現代に生きる結界師は頼られがち 作:固形炭酸
*
── 耳郎響香 ──
雄英に入って、はじめて連絡先を交換した人間が送ってきた文章を、眠る前になんとなく眺めている。
というのも、今日の出来事を謝ろうと送ってきた謝罪の文章、ただ一言、『今日はごめん』というのを送ってきたからであった。
こんな短い文章でも、大真面目な顔して打ってるのが今は容易に想像できる。
確かに今日の出来事は昔聞いていた間家の先祖にまつわる御伽話のように珍妙ではあったが、そもそも唯守のせいではないし、危険ではなかった。
何が起こるのかわからず、多少、怖くはあったけど……
ただ、あそこまで機械音痴だとは思わなかったな。
でも、唯守のお母さんと時織姉、茂守さんがスマホ片手に何かをしてるのも想像つかない。
間家で唯一そんな姿が想像できるのは……
やめよ。
悲しくなってきちゃうから。
今日はもう寝よ。
明日のヒーロー基礎学はなんだろうと思いながらも、疲労感からか微睡へと落ちていった。
──
『俺が間流結界師とーしゅ、時守だぁー!』
『なにそれ?』
『ヒーローになった、未来の俺のこと!』
『ヒーローかぁ。かっこいいもんね。唯守ならなれそーだけど、どんなヒーローになりたいの?』
『そりゃー決まってんだろ。誰も傷つかせないヒーローだ!』
『誰も、傷つかない?』
『そう!そうしたらさ、オールマイトの救助もカッコ良かったけど、その事故すらも起こさせない!って、一番カッコよくないか?』
『それは、そうかもしれないけど』
『父さんに言われたんだ。大事なものはしっかり守れって。何か起きる前に守れば、みんな傷つかないだろ?』
『できたら、そうだと思うけど』
『できるっての。だから響香は安心してていいぞ。危ない事がもし起きそうになっても、全部俺が防いでやるからさ』
『ふーん。まっ、期待せずに頼りにしてるよ』
『期待しろっての』
『だって、唯守すぐ泣くもん』
『うるせーー!』
『おっ!二人ともちょうどいいところに。唯守も響香ちゃんも、時織とパフェ食べに行くんけど来るだろ?』
これは、夢かな。
夢だろうな。
まだお互いに小さく、唯守の"家族"がみんないたあの頃。
昔はよく、ヒーローの真似事をしたり、理想のヒーロー像を話してたな。
でも、小学校に入って少しして、唯守のお父さんが亡くなってからは、唯守はクラスでも孤立し始めた。
そして、完全に唯守が学校から浮いたのが、はじめて怒っているのを見たあの時。
唯守がヒーローに飽きたって言い出したのも、あの日から。
学年でも目立っていた良個性をもった男子のグループが、唯守に言い放ったんだ。
『お前の父さん、弱いくせに無駄なことして死んだってかーちゃんが言って──』
言い終わる前に、唯守の結界がその男子の頭を囲っている。
『………自分の大事なもんのために、命かけて守ってくれたんだ。無駄死にじゃねぇ』
あの時の目は、今日と一緒だった。
光を失ったような、ただただ暗い瞳。
少し怖かったけど、あれは相手が最低だった。
結果として唯守が個性、というか結界術を人に向けたことは確かに悪いことだけど、拘束しただけで何もしてはいない。
それでも相手の男の子は泣き出した上に漏らしちゃったし、先生まで出てきて大変だったな。
でも、唯守は悪くない。
誰だって、あんな事言われたら怒ると思うし。
それよりも、誰かのためにしか怒れない唯守はヒーローに向いているんじゃないかと、思った。
そして、そんな唯守を見て、ウチもヒーローに憧れ始めたんだ。
──
随分と懐かしい夢。
昨日はいろいろあったから、こんな夢を見たのだろうか。
昨日といえば、葉隠との事も……
うんん、今はそんなこと考えてる暇ないし、そもそも唯守はただの幼馴染みだし、泣き虫だし……
そりゃあ背も伸びてて、男らしくなってて、もう泣き虫じゃ無いだろうけど、うん。
この気持ちは違う。
そう、きっと……違うし。
今日も、これからも、今はヒーロー目指して頑張るだけだ。
*
── 葉隠透 ──
鑑さん、面白い人だったな。
呪力に精通してるっていってたし、ヤオモモはちんぷんかんぷんだったと思うけど。
私からしたら、行き詰まっていたところに脇道を教えてもらったような気分。
早くいろいろと試したくてウズウズしてきたけど、今日はみんなには悪いことしたなぁ。
でも、それ以上にびっくりした。
一佳ちゃんも、急にあんな事言うんだもん。
びっくりさせられるのも見るのも好きだけど、自分にされる事などあまり無いから……
でもでも、本当に付き合ってないし、唯くん自身がそんなふうに思ってない。
と思ってたのに、まさか軽くとはいえ怒るなんて。
もしかして、私に気がある!?
