U-17合宿出発前日の丸井くんと幼なじみの女の子のお話 作:一花*
『はぁっ……はぁ……。
さ、さすが“4つの肺を持つ男”ジャッカル…。息ひとつ切れてないし、速すぎでしょ…。荷物…沢山持ってたし、今日こそは、勝てるかもって、思ってたんだけどな…。』
扉を閉めるという僅かな抵抗と、沢山の餞別の品を戴いた彼らの荷物の多さに望みにかけて走ってきたが、結果はやっぱりいつもの通り、私の惨敗だ。
随分とハイペースになってしまった呼吸を整えようとするが、なかなか思うように行かない。
ちょっとズルしちゃったけど、ブンちゃんには勝てそうだったのに。
『“4つの胃袋を持つ男”のブンちゃんもさすが…。食べ物賭けると強すぎ…』
「ああ?」
「あはははは!なまえ、上手いこと言うじゃねーか。」
『でしょ?』
「おい、誰が牛だって?」
『牛とは言ってないよ』
「間接的に言ってんだよ、この口がな」
不機嫌そうなブンちゃんがそう言って頬を思いっきり摘まれた。摘むのがちょっとだし、爪が食い込んで痛いし、思いっきり抓ってくる。
いたたたごめん、と言って解放されたけど、女の子相手にちょっとひどくない?
『もう、ちょっと力加減!すぐ人のほっぺた抓るのやめて!ブンちゃんの摘み方結構痛いし、それ相手次第ではセクハラだからね?』
「お前の口がいつもわりぃからだろい。セクハラっっても、別になまえ以外のヤツにはやんねーから、問題ねーな。」
抓られて赤くなっているであろう箇所を摩りながらそう言った私に、ブンちゃんが悪びれもせずそう答える。
『わ………!私はいいっていうの?』
「別に今更だろい。」
ブンちゃんからの意外な発言に一瞬ドキッとしたけど、あ…でもそれって女の子扱いされてないってこと?喜んでいいのかな…?
「おい!お前らか!!廊下をバタバタと走り回っておるのは!!」
そんなことを考えていると、一階の廊下中に響き渡るんじゃないかと言うほど大きな怒鳴り声に、今度は身体全身がビクッとしたのと同時に、ヒヤリと背筋が凍る。
知らない人は居ないほど有名な彼のその声に、その場にいた全員がそうなったに違いない。
そこに立っていたのは、室内なのに黒い帽子を被り、怪訝そうな顔で腰に手を当て仁王立ちしてる………男子テニス部副部長の真田くんだ。
「ゲッ…マジで真田来ちまったじゃねーか。」
「おい、どうすんだよ…」
ブンちゃんが最初にそう言ったのは、ここに来るまでの途中で私が“あ、向こうから真田くん来てるよ!”と嘘を付いて、なんとか足止めしようとしたのを受けての発言で。
どうしよう、これ私がフラグ立てて呼んじゃったようなものかな…。
「一番に走ってきたのはお前だったな、ジャッカル。どういう訳か説明してもらおう。」
事の始終をバッチリ見ていたらしい真田くんの尋問に、いつも巻き込まれて慣れっこであろうジャッカルは、今日もドラえもんと同じくらい青ざめている。
「さ、真田すまねぇ。これには訳があって…」
『あの、真田くん…。違うの、ジャッカルは悪く無くて、私が全部言い出したことで…。2人は私の賭けに…いっ!?』
「ほう…。」
私が始めたことでジャッカルが怒られるのは理不尽だから、と素直に謝罪を始めるが、突然ブンちゃんに手首をガシッと掴まれ驚き、続いたのは懺悔の言葉ではなく変な声で。
「おい、行くぞ。」
『え…??』
「わりぃ、ジャッカル。先に行ってるぞ。」
「おいっ!!!待たんか、丸井!!名字!!」
今にも追いかけて来そうな程迫力のある真田くんの怒鳴り声を受け、逃げ足の早いブンちゃんに引きずられるようにその場を後にするが、ジャッカルが残っているからなのか、彼は追いかけて来ない。
先を走るブンちゃんから僅かに聞こえる走り慣れた息遣いや、綺麗な赤髪を揺らしながらどこに行こうかと探す真剣な横顔、さっきから力強く引っ張る逞しい腕に、風に乗って漂ってくる彼がお気に入りでよく付けている甘くて爽やかな香り…。
それらの全てが、忙しい呼吸とは裏腹に胸をキュッと締め付けるようで。
教室からここまでずっと走りっぱなしで、ブンちゃんに手を引かれ走っていたという事実に余計息が上がるけど、彼は顔色一つ変えず呼吸一つ乱れず全然平気そうで…悔しい。
校門の近くまで走ってきて、真田くんが追ってきて無いのを確認すると、ブンちゃんの足が止まり、繋がれた手がそっと離れた。
『はぁっ……。はぁ……。
ねぇ……。逃げてきちゃって大丈夫かな。ジャッカルが可哀想じゃない?戻った方が…』
「ばかっ!お前本ッッ当、学ばねーよな。素直に説明しても余計面倒になるだけだし、あぁいうときは適当に誤魔化しゃいーんだよ!
