未来への旅路
【PM11:30 弐香呉峠】
舞依
(この前のジントのバトル…ああいうのを見ちゃうと、こっちも無性に走りたくなるのよね。
それにアタシも、もっと速くなりたいし…!)
深夜の峠に響くロータリーサウンド。
麓を目指してしばらく走っていると、背後から車の気配がするのを舞依は察知する。
舞依
(…いつの間に後ろに…?
ちょっと怖いんですけど。
走り屋なのかな?
このまま譲るのもヤな気分だし、いっそのこと振り切っちゃお…!)
FDは加速して背後の車を離す態勢に入る。
それに合わせるように、車もスピードを上げていく。
鋭いカッティングでコーナーを攻めるFD…しかし、背後の車も同じ速さでクリアしていく。
舞依
(うそ、全然離れない…!
というか、心なしか後ろのほうが速い!?)
コーナーを抜けてストレートに突入すると、加速で勝る車がFDの隣に並ぶ。
舞依
(パワー勝負で負ける…!?
なんなのこの車。)
後方にいた車は呆気なくFDをオーバーテイク。
舞依はその瞬間、相手の車を視認するとその車種を見て驚愕した。
舞依
(古い車…なんだろアレ。
…!
これ、家にある漫画で見たことある。
確か、フェアレディZ!
それもだいぶ昔の…!
まだこんな車が走っていたなんて…。)
前方を走るZは、次々とコーナーを鮮やかなドリフトで走り抜け、追いつこうと奮闘する舞依の視界から忽ち消えていった。
舞依
「はっや~…全く相手にされなかった。
ちょっとショックかも…。」
Zに振り切られ、再び単独で走っていると、麓付近でZがハザードランプを点滅させて停まっているのが見えた。
舞依はZの後ろに車を停め、ドアを開け降りると、Zの傍で1人の男が缶コーヒーを片手に佇んでいた。
舞依
(…この人が、フェアレディZのドライバー?
見た目的に…ウチのお父さんくらいの歳かな?もしかするとそれより上かも。)
Zのドライバーであろう壮年の男は、舞依に気づき声をかける。
Zのドライバー
「ほぉ…君がこのFDを…。
ハハ、凄いな。
今時の若者で、しかも女の子がこんな夜遅くに走ってるというのは驚いた。
なかなかいい走りっぷりだったよ。」
舞依
「えっ…と、どちら様…ですか?」
Zのドライバー
「いや、別に名乗るほどのものではない。
ここ数ヶ月ほど、気晴らしにちょくちょく峠を走ってたものでね。
君はこの辺の…俗に言う走り屋ってやつかい?」
舞依
「そんなとこです…ね。」
Zのドライバー
「峠というのは面白いな…。
君のように将来性のある若者達が、まだこうして走っているのだから。
君を含め、何度かこんな時間帯にそれっぽい車を見てきたがね…。
これから先、君たちがその愛車と共にどういう旅を送っていくのか興味深いものだよ。」
舞依
(さっきから朗らかに話してるけど、あの走りはタダ者じゃない圧力を感じた。
おそらく、アタシの中では1番速いと思ってる勇仁さんや、美舩さん以上のものだった。
このおじさん…何者なんだろ。)
Zのドライバー
「…すまない、少し話し込んでしまったね。
女の子をいつまでも夜風に当たらせるものじゃないな。」
男は立ち去ろうとZのドアに手をかける。
舞依
「あの!
また、会えますか?」
舞依には見せなかったが、男は物憂げな様子を浮かべて答えた。
Zのドライバー
「どうだろうねぇ…もうじき雪も降るだろうし、今日をもってしばらくの間はここには来ないよ。
いつになるかはハッキリとは言えないが、君がこれから先、まだここを走っていればいずれ会えるかもしれないよ?」
男は「それじゃ」と言うと、Zに乗り出し、迫力あるエキゾーストを鳴らして去って行った。
舞依
(結局…お互い名乗らなかったけど、もの凄い人に会えた気がする。
走り屋の世界って、アタシが思う以上にかなり広いのかも。)
それから、例年より遅い積雪となった埼玉は瞬く間に白い雪景色へと染まり、モタスポ同好会は雪が解けるまで活動休止…というわけでもなく、迅斗たちは勇仁や美舩の計らいで峠やジムカーナで走る日々を送った。
やがて年が明け、俺達は二十歳を迎える1年が始まり、大人としてのスタートラインに立った事を実感するのだった。
そして春――。
雪に染まった景色も大きく姿を変え、緑の芽吹く時期となった。
【AM10:00 迅斗のガレージ】
迅斗
「くはぁ~…もう春なのかよ。
日が進むのってこんな早かったか?」
辰魅
「社会人になるとそう感じるもんだ。
休みだからって、いつまでもダラダラしてんなよ。」
迅斗
「わーってるよ。」
迅斗のスマホから着信音が鳴る。
迅斗
(舞依からのLINEか…えーと。)
LINEの内容を確認すると、迅斗はポケットからキーレスを取り出し、車へと向かった。
辰魅
「出掛けんのか?」
迅斗
「ちょっと用事…。
行ってくる。」
迅斗は86に乗ると、ガレージを出て目的地まで車を走らせた。
【15分後 とある公園】
ここは俺たちが住む町の中でも有数な名所である、大きな敷地を誇る公園だ。
その所以は、桜の木の数であり、春になると他県からの観光客も訪れるほど、その桜は見る者を魅了するくらい綺麗な事で有名。
舞依は一足早い花見ついでに、記念撮影として、桜を背景に車と一緒に写真を撮りたいということで、照と俺を誘った。
桜並木の道路を走っていると、俺は目に映る華やかな風景に見とれてしまいそうだった。
まだ4月に入っていないのに、こんなに咲いてるとは…。
まるで、成人を迎えようとしてる俺に一足早く祝福してくれているような…そんな気がした。
目的地に着くと、照と舞依の車が停まっていることに気づき、俺は近くに駐車する。
照
「相変わらずおせーぞジント。
春の陽気にウトウトしてたんじゃねえのか?」
迅斗
「…図星です。」
舞依
「来たわね~それじゃ早速、3人で記念撮影と行きましょ!」
迅斗
「あれ?先輩たちは来ないのか?」
照
「ちょっと美舩さんと寄るとこあるから遅れるってさ。
へへっ、あの2人もいい感じになってきてるよな。」
舞依
「とりあえず、まずは幼馴染みだけで撮りましょ。
初めての愛車をバックに~。」
舞依はスマホを取り出すと、俺たちに近寄ってきた。
迅斗
「こ、こういうのって今やると落ち着かないな…。」
照
「こうして3人だけで写真撮るのって、子供の頃以来だよな~。」
舞依
「よし、準備オッケー。
撮るわよ~笑って~。」
迅斗
「え、えぇっ…!?」
こうして大人として、走り屋として新たな1歩を進んだ俺たちだけど、この先は距離も分からないどんな旅路が待ち受けているのか…そう思うと、この1歩はまだ“始まり”にすぎないのかもしれない。
おわり。
【あとがき】
この度は峠 Beginningを読了していただきありがとうございます。
作中に於いて3人は19歳という大人と子供の境界線ともいえる年齢で、自動車を通して得られるものと失うものを体験、経験していく姿を私なりに描いてみました。
大人、走り屋として未熟な3人がどう成長していくのか伝われたら幸いです。
またどこかでお会い出来る事を願っています。