倦怠期の夫婦みたいになっちまった幻影の魔女と淫魔の王 作:京谷ぜんきまる
東京の地下三百メートル。
そこにはいつから存在していたのか、一つの都市がすっぽり収まるほどの巨大な空洞があり、そこに闇の無法都市ヨミハラが存在する。
街の最北にはノマドの闇の宮殿があり、宮殿最奥には魔界へと通じるゲートが存在している。宮殿はかつてはノマドの日本支部だったが、ノマドの新総帥の座に心願寺紅が就いてからは本部へと昇格していた。
バァン!
弾かれたように開いた扉から現れたのは漆黒の肌に緋色の長髪の美女――ノマドの総帥秘書にして魔界騎士のイングリッドだ。
「紅!! いや、総帥! 話がある!!」
「イ、イングリッド!?」
執務室の椅子に座っていた紅はびっくりしてやつれた顔を上げた。
「私は秘書の職を辞し、野に下る! 秘書の仕事はリーナに引き継いだ! では――」
「いきなりなにを――いやいや! 待って待って待って! そんなの無理ぃぃぃ!」
「止めてくれるな! やはり私は自分の心を偽ることは出来ぬ・・・・・・私が忠誠を誓うのはブラック様のみ!」
執務室から出て行こうとするイングリッドを止めるため、突風のような風と共に紅の肌が浅黒く変化し、青白を基調とした対魔スーツを深紅の衣に変容させながらの本気モードで、イングリッドの前に立ちはだかる。
「父上に言われたでしょ!? “紅の補佐をしっかり頼むぞ”ってッッ」
「ぐッッッ、大丈夫だ、問題ない。リーナに引き継いだといっているだろう」
「あの子に組織の運営が務まるわけ無いでしょ!!??」
実際にノマドという大組織はイングリッドの手腕無くして成り立たない。
多国籍複合企業という表の顔から、人魔結託の秘密結社として世界各国の闇社会を掌握するという裏の顔。そして、
これらの大仕事をやってのけるにはノマド新総帥・心願寺紅にとってイングリッドは要の存在だ。半人半魔の――しかも対魔忍の血を引いている――紅にとって、唯一友好的な高位魔族といっていい彼女の出奔を認めるわけにはいかなかった。
他の幹部連中はというと・・・・・・魔科医のフュルストは好き勝手に人体実験やその他アブない研究を禁じられてふてくされており、いつ裏切ってもおかしく無い状態だし、朧は拷問と調教と殺戮以外の仕事はやってくれない。
ちなみにリーナとはノマドの騎士軍に所属する騎士だ。
イングリッドに心酔する彼女は厳しい鍛練を積んで、魔剣サクラブロッサムと風の力を操り、その実力は準魔界騎士クラスといったところだが、おそらくいや確実に戦働き以外はあまり役に立たない。
それに――。
「お前が出て行ったら絶対にリーナも後を追っていなくなっちゃうだろ!」
「本人には強く言い聞かせている。心配は無い」
「心配しかないのよぉぉぉ!?」
「あらあら、それでいいのかしらイングリッドさん。自らの責任を放棄するなど、それこそあの方のご不興を買うのではなくて?」
「ふぁ!?」
「――ッ」
現れたのはあの朧だった。
いつもの戦闘服と両手にかぎ爪といったスタイルでは無く、白いシャツにタイトスカート。おまけに銀縁の細長い眼鏡まで付けている。まるで誰かの女教師スタイルを真似たかのような出で立ちだ・・・・・・似合ってはいる。だが、女教師やビジネスウーマン・・・・・・・・・・・・ものの、アダルトビデオへの出演がもっとも似合ってそうではあった。
「きっさまぁぁ! その気色の悪いしゃべり方をヤメロォ!」
イングは魔剣ダークフレイムの柄に手をかけながら激昂していた。
「あーら、ごめんあそばせ。確かにこーゆー話し方はまだ慣れてなくて・・・・・・でも、私は心を入れ替えて組織のために働くと決めたんですの。なにせ・・・・・・」
朧は、にまぁ・・・っと嗤いながらタメをつくって、
「前総帥であるエドウィン・ブラック様に直接命を助けてもらって、その血を注いでいただき、さらに! 尊い血が滴る手首の傷口に口づけをしながら直に、直に! 口吸いさせていただく栄誉を賜ったのですから!」
「・・・・・・父上が? ホントに?」
「ホラご覧になって♪ 紅様」
おそらく監視カメラの映像だろう。朧が差し出してスマホにはそこには少年姿のエドウィン・ブラックと素っ裸でいろんな濁液まみれになってる朧が映っていた。イングリッドはというとプルプルる震えながらそのスマホ映像を絶対に見まいとするように顔を背けている。
「本当だ・・・・・・父上だ。んんん!?」
画面端にもう一人、白黒の妖艶な戦闘スーツを着た女性を見て紅は目を丸くした。
(この人、たしか数年前に失踪した水城不知火さん・・・・・・これ、どういう状況・・・・・・)
「ホラぁ、ホラぁ!! イングリッドさんももう一度よくご覧になってッッッ」
ぐいぐいと押し付けるようにスマホを見せつける朧。イングリッドは両耳を手で塞ぎながら顔を背け続ける。
朧は無音だった映像の音声を大音量で再生した。
『特別サービスだぞ、朧よ』
『ブ、ブラック様』
『うん』
『・・・・・・・・・・・・もしかして、あたしを助けてくださったんですか?』
『ん~~~~、まあそうなるかな』
編集されているようで朧とブラックのやりとりが延々とループされる。
「や、やめろ朧。イングリッドをこれ以上刺激するな――イングリッド?」
耳を塞いでいた手を離し、イングリッドは朧と紅に背を向けたままスッと無言で背筋を伸ばした。
その次の瞬間――。
「ぬあぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
「ちょ!?」
「おっと♪」
振り返りざまに魔剣ダークフレイムを横薙ぎに一閃。全てを焼き尽くす黒い炎が巻き起こる。
紅は朧を庇いながら魔力と忍法の風の複合障壁を発生させてそれを何とかしのいだ。
朧はというと紅が守ってくれるのを見越していたのか、余裕の笑みを浮かべている。
(人魔合一のこの状態でなかったら、深手を負ってたぞ今の!?)
