峠 Beginning   作:れいめん

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 迅斗は照と共に、気晴らしに弐香呉丘へと訪れていた。
 一方、深夜の峠では勇仁と桐哉がバトルを繰り広げているのだった。


第11話:霞む背中

 「何故なんだ…何故、勝てないっ…!」

 

 「走りの筋は良い…だが、どれだけ走り込んでも勝てないワケが分かるか?」

 

 「経験の差だとでも言いたいのか…?」

 

 「そんなもん、意地と努力次第で埋められる。走り込みの数では、お前は俺達を超えようと幾度もこなしている。しかしな、お前には走り屋…いや、モータースポーツの世界に於いて、大事なものがぽっかり欠けてんだよ。」

 

 「何が言いたい…。」

 

 「相手を尊重する姿勢、相手の努力を嘲笑う…いつまでもそんな考えでやってりゃ、追ってる背中は霞んでくばかりだぜ。俺はおろか、あの人だって超えられない。」

 

 「そんな…そんなことで、上を目指せるってのかよ。俺は信じない…俺はアンタらと違う道で速くなってみせる!絶対にな…!」

 

【3年後… AM1:20 弐香呉峠】

 

 桐哉

(まさかそっちから仕掛けてくるとはな…この時間まで走ってた甲斐があったってもんだ。

あれから俺は、県外の峠に出ては実力をつけてきたつもりだ。

そう簡単に前に出られると思うな…!)

 

 美舩

「…以前、後ろ走って見てたけど、別人のように速くなってるわね。

車のほうも戦闘力を上げてきてるし、コーナーも1つ1つに迷いがない。

さあ、レベルアップした相手にどう出るのかしら…?」

 

 勇仁

「いい突っ込みしてるな。

立ち上がりのノロさはターボでしっかりカバーしている。

アグレッシブな走りでも、タイヤを労るように繋いでいく…こいつは、ちと楽には行けないかな。」

 

 美舩

「あら、珍しく弱気?」

 

 勇仁

「へっ…まさか。

少しだけ、アイツに感心してるんだよ。

たった1人でここまでやれたのがさ。

確かに、あの人とは違うスタイルだから、これはこれで面白い…!」

 

 スイスポは目一杯スピードを乗せた所でフルブレーキング…合わせるようにワンエイティも同じ距離で減速する。

 

 勇仁

(こういう時のFFって良いよな…最初から最後までズルズルすることなく、愚直にコーナーの処理が出来るんだからよ。)

 

 インベタで曲がるのに対し、勇仁は巧みな操作でワンエイティをドリフトさせていく。2台は安定した立ち上がりでコーナーをクリアする。

 

 桐哉

(ドリフトか…ナメやがって!) 

 

 その後も、2台はもつれたまま熾烈なバトルを繰り広げていく。

 全く隙を見せない桐哉の走りに、それまで話を交えていた勇仁は黙り込む。

 

 美舩

「流石ね…本人に言ったら怒りそうだけど、ここまでプレッシャーに屈することなく走っていけるのは、あの人の血が通ってるおかげかしら。」

(何よりも…隣の彼がいつになく真剣モードになってるあたり、生半可なウデじゃないのが伝わってくるわ。)

 

 桐哉

(…さっきから後ろにつくだけで、大したアクションを起こしてこない。

こっちがミスるのを待ってるのか?

 

俺は常に自分のペースを維持して走ってる…プレッシャーでミスを誘おうとしてもムダだぜ。

タイヤマネージメントもしっかり出来てる。

そうやって、おとなしく後ろにいりゃいいんだ!)

 

 勇仁

(ウデだけじゃなく、車もよく仕上げたな。

元々は非力なFFだったそいつを、よくここまでやったもんだ。

 

ここまで走ってきて分かったが、低速コーナーじゃヤツのほうが1枚上手だ。

だとしたら…。)

 

 左コーナーに突入すると、ワンエイティは左のフロントタイヤを、内側の縁石に乗せてコーナリングしていく。

 続けざまに右コーナーも、同様のドラテクを駆使して走り抜ける。

 

 美舩

(これだけコーナーで稼いでも、一瞬でイーブンに戻されてしまう。

均衡したこの状況を、あなたはどうやって打破するつもり?)

