峠 Beginning   作:れいめん

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 スイスポに勝負を仕掛けられ、応戦する照。
 途中で抜かれしまうも、諦めずに追走していく。


第9話:憔悴

 照

(かなりグリップ落ちてるな。

だけど、ここで投げ出すわけにはいかねぇだろ…!)

 

 コーナーでの処理に手こずるEK9は、じりじりと前方との差が開き始めている。

 

 照

(パワーもあっちが上なのかよ…!

 

こらえろEK…この先のストレートが多いとこまで食いついていけば、ワンチャンあるぜ。)

 

 幾つかコーナーを抜けると、照はふとバックミラーに視線を送る。

 すると、1台の車のヘッドライトが迫ってきている事に気づいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 照

(どういうことだよコレ…。

やる気だってのか!?)

 

【ミストラル】

 

 勇仁

「――チームに加入してからというもの、ヤツは人一倍速さに執着するようになった。

その為には、仲良しこよしでやっていくのをとことん嫌った。

それからやがて、俺を超えることを目標としたヤツは俺にバトルを挑んだ…。

ま、結果はお察しだがね。」

 

 迅斗

「純粋に速さ求める為とはいえ、そこまでストイックになるのには、何か深い理由があるんですかね…。

先輩を超えるにしても、なにもそこまで…。」 

 

 勇仁

「元から周りに馴染むようなタイプじゃなかったんだ…アイツは。」

 

 迅斗

「え?じゃあなんでチームに…。」

 

 勇仁

「アイツには…走り屋を始める前から追いかけていた背中があった。兄貴って存在がな。」 

 

 迅斗

「兄貴…お兄さんがいたんですか?その人。」

 

 勇仁

「あぁ…当時のチームリーダーで、アイツとは正反対な性格だった。

弐香呉で流してる走り屋っぽい雰囲気の人間を見かけては、積極的にチームに勧誘するほどのな。

弟であるそいつが入ったのは、チームを介して実力をつけて欲しいとの狙いだったんだろう。

 

結果的にはダメだったが…着実に速くなっていたことに心底喜んでいたよ。

いずれ自分も超えるかもしれないってのにさ。」

 

 あまり昔の事を話したがらなかった先輩だが、今こうして聞いていると、先輩の目は懐かしさを感じているようなものだった。

 同時に、どこか切なさもある…そんな気がした。

 

 迅斗

「その…お兄さんは今、どうしてるんですか?」

 

 そう訊いた途端、先輩は深く息をついて天を仰いだ。

 

 勇仁

「…亡くなったよ、ヤツがチームを抜けた3ヶ月後に…事故でな。」

 

 まずい、弟のことを話してたのに何で兄貴の行方なんか訊いたんだよ俺…!

 

 迅斗

「あの、野暮なこと訊いちゃってすみません。」

 

 勇仁

「いーんだよ別に…。

俺もあの人にはチーム結成した時から世話んなってさ、その恩返しになるかは分からんが、こうやって今はモタスポ同好会としてやってるんだから。」

 

 そう言うと先輩は席を立ち、すっかり夜の闇に染まった窓の景色を眺めた。

 

 勇仁

「…照のヤツ、今頃おそらく弐香呉を走ってるだろう。

もしかしたら、アイツに絡まれてバトルなんてこともな。」

 

 照が1人で峠に!?

 

 迅斗

「も、もしかして照もスイスポ乗りみたいに…?」

 

 勇仁

「いや、それは照の性格上あり得ない。

ただアイツは最近、お前らが気にしていたように単独で動くようになった。

 

この前のサーキットの時から、何か様子が変だった。

何か心ん中に引っかかるものがあるような…そんな走りしてたからな。」

 

 悩み事でもあったのだろうか?

 照は常に楽天的なやつだったから、正直言って今まで悩みを抱えるなんて一面、は俺たちの前で見せることは一切なかった。

 俺たちには言えない何かがあるって事なのか…?

 

 勇仁

「人によるけど、心の乱れってのは運転に出やすいもんだ。

最悪、積もりに積もったフラストレーションが車にも影響して、破綻なんてこともな…。」

 

 こんなことをしちゃいられない…!

 俺は席を立ち、車に向かおうと店を出ようとするが、先輩の一言で足を止める。

 

 勇仁

「まーそう焦るな。今頃、様子見に向かってるハズだ。」

 

 様子見?まさか…美舩さんが気晴らしに行くって言ってたのは…。

 

【弐香呉峠】

 

 美舩

「お~いたいた、見た感じだと手こずってそうね。」

 

 舞依

(うそ…すれ違ってからだいぶ差が開いたのに、もう詰まってる。)

 

 美舩

「というか舞依ちゃん大丈夫?

ちょっとムキになって攻めちゃったけど、具合とか悪くない?」

 

 舞依

「だ、大丈夫ですよ…今までの走り込みの成果もあって、こういうの慣れました。」

 喋れる余裕もあるなんて…経験を積むとこうなるものなのかな…?

