蒼き車と共に、また1人の若者が走りだそうとしていた。
【PM12:00 弐香呉峠】
今日は日曜日。
たまにはゆっくり家でゴロゴロ…なんて思っていたら、先輩からLINEが…。
内容は、同好会に新メンバーが加入するから、今日は昼から弐香呉峠へ来るように…との事。
同好会といっても、先輩以外のメンバーは俺と照だけだったので、こういう知らせが来るのは初めてである。
俺は親父に頼まれていた工具を買いに行くついでに、峠へと赴いた。
頂上に着くと、照と、それから見慣れない1台の青いFD3Sが停まっていた。
照
「よ!来たな。」
迅斗
「?このFDは…。」
FDのドアが開くと、助手席から先輩が、そして運転席からは…。
迅斗
「ま、舞依…?」
舞依
「やっほージント。相変わらずシケた顔しちゃて~。」
う、うるさい…悪かったな。
勇仁
「いや~やっぱFDはいいねぇ!
パワーあるから、スイスイ行ってくれる。」
迅斗
「えっと、これは…?」
舞依
「アタシの車だよ。
前に言ったじゃん、もうすぐ車が納車されるって。」
納車の話って、このFDの事だったのか。
それにしても凄いチョイスだな。
舞依
「高校の頃からバイトでコツコツ貯めてた分と、今やってるガソスタのバイト分で、ようやくゲットしたって感じ?」
はぇ~すっごい努力家…。
こういう一面は、昔からの付き合いゆえに珍しくはないが、改めて見ると感慨深いものがある。
迅斗
「すごいな…舞依って。」
舞依
「ん?何か言った?」
迅斗
「い、いや別に…。」
勇仁
「さて、立ち話も何だし、今日集まってもらったのはズバリ…新人歓迎会!」
迅斗
「つまり俺たち4人で走ろうってことですね。」
勇仁
「そ、そういうことだ。」
(ざっくり言うなぁ~)
舞依
「それって、ジント達とバトルってことですか?」
照
「マジかよ!?思えば俺たちって、真剣勝負とかしたことねえよな。」
おいおい、何か勝手にそういう方向に話進んでるぞ…。
勇仁
「まあ、バトルとか大それたもんじゃないけど、君ら3人でお互いの実力を見せつけるってのは悪くないな。」
照
「先輩はどうするんすか?」
勇仁
「俺は…そうだな。」
直後、先輩が俺に視線を合わせる。
勇仁
「迅斗の隣に乗せてもらおっかな♪」
迅斗
「えぇ…こういうのって普通、この中では運転経験が浅い舞依の隣に乗るべきじゃ…。」
勇仁
「…いや、それはノープロブレムだ。」
この言葉を発した先輩の目は本気だった。
迅斗
「上手いんですか?舞依…運転。」
勇仁
「どうだろうね~とにかく、走らなきゃ分からんだろうよ。」
変に言葉を濁すが、決してこれはジョークではないだろう。
とりあえず俺は、今にも走りだそうと、ドアに手をかける舞依に訊いた。
迅斗
「なあ舞依、納車してからどれぐらい乗ったんだ?FD。」
舞依
「え?ん~と、ジント達に納車するんだっと話してからだから…2週間くらい?」
に、2週間…!?
俺たちでも走り屋デビューして半年だってのに、どうなってんだこりゃ。
そんな隠しきれない動揺と共に、俺は運転席に腰を掛けた。
レディーファーストという先輩の計らいで、俺たち2台は舞依の後を追う形に。
普通に考えたら2週間なんて、まだ一般道で手探り状態(俺はそうだった)ってとこだろうに、いきなり峠に出るなんてな…。
ということで、不安と謎の期待感を胸に、いざ…出発!
照
(よーし、こちとら地味ながら夜明けの配達で毎日ここ走ってんだ。
その成果見せてやるぜ!)
えらく張り切ってるな、後ろからでも伝わってくる照の意気込み。
それと、前を走る舞依のFDはというと…。
初めはそれこそ手探り感覚で、随所でブレーキを踏みながら、コーナーも“攻める”というより“抜ける”という走り方だったが、徐々にペースを上げてくるのが分かった。
迅斗
「嘘だろ、もう攻めの態勢に入ってる…!」
勇仁
「やるねぇ…あの舞依ちゃんっての、君らの幼馴染みなんでしょ?
