現代に生きる結界師は頼られがち   作:固形炭酸

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9話 姉と弟

 

 

 あれから何日経ったかもわからない。

 何度死にかけたかも。

 血溜まりの中で眠る自分を見る夢を見て、驚き目が覚めると姉ちゃんはいつもの笑みを浮かべて俺の視線の上にいた。

 というか、いつ起きても、絶対に膝枕をしてくれてる。

 最初は恥ずかしかったけど、なんでも術を施しているからと言うことらしい。

 扱いが難しいので俺には使えないと言われたが、修復術というもので、ビリビリに裂けたはずの黒装束も綺麗に元通りなんだから、もはや何でもありだなと思った。

 

 姉ちゃん、未だに寝てないのかな?

 というか、そもそもなんで俺を鍛えるなんて言い出したんだろう。

 焚火の前で、式神が買って来たのであろうコンビニ弁当を口に放り込みながらも思う。

 姉ちゃんと、こんなに話したのも初めてかも。

 

「唯守は、"家族"で暮らしてた時のこと、覚えてるの?」

 

 不思議と、そう言った姉ちゃんにはいつもと違って感情があるように思えた。

 姉ちゃんはいつも無表情で無感動。

 いつも浮かべている薄い笑みは母さんとよく似ており、そこに喜怒哀楽は何もない。

 けど、母さんも姉ちゃんも、気持ちはなんとなくわかる気がするのは、家族だからかな。

 

「父さんの事は、ほとんど覚えてない。あー…でも、四人で遊園地行ったのは記憶にあるよ」

「あんたが乗りたがってたアトラクションはどれも乗れなくてずっと泣いてた時?」

「ん……それは、覚えてねー」

 

 なんだそれ。

 そんな場面は全然覚えてない。

 父さんが一番嬉しそうで、俺はずっと肩車してもらってたような気がするんだけど。

 そん中で言われた事はなぜか覚えてる。

 

 

『大きくなったら、名前に恥じない立派な男に育つんだぞー。母さんも時織も、お父さんと二人で守ってやらなきゃだからな』

 

『かーさんと、ねーちゃん?どっちも俺より強いけど、それは俺がけいしょーしゃだから?』

 

『違うよ。唯守は男で、二人は女だからだ。強い弱いなんて関係なく、守ってあげられればいいんだ』

 

『男だから、女の人を守るの?』

 

『そう昔から決まってるからね。母さんより強いところ、お父さんにだってあるんだからな。もちろん、唯守が時織より強いところもある。守るって言うのにも色々あるんだ』

 

『いろいろ?オールマイトみたいに、なれればいいの?だったらなるよ!ちょー強いヒーローに!』

 

『そういうわけじゃないんだけどなー。でも、唯守も大人になればわかる』

 

『うん!大人になったら、かーさんもねーちゃんも、女の子はみーんな俺が守るよー!ヒーローだから!』

 

『じゃあ、お父さんとの男の約束だな。別に全てじゃなくても、それこそヒーローじゃなくっても、大事な人を守れさえすればいいんだけどね』

 

 

 あん時はちんぷんかんぷんで、ただただ憧れてたヒーローになってやるくらいの気持ちだったけど、今なら、父さんの言いたかった意味がなんとなくわかる。

 父さんは、確かに強い人だったから。

 でも、俺がそうやって覚えてるのは、あれが家族で出かけた最初で最後の時だったから。

 その年に父さんはいなくなり、母さんは翌年に消えた。

 あぁ、そういえば姉ちゃんが嬉しそうに笑ってたのを初めて見たから覚えてるのもあるな。

 

「そう。もう、身体は大丈夫みたいね。それで、もうやめる?」

 

 薄い笑みを浮かべたままに、いつもの台詞。

 『やりたいようにやりなさい』だったよな。

 父さんはああ言ったけど、強くないとみんなは守れそうにない。

 だから、俺もいつもと同じ台詞で返す。

 