イングリッドは泣き叫びながら既に遠ざかっていた。
「あ、あぁ・・・・・・行ってしまった・・・・・・」
「ククク・・・・・・」
後を追うかどうか迷っている紅はふと気がついたことがあり、そろそろと朧の方を振り返った。
「と、時に朧。さっき“心を入れ替えて組織のために働く”と言っていたけどあれは本当かな・・・・・・?」
「ええ本当ですよ――なわけないだろぉぉぉー!?(ゲラゲラゲラ)」
ガバッと某極道ファンタジーゲームの早脱ぎの如く衣服を脱ぎ捨て、いつもの戦闘スーツ姿に戻る朧。
「だよね・・・・・・」
「アッハッハッハッハ! さっきの高慢なピンク髪女の泣きっ面! “うわああああぁぁぁん”って、クハハッハ、ガキかよ! あー・・・・・・腹痛い」
腹を抱えてひとしきり大笑いした後、急にスンッとしたチベスナ顔になって朧は執務室から出て行こうとする。
去り際に、ニヤッと片頬を歪めながら、
「ま、拷問や調教、殺戮その他荒事の際はお声がけくださいな♪ 新総帥サマ♪」
朧が去った後、しばし立ち尽くす紅。
キュッと尻の形が変わるくらいに括約筋に力が入り、次の瞬間には尾てい骨辺りから大量の発汗が生じる。
「い、胃が、胃が痛い・・・・・・」
鳩尾の奥がキリキリと痛み、前かがみになって胸を手で押さえる。
・・・・・・紅はストレスで逆流性食道炎を煩い、緊張すると大量のケツ汗をかくようになってしまっていた。
東京都内某所。一見バーのような内装のとある事務所の奥の部屋にて。
バァン!
「父上! やっぱり戻ってきて――!?」
蹴破るような勢いで扉を開けて入室した紅は目を丸くした。
真っ暗な室内。部屋の奥には長机があり、六つのマルチディスプレイが青白い光を発している。
少年ブラックは椅子に座り、モニターの前でカチャカチャとキーボードを叩いていた。
「紅よ、用件は手短に話せ。父は今、新たな大仕事に取りかかっている最中なのだ」
「じ、実は・・・・・・」
話を聞いている間、ブラックは一度も紅の方を振り向くことは無かった。あいかわらずキーボードを叩きながら時たまボイスチャットでのやりとりしている。
「イングリッドはノマドに必要だ。何としても呼び戻すのだ」
「いや、だから父上・・・・・・」
「私はノマドに戻らないし戻れない。重大な仕事があると言ったろう」
「いや、でも父上が今やってるのそれ、ゲームなんじゃ――」
「“一家団欒は世界平和のあとに”」
「は?」
「娘よ、悪の組織が蔓延る死と暴力とグロテスクな陵辱が巻き起こるような物語の世界で、悪の組織が悪を為さなくなったらどうなると思う?」
いきなりの話題転換。いきなりの問いかけ。
紅にとって父は謎めいた存在であり、よくあることだったので話に合わせることにした。
「・・・・・・平和で幸せな物語になる?」
「違うな。それは世界の有り様ではない。時の歯車はパラドックスを拒むし、誰かが大きな役割を放棄すれば、因果に乱れが生じる。役割を担える別の何かが、理を無視して・・・・・・いや理を破壊してでもこの世界にクロスオーバーして、修正を仕掛けてくるのだ」
「ごめんなさい。意味が分からない」
「・・・私は、今回のお前を――」
「え?」
「なんでもない。さあ、もういけ」
それっきりブラックは喋らなくなった。
どうあってもノマドに戻ってはくれない。力も貸してもらえないと悟った紅は項垂れ、暗い部屋を出て行った。
不知火のことで途方に暮れている淫魔王「最近アニメにも手を出してしまった(現実逃避)」
実は娘や妻にクソデカ感情抱えてるエドブラ「怪物事変ってアニメが結構面白かったよ」
もう続きはホンマ未定。
追記:誤字報告してくださった方、ありがとうございます。