師走の空気がトレセン学園を包むころ。直前に迫る朝日杯FSに向けて最後の追い込みをする俺とフジキセキ。最近はめっきり寒くなり、時折雪がちらつくようなこの頃だ。今日も雲行きが怪しく始めている。
「・・・よし、今日はちょっと早いけどこの辺で切り上げようか」
「おや、そうかい?天気が心配だったらもうちょっとギリギリまでせめてもいいけど」
「いや、実はこれを試してほしくてさ。はい、中見てみて」
足元に置いてあった紙袋を手渡すと、フジキセキは何々?と言って中に入っているものを取り出す。
「おお!勝負服だね!」
「うん。やっと届いたんだよ。こんなに時間かかるなんて知らなかったから本番直前になっちゃったけど、間に合ってよかった」
彼女の晴れの舞台のための、勝負服。初めてのことだったから発注に手間取ってしまい、結局手元に来たのはこの時期になってしまったが、フジキセキが喜んでくれているところを見ると、本当に間に合ってよかったと思う。自分だけの勝負服でターフを駆けるのがウマ娘の一つの夢ならば、それを見届けるのはトレーナーの一つの夢である。
「ありがとう、トレーナー君!早速着替えて来るからちょっと待っててくれ!」
「ん、そんなバタバタしなくてもいいんだぞ?本番までに試着して慣らしておいてくれれば・・・」
「いやいや、やっぱり勝負服はトレーナー君に最初に見てもらいたいものだろう?」
「そ、そうか?じゃあせっかくだし見せてもらおうかな」
勝負服を抱えたフジキセキが着替えに行くのを見送り、待っている間に手持ち無沙汰になると、朝日杯FSのことが思い浮かんでくる。というのも、朝日杯FSに出走するメンバーの中で、一人気になるウマ娘がいるのだ。そのウマ娘の名は、スキーキャプテン。
アメリカ生まれのウマ娘で、ここまで二戦二勝。聞くところによると、その両方とも上がり最速の足で後方から差し切り勝ちという、派手な勝ち方をしているようだ。さらに二戦ともに、マイルディスタンスであり、距離適性の不安もない。他のメンバーもGIに出走してくるだけあって侮ることはできないが、その中でもスキーキャプテンは一番怖い相手だろう。
そんなことを考えながらしばらく待つが、なかなかフジキセキが戻ってこない。勝負服を着るのに難儀しているのだろうか。そんなに複雑な服ではないはずだが。さらに五分ほど待っていると、ようやく戻ってきたようだが、上にはベンチコートを羽織っている。
「ト、トレーナー君。あの、まずはお待たせ、かな。で、ちょっとあれなんだけど──」
「うん?遅かったね。なんか手間取った?」
「・・・一応先に聞いとくけど、これ、わざとなのかな?」
「え、何のこと?」
「あー、そうか・・・。まあ、見てもらった方が早いんだけど、ね。ちょっとこっちに寄って、周りから壁になるように──」
珍しく歯切れの悪いフジキセキに促されるままに、少し彼女に近づく。少し周りを見回して、恐る恐るといった様子で、ベンチコートの前をはだける。コートの下には当然勝負服だ。・・・なんだか、肌色の専有面積が多い気がするが。
「あの、フジキセキさん?なんか、はだけちゃいけないとこまではだけてない?」
「胸から上が閉じれないんだよぉ!」
フジキセキのボーイッシュな魅力を生かすために、スカートではなくパンツルック、それにスーツスタイルでかっこよく決めるはずだったのだが、なんということだろうか。その胸部はざっくりと開き、胸元からみぞおちの上あたりまで、大きく胸の谷間を見せるような形になっている。いや、ある意味男らしいファッションといえるのか?某少年漫画でも胸元を大きく開いた格好の主人公はいることだし。
「恥じらってるフジキセキって、初めて見たなぁ」
「何言ってるのさトレーナー君!?なんだか混乱してないかい!?」
わずかに顔を赤らめているフジキセキ。普段はイケメンと形容してもいいような、ある種の男らしさを感じさせる彼女の、初めて見る表情に思わず鼓動が早くなる。その格好と相まって、なんとも言えない色気を感じさせる。
「・・・いや、ごめん。俺がサイズ間違えたのかな。やっちまったなぁ~・・・」
ここにきて大ポカだ。交換するにしてもある程度時間がかかってしまう。朝日杯FSには間に合わないだろう。
「どうしよう。トレセン学園指定の勝負服なら用意できると思うけど・・・」
「・・・いや、この勝負服はトレーナー君と私の夢に向かう意思の結晶だ。私はこの服で、トレーナー君に初めてのGI勝利を届けたい」
