現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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22話 正当継承者

 

  

 透き通った結界があらゆるものを拘束している。

 死柄木も脳無も黒霧も、僕たちすらも。

 ただその結界は、間くんの緑色とは違う、青い色をしていた。

 

「…………」

 

 そこに突如として現れた槍のような武器を持った女性。

 どことなく葉隠さんのヒーローコスチュームに似た衣装をしているけど……

 間くんと葉隠さんのどちらか、あるいはどちらにも関係している人なのか。

 例えそうだとしても、なぜ今、ここにいるのか。

 

「なんだよお前…!ヒーローか…?」

 

 何をしているのかわからないけど、女性は間くんの横にしゃがみ込んでいる。

 間くんは左肩から首の半分までが崩れ去り、始めはヒューヒューという音が彼の剥き出しの喉から聞こえてきていたのだがその音も聞こえなくなり、手遅れだと、そう思ってしまっていた。

 凄惨な光景ではあるが、女性が手を翳すと、何事も無かったかのように間くんの首と肩は元通りとなった。

 だけど、その頭の傷は元のまま。

 一体なにをしたんだろう。

 でも、僅かに上下する胸を見ると、無事に命は繋ぎ止められたようだ。

 本当に、本当に良かった……

 

──ピィィィィィン

 

 安心した直後、静かな、それでいて圧倒的な何かを感じた。

 走馬灯とは違い、何もされていないのに五感の全ては機能を失い、重力すらも感じない。

 死とはコレを言うのかと思えた。

 そんな体験を終えた後に、冷や汗が身体中から吹き出してきた。

 蛙吹さんも峰田くんも、口をパクパクと開け閉めしており、その顔にはまるでフルマラソンでも走ったかのように汗が滴り落ちている。

 

「なんなんだ……お前……」

「名乗る必要があるのかしら?

──今から消える人たちに」

 

 死柄木の問いに答えたその顔は、美しかった。

 ただそれは造形物のような美しさであり、人間味は感じられない。

 今の僕なら神と言われても信じたかもしれない。

 オールマイトを初めてみた時のような、そんな圧倒的な存在。

 ただオールマイトから感じられる安心などとは程遠く、ただ生物としての絶対的な差を感じた。

 そんな女性はおもむろに、間くんと同じように2本指を立てる。

 

「いけない!!死柄木弔!!」

 

 黒霧のワープゲートが広がり、二人を包みこむ。

 ハズだった。

 

「そん、な…」

「何をしやがった…?」

 

 二人のヴィランからは僕たちと同じ、困惑や、わずかながらにも恐怖にも似た感情を感じる気がする。

 

「逆になぜ、簡単に逃げられると? どこからその自信がくるのかしら?」

 

 女性は何をどうしたのかはわからないが、いつの間にか黒霧と呼ばれたヴィランの肩に手を置いており、ワープゲートを霧散させると悠然と立っている。

 その立ち姿に、さっきまでの…今は横たわり動かない彼の姿が重なったように思えた。

 

「脳無!!」

 

 脳無と呼ばれた怪人は、今の今まで僕らと同じく結界の中に居た。

 それをぶち壊し、猛然と女性に襲いかかる。

 だが、女性の指先から間くんと同じような半透明の糸がいくつも伸びて脳無の身体を拘束した。

 

「硬い、強い…か。まともにやるには面倒ね」

 

 そう呟いたところで、突如として脳無の姿は消えている。

 脳無の足元から生えるように、結界が猛スピードで空へと伸びていっているのだとは思うけど、それはドームの天井が割れる音がしたから気づいた事だった。

 そして、女性が指を2本立てた右手を横へと振るった。

 

「さようなら」

 

 もともとガラス張りなので見えはしたんだろうけど、開けられた大穴のおかげで今はハッキリと見える。

 そこには、空へと伸びる結界とは別に、先端が見えないくらい横へと伸びる、長い長い青い結界が出来上がっていた。

 

「脳無が……なんだコイツは……オイ、どうなってんだよ!黒霧ィィ!!」

 

 死柄木の叫びが響き、女性はゆったりとした仕草で右手を構えたところで、声が聞こえた。

 

「あまり虐めないでもらえるかなお嬢さん。これでも友人の教え子なんだ」

 

 男とも女とも、老人とも子供ともとれる声。

 だが、その容姿を見る事は叶わない。

 そこには誰もいないから。

 もしかして、これが透明なヴィラン…?

