今現在、原作に沿った時系列であればキリトとユージオが愛剣に代わって牢獄に拘束された鎖を用いて整合騎士、エルドリエ・シンセシス・サーティーワンと対峙している…………筈だった。
そんな主役二人は少し離れた場所にて俺と騎士様との闘いを観戦している。
鎖と鞭、同じ攻撃モーションが酷似している為か変則的な軌道を描き、互いの肉体を抉ろうと激しい攻防を繰り広げて弾け飛ぶような騒音が鳴り響く。
「ほう、流石に公理教会に楯突こうとしただけの実力は持ち合わせているな!」
安っぽい挑発に引っ掛かったとはいえ本来の調子を取り戻せたのか初対面時の余裕が表面化されてきた。
「愚行とはいえその胆力、認めてやらなくてもないぞ?」
長い間、原作でもアニメでもあまり触れてこなかったキャラなだけあって反応に困ったものだ。
個人的には株が上がる描写も無ければ特に醜悪な印象もない。
戦闘自体もそこまで盛り上がる気配も無い。どうしようか、なんなら欠伸さえででしまう始末だ。
「な!? 貴様!! 聖なる決闘の場で欠伸などと……それでも騎士の道を歩もうとした者の態度か!!」
「言っただろう? 退屈なんだよ」
鎖と鞭の独特の軌道を描きながら互いの間合いの中央で威嚇し合うように打ち合っている。
だがこのまま拮抗状態が続くなら間違いなく不利になるのはこちらだ。
そう思っていた矢先、想像していた出来事が目の前で引き起こされた。
鎖が弾け怖れてしまったのだ。
それもそうだろう。向こうは戦うために精錬された一級品の鞭に対してこちらは錆びた鎖、牢獄にて囚人の身動きを封じる為の最低品質のそれだ。今更だが武器ですらないというのにも関わらずよくここまで持ち堪えてくれた方だろう。
「フッ、流石にこれまでのようだな?」
「その割には苦戦していたように見えたんだが気の所為か? セイゴウキシサマ?」
もともと沸点の低いにも関わらず一向に覚める様子は無いのか目元の痙攣が収まる気配が見られない。
「丸腰相手を虐める嗜好はないのでね。これで終わりにさせて貰おうか、エンハンスアーマメント!!」
勝利の宣言と共にエルドリエの手にする鞭が光を帯び始めると同時にこちらを絡め捕ろうと迫ってくる。
それに対しこちらは武器として代用していた鎖は千切れ、半ばアクセサリーと化している。こんな状況を目にしたらそれこそ絶体絶命、敗北の未来しか訪れないと予知することだろう。ユージオなんかは模範解答のようなそれだ。
対する悪友キリトはもう先の展開を知っているかのような冷めた表情で隣に居るユージオに揺さぶられながらも親切心の塊であろう親友を宥めていた。
観客を飽きさせるのは本意ではない。準備体操もこの辺にしておこう。
脚に爆発するかのような力を込めて一気に跳躍、エルドリエの背後を取ることに成功した後、直地と同時に先程立っていた地面を鞭が抉り取った。
「な!? 消えた……だと?」
眼で捉えることが出来なかったエルドリエは困惑の一色に染まり、周囲を見渡し始めた。幾ら整合騎士になれる程の練度はあれどあくまで実戦経験が皆無の者にとっては追いつけまい。
少なくともこいつには二年近くも死と隣り合わせの世界で戦ってきた訳ではない。ましてやこんなチート染みた能力を持ったわけでもそういう相手と戦った事すらないのだ。むしろこれが正常な反応と言えるだろう。
そんな風に思い耽っていると漸くこちらの気配に気付き、即座に振り向いて構え直すがもしこれが純粋な殺し合いだったのならと思うと呆れて言葉も出て来やしない。どこぞの糞兄貴が相手だったのなら秒で首と胴体がオサラバしていた事だろう。
「悪いな。ちょっと速過ぎたか?」
この類の能力を使うとすぐに拮抗状態が崩壊して臨場感の欠片すら存在しないヌルゲーと早変わりしてしまう。強すぎるのも罪なものだ。
そんな贅沢な悩みに打ちひしがれているこちらと相対し、エルドリエは簡単に背後を取られた事による怒りなのか、つい先刻まで学生だった囚人と高を括って大恥を晒したことによる羞恥心からなのか体を小刻みに震わせている。
「貴様っ…………何処にそんな力がっ!?」
