現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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2話 傷

 

 

 あれからの事は覚えてない。

 起きたら病院のベッドの上、ではなく自室の自分の布団の上だった。

 窓から差し込む明かりが無いことから、既に日も落ちている事がわかる。

 窓ではない方へと顔を向けると、ジジイが真横に座っていた。

 

「ようやく起きたか。気分はどうじゃ?」

「ん。最悪」

 

 と言っても、体調はまぁ悪くはない。

 できれば、寝起きにジジイは遠慮したかったが、話したいこともあったしまぁいいかと思う。

 たぶんジジイお手製の傷薬のおかげで、左腕に痛みはないが、感覚もまたない。

 修行と称して痛めつけられるたびに塗り込んでいたので、この感覚は問題ないという事はなんとなくわかっていた。

 特に何もない見慣れた自分の部屋で、俺はゆっくりと話し出そうとしたのだが、先にジジイに心配された。

 

「まだ気分がすぐれんか?」

「いや。 ……それよりさ、妖がいたんだけど」

「…なんじゃと?」

「俺にしか見えてない、蟲がいた。きっとアレが妖だ。なぁジジイ… 妖は滅んだんじゃなかったのか?」

 

 何度も聞かされ、自身でも読んできた話の結末では、妖は滅んでいたはず。

 お殿様の特異体質により呼び寄せられた妖は、強大な力を得ていくとの話だったが、その土地はご先祖さまによって完全に封印されたのが御伽噺のきも。

 そもそも、結界師としての始まりは開祖である間時守が烏森(からすもり)家のお殿様に仕えた事に始まる。

 

 烏森家は異常なほど霊的エネルギーが高い一族であったらしく、妖しげなものや奇怪な現象に悩まされていた。

 そこへ呼ばれたのが、間時守。

 以後は烏森家付き結界師として仕えることになる。

 しかし烏森家は代を重ねるごとにその「力」を蓄積。

 近づく妖がその力を得、急激に進化して人を殺す事件が増えた。

 ある時、結界師が任につけない日が三日続き、四日目の朝には、増殖、巨大化した魑魅魍魎が城内を跋扈し、城内の人間は誰一人残っておらず、そうして烏森家は滅んだ。

 

 そんな代々の烏森家の「力」は土地へと移り、400年経った後に、封印され生き続けていたお殿様がいた烏森を、今度こそ永遠に封印したのが、墨村と雪村の若き結界師。

 強大な力をもった烏森が封印されたことにより、他の力ある土地、神祐地(しんゆうち)と呼ばれる場所も徐々に力を失い妖は滅んだと、ご先祖様の残した『雪村の書』に記されている。

 『雪村の書』とは別に、『墨村の書』もあるのだが、どちらも開祖の弟子であり結界師稼業に終止符を打った我らがご先祖様の残した書物。

 開祖が後継を決めなかったため、長年対立をしていたようで、それぞれに違った結界術の極意や、同じ内容でも解釈が違うのでどちらの書も面白いが、雪村の方が描写や記載が丁寧なので読みやすかった。

 

 話が逸れたが、ジジイは俺の言葉に考え込むように腕を組んでいた。

 

「……確かに滅んだ。ワシも、この歳にして今までに実物を見た事はない……」

「見えてなかった。 …じゃないのか?」

 

 神祐地が力を失うと共に、徐々に結界師や封魔師といった異能者の力も失われていったそう。

 それが故に、夜の住人であった異能者たちは力と職を失い、自然と一般社会に馴染んでいった、と聞いている。

 

「それはない。ワシやお前の母のように優れた結界師は生まれている。その者たちが気づかんはずはない」

 

 自分で優れたとか言うなよと思うが、俺よりも結界の扱いは上手いので確かにとは思う。

 じゃあ俺が見たのはなんなんだ?

 アレは、ヴィランに力を与えているようにも見えた。

 神祐地を失った妖は、人に寄生し、力を与えているのか…?

 それとも……

 

「唯守、お前は3日も寝てたんだ。今日ももう遅い。考えるのは明日にして、少し休め」

「ん。わかった」

 

 一旦考えをまとめよう。

 その前に、やっぱりもう一度寝よう。

 起きたばかりだというのに身体も瞼も重い。

 起こしていた上半身は吸い込まれるように布団へと沈み込む。

 すぐに眠りにつくだろうと思ったのだが、ふと頭をよぎることがあった。

 3日と言ったか?

 つまり、俺は3日も寝込んでたのか?

 そういえば、響香はあの後どうしたんだろう?

 無事に学校に行けたんだよな?

 俺は、アイツを倒したんだよな?