「フジキセキ・・・」
フジキセキがそこまで言ってくれているのだ。なんとか勝負服で朝日杯FSに出走させてあげたいのだが、今できる応急処置なんて・・・。
「そうだ、足しになるかわかんないけど、これはどうだろう」
一つ思い立って、自分の首元からネクタイを外し、彼女に差し出す。
「トレーナー君の、ネクタイ?」
「うん。俺の私物だから地味だし、勝負服には合わないかもしれないけど」
フジキセキは受け取ったネクタイを手早くまく。輝かしい彼女にはいささか地味なものかもしれないが、その下の谷間を隠す程度の役割は渡せるか。
「・・・うん!悪くない!何よりトレーナー君と一緒に走ってるようで素晴らしいね!」
「これくらいしかできなくて申し訳ないけど・・・」
「そんなことはないさ!・・・心強いよ。君の気持ち、確かに受け取った」
なんだかわからないが、気に入ってくれたようだ。いよいよフジキセキのジュニア級も最後の大一番。ここで泣いても笑っても、年が明ければいよいよクラシック級の幕開けとなる。世代最強を名実ともに示して本番に挑めるか、その戦いはもう目の前に迫っていた。
年の瀬の中山レース場。年末のグランプリ、有馬記念程ではないが、さすがはGI。これまでのレースとはけた違いの観客が押し寄せ、レースの始まりを今か今かと待ちわびる。
「トレーナー君、緊張してるかい?」
「まあ、そりゃね。初めてのGIに担当ウマ娘が出るんだから、相応に緊張はしてるよ。当の本人はそうでもなさそうだけど」
見守っているだけでも手が震えてきそうな舞台で、フジキセキはいつも通りリラックスした様子だ。さすがというべきか。
「私は早く走りたくてうずうずしてるよ!これだけの人達を私の走りで感動させられたら、それは本当に素晴らしいことじゃないかい?」
「間違いない。君なら必ずできる!」
彼女の走る原動力。たくさんの人を感動させること。それは本当に素敵な目標だ。なんといっても、俺自身が彼女の走りに感動させられたからこそ、彼女の走りを最も近くで支えたいと願ったのだから。
「ありがとう。そろそろパドックに行く時間になるね。行ってくるよ、トレーナー君」
「ああ、GIウマ娘になってこい、フジキセキ!」
フジキセキは右手の親指を立て、ウインクをこちらに飛ばして待機室からパドックへ向かう。彼女を見送り、俺もパドックへ向かおう。
パドック。すでにメインレースに出走する子たちを見ようと集まった観客たちでぎゅう詰めだ。なんとかポジションを確保し、しばらくすると朝日杯FSに出走する子たちが順番にパドックに登場し、歓声が上がる。
『お待たせいたしました。中山レース場本日のメインレース、出走ウマ娘のパドック入場です。一番、注目の一番人気ウマ娘、フジキセキ』
早速の一番人気の登場に、会場が一段とにぎやかになる。現れたフジキセキが観客に手を振ると、女性ファンたちから次々と黄色い歓声が飛んだ。
「お!フジキセキ初めての勝負服だぞ!」
「ああ、素晴らしい勝負服だな。彼女のボーイッシュな魅力、いわば宝塚の男役的な魅力を存分に引き出すクールなスーツスタイル。全体的に黒い落ち着いた見た目となっているが、彼女自身のカッコよさと相まって非常にシックに整っている。そして何より、大きく開いたあの胸だ。ネクタイを着用することによってそのセクシーさは抑えられようとしているが、隠されるからこそ引き立つエロティシズムというものもある。男性的魅力が強い彼女だからこそ、そういったワンポイントが秘められた女性的魅力のポテンシャルの高さをより我々に教えてくれる。繰り返すが素晴らしい勝負服だ」
「気色悪いなお前」
フジキセキと立ち代わりに次のウマ娘が出てくる。番号通りに来れば、この次に、二番人気に支持されたあの子が出てくるはずだ。
『人気こそ譲りましたが、実力は譲りません!二番人気はこの子、スキーキャプテン』
現れたのは、長い白髪にスキー帽、ゴーグル、そしてスキーウェアをモチーフにした勝負服。まるで雪国から来たかのような見た目の少女、スキーキャプテンである。実績、能力ともにフジキセキに比肩する存在だと考えてる一人だ。共に内枠に入ったフジキセキとスキーキャプテン。果たしてその戦いの結果は。
『──以上、十人です!本バ場まで、今しばらくお待ちください!』
朝日杯フューチュリティステークスが、来る。