TSゆるゆるゾンビサバイバル地獄篇   作:ちいたまがわ

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特に人が死んだりしないゾンビものです。
対戦よろしくお願いします。




第1話 焼き鳥缶とコーン缶

 

 

 

 朝目を覚ますと、窓の外ではゾンビが人を襲っていて。

 鏡には、見慣れた俺の姿ではなく、猫耳しっぽの女の子が映っていた。

 

「う、受け止めきれねえー……」

 

 思わず漏れた声は、鈴のように軽やかであった。

 

 

 ◇

 

 

 俺の人生における急転直下に過ぎるターニングポイントであるその日から、しばらくの時間が経った。その間、色々あった。すったもんだの諸々の騒ぎが、本当にいろいろあった。

 

 そしてなんやかんやの最終的に、人間社会は崩壊した。我々はゾンビ共に敗北したのである。

 

 生き残っている人類は、わずか0.1%とも0.01%とも聞く。それを確かめるすべはもうない。

 

 そんな終末世界の中、俺はひとつの危機に直面していた。

 無性に焼き鳥の缶詰(タレ)が食べたくなったのだ。

 食欲とは抗いがたいものである。俺は戸棚の下を漁ってみた。

 しかし、出てくるものはコーン缶だけであった。

 ゆえに、俺は七日ぶりに家を出る決意をした。

 

 

 ◇

 

 

 今の世の中、外出には準備が必要である。目的地がたとえ徒歩五分に位置する近場のコンビニであったとしてもだ。

 

 まず服装。長袖の服、分厚い長ズボン、履きなれた運動靴。この世界で生きるには当然のそれらであるが、俺の家にはそのどれもがない。今の体には大きすぎてフィットしないのだ。くそったれ。仕方がないのでサンダルと、高校の頃部活で使っていたぶかぶかのスポーツウェアを用意する。でかすぎてワンピースみたいになっているが、それでもこれが一番マシだ。全裸よりはいいと自分に言い聞かせながら、一応腹の部分をヒモで結んでむやみに翻らないようにしておく。

 

 次に持ち物。今回の外出は一時間もかからないだろう。大した荷物はいらない。たくさん物資を詰め込める大きめのリュックサック、いざという時のためのフライパン、安全圏から様子を見るための双眼鏡と、その辺のバイクから引っぺがしてきたサイドミラー。なんだかんだと万能に使えるビニールロープとガムテープ。それと、誰かに出会った時に威嚇するためのエアガン。正直意味があるとは思えないが、警察署から拾ったなんて言えば、頭の弱い臆病者相手ならもしかすると効果があるかもしれない。100%効果があるであろう刃物は転びそうで怖いので却下。この体はスマブラXもかくやというほどよく転ぶのである。後天的に与えられたポンコツ属性ほど空しいものはない。

 

 最後は計画。近所のコンビニまで忍び足で向かい、こっそり中に入り、奴らに見つかる前に物資を取れるだけ取ってさっさとずらかる。優先順位は缶詰、薬、お菓子、レトルト。うむ、我ながらひねりも何もないシンプルな作戦である。道路は奴らがうろついているうえ、放置された自動車が邪魔で死角も多く歩きづらい、出来るだけ避けた方がいいだろう。民家の敷地内を通って行く方が安全に思える。

 

 奴らは俺達人間とは違い、夜目が効く。わざわざ不利な土俵に上がってやる義理は無い、決行時刻は今から二時間後、午後三時とする。それまでに準備体操をしておくべきだ。

 

 ……万が一の時の、覚悟も。

 

 

 ◇

 

 

 腕時計が示す時刻は午後三時十五分。警戒と迂回を重ねた結果、そこそこ時間がかかったが問題はない。コンビニの目前までたどり着くことが出来た。

 

 しかし。

 

 想定外の状況であった。

 コンビニの入り口、自動ドアの前。腕を組み、仁王立ちをしている一体のゾンビがいる。

 

 息をひそめてコンビニの向かいの植え込みから様子をうかがっているが、奴に動く気配は無い。門番気取りか、腹立たしい。軽く舌打ち。

 よく見ると奴は手ぬぐいをハチマキ代わりに頭に巻いている。生前は()()()()屋だったのかもしれない。そう思うと、腕組み直立のポーズもそうとしか見えなくなる。口の端から血の混じったよだれを垂らしているおっさんが作るラーメンを想像し、少し後悔。

 

 奴を打ち倒さねば、俺は焼き鳥缶にありつくことができない。フライパンを握りしめた右手に力がこもる。どうする。植え込みの中、逡巡する。

 

 たかが焼き鳥にそこまでの価値はあるのか。今日は退散してまた次の日に挑めば、奴はいないのではないか。今の非力な俺では不意打ちを成功させたとしても、奴を倒せるかどうか定かではない。奴らにやられた仲間たちの、憐れな姿を何度も見てきた。目をそむけたくなるような悲惨な姿を。ああなってしまうのは嫌だ。怖い。ぶるりと体が震える。

