現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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44話 個性と妖

 

 

 

 職場体験とは名ばかりだ。

 じゃなければ、あんなにも唐突に戦闘などありえない。

 そう、あまりにも唐突に現れた、あの妖が憑いた人間。

 話には聞いていた。

 でも見たことなどなかった。

 背筋を這うような嫌な気配に、私は一歩も動けなかった。

 もしかしたら、ポルターガイストで吹き飛ばすことはできたかもしれない。

 そう、頭ではわかっていたのに、足が床に縫い付けられたみたいに動かない。

 下がれの言葉にホッとしている自分が酷く小さく思えた。

 だが、視界の端ではプロに混じって間が結界を展開する。

 その動きに迷いはなく、呼吸のように自然で、妖を囲う瞬間など私にはわからなかったほど。

 気づけば、あの不気味な気配は一瞬で霧散する。

 

 私はただ、呆然と立ち尽くしていただけだ。

 単純に"スゴイ"って思った。

 けど、それ以上に──悔しかった。

 A組が経験したと言うUSJ事件で、間は大怪我をしたと聞いた。

 その時は物間の言う通り、きっと無理をして前に出たんだろうと思った。

 ただ一佳だけは、間は凄い奴だからそんな事はないとしきりに言っていたので、私の考えはきっと誤りなんだろうと、なんとなく思う程度だった。

 その後、彼は雄英体育祭で一位を取った。

 その時も、私はただ遠くの観客席からスゴイと思うだけ。

 そして今も、私は何もできなかった。

 

 スゴイ。

 やっぱり、間は、スゴかった。

 それを再認識した瞬間、胸の奥に針を刺されたみたいな痛みが走る。

 

 私も、頑張らなくちゃ。

 今度こそ、誰かの背中に隠れているだけの自分じゃなくなるために。

 拳を握れ、覚悟を見せろ。

 もう見ているだけじゃなく、自分も誰かを守るために。

 

 

 

 

 

 影宮はその場で膝をつき、倒れている男の頭部を指でなぞる。

 

「この男、自分でここに来てない。コイツの記憶は、ミルコさんを目の前にした時からだ。……なんで、どうして自分の意思で来ていないんだ」

 

 ミルコは思案するように、刃鳥も同様の顔をしている。

 柳は転がっていた鉄パイプをふわりと浮かせ、恐る恐る近づいて男を見つめている。

 影宮は感知をした時の違和感にようやく気づいた。

 確かに、"2人"いたと思った。

 だが、実際にいたのは、"1人"だった。

 

「……この“寄生型”ってやつ。多分だけど、俺たちと一緒だ」

「どういう事だ?」

 

 唯守は首をかしげており、柳を除く2人も頭に"?"を浮かべている。

 

「個性を自分の意思で操れてねぇって事。しかも、わざと暴走を引き起こしてる。元の人格を、妖が乗っとってるような感覚だった」

 

 ミルコが眉をひそめる。

 

「操られてる?洗脳ってやつか」

「……違う。影宮の言う通り、上に何か乗ってたみたい。……霊じゃないけど、似てる。中身は底で眠ってるみたいに」

「じゃあ、やっぱり……こいつは被害者で、ヴィランじゃないって事か?」

 

 ミルコの問いに影宮は首を振る。

 

「可能性はあるし、ないとも言える」

「ただ──さっきまではただの“乗り物”だった」

 

 そう言った柳の声には、怒りよりも冷ややかな断絶があった。

 

「で、どうする?今戻るにしても気づかれてる可能性が高いぞ?」

「ルナさん、わかってて言ってますよね? 戻ったら、逃げられる」

 

 刃鳥は振り向き、学生3人へと言葉を紡いだ。

 

「この先、戦闘になるかもしれない。上陸前にも言ったけど、プロヒーローであるミルコと私の名のもとに個性の使用を許可します。もちろん、ボートまで退避でも大丈夫。──どうする?」

 

 影宮と柳は、しばらく黙っていた。

 

 

 

 

 

 結局、唯守の式神をそばに置き、一行は先を目指す。

 それは森を抜けた先。

 密林の奥深く、影宮の感知したもう一つの場所である、苔むした建造物のある場所。

 そこは、その役目はとっくに終えているはずだった。

 中は壊れた監視カメラや散乱した薬品ケースが無造作に転がっていた。

 柳は個性で空中にケースを浮かせて回転させ、中身を確かめる。

 

「使用痕……最近まで誰かいた」

「…いや、いんな」

 

 ミルコが天井を見上げて鼻をひくつかせる。

 

「上だ!」

 

 その瞬間、跳躍していたミルコは天井を蹴り砕く。

 轟音とともに、天井は崩れ落ち、そこから“鶴”が舞い降りた。

 その背に乗っていたものは、人のようで、人ではないもの。

 