 そう思うと、あんなにも眠かったはずなのに、なぜだかいてもたってもいられず立ち上がると、障子を開けて、すぐさま窓を開けた。

 

 

 

 

 唯守、大丈夫だったのかな?もう、起きたのかな。

 病院に運ばれる前に、命に別状は無いとは聞いたけど、あのボロボロの左腕を鮮明に覚えている。

 ウチを庇ってついた傷。

 申し訳なさと、心配が心を支配している。

 両親と共に、唯守の家の前で待っていた時も、ずっと心臓はバクバクと大きく波打っていた。

 今なら過去最高の威力で個性を発動できると思った程に。

 日も落ち始めた頃に、茂守さんとタクシーに乗って帰ってきた唯守は目を開ける事はなかった。

 謝りお礼を言う両親と私に、茂守さんは、「この件はこの馬鹿がやったこと。それは直接言ってくれ」と言っていた。

 

 ヴィランに襲われたのは初めてだ。

 それに、

 『女殴れる奴なんか信用できるかよ……』

 あの時の唯守は、カッコよくて、ヒーローであり、ロックンローラーだった。

 なぜだか込み上げてくる照れくさい気持ちもあるが、それよりも今は、心配が勝る。

 明日は、会えるかな。

 そう思い、布団に潜り込み瞼を閉じる。

 

 今よりも、もっとずっと小さかった頃を思い出す。

 初めて、唯守に会った時の印象は……

 泣き虫。

 

 あれは、幼稚園に入る年のこと。

 

「ギャーーーーッ!!!」

 

 家を出てすぐに、男の子の甲高い絶叫がいつも響き渡っていた。

 気にはなっていたのだが、今日はいつもと様子が違う。

 男の人の声ではなく、女性の声が聞こえてきた。

 

「あらあら。泣くことないでしょう?」

「痛すぎるし、鬼すぎる!かーさんはジイちゃんより無茶苦茶だよ!!」

「そうなの?お父さんがうるさいから、わたしも仕方なくしてるんだけどねぇ…」

 

 叫びながらも飛び出してきた男の子は、周りも見えていなかったのか、吸い込まれるようにウチへとぶつかってきた。

 

「いったぁ……」

「あ…ごめん…大丈夫?」

 

 自分の涙を拭っていたのだろう、尻餅をついているウチに、手を差し出してきた。

 思わず握り返したが、そのびちゃびちゃの手と、ぐちゃぐちゃの顔。

 それを見て、思わず笑った。

 

「プッ…!そっちのが、大丈夫じゃなくない?」

「う…こ、これは……」

 

 鼻水垂らして泣いてる男の子なんて、幼稚園に入る前だし、引っ越してきたばかりなので初めて見た。

 あれは、いつ思い出しても笑える。

 

「笑ってごめんね。ウチ、耳郎響香!」

「おれは、間、唯守」

 

 ぐしぐしと目を擦りながらウチの手を引いてくれたのが、はじめての会話だったっけ。

 

 その後現れたお母さんに引っ張られて行く時の絶叫と泣き顔も、また笑えた。

 

 

 随分と懐かしい夢を見た。

 きっと今日は会える。

 そう思っていたけど、唯守が目を覚さないまま、もう3日も経つ。

 茂守さんには起きたら行かせると言われ、ずっと話もできないまま。

 どんどんと不安な気持ちが込み上げてくる。

 ウチのせいで、もう唯守は目を覚まさないかもしれない。

 ウチのせいで、唯守が死んでしまうかもしれない。

 そんな不安に押しつぶされそうで、なかなか眠れずにいた。

 そして、今日も完全に日は落ち、既に深夜と言える時間。

 唯守は、まだ起きてないよね……

 カーテンを開けると、今日は障子越しに光が漏れている。

 慌てて窓を開けたところで、視線の先の障子が勢いよく開き、唯守が窓を開けるカラカラという音が、静かに響いた。

 

「「あ」」

 

 同時に口を開けていた。

 無理をすれば飛び移れるほどの距離にある唯守の部屋。

 だから、その表情すらもよく見える。

 ようやく、顔を見れた。

 

「………よかった…」

「え?響香、どした?」

 

 少し顔色は悪いし、なんだか痩せた気もするけど、いつもの唯守だ……

 

「このまま、起きないんじゃないかと思った……ウチのせいで……」

「響香のせいじゃない。俺が弱かったから」

「ウチが速く逃げてたら、ああはならなかった」

「だとしても、ヴィランのせいであって響香のせいじゃないだろ?」

 

 安心させるように、わずかに笑みを浮かべている。

 庇ってくれた時といい、今といい。

 ウチよりも、よっぽどヒーローらしい。

 少しだけ、涙が出たのはバレてないはず。

 これじゃあ、立場が逆転だ。

 バレないように、少しだけ俯いて布団でゴシゴシと念入りに拭き取っておこう。

 

「どした?」

「なんでもない! ……ねぇ。ソッチ行っていい?」

「ん?いいけどなんもないぞ?」

「良いよそんなの」

 

 基本は茂守さんと2人暮らしだからか、意外と世話焼きな唯守は飲み物でも出そうという勢いだったが、この時間だし、茂守さんにはバレたくない。

 昔、唯守がまだヒーローを目指していた頃は、2人での合体技の練習だなんて言って、夜な夜な話し込んで、次第に騒いで、最後にこっぴどく叱られた事を思い出す。

 あの人、ウチにも容赦ないからなぁ……

 なんて思ってたら、「結」と言う唯守の透き通った声と共に、翠色の道がうちの窓から伸びていた。

 怪我して寝込んでたのに、無理をさせてしまったと内心で思いつつも

、サッと慣れ親しんだ唯守の部屋へと入った。

 昔ながらの和風な部屋。

 畳の匂いに混じって、唯守の匂いがする。

 

