現代に生きる結界師は頼られがち 作:固形炭酸
時は流れ
六月最終週──……
期末テストまで残すところ一週間を切っていた。
「全く勉強してねーーー!!」
勉強か。
座学が苦手な上鳴が叫び、現実逃避なのか芦戸はヘラヘラと笑っている。
中学までと違い真面目に登校している甲斐もあってもあってか、そもそも成績は悪くはない。
期末前の学力成績順でも見事に平均を維持している。
それぞれ結果は
1位 八百万 百
2位 飯田 天哉
3位 爆豪 勝己
4位 緑谷 出久
5位 轟 焦凍
6位 蛙吹 梅雨
7位 耳郎 響香
8位 尾白 猿夫
9位 峰田 実
10位 間 唯守
11位 障子 目蔵
12位 口田 甲司
13位 葉隠透
14位 麗日 お茶子
15位 常闇 踏陰
16位 切島 鋭児郎
17位 瀬呂 範太
18位 青山 優雅
19位 芦戸 三奈
20位 上鳴 電気
平均なので構わないのだが、峰田がそれなりに頭がいいってのがまたなんとも。
赤点だと夏休みの間は林間合宿ではなく、居残りの上に学校で補修地獄との事で、上鳴の絶望加減がエグい事になっている。
そんな一日の授業も終え、帰りのHRが終わると、そそくさと片付けを始めた。
明日からの土日休みは実家に帰る予定があるからだ。
姉ちゃんもいるのだろうかと思いながら片付けていたら、クラスメイトたちは期末テストの実技内容がわかったと話していた。
なんでも緑谷がB組から聞いた話では、入試と同じくロボ退治だとのこと。
芦戸も上鳴も、対人戦とは違い威力の調整をしなくていいのでラクチンだと騒いでいた。
「何がラクチンだ。アホが」
そんなラクチン発言に爆豪は苦言を呈しているようだけど、俺は入試の際に、本気で合格を諦めたあの時を思い出して、思わず苦い顔をしてしまった。
「チッ!! うるせぇな!調整なんか勝手にできるもんだろ。アホだろ!」
なぜか俺に向かって盛大に舌打ちをかますと、その直後に緑谷へと叫ぶ。
個性の調整、というよりは個性の使い方がやっとわかり始めてきたっぽい緑谷にいつものテンション。よりももっと強い口調で、自身がイラついてる様子で語っていた。
「次の期末なら個人成績で否が応でも優劣つく。
完膚なきまでに差ァつけてやる!」
そう言いながら緑谷を指差した爆豪に、教室は静まり返っていた。
そして
「間ぁ!テメェには負けねぇ!俺は勝つ。次はテメェをブチ殺す!」
ギンギンに睨みつけてきた後は、つかつかと教室を後にしようとする爆豪の背に、半ば無意識に、だけどたしかに明確な意思を持って声をかけていた。
「…殺す殺すってよぉ──その後はどーすんだ?」
「あぁ?」
なぜだか無性にイライラする。
明日の事を思い、俺も昔を思い出してんのか、ガキの頃の記憶が蘇ってくる。
勝つってのが、そんな偉いんか?
ガキの頃からずっと、せめて早く終わるようにと泣きながら逃げ出す方法を考えてた。
どうやったら逃げられるのかばっかり。
勝つなんて考えたこともなかった。
「俺は、負けて負けて、負け続けて今がある。強ぇってのが、相手を殺すってのが、そんなに偉いんかよ?」
殺す殺すと息巻くヤツ、昔にもいたな。
「はぁ!?」
「だったらさぁ──」
右手で手印を結んだところで、その右腕を掴まれた。
「唯守」
「響香…」
「やりすぎ。爆豪も煽りすぎ。優劣つくって自分で言ったんだから、試験まで待ちなよ」
「チッ……!」
爆豪は勢いよくドアを閉めて教室から出ていき、後にはまたも静まり返った教室が残されている。
「響香。…もう大丈夫だから」
響香の手を振りほどくと、上鳴と峰田が声をかけてきた。
「間、どーしたんだよ…? なんからしくねーってゆーかさ」
「そーだぞ。爆豪のアレはいつもの事だし、今更ってゆーかよー」
俺だって、わかってる。
勝つことにこだわるのはわかる。
けど俺は雄英にきて、ようやく自分の力は高い方なのだと少しは実感できてると思う。
だけど、ここに来るまではずっとずっと、本当に数え切れないくらいジジイにも母さんにも姉ちゃんにも負けて、泣かされてきたんだ。
ガキの頃も、周りの目から……
俺は、俺はまだ、ずっとガキのままだ。
「ごめん! 俺もちょっと、試験近いしイラついててさ。変な空気にしちまった。わりぃ。また、来週な」
逃げるように、俺は教室を後にした。
明日が休みでよかったと思いながら。
*
「びっくりしたー。どしたの間?」
「負けて負けてって…アイツが?耳郎はなんかわかんの?」
芦戸の質問に答えられず、上鳴は知っているのかもしれない耳郎へと首を傾げながら聞いてみる。