なんて、思ってしまうじゃないか。
実際のところはどーなんだろう。
私のことは、嫌いってことは無いだろうし、中学時代もずっと一緒にいたんだから、好きでいてくれてはいるのだろう。
ただ、それがどういう好きなのかは、わからない。
知りたいけど、知りたくない。
私自身も、唯くんの事が好きなんだって自覚したのは修学旅行の時。
あの時の言葉と、表情に感じたモノが、きっと好意なんだろうと思う。
でも、今以上を求めているかと言われたら、私にもわからないな。
『この辺りでいいか』
『わっ、と。ありがと。普段こんな感じで空飛んでるんだねー』
『飛んでは無いけどな。跳ねて浮いてるだけ』
『たっかーーーい!京都の夜景もこんな空から見るとまた格別だねー!』
『はしゃいで落ちるなよ。結界も位置を指定して成形してるんだから、高速で落ちてる時なんて、もしミスったら助けられんぞ。修学旅行生が死亡なんてとんだ大事件だし』
『えー。そこは絶対に助けてやるって言ってよー。こんなところまで連れ出しといて』
『おーい。誘ってきたのは透の方だろ?
まぁ、もし本当に危なくなりそうだったら、何においても俺が助けるけど』
『え?』
『ん?……今のなし。頑張りはするけど、くらいで』
『えー!さっきのもっかい!もっかい言って!』
『……ヤダ』
『ケチ!!』
この関係が壊れるくらいなら、私はずっと今のままがいいな……
よしっ。
明日からも、普段の私でいよっと。
さてさて、次はどーやって驚かせようかなー。
*
── 鑑平助 ──
まさか突然来訪してくるとは思わなかったが、思わぬ収穫といったところか。
彼の力、まるで底無し沼のようだった。
それは溢れ出しているのではなく、ゆっくりと漏れ出ている。
彼の中に眠る力の正体はいったい何なのか。
彼自身も気づいてはいないようだが。
彼の姉か母親はわかっているのだろうが、あの二人が僕に話すはずもないか。
しかし、あの力を怒りによって引き出しているのか。
僕には考えられない感情ではあるが、あれもまたひとつの境地か。
結界術に限らず、殆どの術の境地は明鏡止水。
即ち心の揺らぎを消すことにある。
人間である以上感情は存在し、その感情の揺らぎこそが隙となり、術の妨げとなる。
それはその術の構成が緻密であればあるほど、その規模が大きければ大きいほどに作用するし、大きく揺らいだままでは発動すらしない呪いもあるだろう。
感情を消し、心を凪の湖のように静寂で満たす。
それが通常で言う、明鏡止水の極意。
だが、怒りのみの一色に染め上げる事で揺らぎを消す事もまた、揺らぎなき明鏡止水。
怒りという感情は、冷静さを失い隙を生むともよく言われるが、それは染め上げていないからだ。
中途半端な怒りは確かに隙を生み出すだろう。
怒り狂うのではない。
冷静に、静かに怒りの炎に火を灯すのだ。
真っ赤に燃え盛るような怒りではなく、揺るぎなく身体の内側で静かに青く燃える怒りもあるのだ。
彼の力、試してみたかったが意外と慎重。
いや、そうではなく、考えていないだけかもしれんな。
彼はどうやら、父親に似ているようだから。
「僕はそう思うんだが、君はどう思う?」