「次は、勝つ。見てろよ」

 

 そうして、何度目かもわからないが、再度異界へと入り込む。

 説明も何もない。

 この相手の事も、この場所の事も。

 でも、ここに入ればそんな事は考えていられない。

 

【貴様…いい加減にしろ!!あの女を連れてくるか、さっさとオレに食われろ!!】

 

 結界で宙へと飛び、何度となく受けてきた尾から放たれる毛針を避けながらも、避けられないものは別の結界で受ける。

 最初のうちは穴だらけにされた結界だけど、今は刺さるが止められる。

 それは結界を"弾く"のではなく、粘度を高め、しなるように"受ける"性質へと変えているから。

 捻れながら凹み、まるで掴むように毛針を受け止めていく結界。

 それに、以前よりも硬度が少しだけ上がっていた。

 

 その後も防御に徹したまま、未だに攻撃に移ることができないでいる。

 遠距離の毛針。

 中距離の爪と尾。

 近距離の牙。

 どの距離にも俺を一撃で葬れる威力が備わっているこの相手に、まともに相手できるようになるのか?

 今もまた、個性を使い爪を受け距離を取る。

 

 ただ、何度も戦う度に、少しだけわかってきた。

 この左手に傷を負ったあの日。

 あの時だけは、俺の結界は今より数段威力が高かった。

 あの時は、何も考えてなかったから。

 女を殴ったアイツが許せなかったから。

 響香にまで、その被害が及ぶのが嫌だったから。

 だから、敵を倒すということ以外、頭の中には何も入っていなかった。

 痛みも怒りも通り越して、思考がクリアになっていたあの感覚になればいい。

 それが難しいんだけど、余計な事は考えず、最善の事だけを一つ一つ考えるようにすれば、

 

「──あ」

 

 個性が途切れるのに合わせて横っ飛びでその牙を躱したつもりだったのだが、それは大きな尾を妖術で身体に見せかけていただけらしい。

 こいつ一体どんだけ技があるんだよと思いながらもその毛針を結界で受ける。

 気配に気づき横を向いた時には、俺の目ん玉まであと数ミリのところまで、最近使われることの減っているケーキナイフくらいありそうな牙が迫ったところで、意識を失った。

 

 

 

 

 あれから既に7日は経ったが、未だに保って10分弱。

 最初は数十秒だったので成長はしているようだが、予想よりずっと遅い。

 

 そういえば、こんなにもこの子と話したのは、初めてかもしれない。

 私の後ろをちょこちょことついてくるだけだった、6歳も年下の弟。

 私は私の目的のために、この子を置いて、全てを投げ出して家を出た。

 ただ、8年ぶりにあった弟は、その身体も考え方も大人に近づいているようで安心した。

 私と、違って。

 

 結界師としての成長が著しく遅いのは、心が酷く周りに影響されるからだろう。

 昔は感情を前面に出すような泣き虫だったのだが、お父さんがいなくなり、お母さんが家を出ていった後は、心の中で考え感じるようになったようだ。

 だから今の唯守は表に出さないように気をつけているだけで、心は昔と同じように、常に海のように大きく揺れ動いている。

 それが今、結界術向上の弊害となっているよう。

 

 結界術の真髄はその心にある。

 何事にも動じず、風のない湖のようにさざめきすらしない完全な静寂、無の状態が理想。

 間流結界術ではその状態は【夢想(むそう)】と呼ばれ、その技はシンプルながらに全ての能力が格段に上がるという強力なもの。

 そこまでは今の唯守には求めていないが、いかんせん弱すぎる。

 まともに相手をする事など今の唯守には不可能なレベルの妖を用意していたので、お題の達成はそもそも求めていない。

 死を間近に感じた時の覚醒を、"過去の記憶"を呼び起こす事を狙っているのだが、全くその気配もない。

 

