TSゆるゆるゾンビサバイバル地獄篇   作:ちいたまがわ

6 / 8
第6話 ミスディレクション

 

 A.A.が住むための空き部屋の捜索。面倒くさい事この上無いが、大事な我が家を守るためである。仕方がない。ため息をつきながら、自室のベランダの手すりに足をかける。

 

「え、なにしてんのワンちゃん? 空き部屋探すんでしょ? なんでベランダ出て……ぎゃー!? と、跳んだ!? え……、わたしも行くの……?」

 

 やること自体は昨日と同じである。隣の部屋のベランダに飛び移り、中の様子の確認。それをゾンビがいない部屋を引くまで繰り返す。とりあえず未確認の301号室にA.A.と一緒に向かう。

 

「落ちる落ちる! 落ちるって! これ絶対危ないってワンちゃん! むりむりむりむり! 待って待って! 先いかないでー! わたしはスーパーマリオじゃないのよー! うううぅ……。ええーい、とりゃー! いやっふぅー!」

 

 7回の飛び移りを経て、301号室のベランダにたどり着く。ガラスを叩いておびき寄せるまでも無く、部屋の中のゾンビはすでに窓にへばりついていた。ガラスに押し付けられた顔面の腐肉が、ぬちぬちと気持ち悪い音をたてながら赤黒く跡を残していく。

 

「ぎえー! ぐ、グロい! わたしこういうのダメなのよほんとにー! うう、三階はどの部屋もダメかー……。えっ、戻るの? もう? あんなに頑張って来たのに? ……ていうか帰るならまたこれ飛び移らなきゃダメじゃないのー! やだー! でもここにいるのもやだー! ワンちゃん助け……、待って先にぴょんぴょん行かないでー!」

 

 あーうるさい。ちんこちんこ。

 

 

 ◇

 

 

 再び自室、308号室。301号室が空振りに終わったことに少々落胆。

 横を見ればグロッキーな顔でがっくりと膝をつき、時々おえっとえづいているA.A.が視界に入った。にへへ。頬が緩む。

 

 うむ、こいつの同居を許したのは正解だったかもしれない。

 

 孤独で厳しいサバイバル生活は、俺の繊細な心を確かに傷つけていた。しかし今はどうだろう。その荒んだ心を癒す、爽やかな風が吹いているじゃないか。そう、優越感という名の風が。天は人の上に人を作らずと誰かが言ったが、この女は今明らかに俺より下である。

 

 率直に言って、気分がいい。たのしい。

 

「さて、それではどうやって二階のベランダに降りましょうか」

「待ってワンちゃん……、わたしまだ心臓バクバクしてるのよー……」

 

 知ってる。が、知ったこっちゃない。当然無視である。むしろもっと苦しめ。醜態を晒せ。へっへっへ。貴様の苦しむ顔が家賃代じゃ。

 

「やっぱり念のため命綱か何かを付けて、って形になりますかね」

「……なんかさっきよりも危ない事しようとしてない?」

「こないだパク……貰って来た衣服でロープでも作りましょうか。片方を腰に結んで、もう片方をベランダの手すりにでも結び付ければ、まあたぶん大丈夫でしょう」

「ねえワンちゃん? わたしそういう怖い事したくないのよー……」

「さーて、じゃあさくさく頑張りましょうか」

「うう……聞いてよー……」

 

 嫌です。

 

 

 ◇

 

 

 分厚いトレーナーを結び合わせて作ったロープ。片方を手すりに、片方を腰に巻き付ける。立ったまま体を傾けて体重をかけてみるが、ちゃんと安定している。手すりもロープも問題はなさそうだ。安全確認、よし。手すりを乗り越えベランダの外側に立つ。

 

「それじゃあ私が下に降りたらロープほどくんで、それつけてA.A.さんも降りて来て下さい」

「ワンちゃんが行くならわたしも行く意味ないじゃないのよー。……もし、行かないって言ったら?」

「301号室をプレゼントしますよ。よかったですね、同居人がいるので寂しくないですよ」

「あそこは嫌よぅ、うう……。ちくしょう、やればいいんでしょー……」

 