 

「……貴方と私はもう関係がないはずだけど、従う必要がどこに?」

「対価はいずれ払おう。そこの"継承者である"ぼうやにも手は出さない。君がこの"時代"で異界に詳しいのは認めるが、俺はそれ以上だろう?」

 

 女性は動きを止めはしたけど、その声に答えなかった。

 

──バァァァン!!

 

 代わりに、とんでもない轟音と、

 

「もう大丈夫」

 

 人々を安心させる声が響いてきた。

 

「私 が き た!!!」

 

 

 

 

「16、17、18……教師2名と生徒2名以外は、ほぼ全員無事か」

 

 ベージュ色のコートにハットを被った、いかにもな刑事がUSJ出入口前に集められたウチらの人数を数えて呟いた。

 

 生徒2名。

 その内の1名が誰に当たるのかは、ここに来てすぐにわかった。

 妖に関して、式神に関して、色々と問いただそうとしていた男がいないのだ。

 今ここにいないのは、相澤先生と13号先生。

 また指をぶっ壊していた緑谷と、保健室まで付き添いに行ったらしいオールマイト。

 それと、唯守の5人。

 

 結局あの後はオールマイトが現れて、巨漢のヴィランを倒した。

 らしい。

 ウチは聞いただけだからわからないけど、ワープゲートの個性を持つヴィランともう一人、主犯格と思われる手のヴィランの逃亡を許してしまったのだそう。

 飯田がヴィランの手から抜け出し応援を呼びに行っていたらしく、今ここには警察に加え、雄英の教師陣が揃い踏みしている。

 ウチらがまだ学生だからか、そのまま事情聴取というわけにもいかないと教室に戻るようにとの指示でみんな動き出したのだけど。

 

「刑事さん、先生たちと、間ちゃんは……」

 

 唯守と峰田と緑谷と一緒に、セントラル広場にいたらしい梅雨ちゃんが塚内と呼ばれている刑事さんへと話しかけていた。

 梅雨ちゃんの顔色は悪く、表情も暗い。

 何があったのかはわからないけど、危険な目にあったのであろうことはわかった。

 

「………」

『相澤さんは両腕骨折、顔面骨折……幸い脳系への損傷は見受けられず、13号さんは背中から上腕の裂傷がひどいようですが、お二人とも命に別状はありません』

 

「……だそうだ」

 

 塚内刑事は通話中の端末をスピーカーにして、みんなに聴こえるようにしてくれていたので聞こえていたが、先生たちは命に別状はないようだ。

 じゃあ……

 

「それで、間は!?」

 

 峰田の縋るような問い掛けに、クラス全員が耳を傾けているように見えた。

 そのただならぬ様子にウチの心臓が鼓動を強める。

 もしかして、なんて考えたくない。

 あの時ウチが広場へと向かっていたら、何かが変わったかもしれない。

 そんな後悔が胸を締め付ける。

 ウチを含めて、誰一人話す事なく息を飲んで塚内刑事を見つめている。

 そんな塚内刑事はそう言った峰田をちらりと見て、口を開いた。

 

「彼も意識不明で救急搬送されたが、命に別状はないとのことだ」

 

 気が抜けたかのように峰田と梅雨ちゃんはペタリとその場にしゃがみ込んだ。

 

「うぉー!オイラ、マジでアイツが死んだんじゃないかと思って……良かったよぉぉぉ!!」

「ケロ……」

 

 気づいたら、ウチも二人と同じ目線にいる。

 不思議に思ったが、どうやら膝から崩れてしゃがみ込んでいたみたい。

 そして、急に後ろから抱きしめられた。

 でもその手は見えない事から、誰かというのはすぐにわかって、優しいけど、少し震えた声が耳もとからウチへと入り込んでくる。

 

「良かったね」

 

 背中に僅かな湿り気を感じて、ウチの目からも何かが出てきているのがわかる。

 それはきっと、目の前で峰田から滝のように出てるものと同じだろうと思った。

 

「大丈夫かなんて……まだわかんないじゃん…」

 

 命に別状はなくても、またあの時のように起きてこないのではないかと。

 力になれなくても、足手纏いでも広場に向かえば良かったと。

 不安と後悔に押しつぶされそうになる。

 

「それでも大丈夫だよ。内緒だけど、時織さんも来てたから。きっと、ね」

「………うん。ありがとう、”透”」

 

 不思議と、自分を励ましてくれる少女のことを下の名前で呼んでいた。

 もう会えないのではないかという不安を抱きながらも、彼女の言葉と唯守を信じることにした。

 

 すぐに起きてこなかったら、無理矢理にでも起こしてやろうと思いながら。

 

 

 

 

