U-17合宿出発前日の丸井くんと幼なじみの女の子のお話 作:一花*
「お前ら付き合ってんじゃねーの?」なんてよく言われるけど、家が近所で幼なじみなオレたちは付き合ってる訳でも、ましてや友達以上恋人未満とか、そんなよくある甘酸っぱい関係でもねえ。
“友達以上家族未満”って言葉の方がしっくりくるくらい、傍に居るのがお互いの日常で。
逆に今更、どうしたら戻れんだよ。あったのかさえわからない頃の、そんな甘酸っぱい関係にさ。
「悪い。お前とは…
なんつっーか、友達以上には思えねえんだよな…。でもありがとな、嬉しかったぜ。」
「………あの幼なじみの子が好きだから?」
「は?」
昼休み始まってすぐにやって来た、2年の時同じクラスだった女子に“放課後時間あるかな?”って俗に言う呼び出しをされ…
綺麗だと評判の彼女は持ち前の行動力もあってか、学年でも割とモテる方だった。
おおよその検討は付きながら、彼女に指定された場所へ向かうと、たわいもない会話の後にやっぱりソレが始まって。
少し緊張した様子の彼女からされた告白に返事をしたら、相手からのまさかの返答に今度はオレの方が別の意味でドキドキさせられる番だった。
「いや、前にも言ったけど、アイツとは別にそんなんじゃ…」
「隠さなくていいよ、見てたらわかる。丸井があの子に接する態度、私や他の子とは全然違うから。」
「そりゃ、幼なじみだからな。愛とか恋とかわかんねー頃から一緒に居るし、オレも7歳までは一人っ子だったから、もう感覚的には兄弟みたいな…」
「ねえどうしてあの子なの?幼なじみだから?もっと可愛い子にも告白されたりしたでしょ?正直、何で丸井があの子を…」
平静を装いつつそう返したオレの話を聞かずに、彼女はまるでソレが確定したか事実のように畳みかけるのを止めない。
「わりぃけど、アイツにもまだ言ってねえのに、お前に先に言えるかよ。」
「ほら、やっぱり好きなんじゃん。」
そう言ってクスクスとおかしそうに笑う彼女の策に嵌って、口を滑らせ平静な自分がまんまと崩されていたことに気が付いたが、もう遅かった。
「ごめんごめん。普通に可愛いと思うよ?なまえちゃんだっけ?」
「おい、今のこと…」
「大丈夫だって、みーんな知ってるから!」
「は?」
「それくらい見ててわかりやすいってこと!あの子も気付いてるんじゃないかな?なんであんなに仲良いのに、2人は付き合ってないの?」
なんなんだよ、こういう時の女ってやっぱ面倒くせー。人の話は全然聞かねーし、自分の話ばっかするし。面白がって人の恋路に色々首突っ込んで来んな、っつの。
「うるせーな。色々あんだよ、こっちも。」
「ふーん、“色々”ねぇ〜…。丸井ってさ!
大抵のことは何でもサクッとこなすし、私や他の子の前だと普通なのに、なんかあの子の前ではちょっと子どもっぽいっていうか、慎重っていうかさ…」
ぶっきら棒にそう答えるオレに、わざとらしく彼女は顎に握った拳を当ててまたおかしそうにクスクスと笑った。
「もう話がねーならわりぃけど、人待たせてるし、オレもう行くわ。」
「からかっちゃって、ごめんね。
私の話わざわざ聞きに来てくれて、ありがとう。合宿頑張ってきてね!」
あ〜面白かった!と一頻り笑った後、そう言って笑顔で手を振る彼女は、とても告白に振られたあとの姿とは思えない程爽やかで。
「おう、サンキュー。
…なぁ、オレも1つ聞いていい?
