ちょっとだけ掲示板要素アリです。
A.A.がこのアパートにやってきてから、それなりの時間が流れた。彼女との半同棲生活は、思ったよりもそこそこやれていると思う。奴は俺から物資を盗むことで生きながらえ、俺は奴を見下し軽蔑する事で心の平穏を保つ。多少俺が損している気もするが、今のところ台所事情に余裕はある。まあ構わないだろう。悪くない共生関係だ。終末世界の生き方は様々なのである。クソみたいな出会いも、案外捨てたものではないという事だ。
また、彼女の襲来がもたらしたものはそれだけではなかった。A.A.が夜中に俺の部屋のドアを叩いたことは、安穏と過ごしていた俺に一つの警告を、つまりはセーフハウスを作るべきだと気づかせてくれたのだ。
A.A.がこのアパートに同居することを許したのは、俺にここ以外の住居がないことが原因の一つである。あの時こそ平気であったが、彼女の語った『十三機関』に嗅ぎつけられた場合など、これから先ここを捨てねばならない事態に陥ることもあるかもしれない。その時になってから新たな住居を探すのでは、遅すぎるのである。
セーフハウス作りに手を出すのに、早いに越した事はない。善は急げだ。
◇
とはいえあてもなく町をうろついたところで、ゾンビ共につかまってゴミにされるだけなのは目に見えている。まずは
リュックサックの中から地図を取り出す。まだインターネットも電気も生きていた頃に印刷しておいたものだ。
セーフハウスの場所は近すぎても遠すぎてもいけない。仮に何者かにここを追われ、俺が逃げ出したとしよう。その場合、追手がアパートを中心に捜索したとしてもすぐには見つけられない距離であり、かつ俺の足でも徒歩で十分に移動できる距離にセーフハウスは作られているべきだ。
コンパスの針を地図上のアパートに突き刺し、ぐるりと回す。半径5kmの円と、8kmの円。徒歩一時間ほどの位置。とりあえずはこんなものでいいだろうか。探すべきはこの間だ。
どんな建物が良いかを考える。第一に玄関が二階以上の高さにあること。となれば、やはりここのような集合住宅が理想的か。また、ゾンビや住人がいないことも大事である。大きすぎず、小さすぎないものがいい。例えば八階建てのマンションであれば最上階にはそうそうゾンビが来ることはなく、部屋数の多さから空き部屋がある可能性も高い。が、そういった俺にとって魅力的な建物は、ほかの生存者にとっても同様に魅力的だろう。すでに住居として使われている可能性も高くなるし、ちょうど今の俺のように新たな住居を探す他の生存者がやってくる可能性もまたしかり。
面倒事は避けたい。今のアパートと同程度の規模のものを探すべきか。ひとまず条件は、距離と階層。そこまで決めて床に広げた地図をにらみつける。なんたら株式会社やスーパー、飲食店の名前が刻まれた灰色の豆腐の群れ。
うむ。こんなもん見たところで何もわからん。クソが。
◇
何の役にも立たなかった地図の次に、俺が頼ることにしたのはA.A.であった。理由はひとつ。他に情報源がないのである。彼女は疑いの余地なくカスであるが、自販機の補充用トラックを見つけた事もまた確かである。他にも何か情報を持っている可能性は低くない。もちろんA.A.に俺がセーフハウスを探していることを悟られてはならないが。
「A.A.さん、相談があります」
「わたしこれからお昼寝するのよー。じゃ、またねー」
A.A.の部屋に向かった俺の頼みは、布団代わりのトレーナーにくるまった芋虫女にすっぱり切って捨てられた。そうか寝るのか。しかしトレーナーだけじゃ寒いだろう。優しい俺はA.A.の顔に優しくタオルをかぶせてやる。そしてコーラを上から注ぐ。1秒後、飛び起きたA.A.が俺の頭を思いきりぶん殴った。
「A.A.さん、相談があります」
「ふざっけんじゃないわよ! なんなの!? なんなのよほんとに!?」
「相談というのはですね、このアパートの外のことです」
「ほんとになんなのよこれ!? べたべたするし、しゅわしゅわするし、甘いし……、コーラか?」
「A.A.さんはあまり外に出なかった様ですが、私と会う前は今とは異なる生活圏だったんですよね。でしたら多少なりとも私が知らない場所の事を知っているのではないかと。先日のトラックの件もありますし」
「ねえワンちゃん、なんでコーラかけて起こしたの? せめて水で起こしなさいよ。どうすんのよ、床べたべたになっちゃったじゃないのよ」
「この世界では情報が重要です。どんな小さなものでもいいですから、外の世界について知ってることがあれば教えてくれませんか。」
「ねえわたしの話聞いてる?」
「物資の在処、生存者の住居、ゾンビの群れがいる所。なんでもいいですよ」
「話聞けっつってんでしょクソガキ」
◇
A.A.の話の中に、一つ興味深いものがあった。掲示板である。
どうやら彼女が言うには、生存者同士が匿名で情報交換をしている掲示板があるらしい。らしいというのは、彼女もコミュニティの男に聞いただけであり、実際に見たことはないのだという。正直うさんくさい事この上無い。が、試してみる価値はある。ここからは徒歩で三十分ほどの所の公園にあるそうだ。悪くない。俺はそこに向かうことにした。
◇
道中でゾンビ共に捕まり一度ゴミにされたものの、別段問題はない。なんとか件の公園にたどり着く。ぐるりと見渡してみるが、掲示板らしきものは見当たらない。とりあえず中に入り、一番安全そうなジャングルジムのてっぺんまで登ったところで、中がぎっしりと詰まったビニール袋がそこに掛けられていることに気づいた。覗いてみれば、入っているのは大量のノートとボールペン。……ひょっとして、これが掲示板なのだろうか。とりあえず適当に何冊か抜き取り、パラパラと眺める。
【悲報】ゾンビに引っ掻かれたから左手切り落としたんだけどwww
1:名無しのリビングデッド
別に感染しないってマ?
