糞兄貴との殺し合いの末、俺はずぶ濡れの地面に大の字で寝そべっている。そのお陰で今現在進行形で曇天を見上げながら自然からのシャワーを浴びている。
お互い切り傷か打撲の痣だらけになっており、向こうも余程ダメージが大きいかったのか疲労が激しい様子だ。
「大口を……叩いた割には………大したことは無いな……」
「その割には………随分と……苦戦したようじゃねぇか……」
激しい戦いの産物として体の中から生み出された熱を冷たい雨水が徐々に奪っていく心地良さを呆然と噛み締めながらどんよりとした空を仰いでいたら一つの影が視界を覆い被さってきた。
普段はオールバックで固めていた筈の髪型が今も振り続ける豪雨によって崩され、簾のように垂れ下がっている。元々一卵性の双子ともあってかよく近所や学校のクラスメイトからはお互いの名前で呼ばれたりして幼い頃から辟易とした思い出が腐る程あった。唯一、見分けが出来ていたのはお袋と親父、そして今は病院のベットの上で植物状態になっている幼馴染の柊くらいだったか。
その結果、蒼真が散髪とまではいかなかったものの愚弟と同じ扱いをされるのは真っ平御免だという事で最終的にその髪型に至ったのだった。
だがそんな髪型さえ今は完全に崩壊している。きっと傍から見ればまるで鏡合わせののような光景に見える筈だろう。
などと下らない事を考えていると俺を跨いでいる殺人鬼は息切れしている最中に手にしている日本刀を逆手に持ち換え、切っ先をこちらの喉元に定めた。
「これで、俺は、全てを、切り捨てて見せるっ!!」
大きく振り上げた刃はこのまま放置すると一瞬にして喉元を貫いて草薙飛鳥という人物にも終焉を与える。せめてもの情けのつもりか苦痛を与えないようにしてやろうという糞兄貴なりの配慮のつもりか。だが生憎とただ黙ってやられるのは御免だ。
ほんの一、二分程度のやり取りが底を尽いていた体力が回復するきっかけとなったお陰で辛うじてだが跨がれているその足首を掴み、引っ張った。
向こうももう疲弊していたお陰か容易に体勢が崩れ、重なるように倒れこんでくるところをもう片方の握り締めた拳で頬がめり込む程に殴り飛ばした。
その余力を止める術は無く、蒼真は苦痛を浮かべた表情と共に離れる形で泥まみれになりながら転がっていく。
もうこれで全て出し切った。そう思えるほどに体が言う事を聞かなくなった。
向こうも思いもしなかった反逆に戸惑ったのか、或いは物理的に響いたのか起き上がる気配がない。
「蒼真………自首………しろ………」
「断……る………俺は……まだ………」
薄れていく意識の中、終点のないやり取りをしながら俺は蒼真との死闘を終えた。
蒼真と最後に会ったのはそれっきりだった。
次に意識を戻した時は寮の木目ではなく、無骨な石造りの天井だった。灯となるものは遠くにあるであろう柱に数本の焚火が不安定な煌めきだけだ。寝床も柔らかめのベットではなく、もはや寝具といっていいのか判別できない程に雑に敷かれている布一枚だけだ。
「まさかまた夢に出るとはな、アインクラッド以来か……………」
冷え込んだ体をゆっくりと起こし、周囲を見渡す。
すると薄暗いが対面に位置する形でキリトとユージオが見える。向こうはもう既に起きていて自身に繋がれている鎖をどうにかしようと悪戦苦闘を行っている様子だ。
「あ、キリト!ダンテも目を覚ましたみたいだよ」
「漸く起きたか、相変わらず寝坊助だな」
「それ、キリトも言えたことかい?」
自分達が置かれている状況とは似つかわしくない雑談に花を咲かせながら幾度となく掛け声を合わせて何度も金属をぶつけ合う音を牢屋全体に響き渡らせているとやっとのことで鎖を断ち切れたのか勢いが余った二人は派手に尻餅をついた。
「いてて………よし、これで少なくとも身動きは取れるようになったな」
「待っててダンテ、今ここから出たらそっちの鎖も_____」
「要らねぇよ」
ユージオの助けを遮り、両手に繋がれた鎖を思いっきり引っ張り、鎖の根元が豪快に壁の石ごと剥がれる。
向こうは二人掛かりで必死にちぎることに成功させたというのにと呆れ顔を浮かべる。これが
「さて、此処の持ち主に次からは極上の寝床を用意するようクレー………文句を付ける必要があるみたいだな」
