現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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35話 一瞬決着

 

 

 

 何かあったのか。

 試合がなかなか終わらないようだ。

 

 葉隠透は選出控え室にて静かに思いに耽る。

 自身の中学校からの友達に話したいもあるが、今は自分の事を優先するべき。

 そう自分に言い聞かせる。

 なにせ相手は人体の自由を奪う事に適した電気系の個性の持主。

 おそらく、自分の最も苦手とする相手。

 その中でも無差別放電など最たるもので、自身の個性を無視し、見える見えないではなく、まさに第二試合のように、開始直後に試合会場全てを攻撃範囲とすることが相手のしてくる事だと想像もついている。

 そんなことを考え、透明である自身の額を、これまた透明な雫の垂れる感覚にハッと考えを改めた。

 

 焦っちゃダメだ。

 私だって、できる事はいっぱいある。

 インビジブルは最強無敵!

 とはいえ、放電は全方位攻撃なのだ。

 自分が見えなかろうと、増えようと、意味がない…

 ……いや、手はある。

 むしろ自分のやる事はひとつだけだ。

 まだそんなに精度は高くないが、やるしかない。

 

 ぶっつけ本番こそが自分の得意分野だと言い聞かせたところで、特に大きな歓声もなかったが、自身の試合の番だと連絡が入る。

 試合の決着で盛り上がりがないなんてなぜだと思ったところで、集中が途切れたことに気づく。

 パチンッ

 と自身の頬を寮の手のひらで叩いて乾いた音をさせると、葉隠透は立ち上がった。

 

「待ってて。私も、勝ってくるからね」

 

 

 

 

「おまえさぁ…」

 

 本当に、嫌になる。

 なんなんだコイツは、本当に頭領の弟か?

 マジになった、あの騎馬戦の時はバケモノみたいな呪力を放ってやがったくせに。

 今は泣きそうな顔して、競技場の屋外、木を背もたれに、自分の膝を大事に抱えて突っ伏していやがる。

 

「なんだよ…影宮…とか言ったっけ?今は触れてくれるなよ」

 

 情けない声を出しながら、俺の目の前で間の名を持つ奴が、声と同じくなよなよとしてやがる。

 頭領となにを話したのか知らないが、様子を見てこいとの翡葉さんからの命令じゃなきゃ、俺だってわざわざ見にくる事はない。

 この顔を見てるとなんでだかイライラする…

 なんだって俺がコイツとお近づきにならなきゃならないのか。

 

「……おまえさ、なんだってあんなすげぇ呪力持ってくるくせに使わねぇの?」

「…あん?」

 

 ようやく顔をあげたが、コイツ…本気でこんなこと思ってるのか?

 俺は、あの不死身の無道よりもなによりも、コイツが危険だと感じ取ったというのに。

 あの時感じたコイツの力には、完全変化した俺を軽く超えるものだと羨望すら感じたというのに……ふざけた話だがどうやら本気でわかっていないようだ。

 

「まさか、自分の力も理解してないのかよ。────はぁ」

「…なんだよ」

 

 文句を言いながら、ぷいっと横を向く間唯守。

 

「俺だって頑張ってんだよ……」

 

 本当に、いったいなんなんだコイツは。

 女々しいし、ガキみたいな奴だ。

 もういいだろう。

 翡葉さんには、たいした事なかったとでも報告しておこうと思った時だった。

 去ろうと背を向けた俺の手を掴んでいる事に気付く。

 

「なんだよ?」

 

 先程とは真逆の問答。

 

「…頼む。教えてくれよ?その、お前の言う力の使い方ってやつを」

 

 そう言ったコイツの目は、さっきまでの泣きそうな目ではなく、光を灯さない、頭領と同じ目をしていた。

 

 

 

 

 

『さあ!!次の対決!!スパーキングキリングボーイ上鳴電気 (バーサス) インビジブルスニーキング葉隠透だあ!!』

『上鳴の放電に対して葉隠がどう戦うかがポイントだな』

 

 闘技場に上がる足取りは軽く、音もしない葉隠。

 対して、スタスタと音を立てて上がる上鳴。

 

 お互いの顔が見える位置まで上るも、一方の顔は当然の如く見えない。

 

「これ終わったら、飯でもいかね?」

 

 そう言った上鳴の脳内では未だ知らない葉隠の素顔が浮かぶ。

 普段の身振り手振り、性格、声と本人の証言からきっと美少女だという妄想だけはあった。

 

 葉隠の体育祭の成績は間違いなく上位。

 上鳴は、それに対して自分はトップ集団に入れていないと少しの焦りを感じていた。

 

 この勝負は一瞬で終わる。

 開始直後に全力放電をかますしかないから。

 そうなったら、お茶に誘うしかないっしょ。

 俺が落ち込む彼女を慰めてあげるしかないっしょ!

