時代は過ぎて1950年代、リベリオンの記者以外にもオラーシャの記者が、国際記者連盟の終戦の記念式典の為に、資料を集めていた。ネウロイ大戦というのはたくさんの資料がある。カールスラントの話を集めたところで、同様にガリアの激戦の資料も激戦故に少なく、直接元ウィッチ達に話を聞くしか無かったのだ。
ー退役軍人ガリア空軍中将ジャクリーヌ・ド・ピュイビュスク侯爵談ー
「今日はよろしく頼む。」
私に対して非常に礼儀正しくしてくれるピュイビュスク侯爵に好感を持った。
貴族特有の雰囲気に軍人の雰囲気が合わさり、女の私ですら、彼女の香りに誘われた蜜を求める蜂の様にフラフラと行きそうになる。素敵な女性だ。
早速ですが、ガリア戦線で印象的な出来事は?やはり、ガリア撤退戦ですか?と聞いてみる。
「勿論そうだな。私は、初戦で化け物にあった。ネウロイとかでは無い。その名は‥‥」
アイリス大尉殿と言ったら、ガリア情勢に詳しくないオラーシャの君もわかるだろう?と言われてなるほどと思った。
次々に転戦を続け、初戦の1939年から終戦まで戦い抜き、未だに資料が出るたびスコアが伸び続けるトップ・オブ・エース。
彼女と個人で張り合えるのは、カールスラントのルーデル退役元帥ぐらいだ。カールスラント軍は彼女の功績の高さに将校の戦死者しか貰えない一級カールスラント勲章や彼女しか貰っていない大鉄十字星章があるくらいだ。
カールスラントから軍人に授与される勲章で、十大勲章があるが全てを受賞し、空戦エース、陸戦エース、対空砲エース更には衛生兵勲章に至るまでもらったのも珍しい。
「その化け物の飛び方は苛烈で、暴力的で粗野な空挺部隊の無謀な降下に近い。目の前で対空砲が炸裂しても、歓迎されてるぞと笑っていた。狂人だ。」
紅茶を飲む彼女に私は手帳の手が止まらなかった。
「だが、それを見た当時の私ジャクリーヌ・ド・ピュイビュスク上級曹長はだ。いや、今もか退役軍人ガリア空軍中将ジャクリーヌ・ド・ピュイビュスク侯爵としてもだ。」
勿体つけられて気になる。私はステーキの前で待てをされた犬のようだ。喉が乾いてピュイビュスク氏に出された紅茶を飲んだ。
火で飛ばしてないアルコールのパンチを食らう。ピュイビュスク氏は机から、バーボン・ウイスキーを引き出した。最近、カールスラントのクルピンスキー大将から貰ったらしい。貴重な品だ。
それを私に対するいたずらの為に使うとは、茶目っ気もある人だと評価を改める。
「緊張が解けたな。続けるが、鮮烈に記憶に残っている。ネウロイの弾幕を踊るように最低限の動きで空を縫う。あれは見た者にしかわからないだろう。」
あれを見たら、もう一回見たくなるだろう。私も見たいと言われてしまった。正直、どのようなものか気になる。
「マジノ線より、戦車や航空機、もちろん陸空のウィッチが必要だったと言われるが一番必要だったのは‥‥。」
紅茶一口飲む姿も気品がある。
「絶対的なエースだ。空を地上に叩き落とすような絶対的なエース。これが足りなかった。誰もがそのエースが居るだけで、その場に残り、戦い続けるそんな空の支配者がだ。」
ピュイビュスク氏には悪いが、恐らくそんなエースがいてもガリアは纏まって抵抗しない気がする。
「精神的な支柱になれる軍人などは、ガリアには居なかった。政治家にもだ。愚連隊のようなプライドで凝り固まった軍人なら居たが。」
あれは、アイリスに助けられてネウロイの驚異がやっとガリアに浸透し始めたときの話だ。とピュイビュスク氏が言うが、当時オラーシャもオストマルクもガリアの隣国のカールスラントにベルギカなんかも、ほとんどが滅亡に近い被害を被ってた筈だ。
むしろ、なんでガリア政府やガリア国民はネウロイの驚異に備えていなかったのだ?平和を欲さば、戦への備えをせよと格言にあるでは無いか。カールスラントが作った傑作の銃弾9mmパラべラムはそこから来ていると言う。私は疑念を持った。
その猜疑が顔に出ていたのか、ピュイビュスク氏はため息をつきながらこんな話をしてくれた。