オレの気持ち知ってんのに、なんで告白してくれたの?」
結果がわかってても告白して、こんな風に相手と今まで通り普通に話せる彼女の行動が随分と勇ましく思えて……女ってすげーな。
「勝ち目が無いから告白したんだよ。
黙ってたって丸井は私のこと、好きになってくれないでしょ?それくらい私、丸井のこと…本気だったんだけどな?」
そう言って狙ったかのように、口元だけ笑って首を傾げた彼女の仕草に、不本意ながら少しドキッと胸が高鳴った。
「……そういうモンなの?」
「臆病な丸井くんにはわからないかもね」
「うるせー。」
私は丸井となまえちゃんみたいな距離じゃないってのもあるかもだけど、と付け加え彼女はまた人を“恋愛初心者”と嘲笑うかのように笑ってそう言った。
「ほんと、サンキュな。
さっきのちょっと、ドキッとしたぜ。」
「…もう、いい男はこういう時、期待持たせないようにばっさり振って行くんだよー!あの子も普通に可愛いんだし、丸井だってサッサと行動しないと、知らないからね!!」
「へー、へー」
一瞬驚いて目を見開いた彼女がすぐ不満げにそう叫んだのを背に、雑に手を振ってそう答えたが、彼女の一言がどうしても気になったので振り返った。
「なぁ、それさ“超可愛い”の間違いだから。」
「はぁ?うざっ!!
私にノロケてないでサッサと告れし!」
今日一番に声を荒げてそう叫んだ彼女の声を聞きながら、感謝の気持ちも込めてもう一度手を振ってその場を後にした。
オレだって何も行動してないわけじゃない。
アイツのこと好きだって気付いてからは、やれる限りの手は色々尽くしてきたつもりだ…
でもその度にアイツの中には男・丸井ブン太は存在してなくて、いつまでも幼なじみの“ブンちゃん”でしかねえんだと、痛いほど痛感して。
ジュースの回し飲みで間接キスだとか、人が出て密室に二人っきりとか、隣に座って肩が触れたとか、オレがやってるゲームを覗き込んで来た時の顔の近さだとか、お菓子取る時に偶然触れた手だとか、そんなよくある恋のシチュエーションでさえ、あいつはいつも通りのほほんとしていて、平気そうで。ほんと、人の気も知らずによ。
でもそれは、オレがなまえに抱いていた感情が“恋愛感情”だってのに気づくのが遅すぎたせいでもあって…。
中学に入ってからのオレは、女子から告られることも、まあまああって。
もう一人の幼なじみのジャッカルとは部活も一緒だったしずっとつるんでたが、なまえとはクラスも離れ、文化部のあいつとテニス部のオレとでは、朝夕の登下校の時間も被らず、会う機会がめっきり減っていた。
そんな中、久しぶりに会ったなまえを散々からかい倒して遊び、近況報告から女子に告られたことを自慢すると『こんなに意地悪なブンちゃんがモテるなんて信じられない』なんて、なまえが恨めしそうに言ったことがきっかけだったと思う。
告って来た女子も当時仲良くしてたし、笑顔が可愛くて、手作りのお菓子もよく持って来てくれていて。特に断る理由もなかったから、保留にしてた返事を翌日オッケーして付き合ったんだよな。
翌日彼女を連れ、なまえに報告しに行くと、2、3度瞬きをして驚いて固まった後、満面の笑みになって“そうなんだ、おめでとう!!ブンちゃんならきっと大切にしてくれると思うよ”と彼女の手を握っていて。
少しくらい悲しむかと思っていたなまえの予想外の反応に、思いの外ショックを受けているのはオレの方で。
それからは可愛いと思えていた彼女が急に全然可愛いと思えなくなったのと、学校でも会うのに帰ってからも頻繁に連絡してくるのが面倒になって、三日でオレの方から別れた。
そのことをなまえに伝えると 『なにそれ、最低!』とドン引きしていたが、『ほら、やっぱりブンちゃんはブンちゃんじゃーん。私と一緒で、お子様にはまだ彼女なんて早かったんじゃない?』なんて楽しそうに笑っていた。
「んなことねーし、一緒にすんな」とタイミングよく告って来た、これまた断る理由が特にない子とすぐ付き合ったんだけど、はじめて一緒に帰った帰り道、“手を繋ぎたい”とそう言われ、繋いだ手に妙に心がざわついて。なんか違うなと思って、次の日またオレから別れを切り出した。