 峠に入ってから、もういろいろ凄すぎて頭の中真っ白だわ。

 

 バトルの最中、EK9の背後に迫る1台の車は、美舩が駆るFC3S RX-7だった。

 

 美舩

「峠を攻める(・・・)ならやっぱこのコじゃなきゃね…。

欠かさずメンテした甲斐あったわ~。」

 

 舞依

(FCって型が古いのもあって、アタシのFD以上に繊細な操作を求められると、お父さん言ってたっけ…。

それを感じさせることなく、ムダのないフットワークとまるで車の気持ちを汲んだようにコントロールしていく。)

 

 次は左ヘアピン…コーナーへ突入すると、EK9はフロントタイヤのグリップを失い、大きく外側へ車体がズレていく。

 壁への衝突は免れたものの、後ろのFCに前を譲ってしまう。

 

 照

(くっそぉ…さすがにタレたタイヤでヘアピンはキツい。

ここのヘアピンがこんなに難しいなんて、思いもしなかったぜ。)

 

 舞依

(照を呆気なくコーナーでパスした…。)

 

 美舩

「今の動き…タイヤが持たなくなってるわね。

頑張ってあのスイスポ追いかけてたみたいだけど、そろそろ限界かな?

さて…。」

 

 美舩はステアリングをギュッと握りしめる。

 

 美舩

「もうちょっと…踏んでくわよ。」

 

 舞依

(気のせいじゃない…美舩さんの目つきが変わった。

あそこから追いついただけでも凄いのに、まだ本気じゃなかったの…!?)

 

 次々と押し寄せるコーナーも、舞依が釘付けになる程の鮮やかな操作でクリアし、先行するスイスポとの差を縮めていく。

 たちまちその差はあまり無い状態にまで持っていった。

 

 照

(離れていく…だけど、ここでタイヤがダメで降りるなんてしたら、それこそダセえじゃねえか。

せめて…せめて食いついてやらなきゃ…!)

 

 徐々に2台との差が開き始めても尚、照はアクセルから足を離すことはなかった。

 

 美舩

(コーナーの突っ込みから立ち上がりまでの動き…スイスポって車を理解している走りだわ。

それに照くんの方も、離されずについてきている。

でもね、私から見たらあなた達の走りは…。)

 

 迫る右高速コーナー…FCはアウトに入ると見せかけ、即座にスイスポの内側へと飛びこむ。

 

 スイスポのドライバー

(……!!)

 

 美舩

(今ひとつって所よ…!)

 

 舞依

(相手の出方を窺ってラインを変えるなんて…こんな狭い峠の道幅で、高度なドラテクを平然とこなせる美舩さんを近くで見られて、今日は助手席に乗ってよかったかも…アタシ。)

 

 照

(マジかよ…あのFC相手の動き撹乱させて、そこから一瞬の隙を突いて抜きやがった。)

 

 コーナーを抜けると、この先は目一杯スピードの乗るストレート。

 照は2台に離されまいとアクセルを深く踏む。

 

 だが、その時…EK9は力が抜けたようにスローダウンしていく。

 

 照

(…!? どうしたんだ。アクセルが反応しない…!?)

 

 舞依

「あれ…照がついてこない。」

 

 舞依の一言でバックミラーを覗いた美舩は、ブレーキをかけると、車体を左に滑らせて停車した。

 FCの動きに応じ、スイスポも路肩に停車させる。

 少し遅れてEK9がそのまま、スイスポの背後にゆっくりと止まった。

 

 それぞれ車から降りてくると、FCのドライバーを見た照が驚きのあまり声を上げる。

 

 照

「み、美舩さんに舞依ぃ!?」

 

 舞依

「ちょっと照!大丈夫?」

 

 照

「俺は平気だよ。ただ…。」

 

 照はエンジンが止まったEK9に視線を送る。

 

 照

「そっか…さっきのえげつない走りしてたFCは美舩さんだったのか。」

 

 美舩

「ごめんね。せっかくの勝負に水を差すようなマネしちゃって。

でも照くん、あなたも皆に伝えることあるんじゃない?」

 

 照は言葉に詰まり、うな垂れてしまった。

 そんな照を背に、スイスポの運転席側のドアが開くと、ドライバーがスッと現れる。

 

 舞依

(この人が、例のスイスポのドライバー…。)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 美舩

「おひさ。

やっと会えたわね…3年ぶり…で合ってるかな?」

 

 スイスポのドライバー

「…やはりアンタだったか。

いい歳してまだ走り屋やってんのか。」

 

 美舩

「ぐっ…開口一番に嫌味言われる立場になってもらいたいわね。」

 

 スイスポのドライバー

「…にしても、改めて分かったよ。

埼玉はレベルが低いってな。

アンタのように、速いとハッキリ認識出来るやつが全くいなくなっちまった。

勝負してみれば、どいつもこいつも雰囲気漂わせてるだけの、走り屋の真似事なやつばかりだ。

そこにいるシビックのようにな。」

 

 照

「んだと…!?」

 