 瞼越しに光を感じて目を開けた。

 なんだか妙な夢を見ていた気がするが、今の今なのに思い出せないな。

 というか、生きてた。

 他のみんなは、どうなったんだと思うが今の俺に確かめる術はない。

 それに、

 

「どこだ……ここ?」

 

 目が覚めたのは良いが、今は見知らぬ部屋のベッドの上にいる。

 壁にかけられたシンプルな時計を見るに、今の時刻は朝らしい。

 生きていたという事を実感しながらも、あの時敵を倒せなかった事に自分の非力さを痛感する。

 あれがヴィランか、プロヒーローになるにはあんくらい倒せなきゃならんのか。

 まだまだ、先は長いな。

 遥か遠くに思えた世界を思いながらも、まずは自分の状況を観察してみるため、入院着のような衣装を捲り左肩から首にかけてを見てみるも、無傷。

 完全に元通りになっている。

 なんじゃこりゃ、病院やべぇな。

 

「………あんた何考えてるの?」

「げっ……姉ちゃん……」

 

 俺の崩れた場所が治っているのは、医療技術によるものではなく、どうやら姉の個性【時折】のおかげのようだ。

 文字通り、生物無生物問わず、自分以外のモノの時間を未来か過去へと折り曲げる個性。

 昔は10秒くらいが限度だったはずだが、今はどのくらいいけるのやら。

 姉の劣化版タイム風呂敷個性は俺とは違って万能で羨ましい。

 触れている物に限るとかだった気がするが、この個性と治癒術があるからこそ、姉ちゃんは無茶な修行を俺へとつけていたんだけど、今回はマジで助かったな。

 頭には包帯が巻かれている事から、あの崩れた個性は治してもらえたようだがあの脳味噌頭に殴られた傷は間に合わなかったのか。

 とはいえ痛みも殆どないし、やはり医療技術も凄いものだ。

 

「私が間に合ったから良かったものの、間にあってなかったら死んでたわよ」

 

 無表情の割にこの威圧……

 珍しく、めちゃくちゃ怒ってんな。

 というか、今更だけどこの姉はあのタイミングでどうやって雄英に突入してきたんだ……

 

「ごめん。でも、俺がやらなきゃ──」

「今のあんたが勝てる相手じゃなかった。逃げに徹していたらヒーローが間に合っていた状況だった。向かっていく必要がどこにあったの?」

 

 ぐぅの音も出ないが、あの状況で三人を連れて逃げるのは不可能だったし……

 

「でも──」

「あんたは弱いし、"まだ"ヒーローじゃない。好きな事をさせたいとは思っていたけど、力も無いくせに好き勝手やるのは良い加減にしなさい」

 

 弱い事もヒーローじゃない事も認める。

 けど、好き勝手なんて…んな事思ってない。

 バカだったかも知んないけど、俺は俺で考えてやってんだ。

 

「な……コレでも俺なりにいろいろ考えて」

「正当継承者。コレは名ばかりじゃない。唯守がもしもいなくなったら、また家族が……」

「ん……」

 

 俺が死んだら、ならわかるけど正当継承者だからってどういう意味だ?

 左の鎖骨にあるただの四角いアザに手を這わせた。

 

「こんなモンに、何の意味が──」

 

 継承者に関しての話をしようとしたところで、甲高いノックの音が部屋へと響く。

 その音の出どころはやけに低い位置で、子供が入って来るのかと思った程だがそうじゃなかった。

 

「起きたようだね、間くん。間くんのお姉さんも、少し時間を頂けますか?」

「私がお見舞いにきたよ、間少年」

 

 校長と、オールマイト。

 チラリと姉を見たところ、任せるという意味か俺を見ていた。

 

「ん、大丈夫ですよ」

 

 そう言って答えると、すぐさまババっと頭を下げられた。

 

「申し訳ない事をした。生徒を預かる身でありながら、君を危険に晒してしまった。こんな謝罪で許されることではないとはわかってはいるけど、まずは謝らせて欲しい」

「本来なら私があの授業には参加している予定だったんだ。私が他の事件に首を突っ込んだ事が原因で間に合わなかった。私があの授業に最初からいれば、こんな事にはならなかった……全ては私の責任だ」

 

 二人してビシッと頭を下げてくれているのだけど、そんなことより大前提はヴィランのせいであって、二人は、ましてや教師陣は悪くないと思うのだけど。

 

「いやいや、悪いのはお二人じゃなくて──」

「それで?」

「ん、姉ちゃん?」

 

 姉ちゃんは俺の言葉を遮り、二人へと視線を強める。

 

