勇仁は趣向を変えて3人をある場所へと招待する。
【AM11:00 とあるサーキット場】
舞依
「ここがサーキットか~。
生で見たことなかったから、すっごい迫力。」
迅斗
「俺は小さい頃に親父に連れてってもらって、レースとかよく観に行ってたよ。」
照
「そういや、今年のGTレースどうなんだろうな~ホンダには勝ってもらいてえや。」
今日、俺たち3人は先輩からの招待で
ここは関東では有名なサーキットで、イベントは勿論、全国から車好きたちが走行会に訪れることも多い。
勇仁
「おーおー、はしゃいでますな~お三方。」
美舩
「若いってのはいいわね…ホント。」
迅斗
「あ、先輩。
それに…美舩さんも。」
美舩さんが今日ここに来ているのは、今回開かれている走行会の主催者が、何をかくそうミストラルな為。
ショップ主催のレースというのは全く聞いたことがないので、会社…もとい、社長の懐の深さが伺える。
そこで今回俺たちは、先輩の提案で次のレースに出ることが決まった。
レースといっても、そんな本格的なものではなく、最低限のルールを守って走るという至極シンプルなものだ。
勇仁
「ここを5周走ってもらう。
レース前に10分くらい練習走行が出来るから、その時にコースを確認しとくといい。
それと分かってるとは思うが、他所様の迷惑になるような走りは絶対にするなよ。」
美舩
「はいこれ、ヘルメットとグローブ。
レンタル物だから終わったら返してね。」
舞依
「うわぁ…プロレーサーになれたみたい。」
ヘルメットをしながら運転なんて、チャリ通だった中学以来だな。
こういうのはずっと憧れていたから、嬉しい反面、少し緊張してしまう。
美舩
「…はい。
…分かった。
今からコースイン出来るみたいよ。」
勇仁
「ようし、3人とも…存分に走ってこい!」
俺たちは各々の車に乗ると、他の車が走っていないのを見計らって、コースへと走り出した。
この光景…ゲームでしか味わったことないから、いろいろと感動するな。
ずっと画面の向こうで憧れていたものが、こうして今は実際に自分の車で走っているのだから。
これもまた、車好きでよかったと思える瞬間だ。
美舩
(当たり前だけど、峠とは全く違うから…どこでブレーキを踏んだらいいか分からない。
でも、峠と比べてコースの先が見えるから、コーナーへの備えはある程度掴めるかな。)
照
(なあシビック…俺、今サーキット走ってるんだよな?
弐香呉峠じゃねえんだよな…うん。
…って、喜びに浸ってる場合じゃねえ!
よし、アイツらに負けねえように、俺も気合い入れないと!)
練習すること10分。
レース開始を知らせるアナウンスがコース上に響き、走っていた車たちが各々スターティンググリッドにつく。
基本的には、タイムの早い順でポジションが決まるのが主流だが、今回は主催側が車の馬力差で決めているらしい。
俺は5着、照は4着、舞依は8着からスタートだ。
カウントダウンのシグナルが点灯する。
5…4…3…2…1…
スタート!!
シグナルが緑に変わるタイミングで、俺はすかさずアクセルを入れて飛び出した。
よし、いいスタートだ…こういう時って勢い余ってホイールスピンさせがちだけど、何とか抑える事が出来た。
照
「やべっ…出遅れちまった。」
タイミングを誤ったのか、EK9は1つ遅れて走り出す。
スタートの時点でみるみる順位を落としていった。
照
「かぁ~だせえな俺。
巻き返せっかな…。」
スタート直後に第1コーナーが迫る。
俺は接触を避ける為に車が密集していないスペースへと車体を寄せ、アプローチに入る。
何事も最初が肝心だよな…ここでミスらないようにしなきゃ。
第1コーナーを抜けると、浅めのシケインからキツいヘアピンが待ち受ける。
焦ってブレーキのタイミングを見誤ると、たちまちコース外にオーバーシュートだ。
車が周囲にいて思うようにラインが作れない。サーキットとはいえ、これは峠以上に窮屈だ。
早めのブレーキングでコーナーに入る。
突っ込みすぎたのか、2台ほどの車がコースアウトしているのを見かけた。
気が抜けないのは、峠もサーキットも同じだな…。プロのレーサー達はここをハイスピードで走るんだから、尚更その存在の偉大さを痛感する。
コース自体は短いので、スタートから間もなくバックストレートに入っていく。
ここはパワーがモノを言うよな…。
そう思っていると、舞依のFDが横からロータリーサウンドを響かせて前に出ていった。
相変わらず舞依の適応能力には驚かされる。下位スタートだったのに、もう現状3位だ。
最終コーナーを抜け、レースは2周目に入る。
俺も負けてられないな…!