 数日意識を失うほどの怪我を負った、4年前の事件。

 オジイちゃんから聞いた限り、恐らくは不完全ながらも【夢想】の片鱗に触れていたはず。

 感覚は覚えていると思うのだが、どうやら他人が傷つく事に対しての怒りで、逆に心の揺らぎが無へと静まるようにも見える。

 まるで、自分の事はどうでもいいとでも言うように、他の人間を、(ただ)守る(まも )時にこそ、力を発揮するタイプ。

 あの時もそう思ったけど、私とはまるで似ていない。

 だから"気に入られた"のだろう。

 あの子に流れる"力はもう無い"が、それでも私とは桁が二つは違う。

 教師がプロのヒーローだという雄英に行くとはいえ、何があるかはわからない。

 最低限の力の扱いは今後のために身に付けておく必要があるし、下地は作っておいてあげる。

 今はまだその時ではないけれど、その時自分が決めた事で、後悔だけはしなくて済むように。

 

 私のように、ね。

 

 

 

 

「そろそろ、一度街に降りましょうか」

 

 10日目にしてようやく俺の修行は一時休憩のよう。

 ただ、それはものすごくありがたかった。

 姉ちゃんの家事は壊滅的で、食事は全て惣菜かカップ麺。

 せめてキャンプ飯でもあればまだマシだったのだが、そろそろ甘い物も、普通の食事も恋しい。

 

 俺は強くなってる実感はあるんだけど、どうやら姉ちゃんの理想には至っていない。

 いや、これでも何度も死を覚悟して頑張ってんだけど……

 姉ちゃんのような、天才と一緒にしないで欲しい。

 

 そうして山を降っていたのだが、姉ちゃんの様子が、おかしい?

 急に立ち止まり、一点を見つめて立ち止まっている。

 気になって俺も立ち止まると、急に寒気がした。

 

──シン……

 

 なんだ…この感覚……

 恐ろしく冷たく、意識だけが虚空に深く沈みこむような……

 これも、結界術なのか…?

 

 スッと気配は元に戻ると、いつもの無表情で一点を見ていた。

 

「力も理性も失った妖が暴れてるみたいね。今のあんたの相手には、丁度いいかもよぉ?」

 

 そんな事もわかるとか…

 やってる事が一々規格外で理解も追いついていない。

 余りのレベルの差に、思わず本当に自分と姉弟なのかと疑問が浮かぶ。

 ただ、やる事は決まった。

 

「わかんないけど、妖だったら俺たちがやらないと。他の人には、見えないんだから」

 

 不可視の化物に対抗できる人なんて限られる。

 日も落ちかけている今、そろそろ妖にとっても本当の力を発揮できる時間になる。

 そうなったら危険度は更に増す。

 

「そう。元々は強力な妖だったようね。土地の力を失ってるとは言え、長く生きているものには何かがあるかもしれない。気をつけなさい」

 

 姉ちゃんの言葉や、伝書の中でもよく出てくるのが、土地の力。

 それがなくなったから妖はいなくなったのだと言うけど、そんなのどうやったらわかんだろうな。 

 力があった頃の烏森みたいな、未だに力を持つ神祐地に行ってみたらわかるもんなのかな。

 

 また余計なこと考えてるなと自覚しながらも、先を急いだ。

 

 

 

 

「一佳、どうかしたの?」

「なんかさ、変な音しなかった?」

 

 雄英合格も決まり、そろそろ一人暮らしの物件を探さなければならないのだが、残り少なくなった中学校生活を送っている毎日。

 友達とも会えなくなるので、最近はよくみんなで帰るのだが、これがまた人数が多い。

 今話しかけてきた明美を初め、他のクラスや後輩まで来るものだから、まるで集団下校でもしているかのようにお団子状態でいる。

 別れを惜しんでくれるのはありがたいが、みんな家まで着いてくるのでそろそろ終わりにしたいのだけど。

 と思っていたら、何か地面を蹴るような音がした気がする。

 

「え?しないけど、ねー高子?」

「うん、私も聞こえなかったよ」

 

 どうやらみんな聞こえていないみたい。

 私の、気のせいかと思ったが、再度みんなを見ていると、ある事に気づいた。

 こういう時、いつも一番に騒ぐであろう人物が、いない。

 

「ねぇ……佳代はどこいったの?」

 

 あれー?

