クラシック路線最有力ウマ娘に故障、復帰は絶望的か。そんな見出しが新聞の一面を飾った。いや、新聞だけではない。テレビ、インターネット、あらゆるメディアが、そのニュースを報じた。
『──の故障、本当に残念ですね。彼女が発症してしまった屈腱炎はウマ娘にとって不治の病と呼ばれています。重症ともなると、復帰できたとしても年単位での調整が必要になり──』
テレビの解説者はその怪我がいかに重く、厳しい状況かを語り、
『やはり、クラシック級の挑戦は絶望的でしょう。それどころかシニア級も──』
結局、その結論に至る。
「ねえ、あのニュース見た?」
「見た見た!私、絶対三冠ウマ娘になる人だって思ってたのに、ほんとに残念だよね~・・・」
町を歩けば、何処でもそんな会話が耳に入った。それほど誰もが彼女の強さに夢を見て、しかしてそれを見ることは叶わなかった。自然と少し、足取りが重くなった気がする。
うわの空でしばらく歩いて、気づけば扉の前に。静かに一つ深呼吸をして、意を決して扉を開く。部屋には、ベッドに横たわって外を眺めるウマ娘がいる。
「フジキセキ。調子はどう?」
「ああ、トレーナー君。悪くはないよ。お見舞いありがとう」
いつもと変わらない様子で振る舞う彼女の手元には、あるウマ娘新聞が握られていた。
「新聞、見てたんだ」
「うん。どこもかしこも、私の話題ばっかりでね。まるで三冠ウマ娘になったみたいだ」
その新聞の一面には「幻の三冠ウマ娘」というフレーズが書かれている。
「・・・辛く、ない?」
「大丈夫さ!ウマ娘に怪我は付き物だし、期待のウマ娘が本番に出れないことだって・・・よくある、ことじゃ、ないか」
言葉をわずかに詰まらせて、それでも気丈に振る舞おうとしてくれる彼女の頬を、一筋の涙が伝う。やがてそれは、大粒の涙に代わって、堰を切ったように溢れ出してくる。
「あれ?おかしいね。涙が、止まらないよ。ごめん・・・」
静かに泣き続けるフジキセキに、僕は何も言葉をかけることができなかった。どんな言葉も、彼女を慰めるに足るものなどない気がして。
「ごめん、ごめんね・・・。少しだけ、泣かせて、ほしい」
黙って、頷くだけしかできなかった。
「三冠ウマ娘になって、みんなを、君を感動させるって誓ったのに!・・・うう、わああぁぁぁん!」
「・・・フジキセキッ!・・・ゆ、夢か・・・」
汗だくで跳ね起きると、時計はまだ五時過ぎを指示している。最悪の悪夢だった。二度寝する気分にもなれず、仕方なく起き上がり、カラカラになった喉を潤すために冷蔵庫へ向かう。水を取り出して、一口飲み、ため息をついた。
「なんて不吉すぎる夢だ・・・。今日からフジキセキとのトレーニングが始まるっていうのに・・・」
嫌に鮮明に記憶に残る悪夢を振り払うように頭を振り、汗だくの体を流そうと浴室へ向かった。さっとシャワーを浴び、歯を磨いてもまだまだ時間は早い。
「・・・頑張らなきゃな。こんな新人トレーナーに、彼女みたいな大型新人を担当させてもらえるんだから」
そう、この物語は始まったばかりなのだ。彼女が三冠ウマ娘になった世界。志半ばで諦めざるを得なかった世界。たとえそんなものがあるのだとしても、関係ない。この世界に生きる彼女の運命は、まだ誰にも分らないのだから。
「おはよう、トレーナー君。改めて、今日からよろしくお願いするね」
「ああ、こちらこそよろしく。一緒に三冠ウマ娘を目指して頑張ろう!」
朝、顔を合わせたフジキセキは元気そうで、少しほっとする。
彼女、フジキセキは今年このトレセン学園に入学したばかりのウマ娘だ。新米トレーナーの俺と同じ、新人なのだが・・・。彼女はすでに周りから一目置かれるどころか、ベテラントレーナーや有力チームからも熱烈なスカウトがかかる、期待の超新星だった。なぜ彼女がその評価を得たか。そして俺みたいな新人トレーナーと専属契約を結んでくれたのか。それは今年最初の新入生模擬レースに遡る。
