現代に生きる結界師は頼られがち 作:固形炭酸
その昔、小さな土地を治める、小さなお殿様がいました。
でも、お殿様は本人も知らない、大きな力を持っていました。
その力は
困り果てた城の人々は妖怪退治の専門家を呼び、お殿様と城を守るように頼みました。
そして、何年も何年も、四百年も経った頃、その小さなお殿様を巡る物語を終局へと導いた結界師がおりました。
開祖の弟子である二人の子孫であった結界師は、その力で異界に新たなお城を作り、その城に満足したお殿様は実の父親と、その身が果てるまで幸せに暮らし、この世から妖はいなくなりました。
というのが、代々我が家に伝わる御伽噺。
なぜ御伽噺かというと、それには理由がある。
異能と呼ばれた力も、今では個性と呼ばれているし、そもそもこの物語は俺の家以外で聞いたことがない。
つまり、フィクションだとしか思えないが、やたらと熱く語るジジイのおかげで俺は物語をかなり読みこんでいた。
とはいえ、この力は気に入ってるし、結界師としての書物も、一族の中で唯一この御伽噺にハマったジジイが集めまくっているので、実は結構重宝していた。
ただ、それもほんの6歳までの話。
*
間唯守11歳、小学5年生。
幼い顔つきながら、目尻の上がった、ぱっちりとした大きな目をもつ猫っ毛の彼は、今日も強制的に修行に明け暮れていた。
「唯守!もっと集中せんか!お前は何十代と現れなかった正当継承者なのだぞ!」
そう言ったのはたった今俺を竹刀で殴り飛ばしたジジイ。
俺の右の鎖骨の下辺りにある四角形の痣をみて、『
なんでも、その御伽噺に出てくるお殿様を救い、悪さをする妖をこの世から消して世界を平和にしたのが、その正当継承者であるひいひいひい……ひい爺ちゃんと婆ちゃんだそう。
超常が生まれたよりも前の話だし何の信憑性もないが、5歳にも差し掛かる前だったかに浮かび上がる痣を見たジジイは俺も世界を救うのだと喚き出したのだ。
ただ、当時5歳の俺からすれば大の大人が真顔で「お前は世界を救う救世主になる」と言われて悪い気がするはずもなく、誰もが憧れる職業に、俺も例に漏れることなく憧れた。
『ヒーロー』になりたいと、『ヒーロー』になれるのだと思い込んでいた。
だが、その気持ちも成長と共に薄れている。
オールマイトがいれば世界は平和で大きな事件もない。
結界術は万能だと思うけど、あんな派手なパワーに憧れない男の子はいない。
「あぁ。ちょっと考え事してた」
そう言って立ち上がった俺の視界に入るジジイは、わなわなと震えている。
そこでしまったと思ったが、もう遅かった。
「また…どうせあのいつもギャンギャンと喧しい耳郎の娘のことだろう!!」
「響香のことじゃねーよ。あと、フォークしか聞かないジジイにはわかんねーかも知んねーけどあれはラウドとかパンク、つまりロックなの。喧しくねーって」
「黙らっしゃい!!」
目をひん剥いて騒ぐジジイの竹刀で頭を殴られたところで、今日の朝の鍛錬は終わった。
「まーた朝からやってたね。いつも喧しくてごめん」
学校に向かう最中、クスクスと笑う前髪パッツンの猫目の少女、耳郎響香と玄関を出たところでバッタリと出会った。
バッタリと言ってもお隣さんという事もあり、ジジイの鍛錬に熱が篭りすぎた時以外は大抵同じ時間に家を出るので、二人で学校に行くことが多かった。
「絶対ジジイの方がうるせーよ。謝るのはこっちだ」
「あはは。別にいーよ。ウチももう慣れたし、茂守さん嫌いじゃないし」
そう言った響香は物心つく前からの付き合いで、いわゆる幼なじみというやつだ。
お隣さんちの耳郎響香は地元でも有名な程に成績優秀で文武両道。
更に容姿端麗才色兼備であり、魅力しかない彼女は学校中の憧れの存在。