檻の扉を盛大に蹴飛ばし、地上へと続く階段に足を進める。先ずは前進あるのみだと歩を進めた。爆睡する看守を横切り、上へ上へと昇っていくとそこには夜空に彩る数々の薔薇が静かに佇む庭園へと繋がっている筈。
このまま進んで原作通りに事が運ぶのであれば_____
「流石は我が師アリス様、囚人達の脱走という万が一の事態を予期されるのだからな」
誰も居ない筈であろうその場には鎧を身に纏う一人の男が悠々と佇んでいた。この世界に住む者であれば誰しもが知るであろうその姿をユージオが愕然とした表情で言葉にする。
「整合……騎士……!?」
「それに……アリス…様?我が師………?」
呆然としている二人を他所に目の前に居る整合騎士は余裕を持て余した態度から少し訝しむ色が浮かび上がる。視線を辿るとどうやら矛先はこちらに向けられているようだ。
「おや、そこの君は私に驚く様子は無いようだが、以前にも何処かでお会いしたことがあったのかな?」
「いちいち野郎の顔なんざ覚える気は無いからな、次に出迎える機会があるなら美女を連れてこい」
隣に居る二人、特にユージオはなんて大それたことを言うんだと慌てている。
それに対し目の前に居る整合騎士は高らかに笑ってこちらの返答に応えた。
「それはそれは、大したもてなしがなかったことは謝罪しようか、だが生憎とその次の機会とやらは無いと思うぞ?君達にはこのまま再び牢屋に戻ってもらうのだからな」
「ならこっちも遠慮しとこうか、こっちも最高に最悪な寝床の所為で気分が悪いんだ」
整合騎士はその返答に対し額に手を当て、やれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。
「なら致し方ないね、少しばかりお仕置きを兼ねて相手をしてあげよう」
「お前じゃ無理だな、俺を殺りたきゃ他の騎士様でも連れてこい、そうだな…………例えばアリス、とかな?」
その人物名を口にした途端表面上だけでも和んでいた空気が凍り始めた。
アリス、キリト達にとっては幼馴染であり、俺達をカセドラルの牢屋まで連行した少女の名前、そして目の前に居る騎士にとっては敬愛すべき師である。
向こうの癪に触ってしまったのか先程までの余裕は打ち消され眉間に皺が寄せ始めてきた。
「アリス様はお前等などと剣を交えることはおろか、会うことさえ叶わない!私一人で十分だ!」
再度遮る宣言と共にこれ見よがしに煽りの意味を込めて鼻で笑ってやった。
するとこんな安い挑発に見事乗っかってくれたのかわなわなと肩を震わせ、瞼がより鋭利になっていくのが遠目からでも確認出来た。
ここまでやれば十分だろう。依然両手に繋がれた鎖を鞭のように垂れ流した。
「ハッ!その鎖を武器にしてこの私と勝負しようというのかな?」
「これで十分さ」
何をやっても挑発という火に油を注ぐような状況にしかならないこの場に居た堪れない二人は完全に蚊帳の外になり、俺と整合騎士の間には既に戦いの空気が充満していた。
「このまま虚仮にされたからには生きて此処から出られると思うなよ」
これ以上に無い程の怒髪天を浮かべた整合騎士は腰に巻かれている鞭を取り出し、地面に鞭打を放つと共に空気を切り裂いたかのような音が辺りに響き渡る。
「そういえばまだ名乗っていなかったな!整合騎士が一人、エルドリエ・シンセシス・サーティーワン!貴様の命を貰い受ける!」
「安心しろ、覚える気なんざ微塵もねぇからな」
西暦2026年7月1日 アルヴヘイム・オンライン デビルメイクライ店内
現実世界では既に日は沈み、それに比例して仮想世界での妖精の国も夜空に覆われている。
そこには街の外套や月光によって色鮮やかに照らされ、ファンタジー世界をこよなく愛する者達にとってはこれに勝るものなど無いと断言してしまいそうな幻想的な世界が映し出されている。
そんな中、街中なの路地に入り込んだ先に存在するある建物だけは正反対の空気を放っていた。
デビルメイクライ。
妖精の国の中に悪魔の名が刻み込まれた店、始めはその店名に皆は引き気味だったもの、自力でクリアするには困難なクエストの同行を依頼することを中心に請け負ってくれることを始め、その達成率は百発百中、このALOにおいて新米プレイヤーならいざ知らず、長い間この世界にて身を置いた者達なら誰もが知るであろう隠れ名店でもある。