既に出会った頃の余裕と呼べるものは微塵も感じられず、冷静さを欠いてしまった者の攻撃はあまりにも粗末なものだった。
今は愛剣を所持していないユージオとキリトにとっては依然脅威であることに変わりはないだろう。
「それで? ここから整合騎士サマはどうされるんだ?」
「くっ!」
先程の意表を突いたのが未だに印象強く残っているのだろうか足取りは覚束ない様子だ。
「さて…………退屈凌ぎになればいいがな」
場所は変わり、オーシャンタートル内部
ありとあらゆる精密機器が集結し、大型モニターを始めとした電子画面にはアンダーワールドの内部状況を把握するための乱数字やグラフなどが一般人では到底理解出来ない範囲かつ目にも止まらぬ速さで更新しつつある。
秘密裏にとはいえ、国家の元で行われているお陰で用意された機材はきっと桐ケ谷和人を始めとしたプログラマーと呼ばれる者達にとってはきっと喉から手が出るほどの代物ばかり。
それらが納められている無機質な宝物庫の中にてとある男はたじろぎながらこめかみに一筋の汗を流した。
「まさか…………君がここまで来るなんてね」
本来ならこの場に居るべきではない人物が、この場に来れる手段を持ち合わせていない筈の人物が、今目の前で悠然かつ静かな憤りを宿した瞳を自分に突き刺しているのだから。
「菊岡さん…………ここから先、一切の隠し事は無しにしましょう。全て話してもらいます」
そう言い、栗色の長髪が印象的な出で立ちに桐ケ谷和人の恋人でもある少女、結城明日奈が凛とした佇まいでこちらを問い詰めていた。
後ろには肩口まで切り揃えられた髪型に僅かにそばかすが特徴の女性、神代凛子が腕を組みながらこちらのやり取りを観戦している。
以前からこのプロジェクト、アリシゼーションへの参加を幾度ともなく勧誘していたのだが、よもやこのような形で利用されるとは夢にも思わなかった。
茅場昌彦との深い関りを持ち、SAO事件を始めとしたVR技術関連に関しては他の誰よりも理解力の有る人物だ。
問題はどうしてそんな彼女達が協力するに至ったのか。
桐ケ谷君とは僅かながら面識はあるとはいえ、どのような手段で接触を図ったのか。
気になる不審に思う点は幾つも浮かぶが、こうして現実になっているのだから可能性としては少なからずあったというのもまた事実。
彼等の突発的なアクシデントが発生した点を考慮したとしてもだ。綿密に計画したという自信が一気に崩されてしまうという落胆めいた何かが込み上げてくる。此処まで問い詰められた以上、最早誤魔化す術も道理もない。
私は彼女達に一から説明した。
STL、アンダーワールド、人工フラクトライト、最終実験、桐ケ谷君と草薙君の事件後も含め、その後の顛末について全て吐いた。説明の最中、何度目の前にいる少女に切り殺されるのではないかという恐怖感を押し殺しながらも淡々と続けた。
「…………正直、君に何も告げなかったことに対して本当に申し訳ないと思っている。この件については_______」
「謝るのなら先ず私にではなく、あの子にしてあげて下さい」
「あの子?」
定型染みた謝罪を遮った言葉に疑問を浮かべると氷柱のような瞳を浮かべていた栗色の少女は次第に悲壮感を感じさせるような表情へと変わりつつ、視線を動かした。
それに釣られて追いかけてみる。
その先は彼女達と共についてきたもう一人の少女へのものだとすぐに分かった。
ショートボブ……いや、最後に会った時から日数が経っているからか今となっては黒色の髪が肩に触れるほどまで伸びている。
会話からして今自分に多くの視線が向けられているのが分かっている筈だというのに少女はただただ窓越しに横たわっている一人の男性から目を離そうとしていない。
紺野 木綿季、妖精の世界、ALOでは他の追随を圧倒する程までの剣技を放ち、後に絶剣という二つ名で呼ばれる有名プレイヤーユウキとして活動、自身を蝕む病に悩み苦しんでいた所を彼との出会いにより奮起、闘った末に奇跡とも呼べる回復を得て今は極々普通の生活が送れている。
メディキュボイドの利用者という事もあって訪問したことはあったがとにかく活発という印象が強く、とても長い間床に伏していた人物とはそうぞ出来なかったという印象が強かったのは今でも思い出せる。
