現代に生きる結界師は頼られがち 作:固形炭酸
上下階の生活音まで聞こえてる。
集中している今は、電気のメーターがゆっくりとまわる音すらも微かに聞こえる程だ。
なのに、隣の部屋からは一切の音がしない。
こんなことは、ありえない。
「……隣の部屋って、麗日の部屋じゃなかったの?」
「いや、響香の見ている方は違う。奥の角部屋は大家が倉庫変わりに使っているらしいけど、確かに部屋のナンバーわかりづらい位置にあるから間違えた可能性もゼロじゃないが…」
確かに、言われてみれば集合住宅の部屋番号なんて普通わかりやすく書かれているような物だと思うが、唯守の部屋は、扉の横の端っこにデザイン性を重視したようなオシャレな文字で書いてあった気がする。
「葉隠は、唯守ん家来たことないの?」
「ない。そもそも俺以外で入ったのは二人が初めてだ」
なんだ、なかったんだ。
ウチは、てっきり……
「とにかく、見に行こうよ。何もないなら、それでいいんだから」
「ん」
拳藤の言葉に唯守は即同意して、ウチは一拍遅れてうなづく。
それどころじゃない。
今は気持ちを切り替えないと。
何かに巻き込まれているのは確実だと思うけど、ひとまず、大家さんの部屋だというのならそんなに問題ではないはず。
B組の委員長だけあってか、拳藤は迷いなく立ち上がると、既に玄関へと向かっており、唯守も後へと続いている。
ウチも、行こう。
チャイムを鳴らしても反応はなく、中からは相変わらず物音一つしない。
「もう少し離れてろ。もし俺も消えたら、通報頼むわ」
そうして、ウチらは一歩下がって見守る中、唯守が隣の部屋のドアノブを掴んだ瞬間──
一瞬で、景色が変わった。
「なんだ……ココは、どうなってんだ!?」
「わからない。けど…」
拳藤の言う通り、突然闇の中に放り込まれたかと思えば、今いるのは……口にした通り、何といえばいいのかわからない場所。
ウチらの発する音以外には何も聞こえないので、近くには他の人間はいないようだ。
壁は全て3mを越すような本棚でできており、そこにピッタリと隙間なく並べられた大量の本。
ただ、一部の本は乱雑に引き抜かれ、百冊くらいは床に散らばっていた。
その本が唯一散らばっている、廊下の突き当たりのような部分に、ウチらはいるみたい。
まるでファンタジー映画にでも出てきそうな国立図書館のような場所。
この場所に現れたその時には、既に唯守の結界によりウチらは守られていたらしい。
そうして隣を見ると、ギョッとした。
「……最悪…」
小さく…本当に小さく呟いた唯守。
ウチじゃなかったら聞き取れなかっただろう声で。
そしてなによりも驚いたのは、その瞳から、光が感じられなかったから。
「なんで、耳郎はそんな落ち着いてるわけ?」
「落ち着いてはないケド…唯守はなんとなくわかってるんじゃないの?」
ウチだって落ち着いているわけじゃない。
「二人とも、巻き込んで悪い。それと、今の状況は俺にもわからん。この部屋の主である大家さんはジジイの友達ってことしか知らないんだ。俺は透と八百万を探してくるから、二人はゆっくり付いてきてくれ」
この幼なじみ関連のことなのは間違い無いと思うけど、その幼なじみがいるからこそ、なんとかなるのだろうと思っているだけ。
ただ、その瞳から伝わるものは、怒り。
というか、ここに来る前からずっと、怒ってるんだけど。
「単独行動の方が危険だろ?まずはどうにかして出口を探さないと…」
そう言った拳藤の前へとウチは出た。
唯守が怒ることなんか滅多にない。
ウチだって、唯守と一緒にいた決して短くない期間で本気で怒ったのを見たのはたったの3回。
家族の事をバカにされた時。
ウチが高校生にからかわれて腕を掴まれた時。
それと、5年前のあの日。