“三日の次は四日”、そんなオレにジャッカルが呆れたかの様に“お前も凝りねえな、告られたからって簡単に付き合うの、もうやめろよ”と忠告され、「うるせー」と返し、
『もう、勝手すぎ!!本当最低だよ?あと、もう一々連れて報告しに来ないで!』となまえが怒っているのが、何故か妙に嬉しくて。
ジャッカルからは二人になった時に“ブン太、お前本当はなまえが好きなんじゃねぇか?”と聞かれたその言葉に、心臓を掴まれたかの様にドキリと胸が高鳴ったが、原因不明の高鳴りに“まさか”と言い聞かせ「んな訳ねーだろい、なまえだぞ?」と平然を装った。
そんな恋人と呼べるか怪しい交際を繰り返して、オレの最後の元カノとなる、三人目の彼女が出来た時のことだった。
廊下をすれ違い様に正面から歩いてくるなまえを見つけて「なまえ!」と声を掛けたが、目が合い笑ってオレに手を振ったかと思うと、歩くのを止めずにまた友だちの方を向いて通り過ぎて行った。
今まですれ違い様に言葉を交わさないことなんてなかったから妙に引っかかったが、その日は“急いでたのかも”と思いあまり気にしないことにした。
でも次の日からも、なまえの俺を微妙に避ける態度は変わらなくて…。
ジャッカルと話すなまえがクスクスと笑いの止まらない様子で楽しそうにしていたのに、「楽しそうじゃん」って会話に入ってきたオレを見たなまえの目が、一瞬泳いだかと思えば“うん、ちょっとね”と笑って、“それじゃあ私行くね”と行ってその場を離れて行って。
そういったことが何度か続いたある日、前から一人で歩いてくるなまえと、廊下ですれ違いそうになった。
バチっとオレと目が合ったのに、くるりと目をふさてそのまま通り過ぎて行こうとしたのにイラッとして、なまえの腕を掴んで無言で歩き出すと“え!?ちょちょっと!なに?どこ行くの?私今から行く所あったんだけど…ねえってば!”とびっくりした様子で続けるなまえに「こんなに長く声聞きたの久しぶりだな」と思っていた矢先、“ねぇってば、丸井くん!”と続けたなまえの声にズドン、と雷に打たれたような衝撃が全身に走って…。
近くの空き教室まで連れてきて「その用事って、オレと目が合ったのに晒さないといけない程、急ぎの用事だったの?」と聞いた、オレの問いかけになまえは黙ったまま下を俯いて話さない。
「つーかなんだよ、“丸井くん”って。今までずっと“ブンちゃん”だったじゃねーかよ」
『………………。』
彼女は表情動くのに、掴んだ腕からも体温は伝わるのに、何か言いたげな顔をしたまま、声を失った人魚になったみたいに言葉を発することは無くて。
「最近どーしてオレのこと避けんの?オレ何かした?こんなことされっと気持ちわりぃんだけど」
『………………。』
「おい!」
『………………ううん、何もされてない。』
「じゃあなんだよ!」
『う…噂が…。』
「うわさ?」
『ブンちゃんが…“チャラい”だとか、“遊んでる”だとか…“彼女居ても他の女子と平気で仲良くする”とか、そんなこと言ってる人が……何人か居て。』
問い詰めるオレに対して、ぽつり、ぽつりと言葉を選ぶ様に目線を下げたままのなまえが心苦しそうにこう言った。
なんだ、そんなことかよ。
「あぁ、別に気にしてねーよ。言いたいヤツには言わせとけ。」
『よくないよ!ブンちゃん、チャラくないし、遊んでもないじゃん!!』
そう返したオレの言葉に、さっきまでとはガラリと変わってなまえの声が大きく、表情も険しいものへと変わる。
「いいって別に。」
『よくない!!』
「オレが言いっていってんだから、いーんだよ。三日で振ったのは事実だしな。っつーか、何でなまえがそんなこと気にしてんだよ」
『私が嫌なの!!ブンちゃんのこと何も知らないのに、一部分だけ見て悪く言われるのは納得いかないよ。
まあ、確かにブンちゃんが悪いとは私も思うけど…
でも、今までの子とはたまたま合わなかっただけで、本当に好きな子だったら絶対大切にするはずだもん。』
変わらず険しい顔で、一生懸命にそう語る予想外のなまえの言葉に、言葉を失うのはオレの番で…。
「………………なんで、そんなことが言い切れんだよ」
『優しいからじゃん、ブンちゃんが!!