「誰だオマエェェエ!!!」

「結!」

 

 ミルコが重力に従って降下をする最中、咄嗟に張った唯守の結界の上に乗りすぐさまその鶴の背にのるモノの帽子を蹴り上げた。

 

「なんだその目ェ?」

 

 その目は、瞳孔を中心に、十字に紋様の入った瞳をした人物。

 黒のおかっぱのような髪をした男だが、その顔は無表情を決め込んでいる。

 

「…この場での拘束は困難、ですね」

 

 プロヒーロー2人、ましてやあのミルコを相手にしていると言うのにまるで意に介さずに、そいつは淡々と告げた。

 唯守が瞬時に構えると、鶴がバサリと羽ばたいた。

 刃鳥が黒羽を飛ばすも、男が追加でばら撒いた式神を撃ち抜くに留まり、飛び去っていった。

 

「あいつ、逃げるぞ!!」

「どこへ……?」

 

 もう知るものもいないが、断頭島は海に隔たれ、三つの区域に別れていた。

 一ノ島:森と拠点の広がる、一番大きな表の島

 二ノ島:罪人を勾留した、全体の10%程度しかない沈黙の島

 三ノ島:特に言う事を聞かない罪人のための、本当に小さな、最後の場所。

 そして、かつて脳洗い部屋と呼ばれる人間の中身を都合よく書き換える事も可能な施設すら存在した、闇の心臓部が三ノ島。

 

「方角からして…南の一番小さな島か?」

 

 そんな影宮の呟いた島は、三ノ島。

 そして、その方向は柳が上陸時に指差した方向だった。

 

「……行くぞ。今、行かなきゃいけねぇ」

 

 ミルコの声が低く、深く響いた。

 刃鳥と唯守はすぐさま頷き、影宮と柳は視線を交わし、頷いた。

 

「いいなぁ、オマエら!面白ぇじゃねぇか!」

 

 森を抜け、断崖を飛び越え、たどり着いたのはひどく小さな島。

 影宮の探知により、岩に覆われた地下空間が広がっているとの事だった。

 やたらとまじないのかかった分岐の多い通路を超えて、辿り着いたそこはかつて「脳洗い部屋」と呼ばれた場所だった。

 外とは打って変わって、そこは無機質な白いタイルに囲まれた空間。

 中央は池のように黒い水が溜まっており、その黒い池を囲うように金属製の寝台がずらりと並び、その上には──

 

「……人、か?」

 

 刃鳥が言葉を失う。

 そこに横たわっていたのは、全身に点滴の痕や機械の端子跡が残る老若男女。

 見た目では、生きているのか死んでいるのか判然としない。

 柳は一歩前へ出る。

 

「……息はある」

「つまり、“寄生型の妖”が取り憑く前の、人間だ。ひどく感情が薄い……。ここが……さっきの奴らの巣だったってことかよ」

 

 影宮のその言葉に、場の空気が凍りつく。

 だがその瞬間。

 

 ギィィ……ン

 

 金属の軋む音とともに、天井の穴から白い鶴が舞い降りてきた。

 背には、先程の男を乗せていた。

 

「ようこそ。と言わざるを得ないということは私の役目は終わりか」

「……オマエ、誰だ?目的はなんだ?」

 

 ミルコが構えながら低く問う。

 

「私に名前はない、ここの管理を任されているだけだ」

「目的はあの人たちか?」

 

 唯守の問いに管理者は笑った。

 

「いや。器はいくらでもいる。先程一ノ島へ脱走していたモノを処理した君たちなら知っているだろう? 私の目的は育成。そして、今は放出だ」

 

 すると、黒い池から無数の蟲が這い出してきた。

 煙のようであり、液体のようであり、形を持たぬそれは、誰かの身体を求めて蠢いている。

 

「させねぇよ」

 

 ミルコが瞬時に飛び出し、拳を叩き込んだ。だが――

 

「ちっ!通らねぇ……っ!?」

 

 呪力の扱いに長けていないミルコの拳は蟲を擦り抜け、その妖は逆にミルコの中へ入ろうとする。

 

「ルナさん!」

「うぎゃーーー!俺苦手なんだよ!こう言うの!」

 

 刃鳥がミルコにまとわりつくものを撃ち抜き、影宮は蠢く蟲が苦手らしく騒いでいた。

 柳はそばの棚を浮かせて蟲の群れを押し潰す。

 

「呪力をこめれば動きは止められる。でも数が多い……!」

「だーもう! 結!!」

 

 二重の結界が全員を囲うように展開される。

 それと同時に、1人駆け出す者がいる。

 

「テメェは、本体だろう!?」

 

 ミルコは結界の中から勢いよく跳び出して、管理者の乗る鶴をやたらめったらに蹴り裂いていく。

 