「たぶんって事くらいなら。でもウチが言うのも違うし。もう大丈夫だと思うよ」
昔を思い出していた耳郎には、理由はなんとなくわかっていた。
自信のない唯守のこと。
そして、あんな風に結界をクラスメイトに向けたこと。
唯盛さんの事故があったのも、今と同じ、夏の始まりくらいだったな。
・・・・・
1人の少年が教室で机に突っ伏している。
見慣れた、幼馴染の間唯守だ。
あの日は事故の後の初めての登校した日だったから心配で、一緒に帰ろうと隣のクラスによったんだ。
そこでは、自分以外に友達のいない唯守の周りを5人の少年が取り囲んでいたところだった。
『なに学校来てんだよ?そのまま来なきゃよかったのにな』
『まーまー、悲惨な事があったばっかだしなぁ。その態度じゃあ対して変わってねーみたいだけど』
『なぁ。おまえみたいな奴のことなんていうか知ってるか?』
『………』
『根暗って言うんだって。友達もいねーしなぁ!」
『おい!聞いてんのか?──無視してんじゃねぇよ!殺すぞっ!』
『…うるせェ』
『はぁ?今うるせェって言ったの?おいみんな!バカマがうるせェって!!』
『やめなよ!あんたたちがうるさいのは本当じゃん。唯守、帰ろう?』
『おいバカマ。耳郎ちゃんが助けてくれるってよ?』
『耳郎さぁ。なんでこんな奴のことかばうの?意味ないって』
『ほら。耳郎が助けてくれるってよ?お前のとーちゃんみたいにバカじゃないから無駄死にはしないんじゃないか?』
『アハハハハ!かーさんが言ってた!お前のとーさんみたいに、無駄に危険に飛び込むんじゃないって!』
『ほら、なんとか言えよ!?殺すぞ』
『……取り消せ』
『はぁ?何回でも言ってやるよ!
お前の父さん、弱いくせに無駄なことして死んだってかーちゃんが言って──』
『………自分の大事なもんのために、命かけて守ってくれたんだ。無駄死にじゃねぇ』
『こ、こここ個性の使用は、禁止なんだぞ…!!う、うわぁぁぁぁ!死にたくない!やめろ!!』
『殺すぞ殺すぞうるせェんだよ。なら──オマエが、死んでみろよ?』
『やめて!!お願いだ!謝るから……』
『……唯守』
『コラ!!おまえたちなにやってるんだ!!!』
・・・・・
そっか。
もう、そんな時期か。
だからあの時と同じで、あんな風に怒っちゃったんだよね。
来週にはきっと、いつもの唯守で戻ってくるよね。
「耳郎さんも、勉強会にはこられますわよね?」
だから、今は私も私にできることを。
「うん。頼むよ。ヤオモモ」
泣かなくなっただけじゃない。
ウチら、もう子供じゃないもんね。
唯守ならきっと
*
「姉ちゃん、来てたみたいだな」
そういった孫は、すでに綺麗に掃除された墓石の前で手を合わせた後に、立ち上がってそう言った。
その姿はたかだか数ヶ月ということもあり、雄英入学前とそう変わりない。
だが、家を出た時と比べればその力の成長具合は凄まじい。
「そうじゃな。顔の一つでも見せればいいものを」
そんなもう1人の孫の手腕は恐ろしく思うと同時に、自分の才能の無さに嫌気がする。
墓参りも終わり、久しぶりにこの家に帰ってきた唯守は、ワシが話があると言った後の帰り道、ずっと黙っていた。
「それで、改まって、なに?」
「お前も雄英で一番となったようだし、少しな。お前に関することだ」
「一番っても……ごめん、なんの?」
何か言いたげではあったが、話を聞くべきと思ったのかお茶を置き、座布団に座ると真面目にワシの顔を見つめている。
「まぁゆっくり聞け。時織にも聞いてな、ワシなりに調べてみたんじゃ。心してきて、お前に出た"方印"の話だ」
時織はアレで考えがあるに違いない。
だが、孫とはいえ、その考えの心奥はわからない。
いや、"わからなくなった"が正しいか。
父を亡くし、母の消えた子供がたった一人でこの家を飛び出していった気持ちも考えも、ワシにはわからない。
「話の前に、妖が再び現れ始めた今、お前は個性を使いこなす必要がある」
「は…?」
「まぁ聞け。お前の個性、随分と融通が効かんじゃろう?」
「融通って…個性って本来そんなもんだろ?」
数秒間を起点として対象に現象を起こす個性は珍しくない。
例えばワシの個性である【繁忙】は、1秒間をそれ以上に感じられる個性。
とはいえ、全盛期であってもたかだか3秒弱が最高であり、時を止めるわけでもなく、少し遅く見える程度の力では、結界術を抜きにしてしまえば、ワシは飛び抜けて強くなどなかった。
それに、この力を役立てるための機会も訪れなかったワシには、宝の持ち腐れのような個性であった。
