途中で抜かれしまうも、諦めずに追走していく。
照
(かなりグリップ落ちてるな。
だけど、ここで投げ出すわけにはいかねぇだろ…!)
コーナーでの処理に手こずるEK9は、じりじりと前方との差が開き始めている。
照
(パワーもあっちが上なのかよ…!
こらえろEK…この先のストレートが多いとこまで食いついていけば、ワンチャンあるぜ。)
幾つかコーナーを抜けると、照はふとバックミラーに視線を送る。
すると、1台の車のヘッドライトが迫ってきている事に気づいた。
照
(どういうことだよコレ…。
やる気だってのか!?)
【ミストラル】
勇仁
「――チームに加入してからというもの、ヤツは人一倍速さに執着するようになった。
その為には、仲良しこよしでやっていくのをとことん嫌った。
それからやがて、俺を超えることを目標としたヤツは俺にバトルを挑んだ…。
ま、結果はお察しだがね。」
迅斗
「純粋に速さ求める為とはいえ、そこまでストイックになるのには、何か深い理由があるんですかね…。
先輩を超えるにしても、なにもそこまで…。」
勇仁
「元から周りに馴染むようなタイプじゃなかったんだ…アイツは。」
迅斗
「え?じゃあなんでチームに…。」
勇仁
「アイツには…走り屋を始める前から追いかけていた背中があった。兄貴って存在がな。」
迅斗
「兄貴…お兄さんがいたんですか?その人。」
勇仁
「あぁ…当時のチームリーダーで、アイツとは正反対な性格だった。
弐香呉で流してる走り屋っぽい雰囲気の人間を見かけては、積極的にチームに勧誘するほどのな。
弟であるそいつが入ったのは、チームを介して実力をつけて欲しいとの狙いだったんだろう。
結果的にはダメだったが…着実に速くなっていたことに心底喜んでいたよ。
いずれ自分も超えるかもしれないってのにさ。」
あまり昔の事を話したがらなかった先輩だが、今こうして聞いていると、先輩の目は懐かしさを感じているようなものだった。
同時に、どこか切なさもある…そんな気がした。
迅斗
「その…お兄さんは今、どうしてるんですか?」
そう訊いた途端、先輩は深く息をついて天を仰いだ。
勇仁
「…亡くなったよ、ヤツがチームを抜けた3ヶ月後に…事故でな。」
まずい、弟のことを話してたのに何で兄貴の行方なんか訊いたんだよ俺…!
迅斗
「あの、野暮なこと訊いちゃってすみません。」
勇仁
「いーんだよ別に…。
俺もあの人にはチーム結成した時から世話んなってさ、その恩返しになるかは分からんが、こうやって今はモタスポ同好会としてやってるんだから。」
そう言うと先輩は席を立ち、すっかり夜の闇に染まった窓の景色を眺めた。
勇仁
「…照のヤツ、今頃おそらく弐香呉を走ってるだろう。
もしかしたら、アイツに絡まれてバトルなんてこともな。」
照が1人で峠に!?
迅斗
「も、もしかして照もスイスポ乗りみたいに…?」
勇仁
「いや、それは照の性格上あり得ない。
ただアイツは最近、お前らが気にしていたように単独で動くようになった。
この前のサーキットの時から、何か様子が変だった。
何か心ん中に引っかかるものがあるような…そんな走りしてたからな。」
悩み事でもあったのだろうか?
照は常に楽天的なやつだったから、正直言って今まで悩みを抱えるなんて一面、は俺たちの前で見せることは一切なかった。
俺たちには言えない何かがあるって事なのか…?
勇仁
「人によるけど、心の乱れってのは運転に出やすいもんだ。
最悪、積もりに積もったフラストレーションが車にも影響して、破綻なんてこともな…。」
こんなことをしちゃいられない…!
俺は席を立ち、車に向かおうと店を出ようとするが、先輩の一言で足を止める。
勇仁
「まーそう焦るな。今頃、様子見に向かってるハズだ。」
様子見?まさか…美舩さんが気晴らしに行くって言ってたのは…。
【弐香呉峠】
美舩
「お~いたいた、見た感じだと手こずってそうね。」
舞依
(うそ…すれ違ってからだいぶ差が開いたのに、もう詰まってる。)
美舩
「というか舞依ちゃん大丈夫?
ちょっとムキになって攻めちゃったけど、具合とか悪くない?」
舞依
「だ、大丈夫ですよ…今までの走り込みの成果もあって、こういうの慣れました。」
喋れる余裕もあるなんて…経験を積むとこうなるものなのかな…?
