第1話:走り屋の意地
【PM6:00 迅斗のガレージ】
ここは俺のガレージ。
目の前には俺の愛車、トヨタ86が鎮座している。
辰魅
「おう迅斗、出掛けんのか?」
迅斗
「…ああ、ちょっと峠に。」
ガレージの隅から現れたのは、俺の親父…
ただのしがない板金屋のオヤジ。
一応、これでも若い頃はプロレーサーで、俺の憧れの1人でもある。
俺の家は昔、親父が経営する車のチューニングショップだった。
ただ、不慮の事故が切っ掛けでレーサーを引退して以降、経営不振が続き、結果として店は倒産。
店は畳んだものの、俺が将来車を持つことを見通してか、ガレージは昔と変わらぬままにしてくれた。
辰魅
「走んのもいいが、たまには仕事手伝えよ。」
迅斗
「バイト無いときにな~。」
俺は逃げるように足早と車に乗り出し、峠へと走らせた。
辰魅
「ったく、車の事になるとああなっちまうの、誰に似たんだか…。」
【
自宅から北へ車を走らせると、うっそうとした木々に囲まれた旧道に入る。
ここは走り屋達の数少ないスポット…弐香呉峠。
旧道ゆえに路面は荒れ気味で、高速、低速と入り混じったコーナーが数多く待ち構える。
先輩にオススメスポットだと教えられてから、俺と照は時間を作っては自慢の愛車を走らせている。
走っている最中、照のEK9と合流し、ひとまず頂上を目指して軽く走ることにした。
――と、そんなドライブ気分で走っていると、背後から車の気配を感じた。
照
「うおっ!何だ何だ?」
迅斗
「スイスポか…えらく飛ばしてる。」
走り方からして、おそらくタイムアタックだろう…それにしてもこの辺じゃ見慣れないやつだ。
この峠で走る事、それ程長いってワケでないが、俺たちと同じ“走り屋”って雰囲気の車は度々見てきた。
だが、その殆どは馴染み深い…所謂、常連といった人ばかりだから、ああいうのを目にすると、見慣れないやつってのは1発で分かる。
それだけここは狭い世界って捉える事も出来るが…。
スイスポが走り去ってから数分後、俺たちは頂上へと着いた。
少しばかり休もうと、駐車場へと車を停める。
よく見ると、視界の右側には先ほど俺たち2台を軽々と抜き去ったスイスポが停まっていた。
凄いな…かなり雰囲気出てるかも。
照
「おーいジント、飲み物買い行こうぜ。」
迅斗
「あ、ああ…。」
照と自販機で何を買うか迷っていると、喫煙スペースで2人の男が煙草を片手に話をしているのが聞こえた。
それも、会話の内容が俺の耳に入るほどハッキリしている。
照
「どうすっかな~ここは眠気覚ましにコーヒー行っとくか?
居眠り運転とか怖えしな。」
この2人、さっきのスイスポ乗りだろうか?
照が何にするか尋ねてきたが、俺は2人の会話に耳を挟んだ。
スイスポ乗りA
「最近のヤツらってあんなのばっかなのか?」
スイスポ乗りB
「でしょうね。いかにもああいう車乗って峠で流しては、俺たち走り屋です~みたいな。」
スイスポ乗りA
「落ちたもんだな…走り屋の界隈も。」
スイスポ乗りB
「さっきの2台、ホント邪魔でしたよね。
走りたいならサーキットにでも行けって話。」
迅斗
「………。」
アイツら、明らかに俺らのこと言ってるよな。
何者なのか知らねえけど、好き勝手言ってくれるじゃないか。
俺たちに気づかぬまま、2人の男は会話を終えると、駐車場へと向かっていった。
照
「どうしたんだ?
さっきのヤツら…何か言ってたのか?」
迅斗
「あぁ…言ったよ。
走り屋気取ってて邪魔だの、俺らが気づいてないの良いことに言いたい放題…。」
会話の内容に腹を立てた俺は、2人の後を追って駐車場へと走る。
俺たちが車の元へ着くと、スイスポは駐車場を出た後だった。
迅斗
「音が響く分、まだ近そうだな…。
追うぞ照!」
照
「あんなヤツほっとけよ!
言わせときゃいいんだって。」
迅斗
「すまない、このままじゃ俺の気持ちが収まらない…!」
静止する照を振り切るように、俺は車へと乗り出し、スイスポを追った。
後を追うべく、照もEK9に乗り出す。
照
(はぁ~ああなると、手ぇつけられねえからな~ジントは…。)
幾つかコーナーを抜けると、前方にスイスポのテールランプが光るのを確認する。
さっきのヤツらで間違いない…!