「お前に限ってはそうではないんじゃ。お前は覚えてないんじゃろうが、お前の幼い頃はもっと長時間痛みを【先送】しておった。ワシと守実子から逃げるために【先送】をかけた結界に閉じこもって何時間も眠っていたことすらあったんじゃ」
黙ったままで聞いておるが、コレを話す事にこそ、あの事件から消えてしまったコヤツの真の力を目覚めさせるヒントがあるはず。
古い友人も言っていたが、この先世界は揺らぐ事だろう。
入学早々入院までしたんだ……
妖がまたも人の目に触れるようになった今、もう家族を失いたくはない。
「お前の個性は正直底が知れん。使いこなせるようになりなさい」
「急にそんなん言われても…。それに姉ちゃんは使うなって…」
「その理由はなんだ?」
「個性に頼るなって。個性なしで勝ち上がれって──
あ、そーゆーことか。危なくなった時にばっか使うなって事…なのか?相変わらずわかりづらいなぁ」
でもなんか違う気がと呟きながらうんうんと唸っている。
時織の狙いはわからなんだが、弟を思ってのことだと思いたい。
「でさ、結局"方印"ってなんなんだよ?」
「方印とは、元々は烏森が自身を守る結界師たちのなかでも、自身と相性の良いものに浮かび上がらせる目印のようなものだ」
「烏森が、相性の良い…? 一体どう言うことだよ?」
唯守に語ってやったのは22代目が本当に成したこと。
あの突然鬼と共に帰ってきた日、時織がワシに語ったことを唯守にも教えるべきであろう。
大昔、烏森とは元々強大な力を持った"土地"を表していた。
だが、実際は強大な力を持ったお殿様自身が封印されていた場所でしかなかった。
22代目はそのお殿様を力と共に完全に異界へと封印した。
だが、お殿様にも考えがあり、確かにそこには意思があったのだろう。
それこそが、烏森のお殿様が悪ではなかったことの証明ともいえる。
お殿様は完全に無に帰る前に、"異常を知らせるだけの仕組み"を残した。
未来に干渉はしない。
未来を支配もしない。
ただ、自身のような異常な力が現れた際に兆候だけを示す。
その警告こそが、新たな方印の仕組み。
これは烏森の恐ろしき力の復活ではない。
烏森が人を縛る存在から見守る存在になった証。
22代目と烏森は、今後の未来すらをも守るためにその仕組みを作ったのではないかという話。
「22代目……やっぱスゲェな……俺も…」
「あぁ。つまり、お前はお殿様の力が数世紀ぶりに反応した、危険の現れだ。だから、強くならなければならない」
「ん。やるよ。俺はもっと強くなる。じいちゃんも誰も、傷つかない世界を作る」
出会った時はなぜか浮かない顔だったが、今はやる気に満ちているようだ。
ただ、我が一族の方印の起源をどうやって時織が知ったのか。
唯守には言わなんだが、実際は22代目だけではなく、お殿様と共に異界へと残った"開祖と歴代最強の結界師"が関わっているであろうと言う事すらも、なぜ時織が知り得たのか。
時織がなにかはぐらかしている節があるのは気がかりではある。
だから、この話が真実なのかどうなのかすら、ワシにはもうわからないが、唯守にも時織にもただ元気でいて欲しい。
「唯守。最後にひとつだけ忠告だ」
「なんだよ?」
「ワシが言うのもなんなのだが、鑑の事だ」
「あん?」
「あまり信用はするな。あのジジイ、ワシが出会った頃からずっとジジイだ。長い年月を生きる者ほど、その考えは読めん」
「出会った頃って、ジジイが何歳の時だよ?」
「守実子が学生の頃じゃから、30年前くらいかの」
「30年前から、ジジイ…? は!?なんで!?あの人いったい何歳なんだよ!?」
鑑は異界愛好家と自身を称しているが、その目的がわからない。
その個性も、何歳なのかも。
方印の話を調べていくうちに裏付けできるとまでは言わないが、それなりの話を語ってきたのも、鑑だった。
高位の存在のほとんどはその長すぎる生のために、異界に引き篭もっているかその力を土地に移し消えたと聞くが……
アヤツの正体も狙いもわからない今、心から信用はできない。
「さてな。ただ、この先何が起きても良いように、精進は続けるのじゃぞ。なにかあったら、ワシか時織を頼れ」
真っ直ぐにうなづいた唯守。
きっと今からその力を何倍にも成長させていくのだろう。
もしかしたら、結界術を極めたものの立つ場所。
歴史書にあるような神にも近い術師にもなるかもしれない。
なぜなら、唯守の個性である【先送】には、限界がないのかもしれないのだから。