峠 Beginning   作:れいめん

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 照、舞依…2人の実力の高さに圧倒された迅斗は、とある店に訪れていた。


第4話:レベルアップ

【ミストラル 店内】

 

 走り屋デビューした舞依の登場から1ヶ月ほど経った。

 それからというもの、俺たちは暇を見つけて峠へ出ては、走り込む日々を送っており、次第に2人は実力をつけ始めていることに引け目を感じてきた。

 2人や先輩は、皆さほど変わらないとは言っているが、俺から見れば確実に2人は上手くなってきている。

 それに比べて俺は、走れば走るほど、本当に速くなってきているのか?と疑問に思っていた。

 

 今日は、86の状態を見てもらうべく、ミストラルという車専門のショップへ足を運んでいた。

 ここは、先輩がかつて車のノウハウを学ぶべく仕事をしていた場所であり、走り屋にとってはオアシスとも言える、埼玉では数少ないチューニングショップだ。

 先輩の紹介のおかげで、走り屋を志す前の中学時代から、いろいろとお世話になっている。

 最近はというと、舞依のFDも見てもらうようになったらしく、舞依はその事をさぞ嬉しそうにLINEで報告してきた。

 ここの社長…風早(かぜはや)さんは、昔バリバリのロータリー専門チューナーだったらしく、久しぶりにロータリー車の客が来たことに楽しみを隠しきれなかったとのこと。

 補足だが、店名であるミストラルというのは、本来の意味である地方“風”と店長の苗字“風”早を掛け合わせたものらしい。

 他の客の噂では、風のように速くという意味も込められてあるとかないとか…。

 

 美舩

「あらいらっしゃいジント君。」

 

 座席に向かってきたのは、社長の娘さん…風早 美舩(みふね)さんだ。

 男女問わず、見る者を魅了する容姿に加え、ショップ専属のチューナー兼レーシングドライバーでもある。

 近年では、群馬で毎年開かれているチューニングカー限定のレースイベントにて、看板車のロードスターで驚異的なタイムを叩き出し、ライトウェイト部門を優勝に導いたという記録を残している。

 しかもその記録は未だ破られていない模様。

 それと…先輩とは学生時代から交際している関係にある。

 

 迅斗

「ああ、美舩さん…どうも。」

 

 美舩

「車の調子を見てほしいって訊いたけど、具体的にどんなとこ?」

 

 迅斗

「とりあえず足回りですかね…?

アライメント測定を。」

 

 美舩

「りょーかい。ん?」

 

 迅斗

「……。」

 

 美舩

「なーに?なんか悩みごと?」

 

 す、鋭い…!

 俺って結構、顔に出るタイプなのかな…?

 

 美舩

「隠したってムダよ。

ジント君はそういうの顔に出るタイプだから。」

 

 あ、やっぱり?

 

 迅斗

「それが…その…。」

 

 俺は、走り屋としての現状を美舩さんに話した。

 

 美舩

「そーゆーことか。

なるほどなるほど…。」

 

 俺の話を聞くと、美舩さんは席を立ってこう返した。

 

 美舩

「ね、ジント君…夜、空いてる?」

 

 え?ええ?それって…。

 

 美舩

「あー今、目ぇ泳いだね?

この ど う て い さん。」

 

 迅斗

「ちょっ…美舩さん、他の人もいますし、声…!」

 

 美舩

「フフッ…動揺しちゃって…。

オホン…

そーゆーことじゃなくて、9時に弐香呉に来ない?

お互い気分転換としてドライブにでも、と思って。」

 

 迅斗

「そ、そ、そういうことでしたか。

分かりました。

9時に弐香呉に…ですね。」

 

 そんな話を美舩さんとしていると、ガレージ側から声がした。

 

 社長

「おーい、美舩ー!

ちょっとサポート頼む!」

 

 美舩

「あ、はいはーい。」

 

 社長

「お?迅斗くんじゃないか。」

 

 迅斗

「どうも…。」

 

 社長

「辰魅さん元気か?」

 

 迅斗

「えぇ、いつも通りです。」

 

 社長

「そーか、よかったら辰魅さんに、たまには顔出しに来てって言っといてくれ。」

 

 迅斗

「分かりました。伝えときます。」

 

 社長と親父は、若い頃の走り屋仲間だった。

 親父がモータースポーツの世界から手を引いて以来、たまに電話で話す程度だが、昔からの友人ということに変わりは無い。

 

 迅斗

「忙しそうですね、社長。」

 

 美舩

「ここ最近は、お客さんの応対にも手つかずな位なのよね。

そだ、今度手伝いに来てよ。」

 

 迅斗

「はは…考えときます。」

 

 美舩

「それじゃ夜、お願いね。

あ、車の方はあと30分くらいかかるかな?」

 

 そう言い残すと、美舩さんは駆け足気味にガレージへと向かっていった。

 

【PM9:00 弐香呉峠 パーキング】

 

 今夜の峠は、今の所俺以外誰もいなかった。

 話の通り美舩さんと会う約束だが、静寂に包まれた中でボーッとするのも何なので、とりあえず自販機へ。

 飲み物は何にするか考えていると、静寂をかき消すように、1台のロードスターが現れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 美舩

「やっほー、お待たせ。」

 

 俺は軽く会釈すると、美舩さんが歩み寄ってくる。

 

 美舩

「早速だけど乗ってよ、助手席。」

 

 迅斗

「え?一緒に走るとかじゃないんですか?」

 

 美舩

「なーに言ってんの?