 

 桐哉

(チッ…フロントタイヤが少し減ってきたか。

だが問題ない、この先はスピードが乗る高速区間…。

このまま麓まで下って…俺が勝つ!)

 

 ストレートを抜けると、比較的緩い左の高速コーナーが迫る。

 その直前、ワンエイティがコーナーのアウトへと車体を寄せる。

 スイスポがインベタで曲がるのに対し、ワンエイティは外側の砂地ギリギリを突破…すると、勝ちを確信したように勇仁がニヤリと笑みを浮かべる。

 

 桐哉

(…!まさか、ここで並んで次の右でインに突く気か!?)

 

 立ち上がりの加速は両者互角。

 だが、リアタイヤのグリップを活かしてワンエイティが徐々に迫る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 勇仁

(インを締められちゃ、FFお得意のタックインも出来ないだろ…!)

 

 インを塞がれ思い通りにラインを作れないスイスポを、ワンエイティは鮮やかにパスしていく。

 

 桐哉

(くそっ…ここで仕掛けてきやがるとは。

だが、いい気になるなよ。

ゴールまでまだ距離はあるんだからな…!)

 

 スイスポが抜かれてからも、しばらく膠着状態が続いていたが、コーナーを抜ける度、次第に差が開いていく。

 

 桐哉

(なぜだっ…!完璧に乗れてるはずなのに、何が違うんだ…!?)

 

 美舩

(――勝負あったわね。

彼を黙らせる程、確かにあなたは並の走り屋じゃなくなった。

だけど、あなたが彼を超える為に努力してきたのなら、こっちはそれ以上に力をつけているのよ…。

 

桐哉君…あなたには、まだ伸びしろがある。

この1敗を糧に前進することが出来れば、いずれは…。)

 

 負けを悟った桐哉は、深く踏んでいたアクセルをゆっくり戻す。

 力が抜けたように、スイスポは路肩に停車した。

 

 美舩

「お見事。

久しぶりに隣に乗せてもらったけど、赤い彗星の名は伊達じゃないわね。」

 

 勇仁

「ふぅ…柄にもなく黙り込んじまった。

てっきり呆気なく仕留められると思ってたんだがな。

ったく、慢心はいけねーな。」

 

 美舩

「それだけ、後の世代もキレてるやつが増えてきたって事でしょ?」

 

 勇仁

「…んだよ、お互いまだ現役なんじゃなかったのか?」

 

 美舩

「あれ、言ってたかしらそんな事。」

 

 勇仁

「へっ…このまま家まで送るわ。」

 

 バトルからしばらく経つと、帰り道に峠を走っていた迅斗は、前方にスイスポが停まっていることに気づく。

 

 迅斗

「あれ?このスイスポ…。」

 

 照

「どうしたんだ?こんなとこで。」

 

 迅斗はスイスポの後ろに車を停め、ドア     に寄りかかっていた桐哉に声をかける。

 

 迅斗

「あ、あの~こんばんは。

何かあったんですか?」

 

 桐哉

「別に…。」

 

 照

(うわ…相変わらずノリ悪いな。)

 

 迅斗

「えっと…一応、初対面でしたね。

俺、金村って言います。

あなたの事はせんp…新嶋勇仁さんから聞いてます。

鵜野桐哉さん、ですね。」

 

 桐哉

「…何か用か?無駄話に付き合うつもりはない。」

 

 迅斗

「いや、まあ…用って程でもないですけど、あの…さっき、誰かとバトルしてました?」

 

 照

「俺ら丘の方にいたんだけど、峠から車のスキール音がもつれて聞こえるってジントが言ってたからさ。」

 

 桐哉はしばし黙り込むと、迅斗たちに背を向けて口を開いた。

 

 桐哉

「…勝てなかった…。

やっと追いついたと思っていたのに、あっさりと抜かれてしまった。」

 

 照

「…もしかして、バトル相手ってのは先輩か?」

 

 桐哉

「…ああ、お前らの言う先輩…新嶋さんだ。

 

俺は3年間、あの人に勝とうと自分のウデと車に向き合って、関東のありとあらゆる峠で自分を鍛えてきた。

偶然にも、さっき見覚えのあるワンエイティがいたから、ここでケリをつけようと思ったんだが…どうやらまだ甘かったようだ。」

 

 先輩に負けたのが余程ショックだったのか、鵜野さんはそれから車に寄りかかって、腕を組みながら黙り込んでしまった。

 

 迅斗

「あの、鵜野さん…1つ訊いていいですか?

