TSゆるゆるゾンビサバイバル地獄篇   作:ちいたまがわ

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第5話 ゴミVSゴミ

 

 人類のほとんどが奴らに変異した今。電気、ガス、水道をはじめとするあらゆるライフラインはその機能を停止させ、街は奴らに埋め尽くされた。

 外を蠢く腐肉どもに怯えながら、都市のわずかな隙間に身を潜め、息を殺して震えて過ごす時代。産業革命以来、昼の太陽に代わって夜を照らし続けてきた電灯の明かりさえ失ったこの世界で、月明りだけを頼りに闇の中を歩くことは自殺行為そのものである。我々の生活は、もはや原始時代のそれと変わらないのだ。

 

 要するに。

 ロクに物も持たずに夜中に外をうろついて、あまつさえ『泊めて欲しい』などと涙声で頼んできたこの女は、おそらくとびきりの厄ネタを持っているのだろうということである。

 

 

 ◇

 

 

 午前五時三十分。窓一面に張り付けたダンボールの隙間から入る、柔らかな朝の陽ざしと共に目を覚ます。昨日は食料がたくさん手に入ったし、しばらくはのんびり過ごせるなあと思いながら起き上がると、床に敷いた毛布の上で、俺のべあー君を抱きしめながらぐーすかぴーと寝ている女が視界に入った。はて、こいつは誰だろうと一瞬困惑し、すぐに昨夜の出来事を思い出す。

 

 いったいどうして俺は、こんな女を泊めてしまったのか。両手で顔を覆い、昨日の自分を心の中で罵倒する。ふざけんなよお前。どうすんだよこれ。

 

 指の間から女を見る。口の端からよだれを垂らしながら、なにやら幸せそうな顔で眠っている、長身で胸が薄く顔の良い女。俺の好みは童顔で背の低く胸のでかい女である。真逆もいいところだクソッタレ。とりあえず、よだれまみれにされないうちにべあー君を救出し、そして嘆息。

 

 ほとんど見ず知らずの、そして間違いなく俺に敵意を持っているだろうこいつを家に泊めるなど、俺はどうかしていた。しかしこいつが俺の家に来た理由は気になる。例えばその理由が、ゾンビの大群が発生して住処を追われた、などというのであれば、俺も何か対処をしなければならないからだ。

 

 こいつを叩き出す前に、話を聞く必要がある。だがもしもこの170近い女に暴れられた時、今の俺の体では対抗する術はない、とりあえず寝ている隙にビニールロープで縛り上げておくことにした。ぐるぐるり。

 

 

 ◇

 

 

「あのー……、ワンちゃん? これなに?」

 

 午前八時四十分。ようやく目を覚ましたA.A.(エーツー)が、縛られた両足と両手を揺すりながら聞いてくる。

 

「暴れられても嫌なので、縛っておきました。……正直言って、私はあなたに恨みを買ってますし」

「む。まあまあいいのよあの時の事は。水に流してあげる。だからこれ、ほどいて欲しいんだけどー」

 

 水に流して()()()。その言い回しに多少のいら立ちを覚える。確かにあの時は俺が悪かったかもしれないが、お前もその分の逆襲はしただろうが。むしろ俺がお前に許しを与える側じゃないのか。

 そう思うが、今そこを議論したところでなんの意味もないことは明らかだ。俺は体は子供でも心はしっかり大人なのである。華麗にスルー。さっさと本題に入ろう。

 

「ダメです、まだほどきません。そもそもなんで私の家に来たんですか。あなたもこれまで暮らして来た自分の家があるはずですよね。わざわざ夜中に外を出歩いていた理由はなんですか」

「あー……、えーっと……、食べ物探しにちょっと遠くまで来たら、帰るタイミング間違えちゃって」

 

 露骨に目を泳がせながらA.A.は答える。どう見たってウソである。いい度胸してるじゃないか、バカにしやがってこの野郎。

 

「言い忘れてました、ウソつくようなら縛ったまま外に放り出しますからね」

「ウ、ウソじゃないわよ! ほんとに!」

「そうですか。じゃあそういうことにして続けましょう。で、食料調達と言いましたけど、あなた手ぶらですよね。今のご時世何も持たずに、それこそ()()()()()()()()行きますか?」

「……ちゃんと色々持ってきてたけど、落としちゃったのよ。ゾンビに追われてるうちに」

 

 ふむ、バレバレのウソをつく相手を追求するのはいい娯楽である。ウソを隠すために新たなウソをつき、どんどん膨れ上がってゆく。そしてしまいには扱いきれなくなって爆発するのだ。

 

「じゃあどこで落としたんですか。拾いに行きましょう」

「いいのよー、別に大したものも入ってなかったし」

「そういうわけにはいかないでしょう。わざわざ物資調達に来て、成果を放り投げて帰るだなんて。ほら、どこに調達に向かって、どこに落としたんですか?」

「……わたしは別にいいって言ってるでしょー?」

 

 だんだんとイラ立ち始めるA.A.。アホが。泊めてもらった恩人に対してウソをつくお前が悪いんだぞ。自業自得じゃボケ。

 

「そういうわけにはいかないと言ってるじゃないですか。あなたに必要ないのなら、私がもらっておきますし」

「……危ない場所よ。それはもうたくさんゾンビ共がいたわー」

「他の人に取られる危険がないということですね。より魅力的です。ほら、場所はどこなんですか?」

「……忘れた」

「忘れた? 昨日の今日じゃないですか、忘れるわけないでしょう」

「……うるっさいわねー! 忘れちゃったの! しょうがないでしょー! そういう時もあるわよ!」

「またまた、隠さないで教えて下さいよ。ほらほら、ほら。おーしーえーてーくーだーさーい」

「……あーもう! ウソつきましたー! ウーソーつーきーまーしーたー! これでいい!?」

「はい、じゃあお外出ましょうねー」

「あっあっ待って待って待って! ほんとの事言うから! それは勘弁してー!」

 

