現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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46.5話 間話⑤

 

 

 

 

 

 

──ミルコ ──

  

 

 

「礼は、言わねぇぞ?」

「えぇ。かまわない。気になって来ただけだから」

 

 時織のやつ。

 目は合っているというのに、私の事を見てもいない。

 ただそれも、いつものことか。

 

「それで、その気になったってヤツァもういいのかよ?」

「そうねぇ。もう、ないみたい。と言う事は、後少しかしらぁ」

 

 相変わらず何を言ってんのかも考えてるのかもわからねぇ奴だ。

 ただ、間違いなく言えるのはこのミルコよりも、強えって事だ。

 

「なぁ時織。この先、何が起きるんだ?」

 

 そう言った私に、いつもの薄い笑みを浮かべると小さく答えた。

 

「さぁ。なんでしょうね?」

 

 その顔には、時織の感情を感じた。

 感情のない、いつもの笑みとは違う。

 なぜだか心底嬉しそうに見えたその顔に恐怖を感じる。

 そして、改めてアイツはコイツの弟なのかと思った。

 

 

 

 

 

 時織は早々に島を去り、地元警察に意識不明だった人たちを預けて、ようやく島を後にしたあとの空気は妙に澄んでいた。

 血の匂いも、妖気のざらつきも、もうほとんど残っていない。

 終わった、というより"区切りがついた"だけ。

 そんな感じだ。

 

 正直に言うとさ。

 私はまだ、全然理解できてない。

 

 唯守。

 あいつは、戦ってる最中に変わった。

 

 いや、違うな。

 削ぎ落とされた、が近い。

 

 さっきまで人の顔してたのに、急に余計な感情というか、心というか、そんな人の思いってのが全部消えた。

 怒ってるのは分かる。

 でも叫ばない、力まない。

 ただ静かに、確実に──滅するためだけの存在になる。

 

 あれはヒーローの戦い方じゃねぇ。

 でも、ヴィランでもない。

 

 んー……なんつーか。

 "ナニカを守るために、人を捨てた顔"ってやつだ。

 

 私にも妖って奴を感じる事はできる。

 だから、あいつが滅却した“寄生型”ってのがどれだけ歪んだ存在かも分かった。

 寄生ってんだから実体があるし、だから殴れるし壊せる。

 でも、存在そのものを否定するあのやり方は、私にはできない。

 

 アイツの結界が閉じた瞬間、あの妖が“この世に居場所を失った”ってのがはっきりわかった。

 まぁ、実際目にした時はゾッとしたな。

 

 でも同時に、目が離せなくなった。

 

 

 レイ子も、同じ体験をしてたはずだ。

 アイツは感情を表に出さないけど、戦いのあと、ほんの一瞬だけ手が止まってた。

 あれは、怖れだ。

 幽霊だの呪いだのを知ってる側の人間が、

 "それでも知らなかったもの"を見ちまった時の反応。

 

 影宮は……あれやこれや考えすぎる奴だな。

 戦闘が終わったあとも、ずっと視線が唯守を追ってた。

 あいつは自分のできる事を、理解できない唯守を理解しようとしてる。

 理解できないと、前に進めないタイプだ。

 

 

 

 でも、たぶん一番危ういのは唯守だ。

 

 アイツ、滅却のあとで自分の左腕を一瞬だけ見やがった。

 袖の下にあるあの古い傷。

 私は理由を知らない。

 でもわかる。

 あれはアイツにとって過去じゃなくて、今も続いてる傷だ。

 

 寄生型の妖を前にしたとき、あいつの心は一色に染まった。

 

 守れなかったもの。

 守ると決めたもの。

 その思い全部をひとつに染め上げて、結界に叩き込んでやがる。

 

 ヒーローってのは、もっと単純でいいはずなんだ。

 

 殴って、倒して、守って。

 そんで、みんなで笑いあう。

 それでいい。

 

 でも、アイツは違う。

 まるで世界そのものと殴り合ってるみてーだ。

 

 私は強い。

 そう自負してる。

 けど、やっぱり時織の弟だ、アレは。

 普通とは、種類が違うってな。

 

 あん?

 あぁ、そりゃあ怖ぇよ。

 でも嫌いじゃねぇ。

 

 むしろ、この先何を背負って、どこまで行けんのか。

 それを見届けたくなった。

 

 

 ……まったく。

 今の雄英はとんでもない一年坊主を抱えちまったもんだ。

 

 

 

 

 

 

──柳レイ子──

 

 

 

 島から帰ったあと、ホテルのベッドへと腰掛けると、自分の指先をじっと見つめていた。

 いまだに震えていた。

 そして、何も掴めていなかった。

 

 私は、そこにいただけだ。

 妖の気配も、危険の兆しも、確かに感じ取れていた。

 頭の中では、行動の選択肢も並んでいたのに、実際の戦場というのはそれを許さない。

 未知は敵となり、プロが走り出し、結界が張られ、調査が戦闘へと移行した瞬間に、私は完全に置いていかれた。

 頭ではわかっていた。

 ただ、それはどうやらつもりだったらしい。

 身体はまったくと言っていいほどついてこなかったから。

 

 悔しさより先に、冷たい理解が落ちてくる。

 これが今の自分の立ち位置だ。

 

 自分を納得させようと、刃鳥さんとミルコの2人が先頭に立っていたのは、プロだからだと言い聞かせた。

 だが、それじゃあ説明のつかない人物がいた。

 

