一方、深夜の峠では勇仁と桐哉がバトルを繰り広げているのだった。
「何故なんだ…何故、勝てないっ…!」
「走りの筋は良い…だが、どれだけ走り込んでも勝てないワケが分かるか?」
「経験の差だとでも言いたいのか…?」
「そんなもん、意地と努力次第で埋められる。走り込みの数では、お前は俺達を超えようと幾度もこなしている。しかしな、お前には走り屋…いや、モータースポーツの世界に於いて、大事なものがぽっかり欠けてんだよ。」
「何が言いたい…。」
「相手を尊重する姿勢、相手の努力を嘲笑う…いつまでもそんな考えでやってりゃ、追ってる背中は霞んでくばかりだぜ。俺はおろか、あの人だって超えられない。」
「そんな…そんなことで、上を目指せるってのかよ。俺は信じない…俺はアンタらと違う道で速くなってみせる!絶対にな…!」
【3年後… AM1:20 弐香呉峠】
桐哉
(まさかそっちから仕掛けてくるとはな…この時間まで走ってた甲斐があったってもんだ。
あれから俺は、県外の峠に出ては実力をつけてきたつもりだ。
そう簡単に前に出られると思うな…!)
美舩
「…以前、後ろ走って見てたけど、別人のように速くなってるわね。
車のほうも戦闘力を上げてきてるし、コーナーも1つ1つに迷いがない。
さあ、レベルアップした相手にどう出るのかしら…?」
勇仁
「いい突っ込みしてるな。
立ち上がりのノロさはターボでしっかりカバーしている。
アグレッシブな走りでも、タイヤを労るように繋いでいく…こいつは、ちと楽には行けないかな。」
美舩
「あら、珍しく弱気?」
勇仁
「へっ…まさか。
少しだけ、アイツに感心してるんだよ。
たった1人でここまでやれたのがさ。
確かに、あの人とは違うスタイルだから、これはこれで面白い…!」
スイスポは目一杯スピードを乗せた所でフルブレーキング…合わせるようにワンエイティも同じ距離で減速する。
勇仁
(こういう時のFFって良いよな…最初から最後までズルズルすることなく、愚直にコーナーの処理が出来るんだからよ。)
インベタで曲がるのに対し、勇仁は巧みな操作でワンエイティをドリフトさせていく。2台は安定した立ち上がりでコーナーをクリアする。
桐哉
(ドリフトか…ナメやがって!)
その後も、2台はもつれたまま熾烈なバトルを繰り広げていく。
全く隙を見せない桐哉の走りに、それまで話を交えていた勇仁は黙り込む。
美舩
「流石ね…本人に言ったら怒りそうだけど、ここまでプレッシャーに屈することなく走っていけるのは、あの人の血が通ってるおかげかしら。」
(何よりも…隣の彼がいつになく真剣モードになってるあたり、生半可なウデじゃないのが伝わってくるわ。)
桐哉
(…さっきから後ろにつくだけで、大したアクションを起こしてこない。
こっちがミスるのを待ってるのか?
俺は常に自分のペースを維持して走ってる…プレッシャーでミスを誘おうとしてもムダだぜ。
タイヤマネージメントもしっかり出来てる。
そうやって、おとなしく後ろにいりゃいいんだ!)
勇仁
(ウデだけじゃなく、車もよく仕上げたな。
元々は非力なFFだったそいつを、よくここまでやったもんだ。
ここまで走ってきて分かったが、低速コーナーじゃヤツのほうが1枚上手だ。
だとしたら…。)
左コーナーに突入すると、ワンエイティは左のフロントタイヤを、内側の縁石に乗せてコーナリングしていく。
続けざまに右コーナーも、同様のドラテクを駆使して走り抜ける。
美舩
(これだけコーナーで稼いでも、一瞬でイーブンに戻されてしまう。
均衡したこの状況を、あなたはどうやって打破するつもり?)
桐哉
(チッ…フロントタイヤが少し減ってきたか。
だが問題ない、この先はスピードが乗る高速区間…。
このまま麓まで下って…俺が勝つ!)