生憎、ランデブーに付き合う気はないわよ。」

 

 迅斗

「ええ、で、でも…。」

 

 美舩

「ほーらウジウジしない、助手席に乗る!」

 

 俺は言われるがまま、ロードスターの助手席へと乗せられた。

 

 美舩

「さ、そんじゃ行きますか!

ちょっと飛ばすから、シートベルト忘れないでよ。」

 

 迅斗

「は、はいぃ…。」

 

 先輩といる時もこんな感じなんだろうか…。

 そうだとしたら先輩、大変だな。

 

 走り出すこと数分。

 美舩さんは活き活きとした表情でロードスターを運転している。

 そういえばこの車、美舩さんのなんだろうか…?

 

 迅斗

「あの、美舩さん。」

 

 美舩

「ん~?」

 

 迅斗

「このロードスターって、美舩さんのですか?」

 

 美舩

「そだよ。

納車されて3年目、私のお気に入り。」

 

 迅斗

「なんか…似てますよね、あのデモカーと。」

 

 美舩

「えー?そう?

意識した覚えはなかったんだけどなー。」

 

 迅斗

「ちなみにこれ、チューンとかは…?」

 

 美舩

「あーそういうのやんないよ私、今の愛車には。」

 

 迅斗

「え?」

 

 意外だな…てっきりどこかしらに手を加えてるなんて思ってたが。

 

 美舩

「ぶっちゃけるとさ、このロードスターは変に弄りたくないの。

試乗した時から、ホイール以外は絶対に弄らないって決めてた。

実際、ジント君も乗ってみてどう?」

 

 迅斗

「まあ確かに、モデルも新しいのもあって十分な乗り心地とは思いますけど…。

やっぱもう少しパワーが…。」

 

 美舩

「わ~かってないな~ボク!

そこがいいのよこの車は。」

 

 しばらくの間、俺はロードスターの魅力やらなんやらをみっちり聞かされた。

 このままじゃキリがないと思い、自然なタイミングで話の流れを変える。

 

 迅斗

「――でも、やっぱり上手いですよね美舩さんの運転。

車に無理させない走りというか。」

 

 美舩

「それ、昔、お父さんからも言われたよ。

別に心掛けてるわけじゃないけど、私はね、車も生き物として見てるから。」

 

 迅斗

「生き物…。」

 

 美舩

「お父さんとは違って、車は速くなくてはならないとは私思わない。

ただ、車は走ることに生きてるんだから、私はそれをサポートするように手を尽くすだけ。

チューナーという在り方は、皆がみんな“速さ”だけを目指してるとは限らないし。」

 

 俺がこれまで雑誌や動画で見てきた、チューナーという人物像は、シンプルに速さを追求してきた者と思っていたが、今の美舩さんの言葉で、見方が少し変わった。

 

 美舩

「ねえ、店で話したあの悩みのこと…少しは解決出来たんじゃない?」

 

 迅斗

「え?い、いや…。」

 

 美舩

「分かった。それじゃこれ、助言ね。

 

人間生きてると、誰かと競いたくなって、その誰かより上に行きたいと思うようになる。

でもね、誰かを意識するあまり、自分を見失ってはいけないの。

見失えば見失うほど、自分に自信が無くなってきて、やがて破綻しかねなくなる。

さっき言ったチューナーの話…あれもね、今のアナタに対するアドバイスみたいなものよ。」

 

 迅斗

「そう…か、まだぼんやり程度ですけど、分かってきた気がします。」

 

 美舩

「あんまり深く考えるな少年!

アナタはまだ若いんだし、何事も躓くことだってある。

きっとあの2人も、いずれ立ちはだかる壁に出くわすだろうし。

自分を信じて、あの86に乗っていきなさい。」

 

 迅斗

「はい…!俺、自分なりに方法見つけて、速くなっていきます。」

 

 気がつくと、ロードスターは俺の86が停められているパーキングに入っていた。

 今夜は美舩さんのドライブに付き合ったが、同時にカウンセリングを受けたような充実した時間を過ごせた…そんな気がした。

 

 美舩

「それじゃ、またね。

今日はありがとう。」

 

 迅斗

「こちらこそ、なんか肩の荷が下りた気がします。」

 

 バックミラー越しに小さく手を振る美舩さんを見ながら、俺は峠を後にした。

 

 美舩

「――いつからいたの?」

 

 勇仁

「いや、ついさっき来たばかりだよ。」

 

 美舩

「そう…。」

 

 勇仁

「いい顔してたなアイツ。

いつもシケた顔してるから、心配だったんだ。

でもま、これでアイツも次に進めるかもな。」

 

 美舩

「てっきり頭の固いタイプかと思ったけど、やっぱり若いわね…ホント。

私の言うことしっかり聞いてたし。

将来、いいオトコになりそうね。」

 

 勇仁

「テレレレッテッテッテ~♪」

 

 美舩

「…何それ?」

 

 勇仁

「レベルアップの音ォ~。」

 

 

 




つづく。
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