 

なぜ…先輩にそこまでこだわるんですか?」

 

 桐哉

「…気に入らないんだ。才能があるのを良いことに上に立ってるのがな。

俺の単なる妬み嫉みなのかもしれんが、俺はそんな才能だけでのし上がった人間を、誰の力も借りずに自分の手で超えてやりたいと思った。

そうさせたのは、あの人もその1人だが、元を辿ると、俺をこの世界に誘った兄貴だったんだ。」

 

 鵜野さんに兄がいたことは、以前、先輩から聞いたので知っている。

 だけど、そのお兄さんが鵜野さんをここまでさせるきっかけに…!?

 

 桐哉

「俺は常に兄貴と俺を比べられて生きてきた。

やがて俺は兄貴に続く形でこの車を買った時、走り屋の世界でなら兄貴を超えられると思っていた。

その為には、稼いできた殆どの金を車につぎ込み、ただひたすら走り込む日々だった。

だが、それでも兄貴は俺の上に立った…。

いくら足掻いても、俺は目標としていた兄貴と新嶋さんを超えられなかったんだ。

 

それから俺は、馴れ合いだけの集まりにすぎなかったチームを抜け、単独で走ることを決めた。

1人でやっていけば、やがて目標に近づけると信じてな。

 

…だが負けちまった以上、俺がここに留まる理由はもう無い。

また1からやり直しだ。」

 

 迅斗

「…あなたの目的は分かりました。

俺は兄弟がいないんで、他の人と比べられるというのはよく分かりませんけど、誰かを目標に日々精進していくのは良い事だと思います。

ただ、これだけは言わせてください…

 

隣にいる照から聞いた話ですけど…

走り屋というのは、単純に速さだけを求める存在じゃないと思うんです。

正直、自分も速くなりたい一心で走り屋やってますけど、一概にはそう言い切れないと今まで走ってきて分かりました。

仲間と連んでツーリング感覚で走る人もいれば、目に映る景色を堪能しようと走る人もいる。

何よりも車が好きで、車を走らせることに愉しさを感じるなら…走り屋であってもいいと俺は思います。

だから、他の走り屋達を悪く言ったり、人の努力を嘲笑うのは…やめてください。」

 

 桐哉

「フッ…お前、見た目に似合わず肝の据わった奴だな。

それとも身の程知らずなだけか?

そういうのは、俺の前を走ってから言うんだな。」

 

 迅斗

「…なら、俺とバトルして下さい。

 

あなたから見て、俺は取るに足らないレベルかと思いますが…俺も、実はあなたを目標に走ってきました。

覚えてないかもしれませんが、これまで俺はあなたに2回負けてます。

この2回の負けを噛み締めつつ、先輩や仲間達と切磋琢磨してきました。

これまで培ってきた実力を発揮する為にも、このバトル…受けてもらえますか?」

 

 あなたが先輩やお兄さんを超えることを目指していたように、俺もあなたに勝ちたいとウデを磨いてきた。

 今日ここで会えたのも、何か宿命的なものだったのかもしれない。

 

 桐哉

「…いいだろう。

またここを離れる前に、お前とのケリもキッチリつけてやる。」

 

 スイスポのドアに手をかけると、鵜野さんは俺に指をさしてこう告げる。

 

 桐哉

「3日後の夜10時…頂上だ。」

 

 鵜野さんはそう言うと、スイスポに乗り出して、颯爽と去っていった。

 

 迅斗

「3日後…か。」

 

 それまでには、しっかり準備しておかないとな。

 

 照

「なあ…ジント。

 

お前もさ、変わったな。

今まで教室の隅で本読んでたヤツとは思えねえくらい、今のお前カッコいいよ。」

 

 カッコいい…か…

 今まで生きてきて、言われたことないから、なんかこそばゆいな。

でも、女子に言われたかったなソレ…。

 

【街中】

 

 桐哉

「愉しければ走り屋…か。

 

くだらない。」

 

 静かな夜の街を、スイスポはエキゾーストを響かせて走っていく…。

 

 

 




つづく。
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