照
「ふぁ~あ、ねっむ…。
さすがにこの時間じゃ誰も走ってねえよな。
そんじゃあ配達帰りの定番…今日も全開で行くか!」
その直後、背後から勢い強く1台の車がEK9を軽々と抜き去った。
照
「おわぁ!
んだありゃあ…って、あっという間に消えちまった。」
【PM3:00 市内のコンビニ】
小腹が空いたので徒歩でコンビニへ…。
ここは家から近いほうだし、わざわざ車を出すより歩いた方が早い。
それに、最近は運動不足気味だから、少し身体を気遣ったほうがいいという、自分への戒めだ。
お、この雑誌もう新しいの出たのか…。
車系の雑誌なんて、サッと読む程度だけど、新しいのを目にするとついつい手に取ってしまうのは、これも走り屋の性なのだろうか。
“ドリフト界に期待の新星! 女子高生ドライバー!”
へー、今のモータースポーツには、こういうのもいるんだな。
…時代の発展を感じるな。
???
「ふーん、ジント君ってそういうコが好みなんだ。」
迅斗
「へ? う、うわ…美舩さん!?」
雑誌の記事に思わず目を配っていると、美舩さんが隣に立っていた。
驚くあまり、慌てて雑誌を戻した。
美舩
「あー、コンビニとはいえ、立ち読みは頂けないぞー少年。」
迅斗
「ど、どうしてここに?」
美舩
「たまたま立ち寄っただけよ。
ちょっとした買い出し。」
迅斗
「そう…ですか。」
意外だな…美舩さんもこういうとこ寄るんだ。
美舩
「今、美舩さんってこういうとこ寄るんだ~とか思ってない?
私だってコンビニくらい行くわよ。」
迅斗
「い、いや~そんな滅相もない。」
相変わらず鋭いなこの人…。
俺の心って読まれやすいのか?
美舩
「それよりさ、折角会ったんだし、買い物終わったら駐車場来てよ。
また付き合ってほしいの。暇でしょ?」
迅斗
「ま、まあ…特に予定とかはないですけど。」
美舩
「じゃあ決まりね。
私は先に行くから。」
そう言うと、美舩さんはレジと向かっていった。
まさかコンビニで会うとはな…照や舞依ならまだしも、美舩さんが来るとは…。
会計を済ませ、小さめのレジ袋を片手に駐車場へ向かうと、青のBRZの傍で美舩さんがコーヒーブレイクをとっていた。
美舩
「お、きたきた。こっちよ。」
迅斗
「え?どうしたんですか?この車…。」
美舩
「これな、ウチのお得意様の所有車なの。
足と駆動系のチェックついでに、峠行こうと思ってね。
それで、ただ1人で走るより、また隣に乗ってもらいたくて。」
迅斗
「そういうことですか。なんとなくそんな予感はしてましたが…。」
美舩
「そんじゃ、早速だけど弐香呉にゴー!」
【弐香呉峠 頂上】
BRZの助手席に乗せられて、今日も弐香呉峠へ赴いた。
昨日の雨の影響か、路面はハーフウェットな状態である。
美舩
「とりあえず頂上まで来てみたけど、所々濡れてるわね~。
ま、その分タイヤ減らないから攻め甲斐あるけど。」
迅斗
「普通なら、濡れた路面って嫌うもんじゃないんですか?
ドライと比べて、あんまり踏んでけないし…。」
美舩
「い~や、アタシは行ける。
チューナーたるもの、天気に左右されるべからずよ。」
この人はこう見えて、かなり大胆なとこあるからなぁ…。
でも、不安な気持ちは一切無く、不思議と安心感がある。
美舩
「さーて、ちょっくら踏んでくから…グリップ握っといてよ…!」
ようし…と呟くと、1速に入れるや否や、アクセルをゆっくりと深く踏んでいく。
そういえば何気に俺、美舩さんがアタックする姿を見たことがなかった。
速くなる上で、今回の走りはもしかすると参考になるかもしれない。
せっかく隣にいるわけだし、少しでも美舩さんの走りを目に焼きつけなきゃ。
アタックすること5分…美舩さんの走りは一言で表すなら“綺麗”だ。
加速時のシフト操作にクラッチミート、ステア操作、ブレーキングは力強く踏むのではなく、まるで車を労るかのように優しい。
それでいてコーナーワークも全く隙がなく、その先のコーナーを見据えたようなものだった。
美舩
「どう?今、攻める走りしてみたんだけど。」
迅斗
「鮮やか…ですよね。
俺と違って力任せで制御するんじゃなく、ムダに力を加えず、1個1個の動作が手際良くて…。
車の特性を把握した走り…とでもいいますか。」
美舩
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。
…BRZって、86と違ってグリップ寄りだから、コーナーの安定性はこっちが上なのよね。
でも、この車…実はドリフト用に足が弄ってあって、今日は濡れた路面のおかげで、いい感じに滑ってくれるのよね…!
