現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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43話 蠢く

 

 

 

  目前に広がる断崖は、圧倒的だった。

人工物を寄せつけないように聳える垂直の岩肌。足場も、登る隙間すらない。

 

「すげー地形。これ、どっか港とかあるんすか?」

「すごい形してますね。お墓みたい」

 

 唯守と柳がぽつりと呟く。

 

「昔はここ、公には出来ない組織の持つ島だったのよ」

「だから、そんなもんはねーってわけだ」

 

 刃鳥が船の縁に腰をかけ、視線を崖に向けたまま言い、ミルコが仁王立ちのまま崖に視線を送る。

 

「外からは見えないけど、いろいろ隠してる……そんな感じ」

 

 断崖を見つめる柳の長い灰色の前髪が潮風に揺れる。

 

「たしかにココおかしいですよ…やたらと罠…?いや、違うなマヤカシの呪いがかかってる」

 

 影宮は辺りの崖から感じる呪力に意識を向けた。

 

「受刑者や職員の部屋も、外から見えない作りになっていたそうよ」

「道理で。嫌な気はしねーが、妙な気はするのはそのせいか」

 

 神の使いなどの伝説も多くある【兎】の個性だけあり、ミルコは霊感が強い。

 ただ、呪力の使い方を全く知らないため、妖相手という面だけは夜行に劣っていた。

 

「……入り方どうするんだよコレ。船じゃ上がれねぇぞ。崖だらけだし」

 

 影宮は腕を組んで、唸るように言っている中、唯守は静かに手印を結ぶ。

 

「まぁ、地道に登って行きますか──結!」

「……へえ。時織と同じ…色がチゲェのはなんかあるのか?」

 

 結界の足場が断崖の三分の一程までいくつも出現し、ミルコは目を細めて、空中に現れた、自身の知っている青とは違う緑の結界を見つめた。

 

「いや、たぶん特に違いはないっすけ──」

「──え?」

「ならイケるな!」

 

 言いかけている唯守は突然身体を掴まれ、柔らかいものに顔が包まれる。

 影宮は意識を集中させるために両の手を船の床へ付けていたのだが、その腰を掴まれた。

 そして、柳の方にもちらりと目をやった。

 

「つかまってろ。じゃ、行くぞ!跳べばはえーだろ!」

 

 柳はミルコの背中にしがみつく。

 そんなミルコは唯守を胸に、影宮を脇に抱えて、グッと踏み込んだ。

 

「むーむー!!」

「何して──」

「離すなよッ!!」

 

──ドォン!!

 

 瞬間、ミルコの脚が船を蹴り抜く。

 爆発的な跳躍力が海風を引き裂き、彼女は空へと跳ぶ。

 唯守が展開した結界を段飛ばしで跳ね、次の道を唯守へと催促した。

 

「ほらっ!次だ次ィ!」

「うっぷぷぷ!ぷぶぶーー!」

「……マジかよ」

「スゴ…」

 

 唯守が声にならない叫びをあげ、影宮が呆れたように呟き、柳が感嘆の声を漏らす。

 ミルコの胸に顔を押し付けられた唯守は前も全く見えていない。

 ただ自身の位置から上に上にと適当に結界を生成しながらも、なにやら強く訴えている事はわかる。

 

「つーか、うらやましーのかなんなのかわかんねー状況だな」

「むむむむ!!」

 

──その頃、残された刃鳥は、小さく息を吐いていた。

 

「ほんと、変わんないな……あの人」

 

 刃鳥は右の袖を捲り、その右腕をあらわにする。

 刺青のような黒い模様はまるで液体の様に右腕から溢れ、徐々に羽根状となっていった。

 船の縁に片足を乗せ跳ぶと、羽根は羽ばたき、次の結界を踏み、更に跳ぶ。

 

「唯守くん、借りるわよ」

 

 低く、短く呟き、跳んだ。

 刃鳥の右腕から伸びる黒羽により、風のように空へと舞い上がる。

 