 

 だが。

 

 ここで逃げ出してしまえば、それこそ真の敗者になってしまうのではないのか。そんな思いがよぎる。奴らに怯え、逃げ惑うだけの無為な日々を一生送る羽目になるのではないか。そんな事は嫌だ。俺は人間だ。這いつくばって縮こまり、嵐が過ぎ去るのを待つだけのカメではない。そう、人間なのだ。

 

 人の生とは戦いである。逃亡でも敗北でもない。原始の時代に槍一本で巨象を狩り、その肉を食らって生きた人間達の血が、俺にも流れているのだ。剣を持ち、鎧を着込み、国を、家族を守るために戦い抜いた誇り高き騎士たちの血が、俺にも流れているのだ。そう、俺は人間なのだ! 

 

 体の震えはもうない。握りしめたフライパンが、今では剣に思える。鋭く研ぎ澄まされた、何者をも切り払う剣に。そう、今こそ奴を打ち倒し、そして、ホテイの焼き鳥缶(タレ)をこの手に、腹に収める時だ! 鬨の声を上げよ! 俺! いざゆかん! 突撃! 

 

 俺は植え込みから飛び出し、雄叫びを上げながら走りだした。

 

 

 ◇

 

 

 午後三時五十分。ボロアパート三階の自室。出かける前と中身が何一つ変わっていないリュックサックと、クソの役にも立たなかったフライパンを放り捨て、俺は敗北の味をかみしめていた。ちなみに敗北の味とはコーンの味である。もう飽きた。おいしくない。お肉が食べたい。

 

 奴との戦いは惨敗だった。ボロカスにやられた。悔しい。みじめだ。

 

 奇声を上げながら突進する俺に、奴は一瞬不意をつかれたように見えた。俺は身をかがめながら十分な距離まで接近し、フライパンを両手で握りしめ、奴の顔面目掛けて渾身のフルスイング。食らえば昏倒は免れないであろう、決死の一撃。だが奴はそれを見事なスウェーバックで躱して見せた。ふざけんな、そんなんありか。全体重を乗せた一撃をよけられた俺はその場でくるりとコマのように一回転し、バランスを崩して転倒。勝負はそこでついた。

 

 奴は倒れた俺をボコボコにした。それはもうボッコボコに。殴る、蹴る。ストンプ、ストンプ、ストンプ。何度か棒で叩かれもした。俺はうずくまり、人間を止めてカメになるしかなかった。

 

 殴られ続けることしばらく、俺の心はバッキバキに折れた。もうやめてください、許して下さい。痛いですマジで折れますって、勘弁して下さい今じゃ病院もやってないんですよ。大体見た目変わっちゃって保険証も通んないんです私は。謝罪を続けた。プライドも魂もなかった。心は折れたがせめて骨だけは折らないで欲しかった。

 

 そんな俺の気持ちが通じたのかそうでないのかはともかく、奴はようやく殴る手を止めた。そして、どこからかサインペンを取り出した。それが意味するのは、敗北のしるし。犠牲になった仲間達の姿が思い起こされる。心を屈辱と恐怖が埋め尽くす。なあケツアゴ、ゴブリン。あの時、お前らもこんな気持ちだったのか? 

 

 やめてお願いと涙を流す俺を嘲笑いながら、奴は俺の額に線を引くと、満足げにうなずいた。そして俺をゴミ袋に詰め、口をきつく縛り、コンビニの裏手に放り投げ、血混じりの唾を吐きかけ、そしてゴミ袋にもう一度蹴りを入れ、俺がぐうっとうめくのを確認し、腐った頭を気だるげにぽりぽりとかきながら去っていった。俺は人からカメになり、最後にはゴミにされた。それが、今回の戦いの顛末である。

 

 食べ終えたコーン缶を流しに放り捨てる。

 歯ブラシを手に取りながら洗面台に備え付けられた鏡を見れば、じっとりと恨めしそうにこちらを見ている半眼の少女が一人。そんな目で見るな、俺だって辛いんだ。仕方無いじゃないか。

 

 白い髪にぴょこんと生えた白い猫耳は心なしかしょんぼりとへたれ、背後ではこれまた白い尻尾が悲しげに揺れている。理由はさっぱり分からないが、ゾンビ騒ぎと時を同じくして、猫耳しっぽの女の子になってしまった俺の姿。見るたび憂鬱になっていた姿だが、へこむ理由がまた一つ増えてしまった。ため息をつきながら額をなでる。奴に書き込まれた敗者の証。俺に与えられた、このクソッタレな終末世界での新たな名前。

 

『犬』。

 

 ……せめて、猫だろうが。

 

 

 

 ……というかあんなんゾンビじゃねーだろ! なんだよあれ! 

 

 

 

 

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