とて、きっとあいつはやるだろう。頭の描く自身の被害妄想そのままに。
「──ッ〜!!」
猫耳から尾の先まで、毛細胞が余すことなく逆立った。
息を何度も何度も吸い込んでいるのに血が巡らない。夏も近いというに寒気がする。
(や、ば)
魔法の行使というのは、決まって精神の平穏を要するものだ。頭で思い描いた現象を、現実に魔力として出力させる。呪文を読むにしろ精霊に願うにしろ、先ずはそれがなければ始まらない。
それは魔物の洗脳という、失われた呪法であっても例外ではない。使用者が行使不能に陥れば、自然と解除される。
キャルは集中をこの上なく欠いた。
ただでさえ扱いきれない身、不安定な状態で使用していた。直ぐに魔物との回線が千切れる音が頭に響く。
(あぁクソ、なんてざまよ! とにかく今は逃げるしかないわ。けど囮も使えないのにどうやって──)
がしり、胴を掴まれて持ち上げられる。思考に傾倒していたキャルには、周りを把握仕切れていなかった。
(あんなに遠くにいたのに、いくら何でも早すぎじゃ──)
「お願いやめて! 許し……て?」
触れられる手の冷たさにはたと気づく。腕は人間のものではない。無機質な、菌糸の集合体だった。
「し、しまったっ!」
茸人の魔物を、護衛として近くに置いていたのを思い出す。洗脳魔法が切れ、そいつがそのまま襲いかかってきたのだ。
「やめて、離しなさ、ぐぅ、……がぁ……っ!?」
両腕でより強く拘束された。メキメキと肋骨が軋む。胃と肺が圧迫され、涎が呼気混じりに出るのが止められない。
魔物は怒りに覆われ、自分を明らかに敵視しているようだった。当たり前だ、洗脳されこき使われて、気分のいいやつなんていない。
動かせる四肢をばたつかせて藻掻く。唯一の武器の杖は、持ち上げられた時に、ぽろりと離してしまっていた。
何とか、抵抗は出来る。潰し切られない程度には。
「ゴフッ!?」
それを煩わしいと思ったのか、茸人はキャルを大木へと投げつけた。人が水風船を割ろうと、力任せに叩き付けるが如く。
不幸中の幸いは、その衝撃で破裂しなかったことか。
「……ゲフ、けほ、……ひ、……は……」
息が喉に入らない。体は力を入れようと跳ねるだけで、仰向けから横になるまでしか動けなかった。
深刻な負傷ではない、一時的な強いショックが引き起こしただけだ。だがその数分もの隙を、敵がみすみすと逃してくれるのなら。
(ふざ、けん、な……)
のそのそと茸が近づいてくる。なんの防護もなく、あの太腕で殴られれば如何なるかは、今まで散々観察してきたし、先ので思い知った。
それ以前に、体重を載せられるだけで致命的だろう。
(こんなバカみたいな劇なんて、納得できるわけ無いでしょ…………)
滑稽がすぎる。
哀れ禁忌に手を出した猫耳少女は、魔法を暴走させて自滅する。三流の悲劇として唄われ、人を苦笑いにさせるだろう。
それが。
(……なんて)
なんて。
(……似合ってるなんて、なんで、思ってるのかしら)
手を掲げて、その先に魔法を展開する。だがひどくブレて調整がままならない。
「くら、えぇ……!」
球体に形成した魔力を発射、衝撃に魔物がたたらを踏む、猫騙し程度にはなったか。
なんとか息が出来るようになってきた。立たなければ、立って逃げなければ。丸太のような脚が迫る。
焦るごとに強く脈動する心臓が、口から飛び出てきそうになる。吐き気が止まらない。
脚が震える。力がかほども入らない。逃げられな──
「ひっ……」
風切る音が聞こえた。視界の中で鉄の反射が右から光り、茸の傘へと食い込んだ。
倒れる巨躯、斧が柄まで没している。
三拍置いて人が右から現れる。その姿は白く煌めき、目だけが血のように淀んでいる。
「……ふん」
寒気がする。
キャルは自分が助かり、またしても脅威が迫ったことに安堵し、それ以上に恐怖した。