 こうして、

 旧断頭島へ、ようやく足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ミルコに抱えられて断崖を越えてきた唯守は、ようやく解放され、頬を赤らめたまま口を開く。

 

「ぶはっ!何すんだいきなり!窒息するわ!!」

「あぁ?」

「しかも、ほら!それ!!…自分の破壊力知ってんのか!?」

 

 唯守は手で胸のあたりを示しながら、抗議をする。

 

「ん? ま、いーじゃねぇか。男のくせに細けぇな。良い思い出になったろ?」

 

 ミルコはあっけらかんと笑いながら肩をすくめたが、唯守の次のひと言で、ぴたりと動きを止めた。

 

「なんじゃそりゃ。──まぁ、良い匂いしたけど」

「……ッ!?」

 

 ミルコの耳がピクリと動く。

 一瞬で顔が強張り、思わず唯守の胸ぐらをつかんだ。

 

「おい、それ……本気で言ってんのか?」

 

 ミルコの表情はどこか焦りが混じっていた。

 

「なっ!んだ急に!?」

「汗臭くなかったかってんだよ!」

「汗っぽくはないし、普通に良い匂いだけど……?」

 

 あまりの剣幕に唯守はたじろぎながら答えると、

 

「ふ、ふん! まぁな!なら、いいんだよ!」

 

 ミルコは鼻を鳴らして強がったが、目線は微妙に泳いでいる。

 

「……汗かきだし、地味に気にしてんだ、コッチは」

 

 唯守は一瞬きょとんとし、それからそっと微笑んだ。

 

「へぇーー。ミルコさんでも気にすること、あるんすね」

「うっせーよ!!」 

 

──と、その隣で。

 

「……どうだ?影宮、エミリー」

 

 刃鳥はそう言いながらも、2人に冷たい目を向けいる。

 柳は両の手を前に出して、目を閉じる。

 影宮はゆっくりと右手を地面に置き、爪を伸ばす。

 そして、制御できる程度に、【個性】を発動──

 彼の頬に3本の亀裂が走る。

 そして、身体からは不可視の波動のイメージが広がり、島を撫でるように響き渡った。

 

「ここからそう離れてない北東の森から、妙な呪力…妖気か?を感じる。更に奥に建物跡がある、くらいしかここからじゃ読めません…」

「もう一箇所、アッチにも気持ちの悪いところも感じる」

 

 影宮は深呼吸をしながら、そのイメージを刃鳥へと伝え、柳も別の方向を指差す。

 

「了解。先に、近くの森に向かう」

 

 刃鳥の言葉に2人は頷く。

 まるで先ほどのやり取りが聞こえていなかったかのように、冷静な3人は足音すら静かに森を進む。

 

「……ミルコさんのせーで、無視されてるっすよ」

 

 唯守が呟き、ミルコはやれやれと首を回した。

 

「いいだろ、私らは私らで、やる時やれば」

 

 ミルコはすぐにスイッチを切り替え、真剣な眼差しを影宮の指した森の奥へと向ける。

 

「潮の香りに混じって、なんかいんな」

「……霊?重なってる…?」

 

 柳がぽそりと挟む。

 意味深な言い方に唯守が首をかしげたが、影宮は集中していた。

 

「えぇ、もう少し……先に、2人…いや、1人か…? 重なってるってのはわかるな。妙だ…」

 

 ミルコと影宮の言葉にぴたりと皆の足が止まる。

 彼の瞳は半ば閉じられ、深く集中している。額にはうっすらと汗。

 その様子に、唯守は少し心配そうに声をかけた。

 

「おい影宮、あんまり無理すんなよ? 体力使うんだろ?」

「別に、お前に心配される筋合いはねぇし」

「うん。無理は良くない」

「だから無理してねーって」

 

 言いながらも、影宮の頬にほんのわずか赤みが差す。

 刃鳥は3人の学生らしいやり取りを見た後、冷静に現地の地形を見ていた。

 

「影宮、距離は? それで大まかな退路導線を確保しておきましょう」

「距離は、あと400mくらいで──ってまた!」

 