私やジャッカルには我儘だったり、横暴なとこもあるけど、困ってたら絶対助けてくれるし、落ち込んでたら元気になるまで励ましてくれたり、さりげなく気にかけて続けてくれるし、細かい事まで色々気遣い出来るし、誕生日だって今までお祝いされなかったことないし、いつも家族や、周りの人のことも大切にしてるじゃん…。』
悔しそうにそう呟くなまえは、何かを我慢するように唇を噛んでいて。
なまえのその姿に胸がギュッと締め付けられる。
そうだった、こういうヤツだった。昔からオレ以上にオレのこと買いかぶって、信じて、大切にしてくれるヤツで…。
こんな顔をさせてるのはオレなのに、本当最低なのに、オレのためにこんな顔して一生懸命になってくれんのが嬉しいなんて…。
『それに、やっぱり今までがおかしかったんだよ。
中学生にもなって“ブンちゃん”って呼んだり、幼なじみと言えど、性別違うのに“普通の距離感”じゃなかったんだよ…。』
何かを思い出すかのように顔を伏せて、ポツリとそうなまえが呟いた。
「……………誰かに言われたのか、それ。誰にどう思われたって、別にいいじゃねーか。オレがそいつに言ってやるよ」
『よくないよ、友だちにそう言われたの。確かに、ブン……丸井くん、もう彼女居るのに軽率だっかなって…。私たちはそんなつもり無くても、周りはそうは思ってくれないし…。
ね、こんなことしてたら、彼女さん不安にさせちゃうよ?』
あーあ、私もジャッカルみたいに男の子に生まれたかったなぁと、そう言って少し困ったように笑って、くるりとそっぽ向いたなまえの横顔や、ふわりと舞うサラサラの髪や、後ろで手を組むその仕草や握られた小さな手が可愛くて、またギュッと締めつけられたみたいに胸が痛い。
「それじゃあ、行くね。」
言いたいことは沢山あるのに、もっと姿を見ていたいのに、今すぐにでも引き留めたいのに…
こんな自分勝手で最低なオレのままじゃ、振り返りもせず静かに去っていくなまえに声をかけることが出来なくて。
オレの名前を呼ぶ、なまえの声が聞きたい。
なまえの、あのへらっと笑った顔が見たい。
オレの我儘に困るなまえの顔が見たい。
怒った顔でもいいから、話がしたい。
ドーナツの真ん中にある空洞が自分にも出来たんじゃねえかと思う位、その時のオレは空虚感と寂しさでいっぱいで。
情けねえコトにこの時初めてなまえへ抱いていた感情が、からかいがいのある幼なじみや、ガキの頃の初恋相手、なんてモンじゃなくて、今も好きで大切で、一番隣にいて欲しい女の子だったことに気が付いた。
それからのオレは、その時の彼女とすぐ別れて以降、誰とも付き合わず、ただなまえだけ見て、ずっと想っている。
あんなに信じてくれたのにまたすぐ別れたことを誠心誠意謝って、時間を見つけては色々理由をつけてなまえに会いに行って、時間をかけてゆっくりとオレとなまえの距離はまた今のような関係になっていった。
なまえは今、オレのことをまた“ブンちゃん”って呼んで笑ったり怒ったり、オレの我儘に困ったり、うちの弟たちと遊び全力で悪役をやってはしゃいだり、ジャッカルを振り回すオレを注意したり、三人でなんか食いに行ってオレの食べこぼしを文句言いつつも片付けてくれたり、“二人と居るのが楽しい”と、今の関係に満足しているようで。
こうしてなまえと10年以上続くこの関係を、今更変えたいなんて思ってるオレの方がきっと、どうかしてんだろうな…。
校舎に沿って植えられた木々が、黄色や茶色や赤色の秋色に色付いている。夏はいつの間にか終わって、日差しはすっかり和らいでいて。
まだまだあると思ってた合宿が始まるまでの日常も、あっという間に過ぎていて。明日からここを離れるなんて、まだまだ実感ねーな。
そんなことを思いながら、見慣れたこの校舎ともいよいよしばらくお別れか、なんて感傷に浸りつつ、なまえとジャッカルの元へと急いだ。
「わりぃ、待たせた」
「ブン太。大丈夫だぜって言てぇが…」
『………………。』
返事をしてくれたのはジャッカルだけ。そんなに待たせてねえはずなのに、なまえはオレと目も合わせず、机に肘を付き不機嫌そうに窓の方を向いて、何も話さない。なんか怒ってる?
