峠 Beginning   作:れいめん

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 桐哉にバトルを申し込んでからその後、迅斗は勝負に向けて照、舞依と共に入念に峠を走っていた。
 そして3日後…。


第12話:それぞれの分岐点

【PM8:30 迅斗のガレージ】

 

 迅斗

「タイヤの空気圧よし、エンジンオイル異常なし…これでいいかな。」

 

 念のため、足回りのチェックもしておくか。

 ジャッキを取りに向かおうとすると、親父がガレージの入り口から現れる。

 

 辰魅

「ここ最近ヤケにガレージに籠もってるじゃねえか…どうしたんだ?」

 

 迅斗

「…ちょっと、他の走り屋と勝負することになってさ。」

 

 辰魅

「…どれ、俺も手伝ってやるよ。」

 

 そういうと親父はタイヤ置き場にあったジャッキを取り出し、86の足回りをチェックした。

 

 辰魅

「走り込んでたワリには、目立った消耗は無いな。

よく大事にしてきたじゃねえか。」

 

 迅斗

「…まあ、初めての愛車だし…その辺はしっかりやってるつもりだよ。」

 

 辰魅

「なあ…お前は何で走り屋になろうと思ったんだ?」

 

 迅斗

「う~ん…ざっくり言うと、親父に憧れてかな。

親父のおかげで車が好きになれたのもあるし、レースに出ていた親父がカッコ良かったからさ…。

 

親父、俺もレーサーになれるかな?」

 

 辰魅

「さあな、プロの世界は憧れだけでやってけるもんじゃないし、お前がこれから先どうして行きたいか…それ次第じゃねえか?」

 

 子供じみた質問をしてしまった事を少し後悔する…。だが、それを聞いた親父はニヤリと笑みを浮かべて作業を続けた。

 かつてはショップを経営していただけあって、その手際の良さはつい見入ってしまうものだった。

 チェックを終え、時計を見ると1時間が経っていた。

 

 辰魅

「こんなもんだろ。

そうだな、今度から峠を攻めるならサスを変えた方がいい。

今のやつでも悪くはないが、ここを変えただけでも、だいぶ走りやすくなるもんだからな。」

 

 迅斗

「ありがとう親父、後から殆ど任せっきりになっちゃったな…。」

 

 辰魅

「たまには板金以外のものに手ぇかけんのも、悪くないと思っただけだ…。

 

いいか迅斗…車は大事にしろよ。

車ってのは、お前のパートナーでもあり、家族なんだからよ。」

 

 迅斗

「ああ…!」

 

【弐香呉峠 頂上】

 

 バトルの時間が迫る中、俺は急ぎ足で86を頂上へと走らせた。

 パーキングエリアには、照と舞依…それに先輩と美舩さんの4人が集まっていた。

 

 照

「おー来た来た。本日の主役!」

 

 美舩

「…約束の時間より5分前ギリギリね。

もうちょっとゆとりを持ちなさい。」

 

 迅斗

「はは…少し車の点検に時間かけてしまいました。勘弁してください。」

 

 舞依

「…あれ?今日のジント、少し落ち着いた感じ…何かあった?」

 

 迅斗

「え?いや、特に何も…。」

 

 いつもの場所で、いつもの仲間と談笑…だけど、そんな和やかに包まれたムードは、1台の車が上ってきたことで張りつめたようなものに変わる。

 

 照

「おいでなすったみたいだぜ。」

 

 シルバーのスイスポ…今夜、俺がバトルをする相手…鵜野さんだ。

 車を停めると、鵜野さんが姿を現し、俺たちの前に歩み寄った。

 

 桐哉

「早速だが始めようぜ。

準備は出来てるな。」

 

 俺は頷くと、先輩が鵜野さんの傍に立った。

 

 桐哉

「あのワンエイティ…やはりあんただったか。久しぶりだな…俺の顔を覚えてるか?」

 

 勇仁

「忘れるわけないだろ~あの人にそっくりなその目つき。

っと…今日の俺は、君らのバトルの立会人ってところだ。

無駄話は好きじゃないだろ?桐哉クン。」

 

 桐哉

「フン…。」

 

 勇仁

「とにかく進めさせてもらうよ。

ルールは、ここを1周して先に戻ってきた方が勝ち…それでいいね。

 

それじゃあ、お互いスタートラインに車を…。」

 

 鵜野さんはこの場を離れるように、車に乗るや否や、スタート地点に向かっていった。

 俺はそんな鵜野さんを見て、威圧感を受けるあまり緊張を隠せないでいた。

 すると、照が喝を入れるように俺の背中を叩く。

 

 照

「やる前だってのに、ガチガチになってんじゃねーよ。

あの人に喧嘩売ってた時のお前はどこに行った?