 今度は大きく息を吐きながら影宮はゆっくりと答えたのだが、最後にミルコに抱えられた。

 

「疲れてんなら、戦闘までは運んでやる。で、お前の個性って、なんなんだ?」

 

 ミルコは影宮をまた脇に抱えて、疑問をぶつけた。

 夜行の面々は、自身と同じ動物系、異形系の個性が多い。

 刃鳥は【黒羽】という個性が、常闇のダークシャドウのように身体全体に寄生しており、地元にいた頃は全く操れていなかった事をミルコは知っている。

 そんな刃鳥と、お互いヒーローとなって再会した時には、その力を完全に制御できていた事に驚いた。

 そうさせたのが、間 時織だというのだから、アレもまた規格外。

 自身が女性ナンバーワンヒーローなどと言われるのも、結局は時織がまともな活動をしていないからだと思っていた。

 そして、この影宮もまた異形系なのだろうと言う事は先程の感知で気づいていた。

 

「……別に。なんだっていいじゃないすか」

「なんだぁ、生意気だな!まぁいい、そろそろだな、私が突っ込んで様子を見るか?」

 

 はぶてたような影宮に笑いかけたミルコは提案するも、刃鳥が首を横に振る。

 

「慎重にいきましょう。あくまで今回は調査。闇雲に突っ込むのは愚策です」

「チッ……そーいうとこ、相変わらずだな」

 

 ミルコは口を尖らせながらも従った。

 唯守はふと抱えられている影宮の横顔を見て呟く。

 

「便利だよなぁ。俺、あんなに細かく気配とか読めねーし。すげーな」

「当たり前だ。お前と違って、俺は“できること”で生きてんだよ」

 

 影宮の言葉には刺があるが、その裏にある劣等感に刃鳥は気づいていた。

 

「どっちにしろ、全員が役目を果たすしかない。確認しあったお互いの"できる事"。もう一度意識していきましょう」

 

 

 

 

 なんか、空気が重てぇな。

 私は森の中を跳ねるように進みながら、眉間にシワを寄せてた。

 風もねぇ。

 鳥の鳴き声もねぇ。

 まるで死んだ森みてぇだ。

 

「影宮、エミリー。変化は?」

 

 刃鳥が問いかけると、影宮は眉をしかめながら、柳はその隈のある右目を細めて答えた。

 

「変わってはいない……けど、1人か。気配が濁ってる…呪力に妙な妖気が混じってる感じが…」

「やっぱり、重なってる…。ひとつはかなり弱ってる…」

 

 呪力、妖気なんてもんはわかんねぇけど、私の鼻にも、嫌な匂いが漂ってきた。

 血と汗と、もっと腐ったもんが混ざった、キツイ匂い。

 弱ってるってなぁ、どういうこった。

 

「……近いな」

 

 数秒後、開けた場所に出た。

 いる。

 背中向けて突っ立ってる男。

 でもな、直感が叫んでた。

 こいつ普通じゃねぇって。

 

 振り向いたその顔、目が濁ってて焦点が合ってねぇ。

 

「動くな──この島は立入禁止だ。ここで何をしている?」

 

 刃鳥は右腕を掲げて警告するも、ソイツは黙ったまま。

 

──!?!?

 

 そして、ソイツは突然こっちに向かって駆け出している。

 

「来るッ!」

 

 影宮の声が飛ぶ。

 刃鳥の右腕から散弾銃のように【黒羽】が警告の意味も込めてその足元に撃ち込まれ、唯守が瞬時に結界を展開。

 だが、そいつは止まらねぇ。

 時織のよりも脆いのか、男の振るわれた腕で砕けた結界のその前に、私は出る。

 

「下がってろ、ワタシが蹴っ飛ばす!!」

 

 跳び蹴りを一発ぶちかました。

 吹き飛んでいくも、その背中からタコの様な脚が何本も生え、地面や木に巻きつける様にして無理やりにその場に留まる。

 

