それは夢という羊水の中にいるようだった。
現実とは時に常識などというものすら置き去りにして人を壊す。
多元世界。
それを現実として受け入れる事のできる人間は心の強い人間か狂人か、
あるいは無意識に現実逃避をして心が壊れないようにした人間か。
現実と常識はイコールでは繋がらない。
常識とは時代や国によって変わる、乱暴な言い方をすれば流行りと大差ない。
だが現実とは目の前にまで来る無遠慮なものだ。
まあ、無機物ですらない概念に遠慮を求めるのはナンセンスかもしれないけど。
だから俺は、私は、僕は、妾は、拙者は、あたしは現実の中で夢を見る。
現実を夢で洗い流す。
父は私に無関心だった。
言葉の上での親と子の理屈のみで欲しかった言葉、愛情が無かった。
薄っぺらいものに感じた。
母からは愛情は感じた。
それでも仕事の忙しさや祖父母と父との間の関係の折衝であまり親子の時間はなかった。
…寂しかったんだと思う。
子供というものは大人のように割り切った生き方は出来ない。
何故なら生き方というもの自体を手探りで模索している時期が子供だからだ。
夢を見よう。
夢を見よう。
夢を見よう。
ああ、星が見たい。
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世にいうフランス万博があった時期日本はまだ明治時代だった。
そんな時代に古代人の遺産を使った2つの勢力が現代の兵器を上回る兵器で戦っていたことはあまり知られていない。
普通の人ならなんだそれはと鼻で笑うだろう。
だが物証として宇宙戦艦がサルベージされれば少しは現実味を帯びてくる。
飛行機も開発されず蒸気船への切り替えもまだの時期にオーパーツも良いところだ。
だがこの時期の伝承で世界の国々全てに立体映像を持って宣戦布告した勢力もあるという、この発見がなければ時代が合わないため常識的な判断なら集団幻覚が正しいかもしれない。
しかしだ全世界で同時に集団幻覚などそれは世界そのものを幻と言っているのと同義ぐらいの暴論ではなかろうか?
世界各国はその後の産業革命、2度の世界大戦を経てネオアトランティスという勢力の恐ろしさどころか名前すら忘れていた。
彼女はまるで解っていたかのように彼らの痕跡や彼らの使ったのと同系統の技術を発掘した。
彼女はいう、歴史とは誰かの都合や世情が大なり小なり入ってる。
本当に正しいものを見たいなら相応の覚悟は必要だと。
あと、これから向かう家の令嬢はかの技術王の末裔であると同時に母系はある王家の末裔でもあるらしい。
そう言って彼女はラルティーグ家の末裔との会食へと向かった。
ラルティーグ嬢は例の船を沈めろと開口一番に言ったという。
こっそり修正。
2回目の修正…
フランスの万博は日本では江戸時代の頃もあるけどよく調べたら、
不思議の海のナディア本編の万博はそれより後の頃のでした…
まあ、それにしたってナディア劇中のアメリカ艦隊は古代人の遺産とか関係ないはずなのにおかしくない?
時代間違えてません?