しかし、かつての天真爛漫な姿は何処に消えたというのだろうか、人形の様に動く気配は感じられない。きっと立方体のガラスで覆いつくせば等身大のマネキンだといっても誤魔化せるくらいだ。
それだけでも異常だと思えるのだが、彼女から感じる疑問が知的好奇心として勝ったのか再び結城明日奈へと口を向ける。
「一つ気になったんだが…………あの子のあの隈は一体…………」
そう隈だ。目の下にはとてもじゃないが十代半ばの少女が浮かべているにはおかしいとまで言える程のそれだ。
社会人の立場として個人的にもあそこまで酷くなった経験はないに等しい。
「…………寝てはいます。いえ、正確には寝てしまっているといった表現が正しいでしょうか」
「寝てしまっている?」
友人に対する説明として真っ先に感じたのは違和感だ。
勿論彼女の近況はある程度は把握しているあの日、無差別テロに等しい襲撃に遭った草薙飛鳥君と共に出掛け、事件当時近くに居た者としてその心境は余りあるもの。親愛な者が気が付いた時には血塗れで倒れているのだから尚更酷いモノだったであろう。
精神的に酷い傷を負った者としてまともに睡眠が取れなくなるという話は珍しくはない。なんなら薬に頼ってしまう患者だっている。彼女が言いたいのはそういう事か?
「本人が睡眠を取ろうとせず、極度の疲労感に襲われて初めて強制的に睡眠を取る。少なくともここ数日は酷いモノものだわ」
それを補足するかのように後ろで静観の座に伏していた神代凛子が重い腰を上げ、前に出た。
「それこそ睡眠薬を服用すべき案件では?」
「一般的な考えとしてはそれが普通なのかもね。メラトニンやベンゾジアゼピン、あるいはゾルピデムのような非ベンゾジアゼピン系睡眠薬などの類を服用する薬理学的解決策もあるけれど、それは極力避けたいの」
「というと?」
「彼女は今年で15歳になったばかりの成長期真っ只中なのよ? それを安易に脳神経を刺激するような代物で手を加えたらどうなると思う?」
くどくどと説明してくる理系科学者に説明され、専門知識など皆無な者でも分かるほどに結末が纏まってしまう。
「…………発達障害の可能性がある」
凛子博士の話によると倫理的な意味合いも含め、昨今における未成年の睡眠薬の服用に関してはかなりグレーゾーンに入るらしい。更には長期的な結果が得られず、専門の者でも長所と短所を説明することすら困難だとか。
それ故に彼女達が出来た対処と言えば簡素的なメンタルケアくらいなものだったらしい。
「おまけに依存症というリスクも付け加えてね。未成年の精神構成は大人とはまるっきり違って複雑よ。それこそ貴方達が今実験しているソレも正しく該当するんじゃなくて?」
一番痛い所を指摘され、ぐうの音も出ない。何せ心理的構成…………もっと抽象的な言い方をすれば『魂』そのものを突き止めようとしているのがそのアリシゼーションなのだからだ。言い訳に等しいかもしれないがここ最近、一分一秒がとても長く感じる異様な緊迫感が張り詰めた状況で思考回路が鈍ってしまった自分が恥ずかしいことこの上ない。
「仰る通りだ。今の不適切な発言は撤回させて欲しい…………大変申し訳ない」
再び草薙君を見守る少女へと目を向けるが本人はぴくりともこちらに反応していない。我々の会話などノイズの様に変換されているのか、或いはそもそも聞こえてすらいないのか。
「すまないが、彼女を草薙君の元へ」
先程の発言に対する償い…………というのは傲慢だろう。最愛の者に会う為に覚悟を決め、ここまで来たのだ。それ相応の結果を得ても誰も文句は言うまい。
スタッフの誘導に従い、盲目となった少女は心配になるような千鳥足で彼の元に寄り添う。
「…………飛鳥」
始めて口にした言葉…………名前と共に機械に覆われ、顔すら見れない彼の手をゆっくりと手に取り、自身の頬に当てた。
たった数日、されど数日、今漸く魂を除いた形でも二人を隔てた存在は取り払われた。撫でることも、悪戯をすることもない無気力な手から感じられる僅かな温もりを確かめて少女は漸く瞳に光を取り戻し、一筋の雫を零した。