現代に生きる結界師は頼られがち 作:固形炭酸
*
── 葉隠透 ──
「も〜!!ぜんっぜん帰って来ないし!ホントにずっと修行してたの!?明日だって言うのに卒業式の練習も全くしてないし……もしかして、出ないって事はないよね!?」
ようやく帰ってきたかと思えば、まさかの卒業式の前日とは。
ただ、帰ってきた報告を直接しに来てくれたことを少し嬉しく思ったのは、今は怒っているので内緒だ。
だから今は彼の家まで押しかけ、彼の部屋で座布団に座っている彼の隣に座り、顔を見られないよう前を向いて話している。
実ははじめて入った男の子の部屋で無駄にキョロキョロとしているうちに向かい合う位置ではなく、隣に腰を落ち着けてしまったが今はそれが良い方向に働いてくれたみたい。
倒してある写真立てが気になったけど、家族の写真なのかなと勝手に勘ぐっていると、彼は静かに、ゆっくりと語り始めた。
「出るつもりではいるけど、明日は流れに身を任せるよ。ただ、もうさ、高校入学って、こんな死ぬような思いをしなくちゃいけないんだろうかとずっと考えてたよ……」
遠い目で窓の外を眺める唯くんの身に何が起こっていたのかは、聞かないでおこう。
時織さんの無茶苦茶ぶりは想像がつかないが、普段から修行バカな彼がこうなるなんて、相当な目にあったのだろうと言う事はわかった。
自ら行ったわけじゃないし、許してあげる事にしよう。
という事で、ずっと言いたかったことを伝えてみる事にする。
「じゃあじゃあ!卒業式が終わったら、二人で少し出かけない?」
卒業しても一緒だとはいえ、東京を離れてひとり暮らしをすることになるんだし、雄英って事は今みたいな自由な時間も少なくなると思う。
だから、今のうちに遊んでおきたいと思っていた。
それに、私は色々と教えてもらったけど、お礼らしいことは全然できてないし。
「ん、いいけど…俺と違って透はみんなにもみくちゃにされて送別会みたいにならないのか?」
本人は知らないだろうけど、雄英ヒーロー科の合格者が二人も出たと言うことで毛糸中はお祭り騒ぎのように盛り上がっている。
合格発表の翌日から消えちゃった唯くんに至っては、みんなからすれば元々が謎な人のため噂には尾ひれどころかロケットエンジンまでついて月まで飛んでいく勢いだった。
「私より、唯くんの方が明日はもみくちゃにされると思うよー」
曰く、
秘密の修行に励んでいる。
(ほとんど合ってる)
実はプロヒーローの関係者で、既にサイドキックとして極秘に活動している。
(だいたい合ってる)
既にヴィラン退治の活動に励んでいる。
(妖相手だから合ってない)
海外へ短期留学して本場のヒーローから指示を受けている。
(時織さんは海外を飛び回っていたわけだし少しだけ合ってる)
噂の一部を伝えたのだが、まさかのだいたい合ってると言うのがまた想像の斜め上を行く。
時織さん、活動してないとは言え、プロヒーローの資格持ってたんだ。
「ジジイも律儀に学校に連絡なんかせずに、姉ちゃんの時みたいに式神通わせてくれりゃよかったのに。そんなめんどそうなことになってんなら、俺も式神に任せて行くのやめようかな…」
「それはダメッ!」
「ん…?」
自分でも思っていなかったほどに大きな声が出た。
でも、それは嫌だ。
絶対に嫌だ。
同じ高校だとしても、中学校での生活は二度と帰ってこないんだ。
たった2年間だけど、それでも、私の中学校での思い出の大半は、目の前の男の子でできている。
初めての出会いで紙になって驚いた事。
その時に裸を見られて恥ずかしかった事。
私の個性の先の可能性を知れてワクワクした事。