いつものことだし、ジャッカルならなんとかすんだろい。」
『あ…!そういえば、前にもそんなことが…』
「あった、あった。あん時もなまえのせいで真田から無駄に説教食らって、オレらだけ部活後に校庭走らされたんだったな〜。
あのまま残ってたら、今日もぜってーそのコースだったろい。」
そうだった。
確かあの時は鞄に付けてる、うさいぬのストラップについて真田くんに話しかけられた時に、テスト期間中に3人でゲームセンターに行った時の話を何も考えずにしちゃって、その日2人は引退後も参加してた部活の後に、散々校庭を走らされて可哀想なくらいヘトヘトで…。
(もちろん私もボランティア活動という名の“幸村くん花壇の草むしり”をさせていただいたのだけれど…)
『あの時は本当に…今日も含めて、ご…ごめんなさい…。』
「ぷっ、過ぎた事だし、今日被害に合ってんのはジャッカルだけだから気にすんなって!でも、もう真田の前で余計なこと言うなよ?」
『そこはジャッカルのことも気にしようよ…』
「あいつはこういうの、オレや赤也で慣れてるから大丈夫だろい。」
あの時の2人の疲れようを思い出し、申し訳なさから深々と謝ると、ブンちゃんは“ぷっ”と吹き出して笑った後コツンと私のおでこを小突いて、生贄ジャッカルの心配もせずへへへっと楽しそうに笑っていて。
やっぱりいいなぁ、ブンちゃんの笑顔。
ベタな例えだけど、本当にブンちゃんの笑顔は太陽みたいにキラキラと眩しくて、見ているこちらまでいつも元気にしてくれて。
責め心をまるで感じない、ニコッと笑う子どものようなあどけない笑顔に、胸の奥がキュンとする。
落ち込んでいる時も、ブンちゃんが笑っていれば釣られて自然と笑顔になるし、怒っている時もブンちゃんの笑顔を見ればだんだんどうでも良くなってきて、ついつい許しちゃう。
それを本人もわかってやってるんだから本当にずるい。でも好きだなぁ。
もうジャッカルが可哀想だよ、と言いつつ釣られて私も微笑み返すと、何を思ったのか、ふっと笑ってブンちゃんが近づいて来て、元々近かった私との距離が縮まり、更に顔を覗き込んでくる。
「…なぁ、この後どうする?」
私から太陽を遮るように立ちブンちゃんは逆光になった形で、さっきとは違う、何かを含んだ柔らかな笑みを浮かべていて私を見ていて。急に少年が大人になったかのような優しい笑顔に、胸がドキッと高鳴り、そこから鼓動がドクドクといつもよりハイペースになるのが嫌でもわかる。
ちょっと待って、それってどういう意味…?
