現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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46話 それぞれの怪奇!職場体験

 

 

 

──葉隠透の場合

 

【一日目】

 

 

 

「やぁ。久しぶりだね。僕の事務所を選んでくれたようでくれて嬉しいよ」

 

 ここはクラスメイトたちと別れた後に訪れた電車で一駅の場所。

 徒歩で行けなくもない距離だったのだが、彼女は友人たちに行先を悟らせないためだけにわざわざ駅に集合していたのだった。

 目的の場所にいたのは、口角のみを上げた笑顔を浮かべる男。

 いつものように品のいい格好をした老紳士が、訪問者を受け入れたところだった。

 

「はい!鑑さんのお話で私は成長しましたから!今回も宜しくお願いします!」

 

 笑顔──をきっと浮かべているであろう、透明な少女 葉隠透はペコリと頭を下げたのであろう、宙に浮かぶ制服は腰から折れていた。

 

「ククッ。気を張る必要はないさ。見えない君に言うのも可笑しいが"見える"というだけで、僕は助かるからね」

 

 鑑は笑って、唯守の使用する式神の札のような物を一枚浮かぶ袖へと手渡した。

 

「まずは、基礎から」

 

 そう言われ受け取った葉隠は、護符をマジマジと見つめ、撫で、こねくり回しているが何かしらの呪力が込められていることしかわからなかった。

 

「コレは僕のオリジナルでね。コレを持つと、妖や霊的な気配をより強く捉えられる」

「……?」

「隠れ潜むモノを退治するんだから、見えるだけでは、ね?これに込められている呪力の解析はできるかい?」

 

 なんの気もなく呪いを応用し使っていた葉隠の心は、さっぱりついていけない鑑の"授業"に職場体験1日目にして折れかけていた。

 

 

 

 

 

【二日目】

 

 

 

「うわぁぁぁぁあ!! 鑑さんアレ!絶対なにかいるってば!!」

 

 普段感じることもなく、葉隠が見てきた鬼やUSJのモノとは、"アレ"は全く違う。

 透明な葉隠自身よりもすごく曖昧な存在で、まさにオバケでしかない。

 この鑑の事務所は日常生活の違和感に寄り添う事務所として評判だそうだけど、"見える"私にとっては全くの別物であった。

 ガスのようなナニカはまるで人の顔のように見え、この世に恨み辛みをぶつけているような苦悶の表情にしか見えない。

 

「あぁ。あれは存在すらも曖昧な残留思念の搾りカスだね。シミュラクラ現象のせいで顔に見えなくもないが、そもそも意思もないし幽霊とすら言えない。いわば空気の汚れみたいなものだ」

「空気の汚れがあんな形してたら十分ホラー!!」

 

 透明な彼女が怯える姿は見えないが、声と空気で分かる。

 鑑はくすりと笑いながら葉隠の背中を軽く押す。

 

「仕事と"趣味"で大事なことは、恐れを知っていることなんだよ。

 恐怖しない者は、油断、過失、思い込み。様々な要素の失敗が待っている。怖がれる君は優秀さ」

 

 そう言いながら、鑑は葉隠の透明な手を取った。

 

「じゃあ、試してみよう。今日は"君"の呪力の扱い方を覚えよう。流れは僕が正すよ」

「えっと、わたしは、なにをしたら…?」

「呪力がカタチになっている者はむしろ向いている。君は光を操れるだろう?それを、"結果"にするだけさ」

 

 葉隠はその言葉にわずかに目を見開いた。

 

 

 

 

 

【三日目】

 

 

 結局、光を照らす事はできても、真っ先に浮かんだ青山くんのようなレーザーは撃てなかった。

 個性、呪力、呪い。

 いろんなことが私の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

 

「手順通りやればいいんだよ。呪いとは、才能はもちろんだが、正しい手順が大事なんだ」

 

 手順、流れ、才能…。

 

【透には才能があるよ。俺、式神以外は全然わかんねーもん】

 

 クラス最強、おそらく同年代で相手になるものなどいるのだろうかという高みにいる人物が頭に浮かぶ。

 そんな人に言われても…なんて、マイナスな感情が私を覆い潰す。

 きっと、今までがうまく行き過ぎていたのだと。

 