こうなったら、テコでも動かない事は知ってる。
「わかった。付いていけばいいって、何に?」
「コレにだけど、今はコレがなにかは聞くな。あと、巻き込んでごめん」
そう言って、さっき部屋で見た八芒星の描かれたお札を放り、ウチらに頭を下げると、すぐに背を向けて駆けていってしまう。
葉隠と八百万を心配しているんだろうけど。
でも、それ以上に自分のせいだと思ってるんだろうな。
「なんか、大きくなってないか?ソレ?」
「え…?キャッ!?」
思わず飛び退いてしまったが、さっき唯守が放ったお札は、ムクムクと膨らみ始めている。
だんだんとそれは形を形成していき、全てのパーツが丸みを帯びた四角でできている、白いぬいぐるみのようなものになった。
顔のような位置には八芒星が書かれており、少し可愛く見えないこともない。
「では、私についてきてください」
急に話しだしたソレを茫然と見つめるウチと拳藤。
「どーなってんだ、耳郎の幼なじみは」
「……今は聞かないで」
今の唯守は、ウチにもわからないから。
*
私の頭は細波一つ立たないほどに落ち着いている。
そう、この感覚には経験がある。
合格発表の日と同じ、あの感覚。
さぁ、なぜこんな事になったのかをまずは思い出してみよう。
一度学校からもほど近い自宅に荷物を置いて、ヤオモモと合流したんだ。
なんだそのでっかい紙袋と思ったのは覚えている。
紙袋というのにもかかわらず漏れ出ている高級感も。
後は他愛のない会話をして、唯くんの家に着いたんだ。
そこで、私の悪い癖…と思ったことはないが、どうせなら驚かせたいと言う欲求が生まれた。
そのため、響香ちゃんか拳藤さんを驚かせてやろうと、チャイムも慣らさずに、衣服も完全透明にしてドアノブを握り込んだ。
完全透明化している今なら唯くん以外には見えないし───
そうして、今に至る。
やっちゃった。
たぶん、部屋を間違えたんだろうけど…
間違えただけで、こんなことになるものかな?
「ここが、間さんのお宅…ではないですよね?」
ヤオモモの言う通り、来たことはないけど絶対に違うとわかる不思議空間。
本当に、ここはどこなんだろ。
「いやー、違うとは思うけど」
一体なんなのだと思うも、出口は見当たらない。
ドアノブというか、ドアすらもなくなってしまった。
突き当たりである場所の本を引き抜きながら出口を探すも、どうやらここからは出られそうに無いという事は理解した。
仕方がないので、恐る恐るその一本道を二人で進んでいく事にした。
「間さんとは、同じ中学だとはお聞きしましたが、このような事が多々あったんですか?」
「うんん、ないよー。どうして?」
「いえ、落ち着かれていますので…私は正直、まだこの状況が信じられないのですけど…」
確かに、もう100mは歩いてるし、あの建物の一室ではありえないくらいに広い空間。
「あー。落ち着くしかないかなって。唯くん絡みでとんでもない目にあったことは一回だけあるんだけど……そう言われれば、私パニックには強いのかもっ!」
鬼が落ちてきて、時織さんが登場して瞬殺して。
あの時に比べると直接的な恐怖はないけど、出口が本当にあるのかは怪しい。
ただ、入れたってことは、どこかから出ることもできるはず。
それに、きっと来るだろうから。
「そうでしたか。私も見習わなければなりま────何か来ますわ!!」
ヤオモモの叫びと共にガサガサと近づいてくる音。
そして、目の前の本棚でできた道の先にある角から飛び出してきたのは、思っていた人とは違うものだった。
「「「侵入者を発見…主人から来客のお話は伺っておりません」」」
大勢の、メイドさんが声を揃えてそう言った。
不思議と希薄に見えるこの感覚は、見覚えがある。
あれは……式神だ!!