そして、そんな彼女もまた例に漏れずヒーローを目指していた。
と、学校の連中は思っているだろうけど、俺は音楽好きな両親の影響もあり、音楽の道へ進みたいとも思っているのも知っている。
「唯守はまだヒーローに興味ないの?」
「うーん…無い。響香はなれると思うけど」
それは本心からだった。
クラスの中心的存在で個性も見た目も優れてる。
そしてなにより、美少女だ。
響香がヒーローの素質に溢れているのは誰だってわかる。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ウチは唯守も向いてると思うけど?」
「需要がないよ。俺には」
幼馴染が故に、響香と仲の良い俺は正直学校中と言っても過言では無いほどに妬まれ恨まれている。
朝と夜は修行修行で特に友達というものもいないし、別にそれを苦にも思ってはいなかった。
そもそもジジイの修行のせいで学校では殆どを寝て過ごしていたので、他のクラスメイトと話す機会も無いしなと、自分を納得させる。
というわけで、俺のようなクラスの脇役に華やかな舞台は似合わないということは理解していた。
そんな他愛もない会話をしながら二人で学校へと向かっている。
ここまではなんて事のないいつもの日常だった。
「どけ!!クソガキ!!──イデッ!?」
俺を突き飛ばそうとした目出し帽を被った男であったが、直前に生成した結界にぶつかり目の前で尻餅をついていた。
「何やってんだ馬鹿!!くっそ追いつかれちまう……こうなりゃ人質だ!!」
「キャ…!?あれ?」
響香の小さな悲鳴が聞こえるも、人質となる前に響香の真横に結界を生成して横へと伸ばし、リーダー格の男から一瞬で距離を取らせたので、今は俺の腕におさまっている。
「なんだ!?このガキの個性か!?」
「よっ。ほっ」
「ちょ!唯守!?」
響香を胸に抱いたまま、空中に生み出した結界から結界へと跳びあがる。
そして右手の中指と人差し指を立て、顔の前で構えた。
『
右手を前へと突き出す。
『
その右手を勢いよく振り上げる。
「
呪力を込めて結界を発動し、成形する。
これが開祖である間時守の考案した間流結界術。
この術は実用性重視のシンプルなもので、この一連の流れが基本の手順となる。
この後は、『
が、今の俺はそのどちらも行わず、どうしようかと考えていた。
「なんだこの壁…!?おいコラクソガキが!」
「こんのッ!!」
ボコスカと俺の結界を殴りつけているが、小学生とはいえ伊達に無理やりジジイに修行をさせられていない。
9歳の誕生日に、プレゼントだと言うジジイに貰った2mはある石の塊。
もはや岩とも呼べるソレが誕生日プレゼントだという事に流石に泣きそうになったが、修行と称してそれを結界で持ち上げて別の結界で受け止めるという修行を日々やらされている俺からすれば、この程度の衝撃は指先がチリチリする程度であった。
「唯守…… アンタはやっぱヒーローになれるよ」
「ん?というか、滅する訳にもいかんしこっからどうするか───おぉッ!?」
突如、突き立てている右腕全体がビリビリと痺れてくる。
結界の中にいる、他の奴からボスと呼ばれている男はその身体をドンドンと増やし、大きくなっていく。
「舐めんなよクソガキ!俺の個性は【増殖】!! このままこの翠色の壁もぶち壊してやるぜ!!」
「唯守、だいじょう──」
パッと結界を解くと同時に小さな結界を生成し、右手を振るう。
「あ……んだ?」
顔の横に生成された小さな結界は勢いよく伸びて形を変え、ボスの顎先を掠めていた。
全く警戒していなかった意識の切れ間で、ピンポイントで脳を揺らす一撃。
まるで糸の切れた人形のように、ボスはグニャリと身体を曲げてその場に倒れ伏した。