峠に入ってから、もういろいろ凄すぎて頭の中真っ白だわ。
バトルの最中、EK9の背後に迫る1台の車は、美舩が駆るFC3S RX-7だった。
美舩
「峠を
欠かさずメンテした甲斐あったわ~。」
舞依
(FCって型が古いのもあって、アタシのFD以上に繊細な操作を求められると、お父さん言ってたっけ…。
それを感じさせることなく、ムダのないフットワークとまるで車の気持ちを汲んだようにコントロールしていく。)
次は左ヘアピン…コーナーへ突入すると、EK9はフロントタイヤのグリップを失い、大きく外側へ車体がズレていく。
壁への衝突は免れたものの、後ろのFCに前を譲ってしまう。
照
(くっそぉ…さすがにタレたタイヤでヘアピンはキツい。
ここのヘアピンがこんなに難しいなんて、思いもしなかったぜ。)
舞依
(照を呆気なくコーナーでパスした…。)
美舩
「今の動き…タイヤが持たなくなってるわね。
頑張ってあのスイスポ追いかけてたみたいだけど、そろそろ限界かな?
さて…。」
美舩はステアリングをギュッと握りしめる。
美舩
「もうちょっと…踏んでくわよ。」
舞依
(気のせいじゃない…美舩さんの目つきが変わった。
あそこから追いついただけでも凄いのに、まだ本気じゃなかったの…!?)
次々と押し寄せるコーナーも、舞依が釘付けになる程の鮮やかな操作でクリアし、先行するスイスポとの差を縮めていく。
たちまちその差はあまり無い状態にまで持っていった。
照
(離れていく…だけど、ここでタイヤがダメで降りるなんてしたら、それこそダセえじゃねえか。
せめて…せめて食いついてやらなきゃ…!)
徐々に2台との差が開き始めても尚、照はアクセルから足を離すことはなかった。
美舩
(コーナーの突っ込みから立ち上がりまでの動き…スイスポって車を理解している走りだわ。
それに照くんの方も、離されずについてきている。
でもね、私から見たらあなた達の走りは…。)
迫る右高速コーナー…FCはアウトに入ると見せかけ、即座にスイスポの内側へと飛びこむ。
スイスポのドライバー
(……!!)
美舩
(今ひとつって所よ…!)
舞依
(相手の出方を窺ってラインを変えるなんて…こんな狭い峠の道幅で、高度なドラテクを平然とこなせる美舩さんを近くで見られて、今日は助手席に乗ってよかったかも…アタシ。)
照
(マジかよ…あのFC相手の動き撹乱させて、そこから一瞬の隙を突いて抜きやがった。)
コーナーを抜けると、この先は目一杯スピードの乗るストレート。
照は2台に離されまいとアクセルを深く踏む。
だが、その時…EK9は力が抜けたようにスローダウンしていく。
照
(…!? どうしたんだ。アクセルが反応しない…!?)
舞依
「あれ…照がついてこない。」
舞依の一言でバックミラーを覗いた美舩は、ブレーキをかけると、車体を左に滑らせて停車した。
FCの動きに応じ、スイスポも路肩に停車させる。
少し遅れてEK9がそのまま、スイスポの背後にゆっくりと止まった。
それぞれ車から降りてくると、FCのドライバーを見た照が驚きのあまり声を上げる。
照
「み、美舩さんに舞依ぃ!?」
舞依
「ちょっと照!大丈夫?」
照
「俺は平気だよ。ただ…。」
照はエンジンが止まったEK9に視線を送る。
照
「そっか…さっきのえげつない走りしてたFCは美舩さんだったのか。」
美舩
「ごめんね。せっかくの勝負に水を差すようなマネしちゃって。
でも照くん、あなたも皆に伝えることあるんじゃない?」
照は言葉に詰まり、うな垂れてしまった。
そんな照を背に、スイスポの運転席側のドアが開くと、ドライバーがスッと現れる。
舞依
(この人が、例のスイスポのドライバー…。)
美舩
「おひさ。
やっと会えたわね…3年ぶり…で合ってるかな?」
スイスポのドライバー
「…やはりアンタだったか。
いい歳してまだ走り屋やってんのか。」
美舩
「ぐっ…開口一番に嫌味言われる立場になってもらいたいわね。」
スイスポのドライバー
「…にしても、改めて分かったよ。
埼玉はレベルが低いってな。
アンタのように、速いとハッキリ認識出来るやつが全くいなくなっちまった。
勝負してみれば、どいつもこいつも雰囲気漂わせてるだけの、走り屋の真似事なやつばかりだ。
そこにいるシビックのようにな。」
照
「んだと…!?」
美舩
「チームにいた頃と同じね…自分より遅いと判った者には、そう決めつけるあたり…。」
スイスポのドライバー
「事実を言ったまでだ。
走り屋は速さを究めてナンボだろ。」
舞依
(何…この人、以前ジントから話訊いてたけど、すっごいヤな感じ。)
美舩
「そんなだから、相手してもらえないんじゃないの?あの人に。」
スイスポのドライバー
「フッ…。」
美舩
「走り屋に対する価値観なんて、人それぞれだから否定しないけど、あなたのように唯我独尊な考えしてたら、周りから煙たがられるのも無理ないわ。
確かにあなたは速い…だけど、自分以外を信じないやつには、超えるべきものはいつまでも経っても超えられない。」
スイスポのドライバー
「ずいぶん勝ち誇ったような言い方だな。
あのまま続ければ、俺はアンタの前に出れる自信はあったぜ。」
美舩
「はぁ…まだあなたのお兄さんの方が、聞き分けよくて助かるんだけどな~。」
この言葉に対して、ドライバーが声を荒げた。
スイスポのドライバー
「俺を兄貴と一緒にするなっ!