舞依に抜かれたことで、闘志に火がついた俺は2周目から攻める走りへとスイッチを変えた。
コースは大体把握した…どこまで行けるか分からないけど、サーキットでも通用出来る走りをしてやる!
【観客席】
美舩
「こうして観てると、昔は私たちも皆に紛れて走ってたわよね…今では高みの見物なんて偉くなったものだわ。
そこで暇そうにしてるなら、アナタだけでも出ればよかったのに。」
勇仁
「俺があのレースに出たら、お互い勝負になんないでしょ。
生憎、アンフェアなのは好きじゃないんでね。」
美舩
「お高くとまっちゃって…
私も人のこと言えないけど。」
勇仁
「それより、照のやつ…ちょっと走りが変だな。」
美舩
「え?照くんが…。」
勇仁
「ああ、下位で焦ってるというより…あの2人と比べて、いつもの走りが出来てない。」
美舩
「珍しいわね…少し突っ込みがちな以外は、常にマイペースを維持して走ってるって言ってたじゃない。」
勇仁
(何か、引っかかるもんでもあるのかな…?)
レース開始から数分…ファイナルラップの5周目を迎え、混戦気味だったレースも全体的に落ち着きを見せる。
車と自身のポテンシャルを活かし、舞依は2位まで順位を上げ、それに続く迅斗も意地を見せて4位をキープ。
しかし、照はスタート時に順位を落として以降、巻き返す術もなく現在9位。
照
(…く、そぉ…!
どうしたんだよ俺、全然良いトコ見せられてないじゃねえか。)
お前、いつまであんな事やってる気だ?
悪いけどな、あのシビックは走り屋になってほしくてお前に譲ったわけじゃないぞ。
お前もいっぱしの大人になるんだ。いつまでも子供のままでどうする…。
照
(…るせーよ、別に迷惑かけてねえのに…何がダメなんだよ。
…っ!
しまった!ブレーキ!!)
ふと気がつくと、ブレーキングが遅れてしまい、EK9はズルズルと外側に膨らんでいきグラベルに入ってしまう。
あまりスピードが乗っていなかったのが幸いで、衝突は避けられた。
照
(…はは、だっせーな俺。)
5周目のレースも終わりを迎え、次々と車がゴールしていく中、コースに復帰した照のEK9は前の車よりだいぶ遅れてゴール。
結果は迅斗が4位、照が12位、舞依が3位という形で、初めてのサーキットレースは幕を閉じた。
美舩
「お疲れーみんな!
やるじゃない舞依ちゃん!初めてのレースで3位なんて。」
舞依
「ありがとうございます。
初めてで緊張しましたけど、自分の成長を実感することが出来ました。」
迅斗
「確かに、今日はいつもと違って緊張感あったな…いつも以上に神経使った気がする。」
照
「終始ガッチガチで思うように行かなかったのがここに…。」
視線を向けると、そこにはEK9のボンネットに腰をかけて、うな垂れている照がいた。
らしくないな…結果はどうあれ、こういう時も笑い話に持ってくはずの照が…。
相当ショックだったのか?
迅斗
「大丈夫か?レース前と比べてだいぶテンション低いぞ。」
舞依
「緊張すると思うように力が出せないってこと、よくあるじゃない?
これを糧に次に活かせればいいんだって!」
照
「そ、そうだよな…。
いつまでもクヨクヨしてんのは俺らしくねえよな!ハハハ…。
ようし、今度はあんなヘマしないように、サーキットも走り込んでみようかな?」
勇仁
「おっ、いい意気込みだな。
そういうと思って、次回からの練習メニューにサーキット走行も加えておいたぞ~。
あ、次は料金の方は自腹ね。」
初めてのサーキットでのレース…悪戦苦闘するとこもあったが、こうして終わってみると、まだ走り足りないという欲が湧いてくる。
帰り道に弐香呉を走って今日の余韻にでも浸ろうかな?
迅斗
「……。」
今はいつものようにハイテンションで振る舞ってる照だが、レース後の様子から見て、その表情にどこか陰りを感じた。
幼馴染みとして、何か訊いておくべきだったが、つい気を遣ってしまい俺はそのまま帰り支度をするのだった…。
つづく。