 

 そう確信している上鳴だが、普段は口数の多いはずの相手からの返答はない。

 少しの違和感を感じつつも、プレゼントマイクからの試合開始を表すスタートの声が聞こえたところで、自身の思いを口にした。

 

「多分この勝負、一瞬で終わっから!」

 

 そう言った自身のセリフに対して、葉隠透を形取るジャージが消えていく光景が、彼の最後の記憶。

 

 

 

 

 

 インビジブルは最強無敵。

 自分への暗示のように、心の中で繰り返す。

 

 闘技場に向かうにつれて熱気と人の声が騒がしい。

 自身の胸の高鳴りも感じる。

 

 うーーーーん。

 緊張してるかも。

 でもダメだ。

 唯くんの言っていた格言みたいなのを思い出せ。

 あのまじないを学びはじめた日々を。

 

【心を静かに 柔らかく 深く保つべし】

 

 深くと言うのはよくわからなかったけど、その次の言葉にしっくり来た。

 その前に、俺もよくわからんがと言ったあの無表情にチョップを入れたことを思い出し、今は違うと左手を左右に振る。

 

 心に形を与える。

 今でこそわかるが、これこそがまじないの原動力。

 私は常時発動型だからわからないけど、異能も個性も心の浮き沈みに作用するのだと思う。

 だからこその、冷静沈着、明鏡止水。

 

 日々のスニーキング行為を思い出せ。

 精神を研ぎ澄まし、音を殺して心を殺す。

 あの気配に敏感な猫毛男を背後から驚かすんだ。

 

 その時見せる、あの驚いた顔が見たいから。

 

 一際高鳴った心臓。

 自分でもわかるが、それを一気に落ち着けていく。

 

 勝ったら、笑ってくれるかな?

 勝ったら、褒めてくれるかな?

 

 そんな考えを一瞬で消していく。

 揺らぎは消えたはず。

 

 一目漠然の第二の使い道。

 むしろ本当はこっちを先に思いついたのだが、難易度の高さから雑にできてしまったのがどれでショー。

 

 今の心の状態なら、行ける!

 やったんぞ!

 

 

 まじないを発動し、ゆっくりと試合会場へと進む。

 

『さあ!!次の対決!!スパーキングキリングボーイ上鳴電気 (バーサス) インビジブルスニーキングガール葉隠透だあ!!』

『上鳴の放電に対して葉隠がどう戦うかがポイントだな』

 

 先生たちのアナウンスを横に聞きながらも、私はゆっくりとその場所へと向かう。

 

 息を殺せ。

 入試を思い出せ。

 ここから先は、いつ始まるかはわからない。

 

 高鳴ろうとする心音を殺す事にも意識を向けない。

 意識はどこへともなく、柔らかく、自然体で。

 ただ、静かに、深く……

 

 目の前に見えている、私のジャージに対して声をかけているようだが、耳には入って来ているようで、抜けていくようで。

 私の心を動かす言葉でないことだけは理解できる。

 

 拳を小指から薬指、中指、人差し指の順番に握りこむ。

 親指は人差し指と中指に掛け、小指と親指で、薬指・中指・人差し指を挟むように固く握る。

 その後は拳には力を入れず、力を抜くように、もう一度自然体だ。

 

 そこでようやく、待ちに待った、スタートのアナウンス。

 細波も立てまいと押さえ込んでいた気持ちを爆発させる。

 

「多分この勝負、一瞬で終わっから!」

動転瞠目(どうてんどうもく)サイクアウト』

 

 自身の存在をズラし、まるでそこにいるかのように虚像のみを別の場所に投写する。

 自分自身は完全透明化を行い別の場所へと陣取っていた。

 そう、葉隠透の試合開始の立ち位置は上鳴電気の真横。

 

 半身で構えたところから引き手をしっかりととる。

 半身だけでなく、腰の回転力も使って全身の力を拳へと伝える。

 上鳴くんの顎の先に当たる瞬間に突き手をひねり、その威力を、余すことなく!