 ほんとだーいないね。

 先に帰ったんじゃない?

 

 誰もわかってない。

 答えられていない。

 

 いつも、人一倍おしゃべりな佳代が誰にも何も言わずに突然いなくなることなんて、考えられない。

 それに、今歩いている場所の横の森は──

 

「私、探してくる!!」

 

 神隠しの伝説もある上、最近行方不明の事件も発生した地元では有名な『神不知の森』

 嫌な感じと、すごい胸騒ぎがする。

 私は、みんなの静止の声も聞かず、気づいたら走り出していた。

 

「佳代ーー!いるーーー!?」

 

 返事は来ない。

 そんなに広い森じゃない筈なのに、やけに木々が多く遠くまで見渡せない。

 生い茂る葉で日の光も入っておらず、まだ夕方だと言うのに薄暗いこの森は、異様な雰囲気を放っていた。

 いない事が一番なのだが、嫌な予感はどんどんと強くなる。

 

──ガサッ!!

 

 枝葉の揺れる音。

 それも近く、大きい。

 

「佳代!!」

 

 視界の端にとらえた、制服のスカート。

 一体誰が…

 もしかして、誘拐犯のヴィラン…?

 だとしたら、どうしよう。

 個性の無断使用は厳禁。

 そもそも、私がなんとかできることかもわからない。

 他のみんなが通報してくれているとは思いたいけど……

 

 そんな私の心配も、ようやく佳代を見つけた今、一瞬で吹き飛んだ。

 

「い…一佳ァァ……助け……て…」

 

 宙に浮いている佳代の体に何かが食い込んでいるのはわかる。

 まるでハンバーグから溢れる肉汁みたいに血液が流れ出てきていた。

 ただ、食い込んでいるのがフォークなのか、歯なのか、はたまたそれ以外なのか。

 それすらもわからない。

 理解できることは、たったの二つ。

 見えない何かが佳代を攫ったのだという事。

 そして……私が、ビビってるって事!!

 

 動け!!カラダァァ!!!

 

「…佳代ッ!!!」

 

 ごめんね。

 すぐに飛び出せなくて。

 個性【大拳】

 自身の両拳を巨大化させることができるこの個性なら、姿は見えなくても!

 

「オッラアアァァァァッ!!」

 

 巨大な拳はクラスメイトのすぐ側の虚空を殴らんと幾度となく繰り出される。

 大拳の連打は、数度空振りをしたものの、ようやく何かにぶちあたり吹き飛ばした。

 よしっ!!

 ちゃんと当たった!

 あとは佳代を担いで急いで、病院に──

 

【人間風情がその力……矮小な存在が"枠"を外れおって……!!】

 

 人間、風情?

 姿も見えないこの化け物の声だけが響き、怒っていることはわかった。

 地面がめくれはじめ、木の幹の一部は何かに掴まれたようにへしゃげている。

 抜き取られたその大木が、私たちに向かって振り下ろされる。

 

「佳代!!」

 

 私はとっさに拳を巨大化させ佳代を包み込むも、何も、起きない。

 不思議に思い目を開くと、緑色の半透明な箱がその大木を受け止め、猫っ毛の男の子が、まるでヒーローみたいに、私たちの前に立っていた。

 

「間に合わなくて、ごめん…怪我してる子は姉ちゃ…時織が看てくれる。こっちの、こういうヤバい奴は、俺が全部退治してやる…!」

 

 その男の子は、少し震えた声でそう言うと、こちらを振り向くことなく透明な化物に挑みかかっていく。

 

 それが、私と間唯守との初めての出会いだった。

 

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