現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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45話 脱出

 

 

 

 ニヤニヤと笑う無道にミルコが跳びかかる。

 だがその蹴りも無道の身体を霧のように通過してだけ。

 

「お嬢さんも充分枠外に届いているな……では、次は崩れた世界ででも会おうか」

「どーいうこったそりゃあ…?」

 

 ミルコの問いに答えることもなく、最後まで笑みを残して無道は音もなく池へと沈んで行った。

 そして残されたのは、波紋ひとつない黒い池のみ。

 

「逃げたか──ん?」

 

──ギギギギィィィ……ッ

 

 池が震え、黒一色の水面が逆巻いていく。

 中心にできた渦の穴はどんどんとその大きさを縮めていった。

 

「収縮してる…?」

「これは…異界の崩壊…? ッ!!構えろ!」

 

 刃鳥が叫ぶ。

 紫と黒が混じったような鈍い光が穴の中心から走り、異界のゲートが崩れ去って行く直前、鈍く光る妖がどんどんと飛び出してくる。

 

「これは…!?」

「おいおい、コレはちょっとまずいぞ…?」

「結!!!ここさえ塞いじまえば」

 

 影宮の言う通り、その場にはまだ、薬でも飲まされているのか、眠ったままの人々が、十数名は横たわっていた。

 取り憑こうとする妖を退けつつも、唯守は結界で異界の穴である池を囲い、滅却しようとする。

 だが滅却を実行する直前、刃鳥が肩に手を置いて止めた。

 

「唯守くん、式神は何体出せる?」

「? ──あ!無理して10くらいなら!」

「私は飛行型を最大で6体ってところね。重い者はエミリーも補助を」

「は、はい!」

 

 最低限、戦闘に割く呪力を考慮しつつ、この場にいる人々を救えるギリギリの数字。

 

「なら……全部助ける!」

 

 唯守と刃鳥は同時に式神を周囲にばら撒く。

 刃鳥の黒い式神は羽根を伸ばし、空を泳ぐエイのような姿となり、その上にミルコは比較的小さな女子供を乗せて行く。

 唯守の式神は眠るように動かない男性達に肩を貸し、出口へと向かう。

 

「崩した後何が起こるかわからない、警戒を怠るな!」

「よし!これで、滅!!!」

 

 刃鳥の号令の後に唯守は池全体を覆っていた結界を滅却した。

 だがすでに多くの者が飛び出していたあと。

 

「護衛しながら引くしかねぇなぁ!」

 

 ミルコは最後に池から飛び出してきた寄生体の片腕を掴んで振り回す。

 

「触れんなら、テキじゃネェ!!!」

 

 唯守が振り返ると、閉じた池の表面に、ほんの一瞬だけ――

 黒い目が、一つ、浮かんでいた。

 

「…………無道」

 

 その目もすぐに消え、全員が一目散にその場から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「数が多すぎる……」

 

 息を切らしながら、俺は崩れた三ノ島の回廊を走る。

 背後から迫るのは、人間の理性を奪われた暴走者たち。

 暴走者達の各部に"寄生型の妖"のせいか、腫れ上がり脈動する黒い塊を浮き出しにして襲いかかってくる。

 

「刃鳥!!」

「チッ!全部撃ち落とす!」

 

 ミルコの叫びに刃鳥さんが【黒羽】をマシンガンのように連射し、天井を走る暴走者の頭を射貫いた。

 だが、それでも止まらない。

 

「こいつら、命ごと使い捨てにしてるんだ……!」

 

 影宮の言葉に心の底がざわつく。

 俺が守りたかったものは……

 チラリと前を見ると、刃鳥さんの式神と、俺の式神が運ぶ意識のない人達を見る、怯えた表情の柳が視線に入る。

 一瞬、それが幼い頃に泣いている響香に重なった。

 

「──結。出てこいや、ゴミ蟲が!!」

 

 暴走者の脈動する黒い塊。

 それは相手によって様々な部分についている。

 俺は浮き出ているそこを結界で囲う。

 

「滅!天穴!!」

 

 2体の妖を排除したところで、後方から影宮の声が飛ぶ。

 

「前方、五人来る。うち三人は上から!」

「……ッ!」

 

 俺は空中に結界を大量に生成し叫んだ。

 