 間 唯守。

 彼は戦闘になると、空気が変わる。

 怒ってるのか、悲しんでるのか、私にはわからない。

 でも、いろんな思いを、すべてを一つに束ねていたように思えた。

 

 無駄がない。

 迷いがない。

 それでいて、乱暴でもない。

 

 頼りになる、と思ってしまった。

 戦力として、じゃない。

 同級生ということも忘れ、彼になら、任せてしまってもいいと。

 

 それが、悔しかった。

 同時に、胸の奥が静かに温かくなるのも否定できなかった。

 

 彼はきっと、誰かを守るために自分を削ることを選び続けてきた人だ。

 だからこそ、あれほど静かで、強い。

 そして、壊れやすい。

 

 私は何もできなかった。

 でも、目は逸らさなかった。

 あの背中を"スゴイ"と認めた瞬間、自分の未熟さもはっきり見えたから。

 

 いつかは、並びたい。

 守られるだけの存在ではなく、同じ場所に立てる存在として。

 何も思えなかった時よりは、成長できたのかな…

 

 そう思えたことだけが、この戦いで私が得た、唯一の前進だった。

 

 

 

 

 

──巻尾慎矢──

 

 

 

「そーか。昨日で終わったのか」

 

 耳郎の職場体験を終えて、戦闘班として見た評価は、単純だ。

 

「前に出るタイプじゃねぇな」

 

 腰が引けていた。

 足も震えていた。

 だが。

 

「折れなかったな」

 

 踏み込めないなりに、踏み留まった。

 巻尾は拳を軽く握る。

 

「怖ぇなら、それを打ち消すように攻めればいい。それがガキのやり方だ」

 

 だが、あの娘は違う。

 怖いものを、怖いまま相手にしていた。

 それは、純粋にやりあうよりずっと危険だ。

 

 恐怖を感じた瞬間の呼吸。

 呪音に触れたときの心拍の乱れ。

 それでも逃げなかった選択。

 

 たかだか数日で、まったく大した者だ。

 

 裏の家業で、音に関する個性の者は比較的多い。

 だが、あれは攻撃音じゃなかった。

 押し潰す音でも、切り裂く音でもない。

 止める音。

 

「……優しすぎる」

 

 そんな思いや気構えってのは、致命的でもある。

 それはあくまで一般的とは異なる世界の話でしかないが、妖にとってそれは蜜だからだ。

 

 無視されること。

 理解されること。

 共鳴されること。

 恐怖されること。

 

 妖は、反応する者を執拗に追う。

 この世に未練を残したもの、恨みのあるもの、負の感情が彼らを産むのだから。

 

 とはいえ、あのまま成長していったなら、厄介だな。

 

 敵に回したくない、という意味で。

 

 最前線ではない。

 攻撃的ではない。

 だが、深い。

 沈める音。

 終わらせる旋律のような、綺麗な音。

 

「……だからこそ、こっち側に来るべきじゃない。俺たちと違って、まだ何にでもなれる。

 頭領は、あの子をどうしたいってんだ?」

 

 

 

 

 

 

──鑑平助──

 

 

 暁の時は静かだった。

 

 自身のいる部屋に余計な気配は一切入り込まない。

 鑑はティーカップを机に置き、ふうと一息ついた。

 

「……葉隠透、か」

 

 名を口にしただけで、部屋の空気が微かに揺れた気がした。

 もちろん偶然だ。

 彼女がここにいない以上、特に干渉は起こらない。

 

「最後まで、自分がどこにいるかを他者に悟らせなかったな」

 

 呪術師として、それは異常に近い。

 

 透明化という個性。

 それ自体はさほど珍しくない。

 だが、呪力の流れまでも周囲から隠蔽する力は、偶然では説明がつかない。

 

 彼女は怯えていた。

 声は震え、足取りも頼りなかった。

 それでも──最後まで逃げなかった。

 

 見えないものを見た。

 感じないものを感じた。

 それでも、手を引っ込めなかった。

 

 鑑は、ティーカップの縁を指でなぞる。

 

「恐怖を知っている者ほど、その経験が多い者ほど、判断を誤らない」

 

 彼女はヒーローとして、ここにきたわけじゃあない。

 

 ただ、

 この世とあの世の間の世界の者たちから目を逸らさない。

 それと、彼から離れたくない。

 そんな、正義と幼稚が入り混じった気持ちでいたのだろう。

 

「くくくっ……ヒーロー社会は、あの子を軽い存在して扱うだろう」

 

 明るい。

 無邪気。

 突拍子もない事をしでかす危うさはあれど、それが人目につく事はない。

 とりわけ普通の存在。

 

 だが、ある一定の者こそ、そういう人間を好む。

 気づいてしまう者。

 見逃さない者。

 

「もしも──」

 

 鑑はそこで言葉を切った。

 

 もしも、彼女がこちら側に足を踏み入れ続けたなら。

 もしも、呪いの扱いを本格的に覚えたなら。

 

「いや……今はまだ、早すぎるか」

 

 未来は、まだ霧の中。

 鑑はティーカップを手に取り、冷めた紅茶を一口含んだ。

 

「……さて」

 

 彼女がどんな道を選ぶにせよ、経験は消えない。

 記憶はいつか必ず、彼女自身を動かす。

 

 あるいは──この世界を裏側から、揺らすことになるかもしれない存在。

 

 鑑は、誰もいない部屋で静かに微笑った。

 

 その表情を見た者がいたのなら、

 きっとこう思っただろう。

 

 この男は、

 “動かした”のではなく、

 ただ、“眺めている”だけなのだと。

 

「君は、僕に何を見せてくれる?」

 

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