ストレートを抜けると、比較的緩い左の高速コーナーが迫る。
その直前、ワンエイティがコーナーのアウトへと車体を寄せる。
スイスポがインベタで曲がるのに対し、ワンエイティは外側の砂地ギリギリを突破…すると、勝ちを確信したように勇仁がニヤリと笑みを浮かべる。
桐哉
(…!まさか、ここで並んで次の右でインに突く気か!?)
立ち上がりの加速は両者互角。
だが、リアタイヤのグリップを活かしてワンエイティが徐々に迫る。
勇仁
(インを締められちゃ、FFお得意のタックインも出来ないだろ…!)
インを塞がれ思い通りにラインを作れないスイスポを、ワンエイティは鮮やかにパスしていく。
桐哉
(くそっ…ここで仕掛けてきやがるとは。
だが、いい気になるなよ。
ゴールまでまだ距離はあるんだからな…!)
スイスポが抜かれてからも、しばらく膠着状態が続いていたが、コーナーを抜ける度、次第に差が開いていく。
桐哉
(なぜだっ…!完璧に乗れてるはずなのに、何が違うんだ…!?)
美舩
(――勝負あったわね。
彼を黙らせる程、確かにあなたは並の走り屋じゃなくなった。
だけど、あなたが彼を超える為に努力してきたのなら、こっちはそれ以上に力をつけているのよ…。
桐哉君…あなたには、まだ伸びしろがある。
この1敗を糧に前進することが出来れば、いずれは…。)
負けを悟った桐哉は、深く踏んでいたアクセルをゆっくり戻す。
力が抜けたように、スイスポは路肩に停車した。
美舩
「お見事。
久しぶりに隣に乗せてもらったけど、赤い彗星の名は伊達じゃないわね。」
勇仁
「ふぅ…柄にもなく黙り込んじまった。
てっきり呆気なく仕留められると思ってたんだがな。
ったく、慢心はいけねーな。」
美舩
「それだけ、後の世代もキレてるやつが増えてきたって事でしょ?」
勇仁
「…んだよ、お互いまだ現役なんじゃなかったのか?」
美舩
「あれ、言ってたかしらそんな事。」
勇仁
「へっ…このまま家まで送るわ。」
バトルからしばらく経つと、帰り道に峠を走っていた迅斗は、前方にスイスポが停まっていることに気づく。
迅斗
「あれ?このスイスポ…。」
照
「どうしたんだ?こんなとこで。」
迅斗はスイスポの後ろに車を停め、ドア に寄りかかっていた桐哉に声をかける。
迅斗
「あ、あの~こんばんは。
何かあったんですか?」
桐哉
「別に…。」
照
(うわ…相変わらずノリ悪いな。)
迅斗
「えっと…一応、初対面でしたね。
俺、金村って言います。
あなたの事はせんp…新嶋勇仁さんから聞いてます。
鵜野桐哉さん、ですね。」
桐哉
「…何か用か?無駄話に付き合うつもりはない。」
迅斗
「いや、まあ…用って程でもないですけど、あの…さっき、誰かとバトルしてました?」
照
「俺ら丘の方にいたんだけど、峠から車のスキール音がもつれて聞こえるってジントが言ってたからさ。」
桐哉はしばし黙り込むと、迅斗たちに背を向けて口を開いた。
桐哉
「…勝てなかった…。
やっと追いついたと思っていたのに、あっさりと抜かれてしまった。」
照
「…もしかして、バトル相手ってのは先輩か?」
桐哉
「…ああ、お前らの言う先輩…新嶋さんだ。
俺は3年間、あの人に勝とうと自分のウデと車に向き合って、関東のありとあらゆる峠で自分を鍛えてきた。
偶然にも、さっき見覚えのあるワンエイティがいたから、ここでケリをつけようと思ったんだが…どうやらまだ甘かったようだ。」
先輩に負けたのが余程ショックだったのか、鵜野さんはそれから車に寄りかかって、腕を組みながら黙り込んでしまった。
迅斗
「あの、鵜野さん…1つ訊いていいですか?