そして、それが形になって嬉しかった事。
お母さんも含めてお菓子作りを何度もして楽しかった事。
修学旅行の時、透明な私と式神を扱える唯くんだからこそ、夜に二人で抜け出して、結界の上から夜の街を見下ろして、余りの高さにドキドキした事。
課外授業の日も式神に任せてたもんだから、学年でただ一人教室に座り続けている唯くんが周りから気が触れたヤバい人と認識されてて笑った事。
唯一私を見ることができる人は、思えばいつも一緒にいた。
だから、最後も一緒がいい。
「私は、一緒に卒業したいよ。ここで出会って、いっぱい…いっぱい助けてもらって、いろんなことした場所だもん。最後に唯くんがいないのは…嫌だよ」
言い終わってすぐ、恥ずかしいからおでこを彼の肩に乗せる事にしておく。
今の私の顔は、見られたくないから。
最初は戸惑ってたけど、受け入れてくれたのか、優しい声で話してくれた。
「……悪かったよ。明日、一緒に卒業しよっか。確かに、俺の中学校での思い出には透しかいないや。透がいるから、学校生活も悪くないと思えたし。ありがとな」
そんなこと、普段は滅多に言わないくせに。
でも、やっぱりこうしてて良かった。
これなら、流石の彼でも今の私の顔を見る事はできないから。
「もうちょっと、こうしてていい?」
「………ん」
彼の上着に小さくできていたシミを見て、そう思った。
*
── 間茂守 ──
「なぁ、本当に行ってもいいのか?」
帰ってきたその日に、雄英で学んでこいとだけ言われた俺は、卒業式も終わり数日経った今、再度確認してみた。
「……好きにしたらいい。あと、お前に渡しておくものがある」
そう言って出してきたのは、俺の名前で作られた通帳と、印鑑。
未だ少ない小遣いでやりくりしていた俺にとっては現金だけで良いのにと思っていたら……
「ん……え?なにこれ?何でこんなに…?」
ゼロがいっぱい。
大人にすれば普通だろうが、たかだか中学生以上高校生未満の持ってていい金額じゃない事だけは確か。
「それはお前の為のものだ。大切に使え」
俺の為って言われてもなぁ。
そもそもなんでこんな大金が、と聞いてみたら、昔は母さんが、ここ数年は姉ちゃんが、それぞれ何をしたのかは知らないが、時折大金を振り込んできていたらしい。
えー。
出どころのわかんない金って事?
それとも、ヒーロー活動でもしたって事か?
いずれにせよ、こんな大金は今はいらない。
「もう一つの通帳に生活費だけ入れて持ってなさい。あんたがあんまりお金持ってても使うことないでしょ?」
「ん……てかさ、これヤバい金じゃないよね?」
いつもの笑みを浮かべてフフフと笑うだけ。
怖いんだけど、まぁその提案には乗っておこう。
「唯守、お前向こうでの住まいは決めとるのか?」
……。
「決めるもなにも、そんな事は地獄の修行で頭になかった…」
ヤバい、空いてる物件あるのかな?
確か透は〜〜辺りって言ってた気がするけど、
『早くしないと埋まるからね!せっかくだし近所にしよーよー!』
人差し指を立て、歯を見せて笑う彼女の事は思い出せるが、場所は全く出てこない。
そもそも、そんな話をしたのが1ヶ月以上も前の話なので、全国から人が集まるような雄英の近くで、学生一人暮らしに良い物件はもうない気がする……
「姉ちゃんは普段どうやって生活してたんだ?」
一人暮らしに慣れているはずの姉なら、何か真似できる方法が……!
「そうねぇ。私は基本ホテルか野宿ね。別に結界があれば雨風はしのげるでしょ?」
おぃぃ!
高校生活三年間ホテル住まいか野宿しろと言ってるのか?
違うよな?
むしろあんたは女なんだから平気で野宿してんじゃねぇ!
