倦怠期の夫婦みたいになっちまった幻影の魔女と淫魔の王 作:京谷ぜんきまる
いや知らんけど。
アンブローズは淫魔族の男――インキュバスである。
それも高位のインキュバスだ。非常に整った顔に鬼族顔負けの屈強な肉体を持つが、それよりも・・・・・・というより“それ故に”というべきか。薔薇をあしらったドレスのような真っ赤な衣装と渦巻く波を表現したような紫色の髪が印象的だった。化粧もかなりケバ・・・濃いめである。
前衛芸術のような奇抜な出で立ちは強烈で一度見たら忘れられないインパクトがあった。
今、淫魔の宮殿にてアンブローズは淫魔王に呼び出されていた。
「ご機嫌麗しゅう。我らが王よ」
玉座に腰掛けている王の表情は心なしか愁いを帯びているように思えた。
「よかった。お前というインキュバスがいて・・・・・・質問をしたい。アンブローズよ、強さとは・・・強さとは一体何だろう?」
(ゑ? な、なんなの・・・いきなり??)
普段のオネエ口調で心中戸惑いの声をあげるアンブローズ。だがすぐにハッと気がつく。
(あ、そうか。これは最近はやりの・・・・・・)
なぜか最近、淫魔達の間で人間が創作した映画やコミック、アニメやドラマが流行しているのをアンブローズは思い出した。
特に『物語に登場するキャラクター達のセリフ』をもじった言葉遊びが持て囃されていることも思い出す。
幸いなことにアンブローズは淫魔王が言ったセリフに思い当たる作品を知っていた。
(バキね! 格闘漫画の金字塔! その死刑囚編でドリアン海王が烈きゅんに問うた言葉だわ!)
彼は身を震わせて感動した。アンブローズは男の美と女の美を極めた、美の頂点を目指している。
インキュバスゆえに相手を魅了する魔力や夢を見せる能力は女にしか作用しないのだが、いずれ女だけでは無く老若男女から精気を献上される究極の淫魔になることが彼の目標である。
そして究極の美は究極の肉体と究極のファッションにあると考えているアンブローズにとってバキシリーズは筋肉面において聖典に等しい存在だった。
そんなバキを淫魔王も知っておられる・・・・・・強烈なシンパシーを感じて感極まったアンブローズは涙が出そうになった。が、そこは我慢して答える。
王の御前で不様は見せられない。
(でも、さっすが我らが王! いい趣味してらっしゃるわぁ。ここは完璧に返答しなくちゃ♪)
「己の意を貫き通す力。我が儘を押し通す力。私にとっての強さとはそういうものです(キリッ)」
「・・・・・・では淫魔にとっての強さとは?」
(お、ここからはオリジナル展開ねっ。えっと・・・)
アンブローズは淫魔ながらも実直な男だった。ほぼ即答で答える。
「魅了(チャーム)の力と相手に夢を見せる能力です。その力と性技を研鑽し、そして何よりも美を磨き、人間の精気を、愛を、魂を、相手自ら献上させることが淫魔の真の強さかと存じます」
「献上させる、か。お前らしい考え方だ。お前ほどの力があれば意思など関係なく相手を虜にすることも精気を奪うことも容易いだろうに」
「量より質を私は選びます。催淫や魅了の魔力で安易に骨抜きにするよりも、心の底からの愛と共に極上の精気を捧げられることを常に目指しています・・・・・・ですから無防備な人間の夢に忍び込んで快楽を仕込むなどといったやり方は自ら禁じております。そこには愛がありませんからっ」
「ぐっは!!!!!!(吐血)」
「(うわっ王が血を吐いちゃったわ!?)ど、どうかなされましたか?????」
「・・・・・・何でもない・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふむ・・・・・・精気は分かる。我らの糧だからな。魂も分かる。だがアンブローズよ、愛とは何だ?」
「えっ」
(えぇ・・・・・・これどう答えればいいの・・・・・・バキSAGAネタで返せばいいの? いや多分違うわね・・・・・・えーと、えーと)
すぐには答えられず困惑するアンブローズ。苦し紛れに人間達がしたためた辞書に記載されているような当たり障りのない内容を言ってみる。
「えっと、相手を思いやる事とか。お互いを大切にしあうこと・・・・・・自分を犠牲にしてでも好きな相手を守ったりつくしたりすることかと・・・・・・あ、でも自己愛や分け隔て無く慈しむ隣人愛というのもありますね・・・・・・」
淫魔王は身を乗り出して彼を見つめた。
「では・・・・・・愛は真実か?」
(さっきよりも質問の内容が難しくなった!!!???)
「愛は・・・・・・愛は人間が作った概念だ。死の恐怖に対する防衛手段と理解しているが、時々起きる感情の説明がつかない。余にとってもそういう感情を抱かせる相手は・・・・・・存在している。一応な・・・・・・気に入らん。愛は空想の産物なのか、実在するのかどっちなのだ?」
(ふ、深い。深いわぁ・・・・・・さすが淫魔王様。でもバキネタじゃない私の知らない作品ネタぶっ込んできてるから、どう答えていいか分からないわっっっ)
そのとき、アンブローズの背後から軽快な少年の声が響いた。
「回答不能な質問です。愛の概念は存在する。よって空想の産物であっても有益です」
抑揚が無く、読み上げソフトのような口調だった。
背後を振り返ったアンブローズは驚愕半分安堵半分といった表情で後ろにいた少年の名を口にした。
「黒斗くんっ」
黒斗――少年姿のエドウィン・ブラックはニコッと笑って言葉を続けた。
「必要であるが故に存在する。答えうる質問があるとすれば“なぜ愛は必要か”です」
淫魔王が舌打ちして立ち上がった。
「おや。続けないのかい?“では何故愛は必要なのだ?”って」
「貴様はこのドラマのセリフを知っているのだから答えは決まっている。だから続ける必要などない――遊びに付き合わせて悪かったなアンブローズ。下がってよいぞ」
憮然として立ち上がり、ブラックと共に謁見の間を去ろうとする淫魔王。アンブローズは慌てた。
「えっ、あの、その、差し支えなければ続きをお教えいただけないでしょうか。なぜ愛は必要なのです?」
淫魔王とブラックは振り返った。
「意味が理解できない」
「そう、だから情報を足していくしかないね」
二人は交互に、乾いた声で淡々と答えた。
アンブローズにとって吸血鬼と淫魔の王は自分が目指す魔族の頂そのものだ。
その頂点に立つ二柱の返事が単にドラマのセリフを言っただけなのか。それとも、彼らの本音なのか。アンブローズには分からなかった。
全然関係ないけどバキの範馬勇次郎にとってオスは自分ただ一人。他者は全てメスらしいです。
明日から対魔忍RPGで男の娘祭りイベントが開催されるという今日この頃。
皆様は如何お過ごしでしょうか。
愛云々の元ネタ
○海外ドラマ 現代版シャーロック・ホームズ『エレメンタリー』(カンバーバッチ主演じゃない方)のシーズン3の4話より。
後に殺人容疑がかかるAIとホームズの問答が元ネタです。