俺もさ、隣乗せてもらった時、その順応力に内心驚いちゃってさ…。」
迅斗
「FDって、かなり乗り手を選ぶ車ってよく聞きますけど、たった2週間であんなにモノに出来ちゃうもんですかね?」
勇仁
「そりゃま、人間次第だね。
でも、彼女の場合は恐ろしいレベルのセンスを持ってる。」
うわ、先輩のお墨付きかよ。
俺たちでさえ、こんなこと言われた覚えないのに。
勇仁
「一応さ、訊いてみたんだよ。
昔、運動やってたのかってさ。」
迅斗
「あぁ、そういや舞依は、中学から高校までずっと陸上やってましたよ。」
勇仁
「そ。
その時確信したよ…これは将来デカくなるなって。」
迅斗
「それって…。」
勇仁
「運動やってるヤツってさ、ぶっちゃけモータースポーツでもその実力は通用すると思うのよ。
まあ、あんま小難しいことは言えないけど、五感が常人より研ぎ澄まされてるっつーか…ましてや陸上なら、追う者追われる者の関係や速さを追求するという点では共通してるし、精神面でも君らより一回りデカいと思うし。」
迅斗
「照のヤツも一応、中学はサッカー部でしたよ。高校は軽音部でしたが…。」
ちなみに俺は中高と文化系
勇仁
「いや、彼女の場合は陸上をとことん突き詰めてたって言うじゃない?
その影響が出てんのかもね。」
まさか運動経験が、運転の順応力にも繋がるなんてな…人によりけりなんだろうけど、不思議と信憑性あるぜ。
だけど、こっちだって中途半端な気持ちで走ってきたわけじゃないんだ…!
迅斗
「負けて…いられないな!」
舞依
(無我夢中で走ってたけど、ピッタリ張り付いてきてる…!
こんな状況、駅伝の時以来かも。)
さすがだな…直線もコーナーも速い車となると、本当羨ましい。
俺も、もう少し我慢してFD買うんだったかな…?
いや、それは冗談だ。
86はパワーが低い分、コーナーの処理は足回りも手伝って僅かに上だ。
そう…こんな風に!
俺はFDに生じた一瞬の隙をついて、コーナーのイン側に入った。
乗り手を選ぶ車だからこそ、少し揺さぶりをかければボロが出る…!
舞依
「ちょっ…そんな…!」
いくらセンスが良くても、こういう駆け引きに関してはまだ甘いな。
と、多少の優越感に浸っているのもつかの間、真横からけたたましいVTECサウンドが響く。
照
(俺がいるのを忘れてもらっちゃ困るぞ…!)
立ち上がりの加速で負けていたのか、あっという間にEK9が俺の横に並び、次の左コーナーに入る。
照
(ブレーキングには自信がある、突っ込み勝負なら誰にも負けねェ!)
こうも並走されると、思うようにラインが作れない。
EK9はインベタでコーナーをクリアしていくのに対し、こっちはアウト側をキープしながら脱出するのが精一杯だった。
勇仁
「ハハハ…こりゃ照に1本取られたな。」
この前のバトルといい、自分の修行不足を痛感した。
それに、今は俺たちの後ろを走る舞依のヤツも、短期間で俺より上手くなるんじゃないか…?
俺は、幼馴染みのスペックの高さに圧倒されるのだった。
【弐香呉峠の麓】
舞依
「もう、あんなとこからギリギリ来るなんて、2人とも容赦なさすぎ~。」
迅斗
「す、すみません…。」
照
「舞依とジントの走り見てるとさ、なんか対抗心燃やして…。
俺もついムキになっちまったわ、すまん。」
舞依
「でも、車のレースって、こんなにもスリリングなんだとよく分かった。
やっぱ見るのとやるのとじゃ、全然違うわね。
よし、アタシ決めた!」
迅斗
「何を…?」
舞依
「アタシ、誰よりも速くなりたい…!
なんだろう、この、陸上に熱中していた頃を思い出すようなこみ上げて来る気持ち。
こんなに楽しいって思える発見があって、免許とってホントによかった!」
普段から笑顔を絶やすことのない彼女だが、今日俺たち見せたのは、屈託のない笑顔だった。
勇仁
「よし、んじゃ歓迎会の続きってことで、今から昼食にでも行きますか~。」
舞依
「あ!アタシこの前SNSで近場の美味いトコ見つけたんです。
そこ行きましょ!」
照
「モチ!先輩の奢りで!」
こんな感じで波乱に満ちた歓迎会は、昼食で締めるのだった。
あれ、何か忘れてるような…。
辰魅
「……まだか、工具。」
つづく。