2人で先に行くってこと…??いやいやいや、何考えるの私。それこそジャッカルに申し訳ないよ。今日のブンちゃんなんか近いし、ちょっといつもと雰囲気が違う気がする…。
おい聞いてんのか、といたずらっぽく笑った彼に返事を催促されてハッとする。先ほどの言葉の意味を考えながら一人ドキドキして、さっきからもうずっと喉の奥がカラカラだ。
『あ…!私、まだちょっと用事があって…。ジャ、ジャッカルはまだ長引く…のかな?』
「用事?…予定ねぇって言ってなかった?なんかあんの?」
彼はキョトンと不思議そうな顔をして首を傾げ、アイツはしばらく戻って来ねえと思った方がいいかもな、とさらっと凄いことを付け加えた。
はっ…私のバカ!忘れ物したとか、もっと色々あったのに!!ブンちゃんは変に感が良いから、いつもこういうのすぐバレちゃうんだけど…
どうか今日は最後まで隠し通せますように。
『えっと…別に大した用事じゃないんだけど、さっきラインがきて…。あ、ごめん!すぐ終わるからちょっと待ってて!』
待ち合わせ場所から少し離れた場所に居た私を探していたのか、キョロキョロと顔を動かす、ブンちゃんのクラスメイトの鮫島くんが居て。目が合うと安心した様子で手を振ってくれた。
目的の主の元へ向かう途中、真田くんの御説教が終わったのか、疲れた果てた様子のジャッカルがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
ジャッカルが無事だったことにホッとしつつ、少し残念に思ったことに気付いて、急いでそんな考えを振り払った。
『あ、ジャッカル!大丈夫だった!?もういいの?』
「なまえ…。お前のせい真田に誤魔化すの大変だったんだからな?途中で柳と幸村が来てくれなかったらどうなってたか…」
『で、ですよね…。本当にごめんなさい…。よかった、ジャッカルが無事で…。後からちゃんと謝らせてね』
「戻ってくんの早くね?どうやって逃げてきたんだよ」
「柳と幸村が来て…」
後ろの方でジャッカルとブンちゃんの会話が始まったので、今の内に済ませてしまおうと鮫島くんの元へと急いだ。
『ここまで来させちゃってごめんね。ちょっと色々あって…』
「みょうじ来ないし、見つけたと思ったら丸井と居るからびっくりしたよ。…2人で何してたの?」
『え!?……いや、何も…』
「ふ〜ん。……手繋いで走ってたのに?」
最近仲良くなった鮫島くんは、いつもこうで。口を開けば大体ブンちゃんとの関係をからかって、楽しまれている。
『み、見てたの!?!?違うよ、ちょっと真田くんから逃げて来ただけで…!それに繋いでないよ、握られてただけだから!』
「ぷっ、同じだろ。丸井積極的じゃん。真田から逃げて来たって、今度は何したの?あ、俺らが弁当食べたこと怒ってた?」
『うん。ちょっとね、でも大丈夫!さっきは本当にありがとう。
肉まん賭けて廊下を走ってたのを真田くんに見つかって、逃げて来たの。』
「丸井が怒ってんの、見たかったな〜!