「ミルコ!!上頼む!!」

「任せな!!」

 

 ミルコの身体が宙を裂く。

 鍛え上げられた褐色の脚が結界を踏み壊しながら空を駆け、妖を叩き落としていく。

 

「トキモリ!ちょっと脆すぎるゾォ!!」

「強く踏み込みすぎだっつの!!」

 

 流石プロヒーローとしか言えない。

 動きも強さも、ハッキリ言ってバケモンだ。

 

「ココ潰しゃあ良いんなら、ヴィランより楽だナァァァア!!!」

 

 今もまた、血腫のような塊を殴り飛ばし、飛び散る血液と共に妖が見え隠れしていた。

 結界をと思った時には、既に黒い羽が妖を撃ち抜いていた。

 

「場所が悪い。開けたところに行きましょう。影宮、ルートを」

 

 俺は、やっぱりまだまだ弱い…!!

 すぐに追いついてやる。

 

 

 

 

 

 

(……音が、うるさい)

 

 人の呻き声でも、血の滴る音でもない。

 妖の蠢きが、地中と空気と水を揺らしている。

 俺の中に潜む個性はその気配を拾ってしまう。

 

(三ノ島全体が、息をしてるみたいだ。気持ち悪ィ……)

 

「影宮、左。壁の中から出てくるぞ」

 

 唯守の声が届く前に、俺は跳んだ。

 

「わかってる!!」

 

 伸ばした爪で、壁を破って飛び出した暴走者を裂いた。

 隣で額に汗を垂らした柳は護衛をしながらも個性をフル使用している。

 柳もそうだが、プロヒーローと共に駆け抜けるアイツは──

 

「……これって、USJの奴か…?」

 

 隣で唯守が呟いた。

 他のこと考える余裕すらあんのかよ。

 じゃあ、俺ができることは──

 

「……唯守、お前、先に行け」

「は?」

「副長。ここは俺が削っておきます。全員先に抜けてください」

 

 目の前の霧が晴れていく。

 

「押さえ込んでみせます。足止めはできると思うんで」

 

 俺は、自分の限界を超えて完全変化しつつあった。

 個性【礒撫(いそなで)

 もともと海に潜む高位の妖らしいが、毒の棘と高い感知能力を持っている。

 そして、一番の脅威は音もなく、水面を撫でるように獲物を襲うその機動性。

 

「影宮……」

 

 髪はギシギシと逆立ち、幾つもの棘のように伸びる。

 皮膚は硬質化を進め、裂けた頬は黒く染まる。

 

「なんだよ…?」

 

 この姿で暴れる俺はバケモノと呼ばれてきた。

 夜行に拾われるまで、親も誰も、俺の味方はいなかった。

 だと言うのに──

 

「カッコいいじゃん」

「へっ……」

 

 頭領の封印術で縛られている状態から力を使う為に、身体が悲鳴を上げてるが、構わない。

 今は、良い気分だ。

 

 

 

 

 

 

(このままじゃ包囲される)

 

 刃鳥は冷静に、だが速く状況を判断していた。

 地形は把握してある。

 現在は三ノ島の実験棟跡地。

 ここを抜け、外に出れば到着地点である一ノ島の森に抜けられるはず。

 だが、後ろから、前から、壁から出てくるモノたちら護衛脱出からしてかなり厄介。

 

「副長。ここは、俺が削っておきます。全員先に抜けてください」

 

 影宮……

 唯守との二人のやり取りに、成長を感じる。

 

「数は?」

「7〜11ってとこですかね。コイツら意識が二つあるのとないのがあるんで」

「そうかなら──」

 

 地面へと右腕を付けて、一気に黒羽を放出。

 奥にいた一体は仕留めた。

 

「残りは6から10。ルナさん、唯守くんと先に」

 

 そんなルナさんはたった今壁を蹴り壊し進み、隣の通路のもう一体を潰したらしい。

 

「5から9ゥゥウ!!あぁ、先行くぞ!!」

 

 ルナさんは唯守くんを抱えて、私の式神と唯守くんの式神の出せる最高速度でこの狭い通路を駆け抜けて行く。

 

 護衛が最重要となる任務で、その任はエミリーが精一杯担っている。

 

 こちらの戦力は、

 ルナさんの機動力。

 私の殲滅力。

 唯守くんの結界の力。

 