 美舩

「チームにいた頃と同じね…自分より遅いと判った者には、そう決めつけるあたり…。」

 

 スイスポのドライバー

「事実を言ったまでだ。

走り屋は速さを究めてナンボだろ。」

 

 舞依

(何…この人、以前ジントから話訊いてたけど、すっごいヤな感じ。)

 

 美舩

「そんなだから、相手してもらえないんじゃないの?あの人に。」

 

 スイスポのドライバー

「フッ…。」

 

 美舩

「走り屋に対する価値観なんて、人それぞれだから否定しないけど、あなたのように唯我独尊な考えしてたら、周りから煙たがられるのも無理ないわ。

確かにあなたは速い…だけど、自分以外を信じないやつには、超えるべきものはいつまでも経っても超えられない。」

 

 スイスポのドライバー

「ずいぶん勝ち誇ったような言い方だな。

あのまま続ければ、俺はアンタの前に出れる自信はあったぜ。」

 

 美舩

「はぁ…まだあなたのお兄さんの方が、聞き分けよくて助かるんだけどな~。」

 

 この言葉に対して、ドライバーが声を荒げた。

 

 スイスポのドライバー

「俺を兄貴と一緒にするなっ!

 

認めたくないんだ…兄貴やアンタ、そしてあの人みたいに才能やセンスで上に立つ存在を…!

俺はあれから、甘さを一切捨ててウデを磨き続けてきた。

誰よりも速くなるために…!」

 

 舞依

「あの…。」

 

 ドライバーに威圧感を感じていた舞依が、重い口を開く。

 

 舞依

「私は、あなたがイメージする走り屋とは程遠いものですけど、誰よりも速くなろうとする姿勢は私も同じです。

ですけど、仲間の教えや意見を拒んでまで速くなろうとは思わない…!

学生の頃にやってた部活でも、各々が上を目指していく中で、それでも皆助け合い、支え合ってやってきたから…。」

 

 スイスポのドライバー

「助け合いか…くだらないな。

そんな団結力なんぞ、儚く脆いものだろうに。」

 

 舞依

「…っ!」

 

 照

「なあ、アンタさ…。」

 

 照は肩に力を入れ、ドライバーの元に歩み寄った。

 

 照

「正直、俺もアンタのようになりかけてたとこだったわ。

連んで走ったとこで、速くなる手がかりになんのか…最近そんなこと思ってた。

でもさ、んな事したって結局、後から虚しさが残っちまう気がした。

 

アンタに何があったのかは分かんねーけど、周りをはね除けてまで走ったとこで、楽しくなんかねーからさ。」

 

 スイスポのドライバー

「…生憎、俺より遅いヤツにどうこう言われる筋合いはない。

時間のムダだったな。」

 

 そう言い残すと、ドライバーはスイスポのドアに手をかける。

 

 照

「ちょっと待てよ!」

 

 スイスポのドライバー

「まだ何か用か?」

 

 照

「俺はここをホームとしてる谷津坂 照だ。

アンタは?」

 

 桐哉

「…鵜野 桐哉(うの きりや)だ。」

 

 桐哉はスイスポに乗り込み、その場でUターンすると、走った道を引き返して去っていった。

 

 美舩

「お疲れ…みんな。」

 

 舞依

「凄い嫌味な人でしたね…なんか。

そういえば、あの鵜野って人のこと知ってたみたいですけど…。」

 

 美舩

「あー、それショップ戻ってからゆっくり話しましょ。

今は…。」

 

 美舩は動かなくなったEK9に歩み寄り、スマホを取り出した。

 

 美舩

「レッカー車呼ぶわ。ショップまで運ぶよう手配するから。」

 

 照

「あ、ありがとうございます!」

 

 舞依

「ねえ…照、さっきはフォローしてくれてありがと。

やっぱこういう時って、男は頼りになるよね。」 

 

 照

「い、いや…俺はただ、思ったことを口にしたまでだから。

それに、あのまま言われっぱなしなのも落ち着かなかったし。」

 

 数分後、レッカー車がやってきてEK9をミストラルまで運んでいった。

 

 それからショップに戻った照は、これまで連絡を絶って走り込みをしていた事に関して謝罪し、勇仁は桐哉について照と舞依にもう1度話をすることにした。

 

【PM21:30 ミストラル】

 

 閉店時間がすっかり過ぎ、それまで店内にいた迅斗たちは店を後にした。

 

 勇仁

「照は俺が送ってく。

じゃ、お前らまた今度。」

 

 迅斗

「あれ、そういえば照は?」

 

 舞依

「ガレージにいるのかな?」

 

 3人は車が運ばれたガレージへと向かう。

 そこには疲れ果てたように佇むEK9と、フロント部分に手をかざし、撫でるような身振りで照が座りこんでいた。

 

 照

(すまねえなEK…俺が無茶したばっかりに…。

今思うと、もうちょっとお前と向き合うべきだったのかもな。

つくづく情けねえわホント…。) 

 

 

 




つづく。
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