霧が立ち込める峠で、彼は舞依と2人で練習走行に来ていた。
【3日後 弐香呉峠】
舞依
「すっごい霧…上ってきたときより濃くなってない?」
迅斗
「これはミスったな。
全開で走ろうと思ったのに…。」
仕方ない、晴れるのはいつになるか分からないし、今日はこの辺で流して帰るか。
迅斗
「霧で全開走行はさすがにヤバいし、このまま流して帰ろうか。
照も今日は店忙しいって言うから、走りに来れないだろうし。」
舞依
「そうね、たまにはこういう日もあるか…。」
俺と舞依は、それぞれ車に乗り出し、真っ白な景色に染まる峠を下った。
迅斗
「にしてもこの辺は濃いな…先が見えないや。」
あれから86のほうもリセッティングを施し、サスペンションも新たにバイトの給料で購入したりと…この日を機に成果を試そうなんて思っていたが、こんなに霧が深いんじゃ無理そうだな。
度々バックミラーに視線を送ると、FDはしっかりとついてきてる。
たまにはこういうドライブ気分で行くのも、悪くはないかな?
3つ目の直線を抜け、霧のほうも薄くなってきた。
舞依
「…あれ、後ろ…1台こっちにくる。
ハッチバック型の車かな?」
コーナーに入り、FDが減速すると、背後にいた車はアウト側からハイスピードでパスする。
舞依
「きゃっ…!」
舞依は動揺し、片輪が道路脇にある砂地に入ってしまう。
舞依
「な、なによアレ…。」
FDをパスした車は、すぐさま迅斗の86の背後に迫った。
後ろにべったり張り付いてるの、舞依じゃないな…これは、聞き覚えのあるウエストゲート。
あの時の、スイスポ!!
スイスポは道路の右側に入り、続けざまに86を抜こうとしている。
迅斗
「霧は薄い…そこまで迫られて、おとなしく素通りさせるかよ。
俺だって走り屋の端くれなんだ、抜けるもんなら…抜いてみな!」
徐々にアクセルを踏み、86を加速させる。
ここからは低速コーナーが連続するセクション…見直した足回りを試すには、持って来いの場所だ。
突っ込みで前に出る気か…?
そうはさせるか!
横に並んでいたスイスポが、86より手前で減速する。
最初のブレーキング勝負は、こっちの勝ちみたいだな。
でも、ここからが真骨頂…!
次々と迫るコーナーを、瞬時に対処していく。
以前は躊躇しがちだった連続コーナーの対処も、これまでの経験やセッティングのおかげで自信がつくようになった。
迅斗
「いいぞ…やれば出来るじゃないか86!」
低速コーナーのセクションを抜けると、目一杯スピードが乗る高速ゾーン。
パワーに関してはこの前のバトルで、スイスポに分があるのは分かっている。
とにかくここは踏むしかない!
スイスポは俺のミスを狙っているのか、横につくこともなく後ろにピッタリ食いついている。
高速ゾーンというからには、途中でRの小さいコーナーが2ヶ所あるのが、この弐香呉峠の恐ろしいところだ。
噂じゃここで調子に乗って、事故を起こした走り屋が多いという程。
先輩が言うには、ここは馬力の大きいレーシングカーじゃない限り、アクセルの強弱とステア操作で楽に抜けられるらしい。
ミスった時のことは考えるな、とにかくここを抜けるのが最優先だ。
決して無茶はするな…俺!
自分に言い聞かせながら、冷静に高速コーナーを攻めていく。
インとかアウトとか関係ない、この際、バトル相手も意識するな…!
スピードを維持したまま、気がつけば2つ目のコーナーをクリアしていた。
この体験は何気に自分の車では初めてだったので、ホッと胸をなで下ろす。
迅斗
「どうにか抜けられた…。」
よほど集中していたのか、途中で減速することもなく、先輩が言っていたようにアクセルとステア操作だけで攻めていたことに今気づく。
だが、そんな安堵も一緒で終わる。
この先は若干キツい左コーナー。
気を抜いたらそれこそミスに繋がる場所。
迫るコーナーに、俺は歯を食いしばりハンドルを強く握った。
そう…迫っているのはコーナーだけじゃない。
さっきまで後ろを走っていたスイスポは、高速ゾーンを抜けた後に86の右側についていた。
手前の直線で行く気かよ。
こうなってしまうと、どうにもならない…!
迅斗
「ブレーキングで詰めるしか…!」
オーバースピード気味にコーナーへ突入していく。
すると、車体が少しずつ外側へと膨らんでいくのを感じた。
しまった!アンダーステアか。
即座にステアをこじらせて体勢を整える。
コーナーは脱出できたものの、スイスポに先を行かれてしまった。
迅斗
「まだだ…次のコーナーで…!」
スイスポは次の右コーナーへのアプローチをかける。
そこでブレーキか…なら、こっちはもう少し奥に。
俺はスイスポより少し遅れ気味にブレーキで進入する。
よし、ここはドリフt…っ!!
あっ…ここって、入り口は広めだけど、次第に出口がキツくなるんだった。
明らかなオーバースピード。
咄嗟にブレーキを踏んでスピードを緩める。
何とかスピンは阻止したものの、立ち上がりは当然遅くなってしまい、前を走るスイスポの姿は徐々に見えなくなっていった。
迅斗
「はぁ…やっちまった。」
戦意喪失した俺は、安全な場所までゆっくりと路肩に86を停めた。
直後、後を追っていた舞依が俺の86に気づき、同じく路肩に停める。
舞依
「あれ、どうしたの?あのスイフトは?」
迅斗
「あぁ…逃げられたよ。
手前のコーナーで、詰めようと思って攻めたらミスってさ。
酷い体たらくだよ。」
舞依
「そっか…。
でもさ、ジント…頑張ったと思うよ。」
迅斗
「え?それってどういう。」
舞依
「実戦慣れしてるっていうか…アタシなんて、まだそういうのに慣れてないから、ああやって強引に行かれただけで縮こまっちゃったし。
ジントはさ、その時、黙って道譲らないで振り切ろうとしたじゃん。
正直、カッコよかった…いかにも走り屋って感じで。」
舞依から、というか、女の子からこんな言葉を言われたのは1度もなかった為、俺は思わず吹き出してしまった。
舞依
「ええ?なんかおかしいこと言ったアタシ?」
迅斗
「い、いや…別に。
ただ、カッコよかったなんて言われたことないから、つい…。」
舞依
「フフッ…やっぱジントって面白い。
からかい甲斐あるっていうか。」
迅斗
「は、はぁ…。」
舞依
「…よし!アタシも走り屋として、ナメられたままじゃ終わらないようにしなきゃね。
ってことでさ、麓まで走ってかない?」
迅斗
「ああ…分かった!全開でな。」
話を終えると、舞依と一緒に再び麓を目指して走るのだった。
それにしても、あのスイスポの走り…改めて見ると、この峠を知り尽くしてると言っても過言じゃないレベルの走りだった。
だけど、このまま俺もナメられっぱなしじゃ終われない。
もっとウデを磨いて、いつか…いつか、あの車の前に出てやる…!
つづく。