「──それではこれから、新入生対抗、模擬レースを行います!レースは六人ずつで行いますから、名前を呼ばれた人からゲートのほうに集合してください!まずは──」
多くの観戦者でごった返す中をなんとかかき分け、レースが見れる位置を確保する。彼女たちの中から、自分が初めて担当する子を見つけなくてはならないのだ。なんとしてもちゃんとその走りをこの目で見て、スカウトする子を見定めたいところだ。
「ねえちょっと、あれ見て!」
「え~何々?わ、会長と副会長が揃って観戦してる!?」
隣のウマ娘二人組の言葉につられて目を向けると、ゴールの近くで周りの注目を集めながら観戦する二人がいる。あの二人こそ、現役ウマ娘最強とも噂される二人。生徒会長のシンボリルドルフと副会長のナリタブライアンだ。
「ふふ、今年の新入生たちも将来有望そうな子たちばかりだな。君を負かすような若駒はいるかな、ブライアン?」
「・・・さあな。立ちふさがるならちぎるのみだ」
そんな二人が観戦しているという話はすぐに出走する新入生たちにも伝わり、二人にいいところを見せようと、一層活気づいた。
「おーおー、あいつらいれこんでやがるな」
「まああの二人に自分の走りをじっくり見てもらえる機会なんざそうそうないことだからな。仕方ないだろ」
先輩トレーナーたちもその様子を見ながら、目星をつけている。
「お、あの黒髪の子、落ち着いてるな」
「ああ、名前が確か、ジェニュインだったかな。入学当初からかなりの素質があるって噂だ」
「へぇ、そんな子が模擬レース一番手か。お手並み拝見だな」
そんな期待を知ってか知らずか、ジェニュインは他の出走ウマ娘と共に静かにゲートに入る。全員のゲートインから一拍置いて、ゲートが開く。ルドルフとブライアンの登場にテンションが上がっていたほかの子たちが大なり小なりタイミングが合わず、出遅れるのに対し、ジェニュインはポーンと一人抜け出すように綺麗にスタートを決めた。
「うまいな。いいセンスしてやがる」
「だが本番はここからだぜ。走りが悪くちゃな」
しかし心配は無用とばかりに出遅れた後続をゆっくりと、着実に引き離していく。初めての模擬レースということで、1200メートルという短距離に設定されたこのレースだが、第四コーナーに入るころには、すでに先頭のジェニュインと二番手の差は五バ身ほどの差をつけていた。結局直線に入っても必死に追ってくる後続を全く寄せ付けることなく、余裕を残してゴールを通過した。
「おお・・・、これはさっそく大物がでできたな。今すぐメイクデビューしても通用するんじゃないか?
」
「ああ。スカウトも集中しそうだな・・・。ベテラン連中にとられちまいそうだ。一応声だけはかけとくかな」
先輩トレーナーたちのいう通り、模擬レースであれだけ結果を残せる子は、有力なトレーナーたちに引っ張りだことなるだろう。もちろんトレーナーを選ぶ権利はウマ娘本人たちにあるから、自分も声をかけてみれば、選んでもらえる可能性があるかもしれない。しかし、ウマ娘たちも優秀なトレーナーの元で練習したいのは当然なのだから、自然と優秀な子たちは、優秀なトレーナーの元に行ってしまう。当たり前のことだ。
ジェニュイン圧勝の余韻を残しながら、模擬レースは続いていく。都度気になった子をメモに取りながら、レースを見ていく。と、あるレースが始まろうとするところで、待機している新入生のウマ娘たちからわっと歓声が上がった。それも、黄色い声の類である。
「「フジキセキさーん!!頑張ってーっ!!」」
その声の先にいるのは、青い目で黒髪のショートカット。長身のボーイッシュな子。男性も女性も、好きになってしまいそうなルックスのウマ娘だ。その名を、フジキセキ。一目見て胸が高鳴った彼女に完全に引き込まれたのは、その走りを見たからだ。
「ありがとう、応援ありがとう!行ってくるよ、ポニーちゃんたち!」
フジキセキに声を返され、また歓声が上がる。その人気は相当なもので、フジキセキがゲートに入ってからもまだ声がかけられ、それにまた丁寧に手を振って返す。