 しくしくとしょげているA.A.を尻目に慎重に下に降りる。手すりの柵を握る手を下に滑らせ、ロープに体重を預けゆっくりゆっくりと体を下ろしていくと、足が二階の手すりに触れた。そのまま手すりの上で立つ。一安心。ふぅ。ベランダに体を滑り込ませ、ロープをほどく。

 

「はい、私は降りられました。次はA.A.さんの番ですよ」

「……ちょっと待ってね? 深呼吸して、気合入れるから」

「はぁ。早くして下さいね」

 

 あくび混じりにA.A.を待つ。なかなか決断が出来なかったのか、三分ほど経ってから、「よし……よし……、行くわよー……」との声。そしてA.A.がおっかなびっくり降りてくる。なかなか必死の形相である。草。「ワンちゃん笑ってないで手伝ってよ!」。いやそう言われても、俺に一体なにを手伝えと言うのか。答えに詰まった彼女は一言。「応援してて」。よっしゃばっちこい。がーんばれ、ぱちぱち、がーんばれ、ぱちぱち。「やっぱ気が散るからやめて」。真顔で言うA.A.俺は悲しみに打ちひしがれた。

 

 それから少し。A.A.は何とか208号室のベランダに降り立つ。そして足をガクガクさせながら、俺に向かって指を突き出した。

 

「どうよ!」

「はぁ。お疲れ様です」

「どうよ! どうよ! どうよー! わたしだってやれば出来んのよー!」

 

 ガッツポーズで天に向かって叫ぶA.A.。

 この人、うるさい。

 

 

 ◇

 

 

 結局A.A.の住む部屋はすぐに見つかった。俺の部屋の下、208号室がそもそも誰も住んでいない空き部屋だったのだ。現代人の人付き合いとは寂しいものである。同じアパートに住んでいる住人のことなど何も、そもそも住人がいるかどうかさえ知らなかったのだから。

 

 当然空き部屋であったそこには家具などは一切置かれていない。A.A.はそれを見てせめてお布団が欲しい、などとぶー垂れたが、いくらなんでもそこまで面倒を見てやる義理は無い。トレーナーで作ったロープを放り投げ、とりあえずこれを毛布代わりにでもして下さいと告げると、一応はそれで妥協した様子であった。

 

 とにかく彼女の部屋探しは終わった。なにか緊急の用事が出来た時は、A.A.は天井を、俺は床を三度叩いて知らせるという簡単な取り決めだけした後、俺は自室に戻った。

 

 

 ◇

 

 

 自室で水出しの緑茶(雨水製である。美味しくない)を飲みながら一息つく。

 

 まさかこのアパートに同居人が出来てしまうとは。しかし、この終末世界でマイナス思考は厳禁である。心が病めば体も病む、そしてそれを治してくれる医者もカウンセラーもいはしない。何より大事な健康のためにも、奴が住み着いたメリットを考えるべきなのだ。

 

 まずひとつ目。

 やつはウンコである。そのことは確かに俺の自尊心を満たしてくれるはずだ。悪くない。そのせいでもたらされるであろう苦労については、ひとまず考えないこととする。

 

 他のメリットはなんだろうか。

 A.A.は今日のやり取りを見るに、間違いなくトロい。運動能力で言えば何の役に立つとも思えない。()をやっていたという過去からもそれはうかがえる。とはいえ体が大きい事は長所だろう。ただの力仕事ならば十分役に立ちそうだ。

 

 それに()をやれていたという事は、対人関係においては俺よりも数段優れているはずだ。他の生存者グループと出会ったとき、彼女は良い交渉役になってくれるかもしれない。

 

 もちろん彼女を追っているという『十三機関』には注意を払わなければならないが。俺まで巻き添えを食うのは御免だ。彼らに見つかったとして、彼女に無理やり部屋に住み着かれたという体でなんとか逃げ切れるといいのだが。

 

 302号室から貰って来たクッキーをお茶請けにかじる。甘い。おいしい。甘味は世界を救う。

 