「なんだぁ!?」

「私が撃ち込みます!影宮!エミリーは下がれ!」

「結!!!──ッ!?」

 

 刃鳥から撃ち出された黒羽は簡単にタコ脚を切断し、唯守の結界も、その脚を数本巻き込んで消しとばしている。

 

「再生…」

 

 唯守の言う通り、それらは再生を始めていた。

 切り取られた脚は切り落ちた部分を求める様に蠢き、絡み合う。

 

「チッ…」

 

 その部分になんども撃ち込む刃鳥。

 再生を始める足の根元ごと消滅させている唯守。

 キリがねぇ。

 

「おいトキモリ!足場よこせ!!」

「──結!!」

 

 雄英一年のトップってのは伊達じゃあねぇか。

 一瞬で私の欲しい位置に結界を、キチンと2つ生み出してやがる。

 目の前の結界へと跳び、触手を躱した真上の結界へと着地。

 ビキビキと力を込めた脚は震える。

 

「これでェェェ!!!」

 

 回転踵落としを脳天に決めた。

 たとえプロヒーローだろうと失神モノのクリーンヒット──でも、変だ。

 吹き出している鼻血。

 フラフラと揺れるその身体から、黒いドロドロしたもんが“のぞいて”やがる。

 

「助け…て」

「……なんだ、こりゃ……!?」

 

 ここで、救いを求める声…?

 あれは、見える。

 俺にも、ちゃんと“見える”。

 でも、説明ができねぇ。

 あんなモン、今までのどんなヴィランとも違う。

 

「助けて!!助けてくれ!!俺から出ていけ!!今俺は!?どーなっている!?!?」

 

 ソイツの絶叫に合わせる様に、腹のあたりがブクリと黒く盛り上がったかと思うと、ナニカが出てきやがった。

 真っ黒で、ねばついたような、獣のようであり、オーラをまとったみてぇなナニカはフワフワと浮かぶ。

 

「なっ……こいつ、中に入ってやがったのか!?」

 

 その瞬間、唯守が一歩前に出た。

 ……雰囲気が、変わった。

 

 さっきまでボケっとしてた顔から、全部の感情が消えた。

 冷たい怒りが、空気を一変させた。

 瞳がまるで氷みてぇに透き通って、ひとつの“色”だけになった。

 

「──結」

 

 その声に、思わず息を呑んだ。

 

 唯守の結界が、さっきとは比べもんにならねぇくらいその存在感が膨れ上がった。

 空気が震え、地面の草が逆立つ。

 黒いモノを囲うように現れた緑色の結界。

 

 唯守が掲げていた右手を振り下ろす。

 

「──滅」

 

 結界は炸裂したように弾け、あの"黒い"やつは、本体とは違って断末魔をあげる事もなく、煙の様に消えた。

 

「天穴」

 

 ゴウッという音とともに、風は唯守の突き出された両の手に向かって吹き付ける。

 そして、空気が静まり、男の身体はドサッと音を立てて崩れると、刃鳥が駆け寄って、脈をとっていた。

 

「生きてる……けど、気を失ってる」 

「逃げてきたんだろうな……巣が近ェかもな」

 

 それよりも、なんなんだアイツ。

 影宮とエミリーは後ろで呆然と眺めているが、アレが普通の反応だろう?

 こんな“怪異”を、高校一年生がまるで当たり前みてぇに、淡々と消し去りやがった。

 

 ……おもしれぇ。

 お前は、時織のようなバケモンか?

 

「なぁ。今の、“アレ”ってなんなんだ?」

 

 私が訊くと、唯守は少しだけこっちを見て、静かに言った。

 

「寄生型の妖…だと思う」

 

 その目は、まだ怒ってた。

 でも、それ以上に──何か覚悟みてぇな色が見えてた。

 

「これは、ただの誘拐や失踪なんかじゃない。きっと……もっと、根が深い」

 

 そう呟いた唯守に、始めて時織にあった時と同じ気持ちを覚えた。

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