「ん。大丈夫だった」
ドサリと倒れたボスと、膨れあがったボスによって結界内で押し潰されていたヴィランもまとめて
全員を縛り終え、響香を抱えて地上へと降り立ったところでようやく警察が到着したよう。
「あっ!アナタねぇ、一般人が、しかも子供が個性を人に向かって使っちゃダメでしょう!?いくら相手がヴィランだからといって、反撃して何かあってからじゃ遅いのよ!!」
「いや、襲われたもんは仕方ないスよ」
別に戦闘したつもりもないのだが、許可なく個性を使用する事は禁止されている。
厳密には、個性ではないのだが、その説明をするとかなり面倒なので省いておこう。
それに、この婦警さんは仕留めきれず逆上したヴィランに必要以上に蹂躙される可能性を思って、俺を心配して怒っているので、無下にはできない。
倒れているヴィランたちと同様に、俺も婦警さんに警察署へ連れて行かれそうになっていたのだが。
「──ん?」
「……どしたの?」
「あれ、なんだ……?」
「なにが?」
俺に待っていろと強い視線を向けた婦警さんと、もう一人の警官がパトカーにボスを詰め込もうとしているところだったが、その周りにフヨフヨと浮かぶ気味の悪い蟲のようなものが目に入る。
それは薄く発光しているような、透けているような神秘的な見た目をしており、まるでそこにいるのに存在していないかのように、生命として必要なものが希薄しているかのよう。
どうやら響香には見えていないようだが、本当にアレはなんなんだろう。
見た目もそうだが、何よりもアレを見ているだけで肌が粟立つような……
とりあえず、嫌悪感が凄い。
「ホントに見えてねーの?」
「うん…なんのこと言ってるの?」
婦警さんも気にしていないし、俺にしか、見えてない?
というか、こんな話どっかで聞いたことあるような。
考えを纏めようとしていると、その蟲がボスの首筋に止まり、あろう事か潜り込んでいく。
というより溶け込んでいるのか?
傷ひとつあるようには見えないが、確かに吸い込まれるようにその蟲は消えていった。
「……はぁ…はぁ…舐めやがって…このイングリーズ様を…舐めるんじゃねぇッ!!」
【増殖】の個性と言っていたが、手足が増えるだけじゃないのか?
どんどんでかくなっていく……
これは……あの蟲のせい?
「響香。逃げろ」
「唯守……」
明らかに、見た目すらも変わってる。
身体中に血管が浮き出ており、その身体は筋肉という鎧で覆われている。
元々あんな筋肉質な奴じゃなかった思うが、その腕で婦警さんを突き飛ばした。
その威力はパトカーに減り込み気絶している婦警さんを見れば一目瞭然だった。
「おぉぉぉ!!」「これは気分がいぃ」「なんでもできるような」「力が溢れ出てくるような」「そんな気分だ…!」
バキボキとそれぞれの首を鳴らしながら、いくつもある頭が順々に喋るのが気持ちが悪い。
もはや個性なのか、そもそも人なのかすら怪しい程に醜悪な見た目をしたヴィラン。
次は右腕が増えていき、その形を変えていく。
そしてそれは、なんの前触れもなく突如突き出された。
そんな中、たかだか小学6年生というのに咄嗟に動けた自分を褒めてやりたい。
──ドン。
「──え?」
結界は間に合わない。
俺は響香を左手で押し飛ばしていた。
「ぐぅぅ……」
増殖の個性により何本も生えている腕と、その指。
そしてそこから伸びる爪もその数を増やしており、響香がついさっきまでいたところにある俺の左腕を、使い古したボロ雑巾のように簡単に引き裂いていた。
「唯守!?」
「ってぇぇ……」
めちゃくちゃ痛い。
だがやられっぱなしもムカつく。
既に位置は指定した。
そんなに増えるなら、消してもいいだろう?