 どれも開けた場所の方がやりやすい。

 だがこの影宮は、こんな場所こそ強い。

 

「グゥゥゥアアああっ!!」

 

 音もなく、背後からその爪で黒い塊を切り飛ばし、炙り出した妖をその針で潰す。

 次々と獲物を狩るように、影宮は妖を潰して回るが、どうしても完全に操れていないままでは消耗が早い。

 私と二人で4体を仕留めたところで、

 

「副長、すみません。これで、全部です」

 

 残り4体が眼前に立つ。

 刃鳥はふっと細く息を吐いた。

 

「大丈夫…?」

 

 そっとエミリーは影宮に肩を貸す。

 個性はフルで使用しているのだから、それはそうだが学生2人に働かせるのもな。

 

「影宮、もう休め。あとは私だけで」

 

 右腕から黒い球体がブクリと広がり、口を開く。

 

擲弾黒撃(アジタートカノン)!!」

 

 右腕に膨れ上がった黒い球体が炸裂する。

 炸裂した球体からは羽根のような刃が弾け飛び、妖達を次々と斬り裂いていく。

 

「結局残ってもらって、すみません」

「いいから、無理しないで」

「あぁ。エミリーはその人達に専念して。こちらは殲滅したんだろう?」

 

 変化も解けて、元の姿に戻っている影宮に肩を貸し、外へと向かう。

 心配そうにしているエミリーも、脅威は去ったと認識しているよう。

 これでいい。

 私はみんなを支える。

 誰も、死なせたりはしない。

 

「副長……スタイル良いっすね」

 

 そんな事を言う影宮を少しだけ雑に抱えて先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

「来たなァ……ッ!」

 

 筋肉がきしむ。

 だが、気持ちがいい。

 この体は、走るためにある。

 蹴るためにある。

 守るためにある。

 

 ミルコは一気に跳躍し、木にしがみついていた暴走者を蹴り砕いた。

 黒い塊と共に骨が砕け、異形がぶしゅっと音を立てて溶ける。

 

「ッハァ!」

 

 妖と人の混じった匂いが鼻を突く。

 個性を暴走させられてる人間は、最早ヒーローの倫理で裁ける相手じゃねぇ。

 

 唯守、刃鳥、影宮、柳。

 私も含めて、全員がやるべき事をやっている。

 こいつらは──弱虫じゃねぇ。

 背中預けていい奴らだ。

 

 だからミルコは吠える。

 

「ヴィランだろうが妖だろうが関係ねぇ! ヒーロー・ミルコは──絶対止まらねぇぞ!!」

 

 振り返ることなく、一ノ島の方角へ。

 蹴り上げた大地が、崩れていく。

 霧が晴れた先。

 そこにいたのは、他とは明らかに異なる“個性暴走者”たち。

 

 いや、違う。

 

「……あれは、妖が……本体を攻撃してる…?」

 

 唯守の直感が告げていた。

 それは、寄生型の妖が宿主の精神すら飲み込んだ“完全同化体”。

 

 そいつらは皆一様に皮膚は黒く変色し、頭の皮膚は削れ、脳は剥き出しだった。

 背から生えた骨のような槍がまるで背鰭のようになっている物もいれば、羽のような者が生えている者までいる。

 

「足止めんなよ、トキモリ!!」

「わかってるッ!」

 

 ミルコが先行する。

 だが、地面が裂けた。

 一体が、重力を反転させるような異質の圧をかけてきたのだ。

 

「なんだぁ!!異形系じゃあねぇのかよ!?個性を複数もってやがんのか……!?」

「跳び場、いる?」

「──当然ッ!!」

 

 唯守は即座に手印を組む。

 空中に浮かぶように結界の足場を次々と展開。

 ミルコの脚がそれを踏み、風を斬って飛ぶ。

 

「いっくぞおおおッ!!!」

 

──バキィッ!