なんだ、てっきり2人でイチャイチャしてんのを見つかって“たるんどる!”って怒られでもしたのかと…」
この鮫島くんの言葉から察するに、きっとクラスでもブンちゃんやみんなを色々からかってるんだろうな。話しやすいし、明るくて爽やかで、ここぞとばかりにばっちりフリ付きで真田くんの物真似を取り入れてくる鮫島くんも、きっとモテるに違いない。
『そんなことする訳ないじゃん!さっきまでジャッカルも居たし!』
「手繋いで走ったり、さっきだって見つめ合ってたじゃん。何で今桑原は居ないの?」
『そ、それはさ……ほら、私たち幼なじみだから…。ジャッカルは…』
「あははは!みょうじ、さっきから必死すぎ。」
クスクスと楽しそうに笑う鮫島くんから“あ、はいこれ”と目的の品を受け取り、中身を確認すると、渡した時のことを考えて自然と顔が綻ぶ。
ブンちゃん、喜ぶだろうなぁ…。受け取ったそれを、サッと見つからない内に鞄へと隠した。
「そういえば丸井、告白されたの断ったらしいよ」
『え、本当に!?』
「ぷっ、みょうじ、喜んでるの顔に出過ぎだから。
相手の子から聞いたから本当だよ。…みょうじも頑張ってね。あと頼んでばっかで悪いけど、それよろしく。」
そんなに顔に出てたのかと思わず顔を押さえた私を笑いつつ、鮫島くんはそう言い終えた後に、トントンっと軽快に私の肩を叩いた。
ここまで来て否定するのはなんだか違う気がして…。きっと赤くなっているであろう顔を隠して、鮫島くんからの激励に小さく頷いて返した。
今までずっと“幼なじみだから”で通してきたこの関係を、“好きな人”だと間接的にでも認めただけなのに、なんだか心が軽い。
「あ、みょうじ!今日の夜、ライン来るの楽しみにしててもいいー?」
気恥ずかしさも混じって、足取り軽く待たせてる2人の元へ急ぐと、鮫島くんからそう声を掛けられ、振り返って“任せてね”の意味を込めてグッジョブして、笑顔で返した。
「丸井も桑原も合宿頑張れよー!俺も丸井に負けない様に頑張るからさー!」
「……あ、ありがとな」
「…おー、そりゃどーも。」
不自然な間の後そう返した2人に、鮫島くんは可笑しそうにぶはっと笑って吹き出した。
なに今の間…。まさかコレのこと、バレてる??慌てて鞄の中を確認するけど、どっちも絶対見えてないし、大丈夫だよね。
“ブンちゃん、なんか今無愛想じゃなかった?“ と、少し彼が不機嫌そうに見えたのでそう聞いてみたが、彼は私の質問に答えることなく質問に質問を返してきた。
「なに?お前らってそういう関係だったの?」
『え…?』
私たちの計画がバレてないか、そればっかりが気になりドキドキして戻ってきたが、彼の想定外の質問に一瞬固まってしまう…。
待って、それって…。
「なんで言わねーんだよ、付き合ってるんならそう言えよなー。」
『つ、付き合ってないよ!!!何か勘違いしてるでしょ。全然そんなんじゃないからね?』
やっぱり勘違いされてた!
慌てて両手も使って全力で否定するが、ブンちゃんは変わらず不機嫌そうなまま、私の話をまるで聞いていなくて…。
「さっきオレが謝ってる時にラインしてたのって、鮫島なんだろ?いつライン聞いたんだよ。っつーかなんで聞く必要があんの?」
『せ、先月話してた時に流れで教えてもらって…。ブンちゃんの友達だし、まぁ…色々…』
「へぇ〜、よかったじゃん。かっこいいもんな〜、鮫島。」
『違います!!あ、鮫島くんはカッコいいけど……いや、そうじゃなくて。本当にそんなんじゃないってば!鮫島くんにも聞いてみてよ!』
「随分と仲良さそうに見えたけど、あれで付き合ってなかったらお前らの関係って、一体何なワケ?」
『鮫島くんとはちょっと、共通の楽しみにしてることがあって…。私なんかとそんな話されたら可哀想だから、もうやめて!』
「お前ら会話とか全然してなかったのに、何の話したらそんな盛り上がんだよ……」
『それは………ちょっとしたことで、大したことじゃ…』
ダメだ。あなたに渡すモノの話をしてたんです、なんて言えないし、とっさに誤魔化す事が出来るほど器用じゃない…。