*
「行け。動くものを見つけたら即報告」
式神を5枚ばら撒き、白い鳥へと変わった式神へと命令を降す。
同じ場所に現れたならそう遠くへは行っていないはずだし、どうやらここは一本道のよう。
なんて浅はかだったのだろう。
透だけじゃなく、八百万もいない事から想像なんてついただろう。
二人を巻き込んでしまった。
自分の無思慮さに腹が立つ。
さっきからずっと、心臓も五月蝿い。
それは走っているからではなく、この場所に飛ばされる前からの事。
だけど、なぜか頭の中はスッキリしている。
やるべき事が単純明快だからか。
二人を見つける事。
四人を無事に帰す事。
透と八百万の状況次第では、元凶全てを滅してやる。
その想いが頭の中を支配していた。
そこで覚える違和感。
力が、溢れ出てきているような気がする。
響香と、拳藤の友達。
あの二人の時と同じではあるが、今は倒すべき敵が目の前にいない事から、この感覚に長くいる事が原因なのだろうか。
戦闘行為を行なっている時とは違い、自分の呪力を今までとは違い、より正確に、より精密に感じ取れている。
身体全体を巡る力。
それとは別の、自分の内側の奥の奥。
そんな奥深い底のほうから薄っすらと漏れ出ているモノを感じる。
この世界にありながらもこの世界と切り離された、まるで異界のような場所。
自分の中にあるにも関わらず、今の今まで知らなかったその場所。
一本道を走りながらも意識を集中させていき、その扉に手をかけようとしたところで。
──!!
どうやら式神が何か生物かは知らないが動くものを見つけたようだ。
一旦思考を切り替えて、その場へと急いだ。
どうか、傷ひとつ無い姿でいてくれ。
じゃないと……
………
*
………
今までのシリアスな感じを返して欲しい。
「あっ!唯くん唯くん!」
「すみません、私もいまいち状況はわかっておりませんが、ひとまずは無事ですから…」
その続きは、怖い顔はやめてくださいとでもいいそうな八百万。
その手にはティーカップが握られており、観葉植物やゴテゴテとした歴史を感じるアンティーク調の間接照明が多く置いてあるひらけた場所。
その照明で明るく照らされた一角で、豪華な椅子に腰掛けている。
少し申し訳なさそうな顔をしているのがよくわかるし、訳の分からない状況の中、心配をかけていた、という気持ちでいてくれるのが素直に嬉しい。
それに比べて、コッチのやつは。
「いやー。部屋を間違えちゃうなんて、失敗失敗。でも鑑さんに色々教えてもらってね!私の新必殺技を──あたぁ!?」
満面の笑みであり、五体満足であり、その精神性も全くのいつも通りのため安心はしたのだが、とりあえず強めのチョップを脳天にブチ込んでおく。
人の心配も知らずに……
「な、なんで!?」
「……なんとなく」
安心したところで式神に命令を出し、後ろの二人にも危険がない事を伝えておこう。
そして、目の前のこの人が騒ぎの元凶かとも思ったが、そもそも部屋を間違えた事が発端となると、透が悪いのか。
「やぁ唯守くん。君のお友達は面白いね。危害も加えていないし、危険もないから安心したまえ」
一定の呪力を込めてドアノブを握ると初めて転移されるらしい。
そんな厄介な事、ジジイの知り合いなら教えておいて欲しい。
「クック……。僕もまさか突然来るとは思っていなかったからね。あぁ、流石に君の事は式神にも認識はさせていたよ?」
どうやらこのメイド軍団が攻撃を仕掛けようとしたようだが、たまたま鑑さんもここにいたので戦闘には至らなかったとの事。
八百万は理解しようと頭を回しているようだけど、呪力なんて急に言われてもわかんないよなぁ。
「で、どーいう状況?」
「ウチらにもわかるように説明して欲しいんだけど」
勝気な美少女が二人並び立ち、こちらを見ていた。
「おや。茂守くんと違ってモテモテなんだね。君は」
「「「違います(わ)」」」
透以外の3人は即否定。
別に合ってるしいいんだけど、不思議と悲しい気持ちが押し寄せてきた。
たしかにみんなを誘ったのは透であり、俺じゃない。
アレ?