「あの人、俺が標的指定してないの気づいて行ったんかな。ヤベェな」

 

 式神が弾かれ、鶴は悲鳴を上げることもなく四散した。

 フワリと着地をした管理者が顔を歪める。

 

「終わりだぜ!管理者さんよぉ!」

 

 その一撃は、空気が裂けたと錯覚するほどだった。

 目の前に展開された数十の式神を消し飛ばし、管理者の身体は弾け飛ぶ。

 そして、倒れた管理者の口が、微かに動いた。

 

「……私は…もう役目を……終えた……無道さま……」

 

 その言葉に、ミルコ以外の3人が硬直する。

 

「今……誰だって……?」

「無道……?」

 

 影宮は呟き、唯守の目が、わずかに揺れた。

 

「無道って、どういうこと?」

 

 刃鳥が唇を噛み、硬い声で問う。

 彼女の両目は、かすかに震えていた。

 ミルコが目を鋭く光らせる。

「何かいる」と感じている。

 それは、霊感というよりも彼女の直感に近いものだった。

 

 そのとき、管理者の死体から、音もなく“何か”が抜け出した。

 青白い光をまとった霊体。

 人型のように見えるが、輪郭はぼやけ、どこか人のそれとは違う。

 

「悲しむ事はない。彼はただの記録媒体のようなものだ」

 

 声が聞こえる。

 子供とも老人とも取れる、そんな不思議な声が。

 

「ここまで来るとはな。まぁ、今更潰れて惜しいものでもないが」

 

 黒い池から這い出て来たのは、もう何度目かの再会。

 

「おいおい、この無道ってのは、人間なのか?」

「いいや。ウサギのお嬢さん、ソレは随分と昔にやめたんだよ」

 

 おどけて見せる無道に【黒羽】を構える刃鳥。

 ビシビシと顔に三つの亀裂が入り、その髪も硬く伸びていく影宮。

 近くの棚へと個性を発動させた柳。

 無表情で無道を視線で射抜く唯守。

 そして、額に青筋を浮かべたミルコ。

 

「へぇ、お嬢さんだぁ…?」

 

 臨戦態勢の5人を前に、ふぅと息を吐いた無動は、顔だけ出していた黒い池からフワリと浮かび、その身を宙へと浮かす。

 

「あまりマジになるなよ。戦う気なんてないさ。そんな力はない。俺だって、蘇ったからには消えた妖の研究くらいしてもおかしくないだろ?」

 

 戦う気はないと言う無道だが、その本質はわからない。

 

「テメェにあろうがなかろうが、蹴り飛ばすのは問題ねぇだろうが」

「確かにかまいやしないが、ここまで来たお嬢さん方とぼうやにヒントをやろう。俺は個性なんてない時代に生きていた。じゃあ、妖がやたらと減ったこの時代に蘇ったらまず何を不思議に思う?

 

──そう。個性とはなにか、だ。異能を全ての人間が持っているなどあり得ないだろう?そんな人間が大量に湧いてくるんだ。低級な妖なんてひとたまりもないだろうなぁ。

 たかだか数100年で、随分と人間は枠から外れたと思わないか?」

 

 ピクリと影宮の眉が動く。

 自分もお嬢さんに含まれているのかと。

 

 ピクリと唯守の眉も動く。

 葉隠の語った、ある人と似たようなことを言っていると。

 

「「何言ってんだオマエ」」

 

 寄生型の妖の実験をしていたのはココ。

 そんで、ココを作ったのはコイツ。

 じゃあ、あの日響香を泣かしたのは、テメェだろうがと唯守は怒りが込み上げてきた。

 

「だから、やる気はないと言ったろう──

 ヤレヤレ、"アイツら"に何を言われるか知らんが、ココはもう放置するんだ。彼も言っていたろう?放出と」

「……目的は達しているから。という事かしら?」

 

 刃鳥は右腕をあげ、その照準を正確に無道の眉間に合わせている。

 

「質問に関してだが、ノーコメン──」

「消えろ」

 

 打ち出された黒羽に撃ち抜かれるも、無道はその姿に穴を開けたまま笑っている。

 

「クククク…… 放置とはいえ、せっかくだからもう少し遊んで行くといい」

 

 フワリと周り、その脚は池に"着地"をした。

 

「今の時代は、そんな歪な変化の中でも秩序を取り戻した時代。壊す為じゃなく、生かす為に力を使った者たちが勝者の時代だ。……結界師や異能者たちが今や、“ヒーロー”なんて呼ばれてるとはな」

 

 唯守が拳を握る。

 

「……オマエ、何がしたいんだよ。何をしようとしてんだよ……!」 

「俺はただ見たいんだよ。人がどこまで届くか──ただそれだけだ」

 

 無道はそう言って、肩をすくめ楽しげに笑った。

 

 

 

 

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