 

 

────

 

 

 私の攻撃に威力はいらない。

 インビジブルは最強。

 中学校の一年生の時まで、本気でそう思っていた。

 だが、一芸だけじゃヒーローにはなれない。

 そのことを、この正拳突きを教えてくれたあの一家が教えてくれた。

 

『えーい。なんじゃその腰は!回転をさせんか!もっと力を抜けい!』

 

『おいジジイ!透のどこ触ってんだよ!捕まりたいのか』

 

『なんじゃとお!?』

 

『透、嫌だったら言えよ?俺だって一応習ってんだから、打撃系なら教えられるぞ?』

 

『お前が誰かに教えるなんぞ100年早いわ!!』

 

 そう言いながら、唯くんの家にある道場で稽古もしてくれた。

 結界があるのだから、こんな事しなくてもなんて思っていた。

 私はまじないで、透明に磨きが掛かればいいと、ただそれだけを思っていた。

 だけど、そんな考えを茂守さんが吹き飛ばしてくれた。

 

『そんなものでお前が守りたいと抜かすものは守れるのか?』

 

 素手の唯くんを竹刀で殴りつけた後、文句を言う彼へと言い放った言葉。

 それはそうだ。

 ヒーローになるなら、戦闘になる場合もある。

 私のスニークスキルも、私が何もできないなら諜報しかできない。

 だけど、私は──

 

『昏倒させる、拘束する、腕力だけではなく、人は戦える。人体の急所くらいは知っておけ。妖相手ともなればまた別の話となるが、全ての知識には応用が効くものじゃ。葉隠の娘よ、お前もここにいると言う事は、そうじゃろうが』

 

 

 

────

 

 

 あの中学時代の経験が私を強くする。

 

 振り抜いた拳は、早く鋭い。

 拳頭は正確に上鳴の顎先を射抜く。

 

「──うぇい?」

 

 放電をさせる前に、意識を奪う事に成功したようだ。

 ゆっくりと倒れる上鳴くんをそっと受け止めて、地面へと寝かす。

 目は開けたまま、脳震盪をしっかりと起こしてくれたようで、顔はいつもの放電顔。

 勝利を確信した私の口角は人知れずに上がる。

 

 だけど……

 あれ? なんでこんなに、静かなの?

 

『瞬・殺!!』

 

 先生のアナウンスで、ようやくザワザワと声が増えていき、それは一気に爆発した。

 

『うぉぉぉぉぉお!!!アンビリーバボーー!!透明人間の瞬間移動!?』

『おそらくだが、騎馬戦の時の応用だろう』

 

 上がる歓声。

 上がるテンション。

 

「勝者!葉隠さん!!2回戦進出よ!!!」

 

 どうだっ!

 見たっ!?見てくれてるよね!?

 

 お母さん、私強くなったよ!

 茂守さん、今のは褒めてくれてもいいんじゃない!?

 

 さっきとは打って変わって、脳内は興奮が支配している。

 

 

 私が、彼の隣に立つ。

 響香ちゃんには、負けない…!

 

 

 その想いも、彼女の興奮にすぐに掻き消えていった事に彼女はまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

「ははは。どうだ?お前は知っていたか?」

 

 趣味の悪いアンティークで飾られた部屋。

 テレビでは雄英体育祭が流れており、今は第一回戦も終わりを迎えたところ。

 そんな部屋の中で、老人とも子供とも、何にでも聞こえる声がわずかに響く。

 

「…アレがはじまりだとでも言いたいのかい? あぁ、知っていたかと言う質問の答えはNoだよ」

 

 わずかに間を置き、思案するようにした彼は豪勢な椅子に腰掛けたままそう答えた。

 

「ふん。全てを見ることのできるお前が、そんなはずはないだろう? だが、知識がないとそうも言ってられないのか」

 

 自身の質問を自身で掻き消すこの道化を横目に、彼は違う場面を観る。

 その場面を観て、記憶と照らし合わせ、その顔に皺を刻む。

 

「そうさ。僕はまだ、観客でしかない。観客はなんでも知りたがる。僕はなんでも知りたがるのさ。この世の全てをね。だが、知るには識らなきゃならないからね」

 

 だから、君と付き合ってるのだと彼は言う。

 彼以外観ることの叶わない、この現世の全てを識るために。

 

「観客の中にも、舞台にあがりたいと焦がれる者もいるだろう?」

 

 その声に、彼はその顔により一層深く皺を刻んだ。

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