相手の方が格上なのは承知の上で挑むんだろ?

だったらお前は、今の自分をあの人に見せつけてやれよ!」

 

 舞依

「失敗のこととか考えてちゃダメだよ!

今夜のバトルはベストを尽くすって、昨日の走り込みで言ってたじゃない。

私たちがついてるから…ジントは自分の走りをするだけだよ!」

 

 照、舞依…そして、奥のほうで美舩さんは俺に目を合わせると、小さく頷いてみせた。

 

 迅斗

「みんな、ありがとう…危うく、バトル前から相手のペースに飲まれるところだった。

 

行ってくる。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 2台がスタートラインに並んだのを確認すると、道路脇から先輩が片腕を広げてカウントダウンの合図をとる。

 隣に並ぶスイスポは、アクセルを吹かして発進の態勢に入る。

 こういうスタートはあまり慣れていないせいか、俺はぎこちない操作で相手に合わせるようにアクセルを吹かす。

 先輩の指が4…3…2…1と折られていく。

 そして…。

 

 踏切のバーが上がっていくように、スタートの合図として先輩の腕が勢いよく上がる。

 俺はクラッチを上手く繋いでコースへと飛び出した。

 

 照

「よっしゃいけージントォー!」

 

 舞依

「結構いいスタート切ったんじゃない?」

 

 勇仁

(アイツ…わざとワンテンポずらしてスタートしやがったな。

様子見て、後からぶち抜くって計算か。

 

さぁ~て…それなりに経験を積んでるアイツを相手に、新米レーサーの迅斗はどう出るかな?)

 

 スタート直後のストレートで、スイスポはこちらの背後についた。

 とにかく良いスタートダッシュを決めることを意識していて、相手の動きはよく見ていなかったが、おそらく敢えて後ろについたんだろう…。

 

 桐哉

(地元のハンデだ…少しくらいはくれてやる。)

 

 序盤はコーナーの続く道幅の狭いセクションだ。ここでいきなりヘマするワケにはいかない。

 無理にインを突こうとせず、次のコーナーを視野に入れてラインを作っていくんだ…!

 メンテナンスが功を奏したのか、思った以上にきびきびと曲がってくれる。

 

 桐哉

(ほう…この複雑に入り組んだコーナーを、難なく抜けていくか。

先は長い…とりあえず、もう少しリードしてもらうぜ…!)

 

 2台がスタートした頂上では、4人がこのバトルの行方を見守っていた。

 

 照

「それにしても、ここを1周か…走り込んできたとはいえ、かなりしんどくなりそうだよな。」

 

 勇仁

「ここは峠の難しさをふんだんに詰め込んだコースだからな。

最後まで、お互い気は抜けないさ。

 

それに今回は、相手がここの攻め方を知ってるヤツだから、まず言い切れるのは…どこかで必ず抜かれる。」

 

 舞依

「そんな…もうそこまで読めるんですか?

まだ始まったばかりなのに…。」

 

 勇仁

「分かるんだよこれが…俺はあの2人の走りを知ってるからな。

特に桐哉とは、つい最近走ったから…ヤツがこれからどう動くか、おおよそ見当がつく。」

 

 美舩

「彼は抜く気になれば、いつでもやれるハズよ。

桐哉君の味方をするつもりはないけど、このバトルは十中八九、彼のほうが有利…。

 

ジント君の走りを見限って、中盤に差し掛かる辺りで前に出てもおかしくないわ。」

 

 照

(マジかよ…向こうがやり手なのは百も承知だけど、この2人が言うと説得力あるからなぁ。

車が無くて3日間の練習に付き合えなかったから、今もこんな事しか言えねえけど…気張っていけよ、ジント!