「ふむ。感情の、心の揺らぎというものは【技】の妨げとなる」

 

 心の、ゆらぎ。

 唯くんの言っていた言葉が再び反復される。

 心を沈めて、感情を殺す。

 体育祭の時と一緒だ。

 ゆっくりと、シンと心を落ち着ける。

 が、不意な一言で落ち着きかけていた心は再び動き出した。

 

「ふむ…そこは、彼とは違い通常の明鏡止水なのか」

「通常…ですか?彼って、誰ですか?」

 

 鑑は口角を上げるだけで答えない。

 葉隠は護符を握り、深呼吸した。

 空気の澱みが、透明な皮膚越しにひりつくように感じられる。

 

(大丈夫……大丈夫……!)

 

 教わった通り、呪気の流れを護符のおかげでより強く感じる事ができる。

 

 ――すぅ……。

 

 光は形となり、葉隠の細く長い指先から光の糸が伸びると淀みへと巻きつく。

 そうすると、淀んだ空間が静かに晴れていく。

 

 

「……で、できた?」

 

「うん。少し違うが、それもまた念糸、いや光糸かな。とはいえ間くんのところでも使っている力のひとつと酷似しているね」

 

「わ、わたしが……唯くんと同じ……!」

 

 なんだか誇らしさが胸いっぱいに広がった。

 

「くくっ。それ自体が浄化、祓いの特性もあるようだ。これで、君も夜の住人である妖たちに対抗手段ができたわけだ」

 

 これなら、追いつけるかもしれない。

 これでもう、驚かせることしかできない私じゃない。

 USJの時みたいに何もできず、相澤先生を連れて逃げることしかできない私じゃないんだ…!

 

 

 また、驚かせちゃうからねーー!!

 

 

 

 

 

 

──耳郎響香の場合

 

 

 

【一日目】

 

 耳郎響香は、門の前で完全に足が止まっていた。

 

 青い箱事務所、通称夜行の本部。

 ヒーロー事務所の中でも異質な、いわば“裏側”のような事務所。

 

 自分では見ることも叶わず、苦手意識すらある、霊的なモノ。

 それらを祓う幼馴染と、見ることのできる友達。

 そして、何もできない自分。

 体育祭で修行をつけてくれたと言うこともあるが、自分自身、USJの時のようにいざという時に何もできないことと、後悔をした自分自身が酷く嫌だった。

 だから、職場体験はこの事務所を選んだんだ。

 

 昔から心霊の話は苦手だったから足が止まっている訳じゃない。

 それはこの建物を前にして、早速異常を感じていたからだ。

 なぜなら、この建物からは、全く音がしない。

 

 それが、普段から音と共に生きる耳郎にとって何よりも異常だった。

 

 

 ……無音って、こんなに気持ち悪いんだ

 

 

 普段なら、壁の向こうの話し声、空調、遠くの足音が微かに拾える。

 だがここでは、それらが完全に削ぎ落とされている。

 

 ……こわい。

 

「耳郎、響香さん?」

 

 背後から聞こえた低い声に、耳郎は飛び上がった。

 

「っ!?」

 

 素早く振り向いた先にいたのは、黒い和装の青年。

 

 立っているのに、音がしない。

 歩いたはずなのに、床が鳴っていない。

 

 …この人自体が、怖い。

 

「あぁ、驚かせたか?俺は巻尾。一応ココで戦闘員やらせてもらってる」

「すみません!ウチ…私は耳郎響香。雄英高校ヒーロー科一年。ヒーロー名は、“イヤホンジャック”」

 

 巻尾は微動だにしないが、目線は耳郎を値踏みするように、だが決してキョロキョロではなく淡々と下から上までを流し見ていた。

 

「宜しく。まだ寝てる奴もいるから、頭領の部屋はあっちだ」

 

 そう言った巻尾に続き、耳郎は歩く。

 和風な建物で、母屋と2棟の離れがあるような広い場所。

 こんな昼間から寝てるって?

 と思ったがこの事務所の通称を思い出し、耳郎は自分を納得させた。

 

──!?

