赤い彗星ゆーじん
今日の午後9時 同好会メンバーは
弐香呉峠頂上に集合!
【弐香呉峠 頂上】
照
「おいジント~こっち!」
今日、峠にやってきたのは前々から話していた先輩…
俺たちが通ってきた小、中、高のOBで歳は4つ上の23歳。
普段は飄々としていてるが、以外と鋭い。
ちなみにSNSのハンドルネーム“赤い彗星”というのは、自身の愛車180SXのボディーカラーを見た走り屋仲間から、彗星の如く速いというのと、本人が某ロボットアニメ好きということからつけられた。
それはさておき…。
迅斗
「あれ、先輩は?」
照
「何かもう1回攻めてから来るみたいだぜ。
俺らが来るより1足早く着いてたらしくて…。」
勇仁
「1足どころか2足、いや3足早くついてるんだねこれが。」
照
「先輩いつの間にっ!?」
勇仁
「さっき走り終えた所だよ~ん。」
照
「そ、その割には気配が…。
え?ワンエイティってハイブリッドカー!?」
迅斗
「何だそりゃ…。」
ハハハハハハ…
…って違う違う!
今回集合した目的は?だろ!
勇仁
「まあ、挨拶はこれくらいで。
今日集まった目的は…
うん、俺の車に乗ってもらう。」
照
「せ、先輩のワンエイティにですか?」
勇仁
「と言っても、助手席だけどね。」
同乗するってことか?思えば先輩と初めて峠に行った中3以来だ。
あの時は、終始ビビりっぱなしだったよな…俺も照も。
だけど終わってみると、楽しさで溢れていた。
勇仁
「君らも同好会に入って何ヶ月か経つ。
当然、走り屋としての雰囲気も出てきたわけだが…もう1度、走り屋とは何なのかを知ってほしい。
そこで、俺の走りに付き合ってもらう。」
どういう理屈かは、ハッキリ分からないが、今の自分と先輩の走りの何が違うかを知るには丁度良い機会だ。
勇仁
「さて、それじゃまずは照…君から行こうか。」
照
「は、はい!お願いします!」
勇仁
「迅斗は戻ってくるまでここに居てくれ。
すぐ戻るから。」
迅斗
「分かりました。」
それから先輩は照を乗せて走り出していった。
【10分後…】
なんとなく自分の車を眺めていると、先輩のワンエイティが戻ってきた。
ドアが開くと、冷や汗ダラダラの照に、それを見て苦笑いの先輩。
照
「や、やべぇ…えげつねえよあんな走り…。
俺のシビックじゃマネ出来ねえ…。」
勇仁
「真似しろとは言ってない。
何せ君の車はFF…あくまでもこれは、ラインを参考にしてほしいというアドバイスだ。
さっきも言ったけど、君は駆動方式を過信して突っ込みすぎる癖がある。
車を滑らせるよりも、FFは余裕を持ったアプローチを…ここ重要。」
ははは…だいぶ搾られたなこれは。
照
「ジントォ…ニヤけてる場合じゃねえぞぉ。
お前もその余裕がなくなっちまうくらい…。」
迅斗
「走りがえげつないって?」
問題ないさ、俺の車は先輩と同じFRだし、ドリフトで攻めることならもう慣れっこだ。
勇仁
「…それじゃあ迅斗、行こうか。」
迅斗
「あ、はい。お願いします。」
助手席に俺を乗せたワンエイティは、ゆっくりと峠へ入っていく。
勇仁
「さーてと、まずは…。」
それまで朗らかだった先輩の顔が、クールになっていくのが見えた。
こんな顔をする先輩は、あまりないから俺の表情も僅かに強張る。
勇仁
「速くなりたいか?」
迅斗
「…え?」
勇仁
「走り屋として、本気で速くなりたいか?」
初めは理解するまでの間があったが、俺は2つ返事で「はい」と答えた。
勇仁
「そうか、なら…。」
そう言うと、先輩はアクセルを深く入れる。
勇仁
「本物の速さを見せてやるよ…!」
ワンエイティは一気に加速する。
エンジンの回転数が上がり、レブリミットギリギリで素早くシフトチェンジ…そこへコーナーが迫るや否や、鋭いカッティングで進入する。
ワンエイティはすぐさま姿勢を変え、鮮やかなドリフトでコーナーを駆け抜けた。
一瞬、頭が真っ白になった。
目の前に映る景色がいつもと違う。
それは当然だが、同乗する前まであった心の余裕が完全に無くなっていた。
あるのは…恐怖。
勇仁
「何事も
そこで生まれるのが、余裕。
その余裕が知らない内に、重大なミスを起こすトリガーになるかもしれないんだ…。」
迅斗
「………。」
勇仁
「速くなりたい…その志を持つのは走り屋として悪くない。
だがな…速さを目指すあまり、大事なことが抜け落ちていくんじゃ、それはただの
迅斗
「無謀…?」
勇仁
「一昨日、走り屋とバトルしてスピンアウトしたらしいな。」
この前のスイスポの件か…もう耳に入っているのか。
大方、照が話したんだろうが…。
勇仁
「ナメられっぱなしじゃ黙ってられないその心意気は良いが、結果的にお前の無謀な運転で負けた。」
確かに俺は、あの時熱くなりすぎていた。
それに、今振り返ると心の奥底では“勝てるかも”という慢心があったのかもしれない。
速くなりたい…言うだけ簡単な目標だけれど、それは車を操る以上、命もかかっているという恐怖心を忘れていたんだ。
勇仁
「無謀のままじゃ、いつまでも速くはなれない。なれたとしても、それは単なる錯覚だ。
本気で速くなりたいなら、今一度走り始たばかりの頃を思い出して、車のこともしっかり理解しておく必要がある…と、俺は思うよ。」
迅斗
「先輩、俺…俺、速くなりたいです!」
勇仁
「ようし、それじゃ改めて、俺が喝入れてやる!
まだまだ飛ばすぞっ!」
そういや親父も俺が免許とったばかりの頃、こう言ってたな…。
辰魅
「運転ってのはな、そうやって周囲に意識を張り巡らせるのが大事なんだ。
やがてお前も、経験を重ねていくうちに慣れてくるだろう…。
だが、慣れてからが1番怖えもんだ。
この意味が、近々分かってくるだろうよ。」
単なるドライブかと思っていた今日は、俺と照にとって、とても貴重な体験をした1日になったと思う。
何事も、初心忘るべからず…だな。
つづく。