 

 音速を超える蹴りを生み出す脚力が結界を踏み抜く。

 爆発的な脚力から放たれた蹴りはその胴体を捉えた。

 

「こいつ、カッテェじゃねぇか……ッ!」

 

 ミルコが次の結界へと距離を取る。

 唯守はその間に足止め、妨害の為に串刺しの結界を生成しようと呪力を込める。

 

 だがその瞬間──

 

「……ッ!動くな!!」

 

 ミルコの声と同時、唯守の足元から黒い槍が突き上がる。

 間一髪で跳んだ。

 

「地面の下を……」

 

 なぜ離れた位置のミルコがわかったのかと驚く唯守。

 

「てめぇら、マジでヒーロー舐めてんじゃねぇ!!」

 

 ミルコの脚が閃く。

 その瞬間に、唯守の呪力が大量に込められた結界の群れが空中に多数出現した。

 

「砕けねぇ!やりゃあできんじゃねェか!!」

「そりゃあぁぁ!何度も壊されちゃコッチも意地はるってェ!」

 

 ミルコが飛び回るたびに、結んだ手印はビリビリと痺れるが意地でもミルコに壊されまいと踏ん張る唯守。

 そんなミルコは結界を逆さまに、斜めに、連続で蹴りつけ、まるで跳ね飛ぶボールのように縦横無尽に跳び回る。

 

月蹴乱撃(ルナラピッドファイア)!!!」

 

 突き刺さる脚、崩れる肉、吹き飛ぶ妖。

 最後の敵の胸にその脚が突き刺さり、唯守の結界で滅却され、その肉の内側を消失させる。

 

 やがて、全ての敵は地面に倒れ、肉体は静かに崩れていった。

 行き場を失い、力無く飛ぶ妖を唯守が滅し、天穴で吸い込んだ。

 

 ミルコは肩で息をしながら笑った。

 

「はァ〜〜……結界最高だな。トキモリは良い相棒だぜ」

 

 唯守も苦笑いで返す。

 

「おいおい…俺はミルコのサイドキックじゃないんすけど……」

 

 

 

 

 

 刃鳥さんの黒羽は敵を裂き、影宮の爪は私の守るこの人達へと近付く敵を遮っている。

 

 やっぱり、全員がすごい。

 まるで教科書の中のヒーローのようだ。

 

 そんな中、私の後ろには救出した意識不明の人たちが横たわっている。

 どんなに戦況が激しくても、あの人たちを絶対に守らなきゃいけない。

 そう思って前に出ようとした。

 

 その瞬間。

 

 背筋を焼くような殺気が走り、巨大な瓦礫の影が頭上から迫った。

 避けるよりも、後ろを守らなきゃと振り返る前に、薄緑色の壁が音もなく立ち上がった。

 瓦礫はその表面にぶつかり、粉塵となって弾け散る。

 

「……っ!」

 

 振り向くと、間が片手をかざし、意識不明者たちの周囲に結界を展開していた。

 汗が額を伝っているのに、その目はまったく揺れていない。

 

「ここは任せとけ」

 

 短く、しかしはっきりとした声。

 その背中は、私が知っている誰よりも確かだった。

 

 確かに、間はスゴくて、頼りになる。

 

 黒羽が空を裂く音、蹴撃で空気が爆ぜる音。

 私も、この一人として戦わなきゃ。

 見えない力を指先から伸ばし、迫る暴走者を浮かせて仲間の攻撃につなげた。

 

 

 

 

「まだ来るかよ……!」

 

 影宮の声が濁る。

 ようやく一ノ島にたどり着いたものの、そこには四方を囲むように出現した暴走者たち。

 明らかに先程まで相手していた者達よりも異質な、脳みそ剥き出しなその完全同化体は2体いた。

 

「折り返しは?」

 

 ミルコ、唯守の作った退路を抜け、2人とも合流を果たした今、影宮と刃鳥は木々の上に跳び、高い位置に陣を展開していた。

 刃鳥は【黒羽】を撃ち続け、影宮は刃鳥の携帯を再度叩く。

 

「──ないですね」

「……そうか」

 

 元々、いつでも連絡できるような人ではないかと、刃鳥は静かに頷いた。

 

「増援、望めないっすね」

 

 影宮は深く息を吸った。

 完全変化は解いているが、限界はまだ先にあるかもしれない。

 

「無理はするな。私とて、プロヒーローなんだぞ?」

 

 そう微笑んだ刃鳥がその黒い羽を打ち出した時、叫び声が聞こえた。

 その断末魔の方向に澄んだ青色の結界が次々と近くに出現し、影宮もまた安堵の表情を浮かべた。

 

 

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