「結!!────滅!!」
無事な右腕を振り上げ、結界を生成する。
増えたイングリーズと名乗るヴィランの全ての右腕を囲うと、すぐさま滅却した。
「クッ……応援を!!強盗グループを追い詰めたところ一名が突如凶暴化!!子供が襲われている!!大至急近くのヒーローを寄越して!!」
「唯守大丈夫!?私たちも逃げないと──」
婦警さんがひしゃげたパトカーのドアを無理やりこじ開けて無線に叫んでいる。
そのボロボロの身体で。
「喧しいぞ……!!」「ガキ、お前は使える。俺と来い!」
そのまま婦警さんとパトカーを、俺が消していない方の、増殖した左腕でまたも殴り飛ばすと、完全に婦警さんも警官も気を失っていた。
なんでもないように、俺へと声をかけるコイツはなんだ?
「お友達には手は出さないでやる。いいから来い!!」
「唯守!」
「響香は先行け。俺が、止める」
ピクリとも動かない婦警さん。
心配するような顔で俺の名を呼ぶ響香の目尻には、恐怖からか水の一雫が光って見える。
この感覚は、なんだろう。
痛みを通り越し、怒りを通り越して、逆に思考がクリアになっていく感覚。
コイツは、どこへも行かせない。
「……滅」
方位も定礎も乱雑に、適当に結界を生成して即座に滅却。
「いぁづ!!このガキ……」
「滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅」
小さな結界を、位置指定も疎かなまま、次々とヴィランの身体に生成しては即座に滅却していく。
消しても増えるが、それよりも速く消してやる。
ヒーローが来るまで、永遠に消し続けてやる。
「わかった!もうヤメロ!!お前らには手は出さない!だから──」
「女殴れるヤツなんか信用できるかよ……」
結界を生成して、右肩を囲い、結界へと力を込めていく。
翠色の結界は綺麗な正方形で、右肩の付け根までを完全に覆っていた。
そして、滅却。
「滅!!」
「あぎゃぁ!」
すると、ヴィランの消し飛ばした右肩から、あの蟲が出てきた。
そして、思い出した。
うちにしか伝わっていない御伽噺。
きっとあれが……妖。
いなくなった筈の物がなぜいるのか、考えるのはあとでいい。
妖であればやる事は決まってる。
右手を構えると同時に振り上げる。
「結!」
すぐさま結界を生成。
「滅!」
そして滅却。
この続きをやるのは、俺も初めてだ。
道具はないが、今ならできる。
無傷の右手とボロボロの左手を前へと突き出し、手を重ねて親指と人差し指で四角形を作る。
道具がないなら、自らの身体で作ればいいのだ。
「天穴!!」
異界の扉へと、滅却した妖の残骸を吸い取り、完全に消し去った。
「お……ぉ……」
ドシャリと、今度こそイングリーズは倒れたが、個性を発動していたのか、消し飛ばした手足は生えかけで止まっているので血も流れていない。
これなら死ぬ事は無いだろう。
それに、呪力も尽きたし、気持ち悪いし。
俺ももう限界だ、と思ったところで、温かいものに包まれる。
「唯守……ウチ…何もできなくてごめん!」
「そんなことより大丈夫か?」
「そんなことって…ウチは大丈夫だけど、唯守は大丈夫だよね……?」
「おぉ、大丈夫だけど、こんなとこ見られたらまた俺学校で嫌がらせ受けちまうぞ。
あれ、声出てんのか?
それに、なんだか気持ち悪いのが増している気がする。
そういえばなんか毒のある妖もいるとかも書いてたっけ。
帰ったら、もうちょい真面目に修行しようかな。
そんな事を思い、悲痛な顔をした響香を見ながらも、意識は闇へと落ちていく。
響香の泣き顔をみながら、完全に意識を手放した。
この日を境に、さまざまな事件に巻き込まれていくことになるのだが、この時の俺は、そんな事を知る由もなかった。