 初めからそうしろ。

 

「ではどうぞ」

「……病気のおっかさんのために、はるばる田舎の村から薬草を取りに来まして……」

「さようなら、鍵は閉めておくので二度と来ないでくださいね」

「ぎゃー! 待ってってばぁー!」

 

 

 ◇

 

 

 しばらくの問答の末、ようやく真実と思われる話を聞きだすことが出来た。なんでもこの女は、いわゆる()()()()()()をやって、この終末世界を生き抜いてきたらしい。まあわからんでもない。確かにこの女は顔が良い。うまく立ち回ればちやほやされることも可能だろう。

 

 が、その寄生していたコミュニティで少々やらかしてしまった結果、そこの男共から追われることになり、住居を知っている俺の家にやって来たということだ。

 

 他の知り合いはいないのかと聞けば、そのコミュニティに属する前は、また別のコミュニティでも同じように姫をやって暮らしており、そしてまたそこでも同様にやらかして追い出されたため、敵はいくらでもいるが仲間はいないのだという。

 

 怖すぎる。ようするに関わったコミュニティどっちもメチャクチャにしてるじゃねーか。見事なまでのサークラ。厄ネタを持っている女ではなく、厄ネタそのものの女であった。

 

 ともあれ知りたいことは知れた。この女が属していたという二つ目のコミュニティ、『十三機関』とやら(頭おかしいのかと思ったが、どうやら本当にそういう名前らしい。なんでも全員フード付きの黒コートだとか。頭おかしいのか)がこいつを探しに来る前に、さっさと追い出すべきだろう。

 面倒事はごめんである。というわけで縛り上げたまま外に放りだそうとしたのだが、この女、とんでもないことを言い始めた。

 

「待って待って待ってー! ちゃんと話したじゃない! ちゃんと話したじゃない!」

「それはそれ、これはこれです」

「お、鬼! 悪魔!」

「残念ネコです。にゃーん」

「犬でしょうが! ……いいの? わたしを敵に回したら、後悔するわよ」

「……どういうことです?」

「わたしが『十三機関』から逃げきったら、どうすると思う?」

「知りませんけど。またどっか別のコミュニティでも探して寄生するんじゃないですか」

「よくわかってんじゃない。それがわたしの生き方よー」

「恥ずかしくないんですか?」

「ないわー。……ともかく、わたしがそうやってまた別の誰かに貢いでもらえるようになったら、その人たちにこのアパート襲わせてやるから」

「……は?」

「そりゃわたしはあそこでは……というか毎回トチっちゃってるけど、それでも2回とも姫をやれるくらいには出来る女なんだからねー? 小柄なワンちゃんに男の人たちに勝てるほど腕力あるとは思えないけどなー? ここは大事なお家でしょう?」

「こ、この女……」

「それが嫌なら、ここに住ませて欲しいなー、って。どう?」

「……ちょっと時間をください」

 

 

 ◇

 

 

 人付き合いは苦手である。俺が一人で暮らしているのはそれも理由の一つだ。仲間と一緒にいたこともあるが、あまりに密着過ぎる集団生活にどうしても耐えられなかったのだ。あいつらはまだ元気にやっているだろうか。そうそう死ぬ様な事態にはならないゾンビパニックなうえ、奴らの方が俺よりもずっと逞しかった。きっと大丈夫だろう。

 

 ともかく、そんな俺がこの性悪と同棲なんてすれば、ストレスで胃が死ぬのは目に見えている。しかしこいつを放り投げるのも正直怖い。復讐として人の家のバリケードを破壊する女だ。ロクでもない。

 こいつを追い出すのも、一緒に住むのも、どちらも選びたくない究極の二択。

 

 ……いっそ殺すか? 警察も何もないし。それに目撃者もいなければ、こいつは今縛られて動けない。……やっちまうか? 

 

 三十分ほど考え、そしてようやく結論を出す。

 

「……A.A.さんはこの部屋ではない別の部屋に住む、ということでどうでしょうか」

「あれ、ほんとに住ませてくれるの?」

「本当に、ほんっとうに不本意ですけど」

「なんでも言ってみるものねー」

「クソが……」

「で、どの部屋? やっぱり三階がいいわー」

「三階は301号室以外は全部見ましたけど、どれも奴らが中に居ました。倒すなり引っ張り出すなりするって言うなら、勝手にやってください」

「無理無理、そういうのは全部男共にやらせてたから」

「じゃあ空き部屋を探してください」

「うえー。ワンちゃんやってくれる?」

「わけないじゃないですか」

「まあそうよねー。……ちょっとだけ手伝ってくれない?」

「嫌です」

「ふーん、まあそれなら失敗してゾンビが廊下にいっぱい出てきてもしょーがないわよねー。わたしそーいうの全然やったことないから失敗しちゃうだろうけどねー」

「……」

「というかお腹すいたわー。ワンちゃん朝ごはーん。」

「……すぞ。」

 

 

 

 

 俺は優しいのでA.A.の口の中にチューブわさびを1本絞り出してあげながら朝食を済ませた。涙目でむせ返るクソ女を見ながら食べるご飯はおいしかった。

 

 




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