じゃあモテモテなのは、透?
それなら俺はなんなんだ?
家という場を提供して、甘味を用意する人……
良く言ってもお母さんポジじゃねーか。
「あはははは!唯くんすっごい顔してるよ」
「うるさいよ……」
本当か嘘かはわからないが、この場所は空間の歪み。
いわゆる世界の穴のような場所であるとのこと。
四人は鑑さんの個性だと思っているようだけど、たぶんそうじゃないな。
遠回しに探ってみるも、流石に年季の入ったジイさんと腹の探り合いで勝てるはずもなく、簡単にはぐらかされてしまった。
まぁ、ジジイと古い付き合いならそんな警戒するものでもないのか。
「まぁ、出口はそこだ。今度はちゃんとアポを取ってからにしてくれよ?」
はーいと元気よく手を上げた透と、疲れた顔をした3人と俺だった。
*
「はじめはドキドキしたけど、楽しかったねー!!」
本当に楽しそうなのが葉隠のすごいところだな。
ようやく戻ってこれて、今は当初の予定通り間の部屋で作っていたブラウニーを食べ、八百万の持ってきた紅茶を飲みながら5人でくつろいでいた。
結果として何もしてないのだが、こんなに疲れるとは思ってなかった。
私用にと作られた甘くないのをもう一つ手に取りかじりながらも、葉隠にあーだこーだと怒っている間と、言い返している葉隠。
ジャレあっているようにしか見えないし、二人ってもしかして。
「ちょっと気になってたし聞いてみるんだけどさ。
間と葉隠って、付き合ってんの?」
一瞬時が止まったかのような静寂。
二人してキョトンとしており、八百万は興味があるのかそーだったんですかと両の手を顔の前で組んでいる。
耳郎だけはピクリと肩と眉を震わせただけで、二人の返答を待っているよう。
「──あはは!!ないない!」
「違う。けど、なんだその言い方は」
制服の袖を透明な顔の前で横に激しく振っているのと、笑っているのはわかる。
一方で、違うと言った間はその透明な頬を正確に掴んでいるよう。
「ひゃって……ひっさいぜんぜんそーゆーのじゃないじゃん。ひゃなしてよぉ〜」
「言い方」
まぁ、この二人は見るからに仲良いし、親友って感じなのかな。
安心したように表情が綻んだ耳郎は……まぁ、どーなんでしょ。
二人で歩いてる時に聞いた感じだと、本人は絶対に否定するだろうけど。
その後はなんて事のない会話を続けて、間が案内役で出したぬいぐるみのことを問いただすも、結界の応用などとよくわからない返事で返される。
5人で雄英での話しをしている限り、A組にも面白そうなやつはいっぱいいるし、私らも負けてられないな。
色々あったが故に、今日はもういい時間なのでお開きとなり、間の家を出ることにする。
葉隠と八百万は右に、私と耳郎は左に曲がりそれぞれ帰路についた。
「クラスは違うけど、宜しくね」
「うん。拳藤から色々聞いて、B組の強さもわかった。ウチらも負けてらんないし」
「お互いな。明日の授業も楽しみだな。あ、私こっちだから」
「うん。それじゃ、また」
手を振って一人、家路を歩く。
一人になって思うのは、自分の未熟さ。
あの時、真っ先に動いたのが間。
それはまだわかる。
でも、同時に耳郎も個性であるイヤホンを地面へと突き刺していた。
私だけが、何もできなかった。
視界を奪われ、思考を奪われた。
あの時私の個性で二人を包み込むこともできたのに。
でも結果は、私は結界に守られていただけ。
このままじゃダメだ。
私は、もっと強くならなきゃ。