峠 Beginning   作:れいめん

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【夜明け間際の弐香呉峠】

 照
「ふぁ~あ、ねっむ…。
さすがにこの時間じゃ誰も走ってねえよな。
そんじゃあ配達帰りの定番…今日も全開で行くか!」

 その直後、背後から勢い強く1台の車がEK9を軽々と抜き去った。

 照
「おわぁ!
んだありゃあ…って、あっという間に消えちまった。」



第6話:蒼きスプリンター

【PM3:00 市内のコンビニ】

 

 小腹が空いたので徒歩でコンビニへ…。

 ここは家から近いほうだし、わざわざ車を出すより歩いた方が早い。

 それに、最近は運動不足気味だから、少し身体を気遣ったほうがいいという、自分への戒めだ。

 

 お、この雑誌もう新しいの出たのか…。

 

 車系の雑誌なんて、サッと読む程度だけど、新しいのを目にするとついつい手に取ってしまうのは、これも走り屋の性なのだろうか。

 

“ドリフト界に期待の新星! 女子高生ドライバー!”

 

 へー、今のモータースポーツには、こういうのもいるんだな。

 …時代の発展を感じるな。

 

 ???

「ふーん、ジント君ってそういうコが好みなんだ。」

 

 迅斗

「へ? う、うわ…美舩さん!?」

 

 雑誌の記事に思わず目を配っていると、美舩さんが隣に立っていた。

 驚くあまり、慌てて雑誌を戻した。

 

 美舩

「あー、コンビニとはいえ、立ち読みは頂けないぞー少年。」

 

 迅斗

「ど、どうしてここに?」

 

 美舩

「たまたま立ち寄っただけよ。

ちょっとした買い出し。」

 

 迅斗

「そう…ですか。」

 

 意外だな…美舩さんもこういうとこ寄るんだ。

 

 美舩

「今、美舩さんってこういうとこ寄るんだ~とか思ってない?

私だってコンビニくらい行くわよ。」

 

 迅斗

「い、いや~そんな滅相もない。」

 

 相変わらず鋭いなこの人…。

 俺の心って読まれやすいのか?

 

 美舩

「それよりさ、折角会ったんだし、買い物終わったら駐車場来てよ。

また付き合ってほしいの。暇でしょ?」

 

 迅斗

「ま、まあ…特に予定とかはないですけど。」

 

 美舩

「じゃあ決まりね。

私は先に行くから。」

 

 そう言うと、美舩さんはレジと向かっていった。

 まさかコンビニで会うとはな…照や舞依ならまだしも、美舩さんが来るとは…。

 

 会計を済ませ、小さめのレジ袋を片手に駐車場へ向かうと、青のBRZの傍で美舩さんがコーヒーブレイクをとっていた。

 

 美舩

「お、きたきた。こっちよ。」

 

 迅斗

「え?どうしたんですか?この車…。」

 

 美舩

「これな、ウチのお得意様の所有車なの。

足と駆動系のチェックついでに、峠行こうと思ってね。

それで、ただ1人で走るより、また隣に乗ってもらいたくて。」

 

 迅斗

「そういうことですか。なんとなくそんな予感はしてましたが…。」

 

 美舩

「そんじゃ、早速だけど弐香呉にゴー!」

 

【弐香呉峠 頂上】

 

 BRZの助手席に乗せられて、今日も弐香呉峠へ赴いた。

 昨日の雨の影響か、路面はハーフウェットな状態である。

 

 美舩

「とりあえず頂上まで来てみたけど、所々濡れてるわね~。

 

ま、その分タイヤ減らないから攻め甲斐あるけど。」

 

 迅斗

「普通なら、濡れた路面って嫌うもんじゃないんですか?

ドライと比べて、あんまり踏んでけないし…。」

 

 美舩

「い~や、アタシは行ける。

チューナーたるもの、天気に左右されるべからずよ。」

 

 この人はこう見えて、かなり大胆なとこあるからなぁ…。

 でも、不安な気持ちは一切無く、不思議と安心感がある。

 

 美舩

「さーて、ちょっくら踏んでくから…グリップ握っといてよ…!」

 

 ようし…と呟くと、1速に入れるや否や、アクセルをゆっくりと深く踏んでいく。

 そういえば何気に俺、美舩さんがアタックする姿を見たことがなかった。

 

 速くなる上で、今回の走りはもしかすると参考になるかもしれない。

 せっかく隣にいるわけだし、少しでも美舩さんの走りを目に焼きつけなきゃ。

 

 アタックすること5分…美舩さんの走りは一言で表すなら“綺麗”だ。

 加速時のシフト操作にクラッチミート、ステア操作、ブレーキングは力強く踏むのではなく、まるで車を労るかのように優しい。

 それでいてコーナーワークも全く隙がなく、その先のコーナーを見据えたようなものだった。

 

 美舩

「どう?今、攻める走りしてみたんだけど。」

 

 迅斗

「鮮やか…ですよね。

俺と違って力任せで制御するんじゃなく、ムダに力を加えず、1個1個の動作が手際良くて…。

車の特性を把握した走り…とでもいいますか。」

 

 美舩

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。

 

…BRZって、86と違ってグリップ寄りだから、コーナーの安定性はこっちが上なのよね。

でも、この車…実はドリフト用に足が弄ってあって、今日は濡れた路面のおかげで、いい感じに滑ってくれるのよね…!