「なに?怒ってんの?
そんなに待たせてねーと思うけど」
『違う、そっちじゃない。
……ねぇ、私のお弁当が大きいって、クラスの人に話したでしょ?さっき“丸井に聞いてたけど、みょうじちゃんの弁当ってマジでこんなにデカかったの?”って、いつもの人たちに笑って聞かれたんだけど』
ギロリと睨みを効かせ、息継ぎもせずになまえがそう言い切った。
あ、やっべ、弁当のことか。
そういやちょっと前に、うちのクラスの前を通ったなまえが何かを探す様に立ち止まって、オレと目が合うと、授業で使うであろう資料や教材みたいなのを両手抱えて沢山持ってんのに、えっへんとでも言いたげなムカつく澄まし顔したかと思えば、オレ向かってヒラヒラと無理して控えめに手を振った後、満足げに笑ったことがあって。
その前日に、はちみつの蓋が開けられないと連絡し、家まで瓶ごと持って来たなまえに対してオレが「ほらよ、お前力なさすぎだろい。」っと言って開けてやったのを、多分根に持っての行動なんだろうが…。
(ちなみにその後、俺と違って料理のセンスが天才的にねえなまえに対して、うちの母ちゃんが「何か作るの?」と聞いて、「ま、パンに蜂蜜塗るくらいなら、なまえにも出来るもんな?」って言ったら、ムキになって怒って可愛いかった)
すぐ手伝いに行こうとしたら、もううちのクラスの鮫島が声を掛けてて、首を振って断ったらしいなまえは、頭を下げてその場を去って行った。
戻ってきた鮫島が「なぁ〜!丸井の幼なじみちゃん、“A組までだし、私力あるから、一人で大丈夫だよ〜!”だって。絶対そんな事ないよなぁ。可愛すぎ。手伝わなくてよかったの?」とニヤニヤしながらそんな事を言い出して。
「いや、あいつマジで割と力あるからな。叩かれっと普通に痛えし。」なんて次の授業の教科書を出しつつ平然を装って、昨日と真逆のこと言ってる自分に笑う。
そんなオレに他のヤツも便乗して「丸井の幼なじみちゃん、いつもニコニコしてるし、いいよなぁ〜。笑った顔も可愛いし、な?」なんて言って肩を叩いてニヤニヤしやがる。
「ニコニコじゃなくて、ヒッヒッヒだろ。一回ツボると引き笑い止まんなくて、マジで近所のおばちゃんだかんな。」
本当はそこも可愛いと思ってんのに、なまえを下げる言葉は止まらなくて。ちょっと話を盛ったことも一緒に、心の中で謝った。
「はいはい、自分だけが知ってる意外な一面のアピールですか?」
「ちげーし、ざけんな。」
「でもホント癒し系だよな〜。あの仕草もたまらん!」
「それな!見てて和むわ〜」
と、次々にそう言うから「それ、癒し系じゃなくて“いやしい系”の間違い。アイツの弁当すげーんだぜ?」って言ったら、“いや、それ丸井だろ”って速攻返されて終わって。
アイツら…。マジで余計なことしやがって。つか何で揃いも揃ってI組に?
なまえのことになると、やたら絡んでくるクラスの奴らの冷やかしがウザい。ここ最近はこんな感じで前にもましてそれがエスカレートしてやがる。
ま、オレも他のヤツに楽しんで同じようなことしてっから、おあいこなんだけど。
「あ〜…
わりぃ、なんか話の流れでさ…。」
どう頑張ってもそう答えることしか出来ない俺に、なまえの勢いは止まらない。
『大阪のおばちゃんみたいな笑い方だし、肩叩かれると骨折しそうなくらい痛いんだっけ?』
「いや、そこまで言ってねえし!
アイツら絶対話盛ってんだろ!!」
おいおい、なに余計なことしてくれてんだよ!応援する気ねーなら余計なこともすんなよな!!