「情報が漏れていた。

 セキュリティーを突破された。

 唯守がいなければ他の生徒もどうなっていたかわからない。

 私が間に合っていなかったら唯守と三人の生徒は確実に死んでいた。

 それで、私の責任だと言うナンバーワンヒーローはその責任をどうとると?」

 

 ピシャリと言い放った姉は、いつも通り無表情のまま。

 だというのにも関わらず、明らかに怒気を孕んでいる。

 なんで、今回はこんなに怒ってるだろ。

 

「セキュリティーの大幅強化に加えて情報の秘匿性を上げる。月並みではありますが、今予定している対策は──」

 

 校長が話している途中、急に空気が変わった。

 それは重く、鋭いものへと。

 

「認識が甘すぎる。もし私が雄英を狙うヴィランなら……

 あんなところ、一晩もあれば潰せますよ?」

 

 背筋が凍る。

 息が止まる。

 マジだこれ。

 

「姉ちゃんっ!」

 

 やりすぎだ。

 俺が叫んだところで圧は弱まり、姉はいつもの無表情へと戻っていた。

 

「………少し、言いすぎたかもしれませんね。私もセキュリティーを勝手に突破した身。そちらに関しては謝罪をしましょう。失礼しました」

「いえ、ご家族を思えば当然の事です。おっしゃられた事も全て正論。返す言葉もありませんが、今後のセキュリティーは現状の倍以上のものにすると約束します。後程で構いませんので、どのようにセキュリティーを突破されたのかのお話も参考にお聞きできればと思っております」

 

 校長もオールマイトも再度頭を下げたところで、姉は踵を返して出口の方へと歩いていく。

 未だに圧は消えておらず、二人を威圧しているよう。

 本当にらしくない。

 何をあんなに怒っているのか。

 

「今後はもう少し、真剣に考えてもらいたいですね」

 

 そう言って、ガラリと引き戸を閉めると圧は一気に霧散した。

 ふぅーーーっと大きく息を吐いたのだが、目の前の二人も同じような顔をしてた。

 

「……すみません。姉ちゃんは変わってて」

 

 冷汗を拭いながらも二人に声をかけると、二人は顔を見合わせた。

 

「当然だと思うよ。全部正論だからね。本当に取り返しのつかない事をしたんだ。お姉さんの指摘も怒りも、当然のことなのさ」

「家族想いの良いお姉さんじゃないか」

 

 家族想い、か。

 姉ちゃんは俺のことどう思ってるんだろう?

 父さんのことも、母さんのことも、多分好きだったんだとは思う。

 二人といる時だけは、笑ってたから。

 でも今は、わからない。

 高校一年生の俺には、8年も離れていた姉の心情はわからなかった。

 

「間少年、すまなかった。そして、ありがとう」

「君の分身が他の生徒たちを救った。本来であれば我々教師が行うべきことだ。下げる頭が足りないのさ」

 

 分身……?

 あぁ、式神の事か。

 というか、そんな事よりも気になってる事がある。

 

「俺以外のみんなは大丈夫だったって事ですか? それと、相澤先生の怪我は…?」

 

 生徒はもはや安定とも言える緑谷の指の負傷だけだと言う事と、相澤先生も、13号先生も無事だと聞けて安堵した。

 その後はもう何度目かという謝罪と感謝をもらい、入院費や治療費は全額負担してくれるとの事。

 他にもなんか言ってたけど、後はジジイと話してくれと伝えてひと段落した。

 

 あの妖を早々に倒していれば。

 バケモンを俺が止めていれば。

 そもそもゲートが開いた時点で滅却する事ができていれば。

 

 そうすれば、誰も傷つかなかった。

 姉ちゃんの言う通り、俺は……弱い。

 もっともっと……力が欲しい……

 

 布団を握り締め、力を込めたからかほぼ治っているハズの頭の傷がズクズクと疼く。

 力といえば、最強といえばの人物が目の前にいる事を思い出す。

 何か盗めるかもしれない。

 というか先生なんだから、教えて貰えばいいんだ。

 俺の夢を、ヒーローに任せとけば良いと思わせた最強のヒーローに。

 そうすれば、姉ちゃんを見返すくらい強くなれるだろ。

 

 そうしてナンバーワンヒーローに教えを頂こうと視線を向けると、なんとも頼りない苦笑いを浮かべ頬を掻いている筋骨隆々の姿。

 なに?

 

「いやー!それにしても君のお姉さんは怖いな!」

 

 アレ……ダメかもしんない。

 

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