あわよくばミニオーブンを買って、お菓子の城計画への足掛かりを。
なんて想像が、音を立てて崩れ去っていく。
「はぁ。お前のそうゆうとこは変わらんのぉ……その抜け癖を直さんと、直ぐに帰ってくる事になるぞ」
うっ。
入試ですら言われたもんなぁ。
確かに、集中力が無いのかも。
好きな事にはめっぽう強いんだけどなー。
興味がないといかんせん。
てか、あれからあの思考がクリアになる感覚には全く至らないし、姉ちゃんもそこは気にしてないみたいだし、一体なんなんだ。
俺には向いてない術なのかな。
と、あれこれと考え始めた俺の前で、ザッとコピー用紙を机へと広げたジジイ。
「どうせそんな事だろうとワシの方で選んでおいた。そこであれば大家の事も昔から知っておるし、悪いようにはならんじゃろう。雄英にもそこそこ近いしな」
……なんだよ。
普段そんなことする、タイプじゃないじゃん。
「……ジイちゃん、ありがと」
「フン。一人になってびーびー泣くなよ。昔のようにな」
いつもなら軽口のひとつも言っただろうが、今日だけは、やめておく事にした。
「ん。頑張ってくる。そんで、悪さする妖はいずれ俺が全部滅してやる。でもまずは、プロになって帰ってくるわ」
気のせいかも知れないが、ジジイも少しだけ笑ってる気がした。
「葉隠の娘が言っておったぞ。雄英の中でも絶対に一番になるから唯守を雄英に行かせろとな。首席卒業でない限りは……わかっとるな?」
気のせいじゃなかった。
今のジジイは、意地の悪い笑顔を浮かべているから。
・・・・・
娘も、孫も元が自由奔放という事もあったのだろうが…
結果として、若くして家を飛び出していってしまった。
あの二人が特別と言うこともあるかも知れないが、ワシの視界が狭すぎたことが原因のひとつなのかもしれない。
それに、時織の話が真だとするならば……
もう、結界師として才の無いワシの手からは、離れるべきなんじゃろうな……
*
── お隣さん ──
「さて、これで終わりかな」
粗方の荷解きは完了したし、残りは追々やっていこう。
後は、お隣さんに挨拶したら終了かな。
それにしても、家賃の割に随分と良い部屋だな。
広いし綺麗だし、知り合いだから安くしてくれたのかな。
今はジジイに紹介された部屋への引越し作業中。
1Kではあるが、廊下も広いし、部屋も10畳と俺にとっては広め。
適当に買い揃えた家具を配置し終えて、まだいくつか空いていない段ボールはあるが今日の作業はここまでにしておく事にした。
つっても、角部屋はお隣さんと言う名の大家が住んでるんだったっけか。
ジジイの友人って、どんな人だろ。
とんでもなくうるさい人だったりしたら、面倒だな。
考えてても仕方ないし、行ってみるか。
ジジイが用意していた団子の紙袋を一つ手に取り、部屋を出た。
──ピンポーン。
「………何か?」
おぉー。
ジジイとは正反対の素敵な老紳士じゃん。
白髪は二八で綺麗に分けられてるし、その身なりも高価な感じが見てとれる。
ジジイの友人だと、どんな頑固ジジイが出てくるのか警戒していたが、これはラッキーと思わず笑顔になると、向こうも眼鏡の奥の眼を綻ばせて笑顔で返してくれた。
「今日から隣に越してきました。間唯守です。宜しくお願いします」
「あぁ、茂守くんの孫の唯守くんだね。僕は
「そうなんですね。とはいえ、これから宜しくお願いします。コレ、一応ご挨拶って事で」
鑑さんか。
良い人そうだし一安心。
少ない小遣いでやりくりしていた自分からしたら、家ひとつ倉庫代わりに使ってるなんてな。
俺もお金はあるけど、自分で稼いだわけじゃないのでほぼ使ってない。
と言うのは嘘で、割と高価なオーブンレンジを購入してしまった。
でも、これで夢に一歩近づく。
休日はせっせと練習かな。
「あぁ。これは悪いね。じゃあ、僕からもお返しをひとつ」
人知れず野望に燃えていたのだが、そう言って渡されたのは、百科事典かというくらいに分厚い本。
「ありがとう、ございます?」
「要らなければ捨ててくれて構わないよ」
なぜに本かと思っただけなのだが、顔にも言葉尻にも出てしまっていたよう。
「ん、捨てないスよ。ちょっと難しそうな本だったんで……つい」
「クッ。まぁ、特に変哲もない物だが、学生の君にはと思ってね。それじゃあ、また」
見たところ、表紙の文字が全く読めない古字なので歴史系っぽいけど、よくわからん。
最高に暇になった時にでも見てみるか。
後はもう片方のお隣さんのところ挨拶して、今日はゆっくりしよ。
そんで明日から、とうとう雄英での高校生活か。
響香……いるよな?
俺は、約束守ったぞ。
・・・・・
クックックッ。
彼が、そうか。
間流結界師、数百年ぶりの正当継承者。
異界愛好家として、とても興味がある人物。
茂守くんの家系のことは調べたが、ある一定の時期のみだが、情報は意図的に消されている。
それも、完璧に。
そしてその時代の結界師に、土地神や妖といった、常識を超えた真の超常が裏舞台からも消えた真実があると睨んでいる。
僕は、それが知りたい。
茂守くんの娘さんと、彼の姉。
どちらも僕の手に負える相手じゃなかったからね。
彼は、どうだろうか。