なぜ…先輩にそこまでこだわるんですか?」
桐哉
「…気に入らないんだ。才能があるのを良いことに上に立ってるのがな。
俺の単なる妬み嫉みなのかもしれんが、俺はそんな才能だけでのし上がった人間を、誰の力も借りずに自分の手で超えてやりたいと思った。
そうさせたのは、あの人もその1人だが、元を辿ると、俺をこの世界に誘った兄貴だったんだ。」
鵜野さんに兄がいたことは、以前、先輩から聞いたので知っている。
だけど、そのお兄さんが鵜野さんをここまでさせるきっかけに…!?
桐哉
「俺は常に兄貴と俺を比べられて生きてきた。
やがて俺は兄貴に続く形でこの車を買った時、走り屋の世界でなら兄貴を超えられると思っていた。
その為には、稼いできた殆どの金を車につぎ込み、ただひたすら走り込む日々だった。
だが、それでも兄貴は俺の上に立った…。
いくら足掻いても、俺は目標としていた兄貴と新嶋さんを超えられなかったんだ。
それから俺は、馴れ合いだけの集まりにすぎなかったチームを抜け、単独で走ることを決めた。
1人でやっていけば、やがて目標に近づけると信じてな。
…だが負けちまった以上、俺がここに留まる理由はもう無い。
また1からやり直しだ。」
迅斗
「…あなたの目的は分かりました。
俺は兄弟がいないんで、他の人と比べられるというのはよく分かりませんけど、誰かを目標に日々精進していくのは良い事だと思います。
ただ、これだけは言わせてください…
隣にいる照から聞いた話ですけど…
走り屋というのは、単純に速さだけを求める存在じゃないと思うんです。
正直、自分も速くなりたい一心で走り屋やってますけど、一概にはそう言い切れないと今まで走ってきて分かりました。
仲間と連んでツーリング感覚で走る人もいれば、目に映る景色を堪能しようと走る人もいる。
何よりも車が好きで、車を走らせることに愉しさを感じるなら…走り屋であってもいいと俺は思います。
だから、他の走り屋達を悪く言ったり、人の努力を嘲笑うのは…やめてください。」
桐哉
「フッ…お前、見た目に似合わず肝の据わった奴だな。
それとも身の程知らずなだけか?
そういうのは、俺の前を走ってから言うんだな。」
迅斗
「…なら、俺とバトルして下さい。
あなたから見て、俺は取るに足らないレベルかと思いますが…俺も、実はあなたを目標に走ってきました。
覚えてないかもしれませんが、これまで俺はあなたに2回負けてます。
この2回の負けを噛み締めつつ、先輩や仲間達と切磋琢磨してきました。
これまで培ってきた実力を発揮する為にも、このバトル…受けてもらえますか?」
あなたが先輩やお兄さんを超えることを目指していたように、俺もあなたに勝ちたいとウデを磨いてきた。
今日ここで会えたのも、何か宿命的なものだったのかもしれない。
桐哉
「…いいだろう。
またここを離れる前に、お前とのケリもキッチリつけてやる。」
スイスポのドアに手をかけると、鵜野さんは俺に指をさしてこう告げる。
桐哉
「3日後の夜10時…頂上だ。」
鵜野さんはそう言うと、スイスポに乗り出して、颯爽と去っていった。
迅斗
「3日後…か。」
それまでには、しっかり準備しておかないとな。
照
「なあ…ジント。
お前もさ、変わったな。
今まで教室の隅で本読んでたヤツとは思えねえくらい、今のお前カッコいいよ。」
カッコいい…か…
今まで生きてきて、言われたことないから、なんかこそばゆいな。
でも、女子に言われたかったなソレ…。
【街中】
桐哉
「愉しければ走り屋…か。
くだらない。」
静かな夜の街を、スイスポはエキゾーストを響かせて走っていく…。
つづく。