貴族の方々が都会に出るのを許してくれない 作:うろ底のトースター
おままごとのようなものだ。お姫様なら客人はメイドに案内させる、だからそのようにした、そんな感じ。わざわざ誘い込もうだとか、そんな意図はきっとない。途方もなく幼稚で懐古主義、それがダニエラだ。
「ここです」
「・・・ソラリウム」
「中で、ダニエラ様がお待ちです。ケイン、粗相のないように──そうですね、さっさと腹を括ってください。正直、この鬼ごっこを見続けるのももどかしくて仕方ないのです」
「もどかしいって、それどういうことだよ」
「一回刺されてしまえ」
「なんでだよ!?」
謎の罵倒を背に受けながら、俺は扉を押し開いた。この先はある程度開けた空間。立ち回りはかなり簡単になる。ただ一本道で背を追われるよりも簡単に逃げることが可能だろう。
なんて、思っていて。目に写る光景に絶句した。
広い空間。それは正しい。ただ、内装がおかしかった。白いレースの幕に覆われ、赤い絨毯が道のように敷かれている。これでは、まるで──。
「まるで式場、ですか?」
現れたダニエラ、その装いはウェディングドレス。姉妹の中で一番発育が激しいせいか、清純な印象を与える白と艶めかしく浮かび上がるボディラインが絶妙にマッチしている。
こんな事態でもなければ、きっと見入ってた。
閑話休題。
「タキシードでも来てくれば良かったかね」
この場合、おままごとに必要なのは新郎だ。・・・尤も、
「正装の貴方なんてもう見飽きましたわ。それくらいラフなほうが私は好みです」
異様に寒気がする。怖気と言い換えてもいい。とにかく、ダニエラの視線から逃げたい。
おままごとだと思ってた。でも違う。朱が差す頬も、妖艶に緩んだ笑顔も、蕩けるように細められた瞳も。異性なら例外なく昂るだろうその全てが、酷く恐ろしい。
それは、執着か、妄執か、狂愛か。
後退りそうな足を、気合いで押し止どめた。
「鍵はこちらに」
置いてあるのは、道の最奥。式場で言うなら、あそこは新郎新婦の入場口。俺を捕まえてそのまま式に臨もうとしてやがる。
「さあ、ご自由に取っていってください」
その代わりに貴方を貰いますって目が言ってんだよ。
手持ちのフラッシュバンはあと一本。メイド長に接触している以上、こいつを用いた搦手はほぼ通用しないと考えていい。
端的に言えば、詰んでいる。待つというただその行為が、俺からあらゆる手段を奪っていく。
・・・一つだけ、今だからできる賭けじみた手段がある。すこぶる気は進まないけれど。死ぬほどやりたくないけれど。やらなきゃ負けると言うならば、仕方がない。
カーペットの道を歩き出す。
「来て、下さるのですね」
ソラリウムには、中央に八本の柱が存在する。そのうち一本には、天窓を開くレバーがついている。
「ああ、鍵だけ貰ってくわ」
それを、
風が、雪が、冷気が舞い込んでくる。
クッソ寒いけど俺は耐えられる。けど、ダニエラは。
「きゃあっあぁぁ!!」
「雪っ子舐めんな温室育ちめ」
常に温かい火に恵まれていたこいつらが、寒さに耐えれる道理はない。まして、今のこいつらは虫である。
弱点は冷気。その推測は的中した。
「これ、では、貴方にぃ!」
咄嗟の行動だったのだろう。凍えて震えるその手が、鍵へと伸びていって──その前に、俺の放ったフラッシュバンが目を潰す。
俺の身体が凍えるより速く、ダニエラの目が復活するより速くひた走る。
「いやだ」
そんな俺を、ただ執着心が追いすがった。
「負けたくない!」
「!?」
目は、潰れたまま。音もろくに聞こえていないはず。にも関わらず、その手は俺を正確に捉えていた。
「私には、貴方しか──!」
まるで蛹から羽化するように、上着を一枚脱いだ。遠い東の島国では、ウツセミというらしい。
その手は、服だけを掴んでいた。
「あ」
鍵を取り、左脚の筋肉に任せて無理矢理反転。
「待って」
床を思い切り蹴っ飛ばし、最高速をたたき出した。
「待って!」
体当たり気味にドアに飛び込む、その直前に。
「私を連れて行ってよ、王子様・・・!」
聞こえたその声は、酷く悲しそうだった。
「ダニエラ様に勝ったご感想は?」
「最低最悪だよ」
ようやっと3つの鍵が揃った。これで最上階まで行ける。喜ぶべきことだ。そう、喜ぶべき、はずなのに・・・。
「なぁ、俺が間違ってるのかな」
あの声を聞いて、無性にそう思った。
「ええ、どうしようもなく間違ってる。人の好意を、愛情を無下にしてエゴを通そうとしてる姿は見ていて本当に腹が立つわ」
辛辣で心を抉るような言葉の数々。
「でも」
「?」
「それがあなたの美徳の一つだとは、思ってる」
皆が愛したあなたでいなさい、そう言ってメイド長は消えた。
「途中で投げ出すなってか」
迷いは晴れてないけれど、それでも進めと言われた。なら行こう、最上階に。
短めだけど切りがいいので許して・・・。