 

 突如、耳郎の喉が鳴った。

 

 

「ここまでだと、気づくんだ。君の個性は、ナニを拾っている?」

 

 前を歩いていたはずの巻尾はなぜだか耳郎の背後に位置し、気づいた直後に、首筋が黒いモノで縛られていた。

 

「悪いね。ただ、反応できたのは何でだと思う?」

「……音が…聞こえた気がしました」

「そう。それな。その感覚は"俺たち"にもない君だけのものだ。まぁ、頭領の受け売りなんだけどね」

 

 そう。

 確かに音がしたんだ。

 小さい頃、それこそ唯守が鼻水垂らして泣いていた時のような。

 

 シュルリ

 ヌルリ

 ズルズル

 

 そんな何か知らないものが蠢く音。

 とても言葉では表現できない音。

 そんな音が──苦手だった。

 

 

「……だから、幽霊とか無理なんですよ。聞こえるから。見えないのに、確実に“いる”ってわかるから」

 

「あぁ。それが正しい反応だ」

「え?」

 

 巻尾は耳郎の首筋まで迫っていた黒いモノを引っ込ませると、耳郎を追い越し、その顔を指差した。

 

「恐れを知らない奴なんか、信用できない。頭領を疑うわけじゃあなかったが、確かに耳郎ちゃんは信用できるね」

 

 巻尾の言葉は淡々としていたが、言葉の通り、否定されていない気がした。

 

「ただ、悪いけど職場体験といっても依頼も来てないし、今日は何もしない。君はただ」

 

 え?っと惚けた顔をした耳郎。

 ただ、その耳にはまたも異常な音が、そこかしこから一斉に聞こえてきた。

 

「「「「聞くだけだ」」」」

 

 いつのまにかその姿を消した巻尾。

 またも無音となり、どうしたものかと少し立ち止まる。

 意を決して廊下を進むと、イヤホンジャックが微かに震え始めた。

 

 

 

 

 ──コツ……

 ──ザザザリ……

 

 

 

 ……今の、なに?

 これは職場体験で、ウチはいま、その事務所へと挨拶に来たその日だ。

 それがなぜ 事務所代表で顔見知りである時織姉の顔すら見ないまま、案内役は突如としていなくなったのか。

 というか、そもそもあの至る所から聞こえた声はなんだったのか。

 

 

──……ねえ……

 

 

 全身が粟立つ。

 明確な声。

 ただ、それは人とするには非常に曖昧で、得体の知れないものにゾクゾクと背中は反応を示す。

 ただただ、怖い。

 

「あー、ここには処理済みのモノがいる訳だが、君は個性でソイツを拾い、発生源を探してみな」

「いや……これ、職場体験ですよね?」

 

 確かに聞こえた巻尾の声に聞き返すも、反応はない。

 こんな真っ昼間からなぜこんなにも怖いのか。

 

「そうだよ。ただ、コレすら越えられないならウチの仕事にゃ見学でも連れていけないね。ちなみに、頭領は今日は一日留守にしてるよ」

「……最悪なんですけど」

 

 それでも、逃げなかった自分を褒めたいと、耳郎は思った。

 

 

 

 

 

 

【二日目】

 

 

「さて、改めて自己紹介は必要?」

 

 昨日散々と驚かされて、その事務所に一泊させられ、心身ともにボロボロだ。

 時織姉の事務所の人達は、漏れなく頭がおかしいんじゃないかと思う。

 せめて唯守の言っていた刃鳥さんがいればと拳を握り込む。

 

「耳郎ちゃん、すごい充血…もしかして寝れなかった?」

「今は雄英に何人か出てるから、あまり人員もいないしな。物足りなかったか」

「そんなわけないよ。慣れない環境だし、怖いんだよ。僕もだけど」

 

 巻尾と、ゴスロリファッションに、スキンヘッド、後はなぜだか紙袋を被っている、個性的すぎる見た目の面々を前に記憶が蘇る。

 昨日散々にウチを驚かしたメンツが勢揃いしていた。

 

「……いや、大丈夫っす。今日は、何するんですか?」

「うーん」

 

 巻尾は頭を掻きながら本当に悩んでいるようだった。

 