おかげで、ドライで走るときよりテンション上がるわ。」

 

 俺だったら、ハイドロプレーニングが怖くて、こういう日は好んで走りに行くなんてことは無かったな。

 こんな状況でも、テンションが上がる…か。

 経験を積んでる人から見たら、平気なシチュエーションなんだろう。

 

 美舩

「走り屋に好き嫌いはないわよジント君。

あるとしたらせいぜい、車くらいじゃない?」

 

 また、美舩さんに1つ教えられたな…。

 

 美舩

「お、そんなこと話してたら1台走ってるわ。」

 

 青のFD…舞依か?

 

 美舩

「舞依ちゃんか~。

こんな時でも走り込みなんて、熱心ね~お姉さん感心するわ。よし…。」

 

 美舩はハンドルの中心に手をやり、小刻みにクラクションを鳴らした。

 

 美舩

「少し遊んであげようかしら?」

 

 迅斗

「ちょっ…美舩さんこれ、お客さんの車でしょ?

バトル仕掛けるのは、さすがにまずいんじゃ…。」

 

 美舩

「大丈夫大丈夫、私上手いから。」

 

 そういう問題じゃ…。

 

 美舩

「もうちょっと、ポテンシャルを見ておきたいのもあるし…。」

 

 舞依

(クラクションまで鳴らされた…バトルしろってやつね。

いいわ、練習に飽きてたところだし…受けて立つ!)

 

 FDが加速しだすと、それに合わせてBRZもスピードを上げる。

 さっきまでは4000回転辺りで変速していたのを、ここでレブリミットギリギリまで回転させる。

 豪快にエンジン音を響かせ、BRZはFDの背後についた。

 

 美舩

「いい感じに回るわね~。

これね、触媒とエキマニも変えてるのよ。

は~やっぱ弄り甲斐ある車は、こうでなきゃね~。」

 

 完全にスイッチ入ってるなこりゃ…。

 

 舞依の方は大丈夫だろうか?まさかこんな日に走ってるとは思わなかったな。

 

 美舩

「さーて、お次はコーナー。

暴れん坊なFDで、この路面をどう攻めるのかしら?」

 

 コーナーが迫ると、FDはフルブレーキング。

 路面の影響で車体が若干ふらついてしまうが、取り乱さずリアを出し気味に滑らせながらコーナーを脱出する。

 

 舞依

(振り切れない…あっちも相当なやり手かな…?

1つ2つコーナー抜けたくらいじゃ、振り切れるわけでもないか。)

 

 この後も、BRZが食いついたままFDは特に焦る様子もなく、次々とコーナーをクリアしていく。

 

 舞依

(路面が濡れてるから、いつも以上にパワーが出せない。

 

落ち着いてアタシ…まだ負けたわけじゃないんだし、とにかく自分のペースを守らないと。)

 

 舞依のやつ、成長したな…。

 走りだしたばかりの時は、ほんの少し揺さぶりかけただけで、大きく取り乱すような走りだったのに。

 これだけ食いつかれて、おまけにこのハーウウェットな路面という、少しでも気を抜いたら破綻しかねない状況の中でも、ひたすらペースをキープしている。

 運動面はもちろん、精神面でも大きな成長を見せている…!

 

 美舩

「いいわね~舞依ちゃんの動き。

運動部で培ったという経験がよく出てるわ。

こっちも負けてられないわね。」

 

 そう言い出すと、美舩さんの表情はいつものような明るい眼差しを残したまま…だけど、100%本気で攻めにいくような真剣なものになる。

 

 次は緩い右コーナー…美舩さん、どうするつもりなんだ?

 

 コーナーに差し掛かると、美舩さんは左にステアを切る。

 アウトから入るのか…?

 

 FDはインベタで攻めず、真ん中を意識したラインで行くつもりだ。

 

 美舩

「フフッ…かかった。」

 

 美舩さんは軽くブレーキを踏み、そのままスペースの開いたイン側へと飛びこんだ。

 さっきのはフェイントだったのか!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 舞依

「そ、そんなのって…!」

 

 FDは進入を防ぐことが出来ず、そのままBRZにラインを譲ってしまう。

 ここでポジションが入れ替わるのか…と思った矢先、BRZはスローダウンする。

 

 迅斗

「美舩さん…?」

 

 美舩

「こんな所かな? オーケー。

 

盛り上がるとこ悪いけど、今回はここまで。

これ以上踏み込んだら、お得意様から苦情来ちゃうし。」

 

 BRZの動きが気になったのか、FDもスローダウンし、2台はそのまま麓を目指して走っていくのであった。

 

【弐香呉峠の麓】

 

 舞依

「――そういうことだったんですか。

どうりで上手いなと思いました!」

 

 美舩

「ごめんね舞依ちゃん、あんなやり方で仕掛けちゃって。」

 

 舞依

「いえ…おかげでまた、良い経験が出来たと思います。」

 

 美舩

「力になれて嬉しいわ。

 

あ、そろそろこの車を店に戻さないと…それじゃ、2人共またね!」

 

 美舩さんは急ぎ足でBRZに乗り出し、この場を後にした。

 

 また助手席だったけど、俺自身も良い体験が出来たのに加え、美舩さんのポテンシャルの高さを知る有意義な時間だった。

 おそらく俺が見たのは、本気の“一部”に過ぎないのだろう…。

 終始本気で走るとしたら、どれ程のものになるのか想像もつかないな。

 

 …というか…

 

 迅斗

「俺、置いてきぼりなんですけどぉ!」

 

 嘆く俺を見て、舞依が一言…。

 

 舞依

「家まで送ってくよ。」

 

 迅斗

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 

 




つづく。
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