認めたくないんだ…兄貴やアンタ、そしてあの人みたいに才能やセンスで上に立つ存在を…!
俺はあれから、甘さを一切捨ててウデを磨き続けてきた。
誰よりも速くなるために…!」
舞依
「あの…。」
ドライバーに威圧感を感じていた舞依が、重い口を開く。
舞依
「私は、あなたがイメージする走り屋とは程遠いものですけど、誰よりも速くなろうとする姿勢は私も同じです。
ですけど、仲間の教えや意見を拒んでまで速くなろうとは思わない…!
学生の頃にやってた部活でも、各々が上を目指していく中で、それでも皆助け合い、支え合ってやってきたから…。」
スイスポのドライバー
「助け合いか…くだらないな。
そんな団結力なんぞ、儚く脆いものだろうに。」
舞依
「…っ!」
照
「なあ、アンタさ…。」
照は肩に力を入れ、ドライバーの元に歩み寄った。
照
「正直、俺もアンタのようになりかけてたとこだったわ。
連んで走ったとこで、速くなる手がかりになんのか…最近そんなこと思ってた。
でもさ、んな事したって結局、後から虚しさが残っちまう気がした。
アンタに何があったのかは分かんねーけど、周りをはね除けてまで走ったとこで、楽しくなんかねーからさ。」
スイスポのドライバー
「…生憎、俺より遅いヤツにどうこう言われる筋合いはない。
時間のムダだったな。」
そう言い残すと、ドライバーはスイスポのドアに手をかける。
照
「ちょっと待てよ!」
スイスポのドライバー
「まだ何か用か?」
照
「俺はここをホームとしてる谷津坂 照だ。
アンタは?」
桐哉
「…
桐哉はスイスポに乗り込み、その場でUターンすると、走った道を引き返して去っていった。
美舩
「お疲れ…みんな。」
舞依
「凄い嫌味な人でしたね…なんか。
そういえば、あの鵜野って人のこと知ってたみたいですけど…。」
美舩
「あー、それショップ戻ってからゆっくり話しましょ。
今は…。」
美舩は動かなくなったEK9に歩み寄り、スマホを取り出した。
美舩
「レッカー車呼ぶわ。ショップまで運ぶよう手配するから。」
照
「あ、ありがとうございます!」
舞依
「ねえ…照、さっきはフォローしてくれてありがと。
やっぱこういう時って、男は頼りになるよね。」
照
「い、いや…俺はただ、思ったことを口にしたまでだから。
それに、あのまま言われっぱなしなのも落ち着かなかったし。」
数分後、レッカー車がやってきてEK9をミストラルまで運んでいった。
それからショップに戻った照は、これまで連絡を絶って走り込みをしていた事に関して謝罪し、勇仁は桐哉について照と舞依にもう1度話をすることにした。
【PM21:30 ミストラル】
閉店時間がすっかり過ぎ、それまで店内にいた迅斗たちは店を後にした。
勇仁
「照は俺が送ってく。
じゃ、お前らまた今度。」
迅斗
「あれ、そういえば照は?」
舞依
「ガレージにいるのかな?」
3人は車が運ばれたガレージへと向かう。
そこには疲れ果てたように佇むEK9と、フロント部分に手をかざし、撫でるような身振りで照が座りこんでいた。
照
(すまねえなEK…俺が無茶したばっかりに…。
今思うと、もうちょっとお前と向き合うべきだったのかもな。
つくづく情けねえわホント…。)
つづく。