どうしても歯切れが悪くなる私の言葉で、否定すればする程、状況が悪くなってるのは誰の目にも明らかで…。
「ふ〜ん。ま、オレには関係ねーけどな。」
さらっとそう呟いたブンちゃんの言葉がグサッと胸に突き刺さる。
“もしかしてヤキモチ妬かれてたりする?”なんて淡い期待をしてたのが馬鹿みたい…。妄想から現実に引き戻すその言葉の威力が大きすぎて、思わず足まで止まる。
『………………。』
我慢をしていないと、感情と一緒に今にも何かがこぼれそうで。口をキュッと固く結んで、必死に堪えながらブンちゃんを見ると、足は止めてくれたが、こちらを振り返ることは無く、長い沈黙が続いている。
本当に興味が無いのか、こんな言葉もさらっと流さない私を面倒に思ってるのか……。もしくはその両方か。
『もう、いい…。信じてくれないんなら、勝手にそう思ってれば…』
悪態を付いて、溢れていないだけで目にいっぱい溜まったソレを俯いて隠して、そう小さく返す事が精一杯で。
この空気の悪さにうんざりしたかのように、今日も散々私たちに振り回されでばかりのジャッカルから大きなため息が漏れてきた。
「今のやり取り聞いてたら、お前らの関係こそ一体なんなんだよって感じだけどな。」
「……ただの幼なじみだろい」
『……ただの幼なじみでしょ』
「『…………………………。』」
「おい、真似すんな」
『してないもん、事実でしょ』
綺麗にハモってしまって、ブンちゃんとバチっと目が合えば出てくるのはまた憎まれ口で。
自分が言うのは平気なのに相手から同じこと言われたら、傷付くとか、本当勝手で笑う…。いや、笑えないや。笑いたい…。
再びつかれたジャッカルのため息に、私もため息が漏れそうになる。
「鮫島のことは好きとか、そういうんじゃねーんだろ?」
『うん…違う。ブンちゃんの友だち。本当にそれ以上でもそれ以下でもない。そんなに心配しなくても、別にブンちゃんの友だち取ったりしないけど…』
知らない所で仲間外れにされてるみたいで嫌だった?それとも謝ってるときにライン返したこと怒ってた?
彼の気持ちがわからないままジャッカルからの助け舟に乗り、チラリとブンちゃんを見ると、相変わらず目は合わない代わりに、さも“うんざりしてます”と言いたげなため息を返された。
「………はぁ…。そーかよ。
んじゃ、とっとと行こうぜ。走って無駄なカロリー消費したから腹減ったわ。」
『…よかったんじゃない?“ブーちゃん”にならなくて』
「おい、もうお前らその辺にしとけよっ!
っつたく、何で俺が最後まで喧嘩の仲裁しなきゃなんねぇんだよ。」
『ブンちゃんが子どもだから』
「いや、それお・ま・え・な?」
「おいっ!!」
やっぱりジャッカルが居てくれてよかった、と勝手なことを思って彼に感謝しつつ、ズキズキ痛む胸の傷を感じながら、私たちはいつものようにいつもの距離で、歩き慣れた通学路を歩き始めた。
『ねぇ、ら〜桑行くんじゃなかったの?』
電車に揺られて地元に帰ってきた私たちは、約束の場所ではなく、ブンちゃんの希望からよく小学校の帰り道に3人で来てきた駄菓子屋に来ていた。こうして昔から、いつもいつも私たちは寄り道ばかりで、目的地には一向に辿りづかない。
私も2人に続いて入ると、所狭しと並んだ顔ぶれの変わらない沢山の駄菓子たちが私を出迎えてくれた。ここで過ごした沢山の思い出たちが一瞬にして甦る。
「あぁ、ここが終わったらな。合宿に持ってく駄菓子はここで買っとかなきゃ、話になんねーだろい。…ということでジャッカル、お会計はお前に全て任せた!餞別にいいだろい?」
「おい、俺かよっ!餞別も何もねえだろ、俺も明日から一緒に行くんだからよ。」
「こうやってこの駄菓子屋で買い物すんのもしばらくねえんだし。んな、硬いこと言うなって」
「ぜってー帰ってきたら “久しぶりに帰ってきたんだし” って、また同じ様に奢らせるつもりだろ。」
『ブンちゃーん?毎回毎回ジャッカルが可哀想だよ…。もう、今日くらいタカるのやめたら?』