今のお前なら、こんな逆境でも跳ね返せるって信じてる。)

 

 無我夢中で走り、気がつくと序盤のセクションを抜けて高速区間に突入していた。

 後ろの動きはまだない…だけど、この迫り来る圧力…少しでもボロを出せば即座に懐に入ってきそうだ。

 パワー勝負じゃ向こうに分があるけど、そう易々と前には出させない…!

 アクセルを深く入れてスピードを上げる。

 途中で迫り来るコーナーも落ち着いて対処し、とにかく自分のペースを乱さずに走ることだけを考えた。

 そして目一杯スピードに乗ってからやってくる、キツめの右コーナー…練習の成果で得たベストなブレーキングを駆使して、なんとかクリア出来た。

 よし…このストレートを抜けると、再びコーナーが続く所に入る。

 この時、相次ぐ難所をクリアした安心からか、俺は少しだけ心に余裕を持つことが出来た。

 背後のスイスポの動きを知らずに…。

 

 勇仁

「…人間っつーのは、精神的に脆いとこがあると、イレギュラーな展開で大きく取り乱しちまうものだ。

桐哉はな、バトル相手のメンタルを揺さぶるのが得意でさ、相手がこんな所で来るハズがねぇと思ったトコで一気に仕掛けて来る。

 

走り込みで鍛えてきたとはいえ、精神的な弱さってのは、こういう局面で表に出やすくなる。

今頃、アイツはその点を突いてきてるだろうよ。」

(こうなる展開なのは読めてる。

後は迅斗の出方次第だな…抜かれたショックで縮こまっちまうか、それとも…。)

 

 コーナー手前のストレート…未だ後ろに動きはない。

 俺は迫るコーナーに備えて、右側に車体を寄せる。

 

 桐哉

(お前の実力は大体わかった。

これ以上、遊びに付き合う気は無い。

 

そっちの得意なコーナー勝負で、前に出させて貰う…!)

 

 迅斗

「…!!」

 

 僅か空いたスペースに、スイスポの車体が入る。

 ブレーキングで前に出ようと試みたが、向こうの方が明らかに突っ込みで勝っている。

 

 迅斗

「まさか、こんな所で…。」

 

 抵抗する間もなく、さっきまで後ろについていたスイスポは、呆気なく俺の前方に出てきていた。

 どこかで抜かれるだろうとは思っていたが、予想もしなかった展開に俺は動揺を隠しきれなかった。

 

 また…負けるのか…?

 この言葉が、かすかに俺の脳裏をよぎる。

 このままアクセルを抜けば、こんなショックから解放される…。

 でも、これでいいのか…?

 

 「相手の方が格上なのは承知の上で挑むんだろ?だったらお前は、今の自分をあの人に見せつけてやれよ!」

 

 「私たちがついてるから…ジントは自分の走りをするだけだよ!」

 

 迅斗

「そうだ…そうだったよな。」

 

 俺は、バトル前に2人がエールをくれたのを思い出した。

 この程度で降りてしまったら、みんなに合わせる顔がないよな…。

 やってやる…このままじゃ終われない!

 

 迅斗

「頼むぞ86…俺たちの意地を、見せてやろう!」

 

 美舩

「さっきまで悲観的なコト言ってたくせに、ずいぶんと余裕そうな顔してるじゃない?」

 

 勇仁

「お互い様でしょそりゃ…。

勝負は何が起こるか分からない…向かい風だったのが、急に追い風になることだってあるからな。」

 

 美舩

「それ、あの人の受け売りでしょ?」

 

 勇仁

「ありゃ…バレたか。」

 

 美舩

「でもまあ、この短期間で、3人ともだいぶ成長してきたからね…このまま相手の思惑通りになるとは限らないわよね。」

 

 勇仁

「あぁ…そういうのは俺たち以上に、照と舞依(アイツら)が十分思ってることだろうさ。」

(それに今回のバトルが、迅斗と桐哉の2人にとって、この先走り屋としてどう進んでいくかのターニングポイントになるかもしれない。俺はそう睨んでいる…。)

 

 

 




つづく。
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