ゲートが開くタイミング。ちょうど上がった声援に反応した彼女はタイミングを外し、大きく出遅れた。
「おっと、いけない。レースに集中しなくちゃね!」
図らずもうまく出たほかの子たちのバ群を追走するように、離れた後ろから駆けていく。
「あ~、これはキツいか。注目されてる子だけどこの差は・・・」
「1200でこの出遅れはなー・・・。まあジュニア級じゃよくある話だし・・・」
見ている者たちは、ほぼ全てが彼女の敗北を予想した。実際短距離レースでは大きな出遅れは致命傷になる。それに匹敵する出遅れだった。
前半600メートルをバ群に追いつき、とりつくまで上がっていくためにかなりの足を使った彼女は、しかしまだまだ余裕を残しているといった表情で、最終コーナーに最後尾で入ってくると、一段と力強く地面を蹴り込み、加速度を増す。あっという間に一人、二人と横を交わしていき、直線を向いた時には三番手で先頭までの距離を三バ身ほどまで縮めていた。前を行く二人は半バ身差ほどでしのぎを削っている。
「凄い加速だ・・・!でも前の足もまだ止まってない!」
思わず拳を握り、フジキセキの追い上げを見守る。残りは400。グングンと前との差を詰めていく彼女は、また一つギアを上げたように更に加速し、残り200のハロン棒を超すころには前の二人の間に入って並びかける。
「悪いねポニーちゃんたち。先頭は私がいただくよ!」
「「無理ぃ~!!」」
いや、並びかけるという間もなく、あっという間に二人を交わして先頭に立つと、そのまま二バ身、三バ身と差を広げてゴールに飛び込んだ。あまりのパフォーマンスに観客たちは一瞬静まり返り、すぐにわっと歓声が上がる。誰もがその力に、圧倒されたのだった。
「凄い末脚だな。順当に上がってくれば、世代を牽引するだけの力がある」
「・・・ふん、ちょっとは楽しめそうな奴がいるじゃないか」
ルドルフとブライアンも、満足気にフジキセキを見つめている。俺の足も、自然と彼女の元へ向かっていた。
模擬レース終了後、すぐに結果を残した子の周りに目を付けたトレーナーや先輩ウマ娘たちが群がっていた。中でも多くの人を集めていたのは一際大きなインパクトを残したジェニュインと、フジキセキの二人だった。
「フジキセキさん!ぜひうちのチームで一緒に走りましょう!」
「いやいや、俺と組もう。君ならダービーも狙える!」
「私と組みましょう!有馬記念だって取れます!」
「あはは、ありがとう。流石に即決はできないからゆっくり考えさせてもらうよ」
フジキセキはすでに勧誘の嵐を受けていた。なんとか人をかき分けて、前へ行く。新人トレーナーなんて、歯牙にもかけられないかもしれないけど。それでもその走りに魅入られてしまったから。
何とか彼女の前に躍り出て、あの、と声をかける。
「ああ、君も勧誘かな?ごめんね。この場では決められないから、顔は覚えて──」
「君と、三冠がとりたい!」
「えっ?」
「君を三冠ウマ娘にして見せる!ああ、新人トレーナーの俺にそんなこと言われても、信じられないかもしれないけど、でも、君に惚れたんだ!俺と、組んでほしい」
「お、おお。熱烈だねぇ・・・」
勢いあまって、思いのたけを全て口にすると、フジキセキは少し困ったように右の人差し指で頬を搔く。新人が何でかい口叩いてんだ、とか、めちゃくちゃ言うな、と周りから言われるが。
「・・・私と、クラシック三冠を目指したいって言うんだね?」
「全身全霊で、君を三冠ウマ娘にするよ。君の足に、感動したんだ」
そういうと、フジキセキはまたほんの少し考えるようにして、そして笑って見せた。
「あっはは!君、面白いね!気に入ったよ!」
「それじゃあ・・・!」
「いいよ、今日から君が私のトレーナーだ!一緒に三冠を目指そうじゃないか!」
これが、俺がフジキセキのトレーナーになった顛末だ。必ず、彼女を三冠ウマ娘にして見せる。その意思を一層強くして、彼女との初めてのトレーニングを始めることにした。
彼女と俺の運命は、まだ誰も知ることのない。ここから始まるストーリーなのだ。