「唯守、決めた。ウチはやっぱり、ヒーローになりたい」

 

 唯守にだけ打ち明けていた悩み。

 お父さんもお母さんも、ウチ自身も、音楽は大好きだけど、やってみたいことが、いや、やりたいことができた。

 ウチはヒーローになる。

 誰かを守り、助ける、あの時の唯守みたいなヒーローに。

 

「そっか。

──なれるよ。響香なら」

 

 ニコリと笑った唯守に、思わずドキリとする。

 こんなハズいの初めてだ。

 昔から知ってる唯守なのに、なんだろうコレ。

 

「あ、でもさ。たまには聞かせてよ?響香の音」

「え?うん。もちろん楽器は続けるし」

 

 ヒーローになったからって、音楽に関わらないわけじゃない。

 唯守も初めてウチの演奏聞いた時、感動したと珍しく興奮していたのを思い出す。

 

「ならよかった。好きなんだよな」

「へ!?」

 

 不意打ちはズルイ。

 ウチらはまだ小学生だ。

 とはいえ、早い子は付き合ったりとかしてるけど……

 ウチと唯守はそういうのじゃないし!

 

「ん?そんな変か?響香の声も音も綺麗だし、俺は好きだぞ?母さんはあんなだし、ジジイはフォークしか聞かねーし。初めて聴かせてくれた時は本当に感動した。響香はスゴイよ」

 

 ズルイなぁ、天然は。

 先生やクラスメイトはウチのこと、すごく褒めてくれるけど、唯守のは、なんか違う。

 ウチからしてみたら、唯守の方がよっぽどスゴイよ。

 ハズいから言わないけど、唯守の姿に憧れたから、ウチもヒーローになって、守られるだけじゃなく、唯守の横に立っていたいと思った。

 今は興味ないかもしれないけど、きっと唯守は最高のヒーローになると、ウチは確信している。

 

「アリガト……あ、3日も学校休んでたから、うちにプリントいっぱいあるよ。明日渡す」

「……いや、大丈夫」

「大丈夫って、やらなきゃでしょ」

「ヤダ」

 

 心底嫌そうな顔で拒否する唯守におもわず笑ってしまう。

 

「まったく…でもさ、唯守は絶対ヒーローになれるよ。興味ないなら仕方ないけどさ、あの時の唯守…その…カッコ良かったし」

 

 最後の方は小声になってしまったからか、少し怪訝な顔をした唯守だけど、特に追及もしないところを見ると、どうやら聞こえていなかったらしい。

 まぁ、いいけどさ。

 せっかく、無理して言ってみたのにな…

 

「ヒーロー、ね。ちょっとだけ、やる気出たからな。まぁ頑張ってみるさ」

 

 驚いた。

 小学校に入ってからは、全くと言っていいほどヒーローに無関心だった唯守がそんな事を言うなんて…

 

「ウチから言っといてアレだけど、なんで?」

「ご先祖さんの後始末、かな」

「なにそれ?」

 

 結界術、神祐地、妖、異能。

 何度か聞かされていた事のある御伽噺。

 でも、唯守はあの日、それが見えたらしい。

 ウチには見えないけど、唯守だけに見えるヴィランのようなもの。

 他の人には見ることもできないそれを倒す、結界師になるのだと言う。

 個性じゃないとはいえ、結界術を使うそのためには、ヒーローライセンスは必要だから、目指してみるそうだ。

 

「個性使いたいからヒーローになるなんて、変なの。でもさ、それって結局ヒーローって事じゃない?」

「ヒーロー、なのかな?でも、コレ個性にしか見えないんだから、仕方ないよな。俺の個性、めちゃくちゃ地味だし」

 

 結界を作り出して笑う唯守。

 久しぶりに、その後もずっと二人で話をしてたら、いつのまにか眠っていた。

 翌朝、唯守の布団で寝ていたところを茂守さんに起こされるも、珍しく怒鳴られる事なく、静かに、「ちゃんと玄関から、家に帰りなさい」と言われたのがまたハズかしかったけど。

 

 それからまたも、3日後。

 警察への説明やらなんやらをしていたそうで、ようやく学校に来た唯守の左手の包帯ははずれていたが、そこに残る大きな傷跡に胸を締め付けられた。

 チラリと目に入るその傷を見るたびに、ウチのせいだと、自分の弱さを実感する。

 見ててよ唯守。

 今に、追い越してやるから。

 

 この時のウチは、これからも唯守と一緒にいるんだろうと、二人で大きくなって、次は近くの毛糸中学に通うんだろうと安直に思っていたが、まさか小学校を卒業してすぐに引越すことになるなんて、思いもしなかった。

 

 

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