「負けている国の中で、他国の人間が功績を上げ続けてるのが気に食わなかったのか、それとも戦争で頭がおかしくなったのか、はたまた最初からおかしかったのかは知らないが。」
私はそれ聞いたときに耳を疑った。
「あるガリアの参謀部の少佐と取り巻きが、アイリスに絡んでいって、金属類政府徴発令が全土に出ている。だから、その首から下げているのを渡せと無理やり、アイリスの鉄十字勲章を指差したんだ。」
やはり、ピュイビュスク氏が先ほど指摘した精神的な支柱は、ガリアには関係ない気がする。
そもそも、アイリス氏は当時はロマーニャ人であって、ガリア人ではないのだから、徴発令は無効のはずだ。そもそも、アイリス氏の鉄十字勲章を取り上げたら、鉄十字勲章よりも量が多い鉛をカールスラントから叩き込まれるだろう。
頭がオカシイんじゃないか?いや、ピュイビュスク氏が頭がおかしいと先に指摘していたが、聞いたことがないぐらいおかしい。オラーシャ人に同じ事をしたら、首をねじりきられても文句は出まい。
「それか、自分の指揮下に入るかと少佐が言い終わる頃には、アイリスは部屋に戻っていた。少佐は言い負かしてやったと喜んでいたのだが‥‥。」
言い負かしてないだろう。どう考えても言い負かしてない。頭の中身が発酵チーズだってもっとマシなことをする。
「アイリスは、更に上手だった。部屋からカールスラントから贈られた40種類以上の勲章とカールスラント皇帝とロマーニャ皇太子の渡した恩賜のサーベルと銀製の懐中時計に金のシガーケース、金のモーゼルC96を持ってきて、少佐の目の前に置いたんだ。」
うん?アイリス氏も私の主観ながらおかしい奴だと思えてきた。なんで、下賜品を持ってくるのだ?
「そして、最後に少佐に儀礼服の下賜品だろうカフスボタンまでいるかと儀礼服ごと渡したんだ。アイリスは軍学校を首席卒業したと言うから儀礼服ももちろんオーダーメイドのロマーニャ王室からの下賜品だ。」
幼稚なことをした少佐も少佐だが、アイリス氏のやり返しが苛烈すぎる。鉄十字勲章を渡せ程度なら、あと冗談としてごまかせるかもしれないが、ロマーニャとカールスラントの面子がまるごと乗ったものを渡すとは‥‥。
「当然、少佐と取り巻きはギョッとしたが、何より、驚いたのが私がそろそろ止めて仲裁しようとしたときだ。その基地の司令官であるアンリ・ジロー将軍が飛んできて、少佐の顔をブーツで蹴り飛ばし、覆いかぶさり少佐が気絶するまで殴ってから、アイリスに平謝りをしていた。」
なるほど、我がオラーシャでもやる手法だ。相手を怒らせた者を殴るだけ殴って、被害者が止めたり憐憫の感情抱くまでやる。
徹底的にやることで、相手は怒りを忘れて水に流してくれる。素晴らしいやり方だ。かくいう私も誤報を出した時に、謝罪先で頭を掴まれて机に強かに叩きつけれた経験はある。
痛かったが、しょうが無い事だ。あれをやられた訳だ。
「一番驚いたのがその後だ。アイリスは出せと言われたから出した。今更、いらないと言われても困るとジロー将軍を揺さぶりだしたのだ。終いには報告書を書く時間だと言っていた。」
将軍は慌てていたよ。私も同じ立場なら慌てる。結局、アイリスはジロー将軍から少なくない小遣いをもらうのに成功していたがなと言うと紅茶にバーボンを足すピュイビュスク氏を見ていた。
もはや、それだけ足したら紅茶のバーボン入りではなく、バーボンの紅茶入りである。バーボン割り紅茶にする為か、私のカップに入れようとしたために断った。
オラーシャ人だからといってウォッカやビールをガバガバ飲んでいるわけではない。私は酒はあまり得意ではない。
「私は、国益を考えるならすぐにでもアイリスを止めるべきだったと思うが、私としては命の恩人を軽視する奴は嫌いでね。私はアイリスに戦場で死にそうなときに助けられた借りがあるのさ。」
本人は貸しに思ってないだろうがと続ける彼女に私はそうですかとしか返せなかった。
そもそも、ガリア軍部の突飛な発想が、例えポワロですら、灰色の脳細胞を持つポアロですら脳死しそうな理論の飛躍である。この記事を書いている今ですら、理解ができない。