おかげで、ドライで走るときよりテンション上がるわ。」
俺だったら、ハイドロプレーニングが怖くて、こういう日は好んで走りに行くなんてことは無かったな。
こんな状況でも、テンションが上がる…か。
経験を積んでる人から見たら、平気なシチュエーションなんだろう。
美舩
「走り屋に好き嫌いはないわよジント君。
あるとしたらせいぜい、車くらいじゃない?」
また、美舩さんに1つ教えられたな…。
美舩
「お、そんなこと話してたら1台走ってるわ。」
青のFD…舞依か?
美舩
「舞依ちゃんか~。
こんな時でも走り込みなんて、熱心ね~お姉さん感心するわ。よし…。」
美舩はハンドルの中心に手をやり、小刻みにクラクションを鳴らした。
美舩
「少し遊んであげようかしら?」
迅斗
「ちょっ…美舩さんこれ、お客さんの車でしょ?
バトル仕掛けるのは、さすがにまずいんじゃ…。」
美舩
「大丈夫大丈夫、私上手いから。」
そういう問題じゃ…。
美舩
「もうちょっと、ポテンシャルを見ておきたいのもあるし…。」
舞依
(クラクションまで鳴らされた…バトルしろってやつね。
いいわ、練習に飽きてたところだし…受けて立つ!)
FDが加速しだすと、それに合わせてBRZもスピードを上げる。
さっきまでは4000回転辺りで変速していたのを、ここでレブリミットギリギリまで回転させる。
豪快にエンジン音を響かせ、BRZはFDの背後についた。
美舩
「いい感じに回るわね~。
これね、触媒とエキマニも変えてるのよ。
は~やっぱ弄り甲斐ある車は、こうでなきゃね~。」
完全にスイッチ入ってるなこりゃ…。
舞依の方は大丈夫だろうか?まさかこんな日に走ってるとは思わなかったな。
美舩
「さーて、お次はコーナー。
暴れん坊なFDで、この路面をどう攻めるのかしら?」
コーナーが迫ると、FDはフルブレーキング。
路面の影響で車体が若干ふらついてしまうが、取り乱さずリアを出し気味に滑らせながらコーナーを脱出する。
舞依
(振り切れない…あっちも相当なやり手かな…?
1つ2つコーナー抜けたくらいじゃ、振り切れるわけでもないか。)
この後も、BRZが食いついたままFDは特に焦る様子もなく、次々とコーナーをクリアしていく。
舞依
(路面が濡れてるから、いつも以上にパワーが出せない。
落ち着いてアタシ…まだ負けたわけじゃないんだし、とにかく自分のペースを守らないと。)
舞依のやつ、成長したな…。
走りだしたばかりの時は、ほんの少し揺さぶりかけただけで、大きく取り乱すような走りだったのに。
これだけ食いつかれて、おまけにこのハーウウェットな路面という、少しでも気を抜いたら破綻しかねない状況の中でも、ひたすらペースをキープしている。
運動面はもちろん、精神面でも大きな成長を見せている…!
美舩
「いいわね~舞依ちゃんの動き。
運動部で培ったという経験がよく出てるわ。
こっちも負けてられないわね。」
そう言い出すと、美舩さんの表情はいつものような明るい眼差しを残したまま…だけど、100%本気で攻めにいくような真剣なものになる。
次は緩い右コーナー…美舩さん、どうするつもりなんだ?
コーナーに差し掛かると、美舩さんは左にステアを切る。
アウトから入るのか…?
FDはインベタで攻めず、真ん中を意識したラインで行くつもりだ。
美舩
「フフッ…かかった。」
美舩さんは軽くブレーキを踏み、そのままスペースの開いたイン側へと飛びこんだ。
さっきのはフェイントだったのか!
舞依
「そ、そんなのって…!」
FDは進入を防ぐことが出来ず、そのままBRZにラインを譲ってしまう。
ここでポジションが入れ替わるのか…と思った矢先、BRZはスローダウンする。
迅斗
「美舩さん…?」
美舩
「こんな所かな? オーケー。
盛り上がるとこ悪いけど、今回はここまで。
これ以上踏み込んだら、お得意様から苦情来ちゃうし。」
BRZの動きが気になったのか、FDもスローダウンし、2台はそのまま麓を目指して走っていくのであった。
【弐香呉峠の麓】
舞依
「――そういうことだったんですか。
どうりで上手いなと思いました!」
美舩
「ごめんね舞依ちゃん、あんなやり方で仕掛けちゃって。」
舞依
「いえ…おかげでまた、良い経験が出来たと思います。」
美舩
「力になれて嬉しいわ。
あ、そろそろこの車を店に戻さないと…それじゃ、2人共またね!」
美舩さんは急ぎ足でBRZに乗り出し、この場を後にした。
また助手席だったけど、俺自身も良い体験が出来たのに加え、美舩さんのポテンシャルの高さを知る有意義な時間だった。
おそらく俺が見たのは、本気の“一部”に過ぎないのだろう…。
終始本気で走るとしたら、どれ程のものになるのか想像もつかないな。
…というか…
迅斗
「俺、置いてきぼりなんですけどぉ!」
嘆く俺を見て、舞依が一言…。
舞依
「家まで送ってくよ。」
迅斗
「あ、ありがとうございますっ!」
つづく。