「実は、頭領今日もいないみたいでね。許可は…副長もいないからなんともだけど、とりあえず箱田くんと俺と調査にでも行くか?」

「いや、そんな適当に!?」

「つっても、活動できんのが糸図以外はみんな任務中だし、なんもないとは思うけど一応戦闘員の俺もいるし、危険だとしても箱田くんがいれば、事前に安全な場所に下がってもらうさ」

 

 不安な気持ちのまま、ツンツン黒髪の巻尾さんと、紙袋を被った箱田さんと3人で、事務所を出たのであった。

 

 

──

 

 

 

 指定された建物に入った瞬間、ウチの耳が悲鳴を上げた。

 

──ギィィィィィ!!!

──ドンドンドンドン!!!

 

 音が多く、普段では聞く事がないほど感高い音。

 そして、これはもちろん物理音じゃない。

 

「……何か…変な音……!」

「ふーん。箱田くん、変わりは?」

「うん。さっきも言ったけど、最近増えてる低級のがいくつかいるだけだよ」

 

 巻尾さんは動かない。

 ウチだけが前に出されている。

 自身の後ろにいる箱田さんが答えるが、確かに建物に入る前から危険はないと、同じ事を言っていた。

 なんで入る前から見えるの?

 説明もないし、本当に、何もかもがわからない。

 

「そっか。じゃあ、耳郎ちゃん、やってみる?」

 

 ゾクリと背筋に何かが走る。

 職場体験だよね?

 やってみる?

 低級ってなに?

 時織姉の修行とは全然違う、ウチに何を求めているんだ?

 

「いや、ウチは、何をしたら…?ただでさえ、なにもわからないし怖いんすけど…?」

 

 そんなウチに、巻尾さんはスッと目を細めた。

 

「ウチの事務所じゃ…いや、プロには教えも選択もない。これは職場体験でしょ?授業じゃないんだ。やらないな、仕事をするだけだわな」

 

 巻尾さんの足元から伸びる影は突如形を変えると、嫌な音のする場所に絡みつき、縛り上げた。

 まるで、B組の塩崎のように。

 

「まぁ、呪力ってのは全員が持ってるもんだ。そもそも、それが個性になってんだから。色々教えてもらえんのも学生のうちだけだよ? 俺たちはみんな頭領のおかげでここにいるんだけどさ、あの人の元じゃあやるしかねぇ──耳郎ちゃんならその意味わかるよね?」

 

 その言葉に、目が勝手に見開いた。

 時織姉が手取り足取り教える姿なんて想像つかない。

 プロが、決められたプロット通りに動いてるなんて思えない。

 ただ、これはヴィランが相手でもなんでもない。

 さっきの巻尾さんのように、個性で攻撃すればいいだけなのだろうか?

 

「元々頭領からできるって聞いてんだ。君の個性である『イヤホンジャック』は、いわば"媒介”だ。音を聞き、吐き出すだけのものじゃない。君と、『力』を繋ぐためのわかりやすい器官なんだよ。だからさ、次は自分でやってみな?」

 

 なんだと思いながらも歯を食いしばり、嫌な音のする部屋の扉を開けた。

 

──キィィン……。

 

 耳を裂くような高音。

 イヤホンジャックを新しいコスチュームの手袋に刺して、その音の方向へと拳を、その甲に取り付けられたスピーカーを向ける。

 

「ビート…ショック!!!」

 

 すると、さっきまで混濁していた音は少しずつ輪郭を失っていく。

 

「……消えてる…?」

「うん。できるじゃん。次からはもっと意識してみなよ? 妖を視覚で見てる訳じゃない奴はウチにもいるからさ」

 

 胸が、大きく上下した。

 ウチは、逃げてただけなんだ。

 

 得体の知れない音が怖かった。

 何もないのに聞こえる音が怖かった。

 だから、ウチは見ようとしなかった。

 聞きたくもなかった。

 だから、怖かった。

 

 でも今は…!

 

「箱田さん、今の、どんな相手だったんですか?」

 

 もう怖がらない。

 得体を知ったのだから。

 

 

 唯守、それに透。

 ウチは、置いてかれたりなんかしないから。

 

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