「彼女は凄かった。爆撃ウィッチの如く、爆弾を背負って迎撃ウィッチの如く軽装ゆえの速さ持つような動きをする。誰にも真似できないわけではない。」
誰だって真似をできるがしないだけだ。12Gがかかると言われる急降下急旋回急上昇の組み合わせをしたと思ったら、エンジンを切って自由降下をする。
私は憧れた。あれができればと思った。実際はいつでもできたのに恐怖が私の中で打ち勝ってあんなふうに飛べなかったのさ。笑えるだろう?とピュイビュスク氏に聞かれた。
私は単純にそのアイリス氏が頭がおかしいだけだと思った。その後もピュイビュスク氏が語ったアイリス氏の発言は驚かされるものばかりだ。
「ある時、アイリスに何故、対空砲火の十字砲火を受けながら急降下をすると聞いたらなんて答えたと思う?」
私はわかりませんと伝えるとピュイビュスク氏は「そうだよな。わからないよな。」と続けて笑った。
「フフッ。今いる地点を目標として、十字砲火をされてる訳だから一歩踏み込めば命中率は下がる。なら、急降下をすれば当たらないことになるといった。笑えるだろ?」
ハッハハハハハと笑うピュイビュスク氏に、私は苦い顔をしていたのだろうか?ピュイビュスク氏は、私の顔を見てより笑った。
咳払いを一つしてゆっくりと説明をする気になったと感じるピュイビュスク氏に、私はより真剣に聞こうと思った。
「失礼、飛んでない者にはわからない話だったな。簡単な話だ。ここに教本があるから読んでみるといい。」
ピュイビュスク氏はカバンから目の前の机に戦闘教本とガリア語で書かれた本を出した。もちろん、モスクワ大学外国語学科卒業の私はそれが読める。
「書いてあるだろう?目標を撃つ際は相手は横か高度を上げるか少しだけ降下して避けるだろう。まずもって急激に近づくことはない。避けるところを潰すように動き撃つのが偏差射撃とな。」
なので、ネウロイも同じさ。奴らに知能があるかは別として戦闘教訓は同じなのだから結論は似ることがある。それを見切ったアイリスが、ネウロイに現実を叩きつけた。とまで続けるとピュイビュスク氏は、一旦バーボンの紅茶入りを手に取ってから口を付けずにソーサーに再び置いた。
「だが、誰にもできない。いや語弊があるな。かのルーデルならできる。つまり、そういう事さ。どこか普通の人間とは違う。おそらく、危機管理能力が違うのだから仕方がない。」
オラーシアンルーレットという、リボルバーに1発入れ交互に撃ち合うのがある。あの二人は自動拳銃でもそれが出来る。次元が違うからな。というピュイビュスク氏。
私は、いやそれはおかしいだろう。絶対おかしい。ガリアですら年に自動拳銃で一人程度がオラーシアンルーレットをして死ぬ程度だ言うのに。
ピュイビュスク氏は最後に手土産として私にガリアワインをくれた。アイリス氏が未だにガリアの戦時国債を持ってるそうで、戦時国債の物納品のワインを良くくれるそうだ。
国債を物納品で返すとかは聞いたことないが、そうなのだろう。それはそれとして、帰路につく傍ら、この取材っていつしかアイリス氏が気になって他の事を聞いてないよなと気が付いた。
なぜ、戦線のことを聞いたら個人戦績などの話になるのだろうか?仕方あるまい。私は手帳をめくると次の取材予定を確認した。
クロステルマン氏だ。彼女ならば、きっとガリアについて語ってくれるに違いない。そういえばクロステルマン氏の領地にはアイリスの花畑があるらしい。奇妙な偶然もあるものだ。
アイリスの花言葉は使者というらしく。今の私はさながら平和な時代が訪れたという平和の使者かもしれないな等を思いながら向かった。
そういえば、書き忘れていたが、ピュイビュスク氏は言っていた。
アイリス氏は個人やパイロットとして会うならこの上なく、何でも許してくれて適当で、自由でたまにはなにかを奢ってくれたりするようなそんな人物だが、一度敵対視されるか、部下になるとこの上なく面倒で理屈が通じなくて頑固で強固。
それでいて、最前線を任せたら必ず生きて帰ってくるそうである。どんな化け物なんだろうか?
5月某日寄稿文。在リベリオン戦史収集企画、国際記者連盟所属 リュドミラ・カガロフスカヤ著