だがそんな中にはどれだけ高い報酬を支払おうとしても首を縦に振る事は無かっいにも関わらず、ある時は二束三文程度の依頼が舞い込んできたら二つ返事で引き受け、ある時はタダ働き同然に動くなど、兎に角一癖も二癖もあるような店主がいると誰しもが認知していた。
だがそんな店もここ数日は窓に明かりが灯されることが無く、まるで時間が止まったかのように閑散とした状態にあった。
そんな店の中、暗闇に包まれた部屋の中は窓から差し込んでくる月光だけが灯りとなっている。そして、店の主がいつも踏ん反り返っている椅子に小さなプレイヤーがすっぽりと蹲っていた。
この世界にて絶剣の二つ名で一時の話題に上げられたプレイヤーにして過去に病に侵され、家族はおろか自分の命さえ危ういという絶望の中、店の主によって生きる希望を見出すことが出来た少女。
ユウキ、本名『紺野 木綿季』
病に侵されていた当時はメディキュボイドという医療用機器にて現実で身動きが取れない代わりに仮想世界に身を置く事となった。
既に現実世界よりも過ごした時間が多い世界でただの回線エラーなのか、あるいは神の悪戯か、同時期に引き起こされていたSAO事件の舞台であるアインクラッドに巻き込まれる形で半ば強制的に身を投じることとなった。
訳の分からない状況で迫りくる脅威に晒される最中、偶然にもそこに居合わせたプレイヤー、後にデビルメイクライという店を立ち上げるダンテと出会う事となる。
傷心しきっていたユウキの心にダンテの言葉が突き刺さり、俯いていた筈の日々が打って変わって上を見上げるように生きる渇望を得ることが出来た。
そこからはというもの、諦めかけていた運命に抗う決意を決めた少女は奇跡といっても過言ではない結末が訪れた。
本来なら余命宣告されても不思議ではない地獄の底から自由を勝ち取ることが出来たのだ。
それ以降は自身の恩人であるダンテの背中を追いかけ、ALOにおいてはデビルメイクライの手伝いを行っている。
普段は明朗快活に過ごしているユウキだったが、そんな面影すら感じない程に廃れている。
どれだけ照らそうが反射することのない黒く濁った瞳はただただ呆然と宙を眺めているだけ。
少女は焦った。
彼は何処に行ってしまったのか?
彼は無事なのか?
国を動かせる程の政治家との繋がりもなければ自力で探せる程の能力もない少女には答えを見つける手立ては皆無に等しい。
これ程までに己の非力さを呪ったことは人生の中で一度足りとも無いだろう。
ただただ祈ることしか出来なかった。どんな困難があっても彼なら自力で乗り切って挙句の果てにはそんな状況すらパーティーの始まりだと豪語する事だろうと。
少女は待った。
現実世界で新しい我が家として迎え入れてくれた草薙家にてひたすら待った。
ひょっとしたら何食わぬ顔で彼が戻ってくるのかもしれないと。
あっという間終わっていたように感じていた一日の流れが今では水飴のように鈍く、長く感じる。何度も時計を振り返っても秒針はさほど動いた気配はない。
無限に感じる時間に対し、少女の心の中で暗い考えに埋め尽くされるのはあっという間だった。
そんなジレンマにも似た思考から逃れるように行き着いた先が仮想世界、それも彼が良く居座っているこの店だった。
もうどれほどここに居るのだろうか?何の為にここに訪れたのかさえ分からなくなった少女の元に光が差し込まれた。
入口の扉がゆっくりと開き始めたのだ。明かりのついていないのに客人かと寝ぼけた思考からなのか条件反射によるものなのか、焦点の定まっていない少女の瞳がゆっくりとそちらに向ける。
扉から差し込まれる黄金色の光の中からその人物像がゆっくりと現れる。
水色の長髪を揺らし、華奢な体躯に腰元にはレイピアを下げている
まだ湖の広場にてメンバー集めをしていた頃に出会い、それからは実の姉のように慕っている女性だ。
「ユウキ………」
彼女も恋人であるキリトが重症を負い、その上消息不明になったというこちらと同じ状況下に置かれている筈なのにその眼は絶望とは程遠いモノだ。
「アスナ………ごめん、今は誰にも会いたく_________」
「ユウキ、キリト君達に………ダンテさん会いに行こう」
親友の口から発せられたその言葉に少女の心臓から大きな鼓動が鳴り響いた。