俺は、ジリジリとスイスポに迫り、パッシングの合図を送る。
スイスポ乗りB
「なんか煽ってるやついますよ。
どうします?」
スイスポ乗りA
「丁度いい、タイムアタックばかりじゃ退屈だったからな。
帰りがてら遊んでやる…!」
見てろよ…こっちにも走り屋の意地があるってのを、思い知らせてやる!
照
(やるのはいいけど、あまり熱くなんなよジント!
お前は熱くなると、周りが見えなくなるからな。)
こっちの合図に反応したのか、スイスポは加速しだした。
この音…それにバックタービン、さっき抜かれた時も思ったけど相当弄ってるな。
だけど、こっちも全く手をつけてないわけじゃない…峠仕様に少しずつ仕上げてきてるんだ…!
迅斗
「コーナー勝負なら、負けない!」
アクセルワークとステア捌きで、先輩に教えてもらったコーナーワークの基本…ドリフトを駆使していく。
といっても、カウンターがぎこちないあたり、出来はまだまだかもな…。
照
「ドリフト…やるじゃねえかジント!」
まだ完璧じゃないとはいえ、コーナーを攻めるという点では通用するはずだ。
俺たちは、常に流しで走ってるワケじゃないんだよ…!
スイスポ乗りB
「へぇ…辛うじてついてきてますね。
この辺のやつですかね?」
スイスポ乗りA
「さあな、そんなもんに興味はない。」
ここから、長めの直線に入る。
相手はスイスポ…たとえパワー系に手を加えているとしても、五分五分って所だろう。
その先のコーナーでもう1度勝負だ。
スイスポ乗りA
(その鬱陶しいヘッドライト、すぐに見えなくしてやるよ…!)
スイスポのエンジン音が高くなる。
すると、視界からは徐々に離されていくのが分かった。
加速する間に、シフトミスをしたワケでもない。
パワー負けしてるのか…!?
くっ…直線で離されてたとしても、コーナーで取り返せば…!
俺の見方じゃ、さっきの攻め方からしてコーナーはこっちに分があるはず。
直線を抜け、キツいコーナーに入る。
そこで俺は、現実を目の当たりにした。
スイスポは86以上にギリギリのブレーキングで突っ込み、立て続けに迫るコーナーも問題なくクリアしていった。
それに対し、俺は目前へと迫った左コーナーへの処理が追いつかず、タイヤのグリップを失った86は大きくスピンした。
視界がぐるりと回る…こんな光景、遊園地のコーヒーカップ以来だった。
何とか86は2回転ほどスピンして止まった。
後ろをつけていた照のEK9も止まり、俺の元へ駆け寄る。
照
「おい、ジント大丈夫か!?ケガしてねえかオォイ!」
迅斗
「い、痛い痛い…大丈夫だから、そんな揺らすなって…ウップ」
照
「は~…ったくよォ。
とにかく麓まで下ろうぜ。」
それから、前方を走っていたスイスポは消え去り、辺りもすっかり暗くなった峠を走っていたのは俺たちだけだった。
【弐香呉峠の麓】
照
「ほら、コーヒーでいいだろ?」
迅斗
「あ、サンキュー…ってこれ、サイダーじゃん!」
照
「あれ?そうだった?
わりわり、押すとこ1コずれてたわ。」
迅斗
「どこをどう間違えんだよ…。」
照のボケっぷりは相変わらずだ。
というのも、気落ちした俺を気遣っての彼なりの励まし方なのかもしれない。
照
「…悔しいか?」
迅斗
「そりゃそうさ。
コケにされた挙げ句、負けたんだから。」
照
「…先輩なら、なんつーかな?」
迅斗
「…この程度で、ウジウジするな。
とか?」
照
「ま、走り屋やってる以上こういう事もあるだろ。
それに、悔しいのはお前だけじゃねえからな。」
迅斗
「照…。」
照
「次会う時まで、そいつ以上に速くなりゃいいんだ!
今日の俺は傍観者だったけど、いつかはそのスイスポの前に出て、走り屋気取りってのを取り消させてやるさ。
だからお前も、この負けを糧に次に繋げりゃいい。」
迅斗
「お前、今日はいつになくキレた事言うな。
部活のコーチみたいだぞ?」
照
「そ、そうか?はっはっは…。」
今日は珍しく、照の言葉に助けられた気がする。
俺は運動部での部活は未経験だったが、試合に負けた時って、こんな心境なんだろうなとしみじみ思った。
つづく。