『でもそれっぽいこと言ったのは事実なんでしょ?そもそもお弁当だって、ブンちゃんが取っていくから、大きめにしてもらってるのに…。
どうしたらそんな話になるの?おかしいでしょ。私は“あなた”のためのネタ提供員じゃないんだけど。』
からかって楽しむアイツらの顔を思い浮かべながらヒートアップしたオレと対象的に、静かなトーンでなまえはそう続ける。
“あなた”ってこれはマジで怒ってんな…
「ほんっっと、オレが悪かった。
なまえ、ごめんな?」
くっそ、後から文句アイツらに言って、帰ってきたらぜってー倍返ししてやるからな!みてろよと、心の中で誓って、手を合わせて誠心誠意謝ってみたが、なまえは目も合わせず、連絡が来たことを伝えて震えるスマホを取って画面を眺めはじめた。
そんなオレたちに、ジャッカルは目だけ動かし双方の様子を伺っていて、「おい、ジャッカル!お前も何か援護射撃しろよ!」と目で合図を送るが気付かない。
『もういい、ちゃんと訂正出来たし。
お弁当も食べてもらえて助かったし。
それに次、何かブンちゃんが変なこと言ってたら、鮫島くんにすぐ教えてもらう事にしたから。』
相変わらず画面を眺めて返事でもしてんのかこちらを見ずに、なまえはぶっきら棒にそう答える。
「はあ???
何でアイツらに食わせてんの?マジ意味わかんねー。」
散々からかって告げ口までしておいて、オレが楽しみにしてた弁当まで食ったのかよ!!
『だって“全部私の”お弁当だから。
誰にあげようが私の勝手でしょ。』
「だからってそりゃねーだろ。
はぁ…最後に食べるなまえの母ちゃんの弁当、マジで楽しみに午後がんばってきたのによぉ…。うまかったんだろうなぁ……」
『う………………………………ごめん。』
ガックリと項垂れてこう呟くと、少し間を置いて、目線を逸らしていたなまえが不満げにオレの方を見てポツリと呟いた。
いつも見せるこのちょっと不貞腐れた“ごめん”がたまらなく可愛いくて。思わずニヤけそうになる顔をグッと抑える。
普段から人にあまり強く出れないなまえは、こんな風に落ち込んで見せれば、“ごめん”と彼女から謝ってくれるか、“もういいよ”と許してくれていて。
そもそも家族かオレ以外の相手にここまで怒るところを見たことがない程、普段はこういう場面でも笑っていて、“水に流す”の表現がぴったりなくらい細かい事は気にせず後に引きずらない。こういうとこ、ジャッカルと似てんだよなー。
(多分この“細かい事を気にしない”が故に、料理のセンスがねーんだとオレは踏んでいる)
「いや、オレも悪かった。アイツらが色々言ってくっから、つい…言い過ぎちまった。」
そう言ったオレの言葉に満足したのか、なまえは“もういいよ。じゃあそろそろ行く?”ともう笑っている彼女がおかしくて、「ああ、そうだな」と震える声とニヤける口元を拳で必死に隠して殺す。
今日もジャッカルは“やっと終わった”と言わんばかりに心底ダルそうに、机に置いたラケットバックとバックを肩にかけ、餞別の品でも渡されたのか、小さな花束に菓子やら色紙やら色んなものが入った紙袋を持ちはじめた。
荷物も少なく、この場に居る誰よりも早く準備を終えていたなまえは、もう教室のドアの所に立って居て。
『じゃあ下駄箱まで競争しよ!
最後の人、コンビニで肉まん奢ってね!』
そう言って笑顔で、バタンと教室の扉を閉めたかと思うと先に走り出していて。
「あ、ずりぃ!」
「おいっ!つったく、まだやるなんて言ってねえのによ。」
オレの後にそう続けたジャッカルが、サッとなまえの後を追いかけ始める。昔からこんな感じで、オレかなまえが何の前触れも無く掛けや勝負を始めるのがガキの頃からの定番で。
ジャッカルはいつもオレたちに振り回されてばっかで、なまえは結果なんて見えてる勝負を懲りずに吹っかけてきて。本当、こんな時まで何も変わんねーな。
ジャッカルに預けていた、バックとラケットバックを肩にかけ、ジャッカルと同じく色んなヤツにもらった餞別の品がパンパンに入った紙袋を持ち、最後くらい手加減してやってもいいかな、なんて考えながらオレも二人の後を走って追いかけた。