 しかし『十三機関』か。アホそのものの名前である。A.A.曰く、フードを被った黒コートの集団とのことだ。まんまパクリである。やはりアホだ。それに一体どんな奴らなのか、ある程度は予想が付く。あんなクソ女を囲っていたのだから、おそらく童貞集団のはずだ。

 

 ……ふむ、俺も今ではそれなりの容姿、なんと言ってもオタク受けのしそうな白髪猫耳美少女である。最悪の自体を想定するのならば、媚を売る練習でもしておこうか。

 

 鏡の前で()()()()()とした感じのポーズを取ってみる。が、目の輝きがない。虚無の眼差しである。舌打ち。そのうちカラコンでも探すか。可愛いは作れる。

 

 気を取り直して考える。

『十三機関』の他にもコミュニティは存在するだろう。そいつらにここが見付かった場合はどうするか。

 

 生存者のコミュニティは、多くのゾンビドラマや映画で登場する。が、大概がロクなものではない。閉鎖的なものやカルトもどきならまだ良いが、略奪者がここを見つけてしまえば目も当てられない。

 

 このアパートに住んでいるのは若い女が二人、襲われてしまえばどんな結果になるか、火を見るよりも明らかだ。こちらにあるカードはA.A.の交渉術だけ、それもどこまで信頼できるものか。

 

 対人用の何か使える武器を用意しておくべきだろう。今のところ持っているのはエアガンだけだ。アホらしい。こんなものが何の役に立つのか。そう思うがそれでも捨てるわけにはいかない。非力な俺は、藁にだってすがらなければならないのだ。

 

 クッキーを片手に考える。俺やA.A.でも使える対人武器。できれば逃走に使えるものがいい。消火器で煙幕を張る? 画鋲やレゴブロックでもまきびしの様に撒いてみるか? 悪くはないと思う。だが消火器は重いし、そもそもどのくらい目くらましになるのかも知らない。まきびしは相手が厚い靴を履いていればそれだけで無意味だ。

 

 ヘアスプレーとライターで即席火炎放射器? 水鉄砲にリステリンだの洗剤だのを詰めて目でも狙う? 射程や命中率に不安がある。しかし発想はそこまで悪くない気もする。大事なのは距離と威圧感だろうか。

 

 学生運動さながら火炎びんでも作ってみるか? いや、このアパート自体が燃えるだろう。

 掃除機の先端にでも、包丁をくくりつけるのはどうだろう。長物は払われて終わりな気がする。 

 自分達で対抗するのではなく、ゾンビを集めるための笛や防犯ブザーの方がいいか? しかし集まる前に制圧されては意味がない。

 

 うんうんうなりながら考えを巡らせていると、ノックの音が聞こえた。

 玄関に向かい覗き窓を見ると、A.A.の姿。

 

「何の用ですか」

「ワンちゃんごめーん、ちょっと落とし物しちゃったんだけど、多分この部屋なのよねー」

 

 両手を合わせて頼んでくるA.A.。特に断る理由もないので入れてやると、A.A.は部屋を少し物色し、何かを見つけて拾い上げた。少し錆びついた鈍色のジッポ。なんだか意外でかっちょいい物を持っているな、と思う俺の視線を知ってか知らずか、A.A.はふんふん言いながら気持ちの良い金属音を立てて蓋を弄ぶ。

 

「吸うんですか? どうでもいいですけど、私の部屋は禁煙なんで。吸うなら自分の部屋にして下さいね。……火事だけは絶対やめて下さいよ。」

「んー、へーきへーき。ありがと。じゃねー」

 

 ぱちん、と一際大きな音を鳴らしてからジッポを胸ポケットにしまうと、A.A.は部屋を出て行った。さて、さっきまで何を考えていたんだっけか。とりあえず机の上のお茶に手を伸ばし、違和感。

 

 ……クッキーが無い。いや、もう食べ終えてたっけ……? もやもやを抱えたまま、追加を求めて戸棚に向かう。たくさんのお菓子に缶詰、レトルト食品。……が、なんか減ってる気がする。

 

 ……なんか減ってる気がする! 

 

 

 




A.A.「気のせいじゃない? よくあるよくある」
犬「そう、ですかね……? うーん……?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。