少し離れた場所から2人のいつものやりとりが聞こえて来て、“今日こそは!”とブンちゃんに釘を刺す。沢山の駄菓子を前に、先程まであんなに怒っていた彼の機嫌はすっかり直っていて。
2人の楽しそうな声が今日も店内に響いていて、少し心がザワザワする。やっぱり気にしてるの、私だけかー…。
「ははっ、でもなんかいつも通りすぎて逆に安心するな。いいよ、なまえ。もう諦めた。」
「やりぃ!さすがジャッカル!わかってんなー!よし、今ここで買いだめしとかねーと、次いつ買えっかわかんねーからな!」
『…それどうやって合宿まで持って行くの?そんなに沢山荷物に入る?』
駄菓子屋には似つかわしくない、スーパーに置いてある買い物カゴを駄菓子でパンパンにしながら、まだ選び続けていて…。
このスーパーの買い物カゴは、ブンちゃんが来た時だけおばちゃんが店の奥から出してきてくれる、ブンちゃん専用のもので。
部活を始めた頃から前にも増して大量に買い込んで行くようになったらしく、準備されたものらしい。
(さすがのジャッカルも引き気味にやべぇだろ、って前に話してくれたなぁ。)
「おっと、そうだな……。ジャッカル、荷物に少し余裕ねえ?」
「少しはあっても、んな量の駄菓子が入る程の余裕はねぇよ」
「マジかよ…。お前だけか頼りなのに…。何か減らせるモンとかねーの?まさかシャンプーとか入れてねぇよな?」
「おいっ、なんで俺が荷物減らさなきゃなんねぇんだよ!スキンヘッドでもオレがいつもシャンプーすんの知ってんだろ、喧嘩売ってんのか!」
「へへへっ、んな怒んなって!!ジャッカルが半分入れてくれりゃ、なんとかなるだろい。心配しなくても、シャンプーはオレの貸してやるからさ〜。」
「ブン太…お前それマジで言ってんのかよ…。そもそも向こうにあるの使う予定だったし、シャンプーなんて準備してねえよ。」
え、冗談じゃなかったの…?ブンちゃんの食べ物に対する執念、ここまで来ると怖すぎ。ジャッカルのツッコミは勢い良くて的確だし、もう、おっかしいなぁ、さっきから2人の会話が面白すぎる。
ずっと聞いていたくて、私も駄菓子を選ぶフリをしながら、そっと2人の会話が耳に届くのを楽しんでいた。
沢山あるチョコレートを使ったもの、飴・ガム・ラムネの可愛い小物系に、サクッと軽いスナック系、おつまみにもなる珍味系、カラフルに並んだゼリー、キンキンに冷やされたジュースに、小腹を満たすのにちょうど良いミニラーメン……
駄菓子屋さんって本当沢山商品あるなぁ。どうやってこんなに沢山の商品管理してるんだろ。
あ…!嘘、なんで!?
店の角のおもちゃコーナーで、昔欲しかったものによく似た懐かしいものを見つけて、屈んでソレを手に取った。
懐かしいなぁ。
昔幼稚園のお友だちとその家族が数家族揃い動物園に行った時、お土産コーナーで必死に選んでたおもちゃの指輪だ。
おもちゃと言っても後ろでサイズ調整も出来る一応金属製のもので、400円くらいする、子どもにとってはお高い、宝物になる特別なもので。
お小遣いを握り締め、悩んだ末に一番可愛いなって気に入って選んだ、この赤いりんごが付いたものは、ブンちゃんが“お母さんにあげる”とか言って取り合いになったけど、まだ今みたいに強く出れないから結局ブンちゃんに持っていかれて。
後から貰ったブンちゃんママ、嬉しそうだったなぁ。
お気に入りのソレが無くなった途端にどうでもよくなっちゃって、自分の分は買わなかったんだよね。
本当にずっと片思いで、もうこの執念すら感じるこの想いに、私の方が押しつぶされそうだ。
「なまえー?なんか買うのか?こっちは終わったぜ。」
『あ、はーい!今行く!』
懐かしいこの指輪と一緒に置いていけたら、どんなに楽なんだろう。キラキラと光るソレをそっと戻して、2人の元に戻った。
長く続いた攻防と説得の末、他にもまだお菓子を買い込んでいたことが発覚し、この場で購入される駄菓子は半分にまで抑えられたようだった。
もう本当に、ブンちゃんはブンちゃんだなぁ…。