2:名無しのリビングデッド
流石に草
3:名無しのリビングデッド
かわうそ…
4:名無しのリビングデッド
しゃーない
切り替えていこ
5:名無しのリビングデッド
ゾンビ映画の見過ぎですね
6:名無しのリビングデッド
やってしまいましたなあ
7:名無しのリビングデッド
ワイはそれやって出血多量で死んだで
イッチは気をつけてな
8:名無しのリビングデッド
>>7
ヒエッ…
成仏してクレメンス
9:名無しのリビングデッド
んもー気軽に霊界通信
・
・
・
彡(^)(^)「ゾンビ?あんなもんバットで頭ぶん殴りゃ楽勝やろ!」ゾンビ「ほーん、やってみ?」→結果www
1:名無しのリビングデッド
効く効かないの以前に当たらんのやけど
2:名無しのリビングデッド
わかる
3:名無しのリビングデッド
あいつら腐ってるくせに全部避けよるわ
反射神経も体幹も頭おかC
4:名無しのリビングデッド
頭狙って撃ったガスガンを首だけ動かして避けられたときにワイは戦うことを諦めたで
5:名無しのリビングデッド
>>4
蘭ねーちゃんかな?
・
・
・
近距離武器←当たらない 遠距離武器←持ってない 彡(^)(^)「せや!火ぃ付けたろ!」火炎瓶ポイー
1:名無しのリビングデッド
ファイアーゾンビ「あ゛あ゛あ゛~~~」ウロウロ
彡(゜)(゜)「ワイの……ワイの家が燃えとる……」
2:名無しのリビングデッド
なんで家の近くでやるんですかね…
3:名無しのリビングデッド
脳みそ腐ってんのはイッチなんだよなあ
4:名無しのリビングデッド
結局その燃えてるゾンビはどうなったんだよ
5:名無しのリビングデッド
火炎属性付与
6:名無しのリビングデッド
>>4
ファイアーゾンビや
ワイが必死に家消火してる間にどっか行ったで
どっかで元気にやってるとええなあ…
7:名無しのリビングデッド
>>6
は?
8:名無しのリビングデッド
>ワイが必死に家消火してる間にどっか行ったで
>どっかで元気にやってるとええなあ…
マジでふざけんなよお前
・
・
・
ふむ。読み終えたノートをビニール袋に戻し、空を見上げる。青く澄み渡った空に、ウンコみたいな形の雲。俺は一人思う。バカにしてんのか?
せっかく情報交換ができると思ったのだが、どう考えてもこいつらは遊んでいるだけだ。他のノートの表紙に目を通してみても書かれているのは『【悲報】食料尽きたwww』『我はメシア、明日この世界を粛清する』『【クソ女】天宮香澄【見つけ次第殺せ】』『可愛いゾンビの居場所共有スレ』などなど。
まあ確かに考えてみれば、有益な情報をわざわざ不特定多数に発信する意味はないだろう。それなりに厳しい世界ではあるのだ。もし俺が物資や危険地帯の場所を誰かに教えるのならば、その時は何か対価を要求するに決まっている。こいつらもそうするはずだ。少し考えが甘すぎたか。浅慮を反省。
しかし書かれている情報がゴミカスだったとしても、まだ出来る事はある。この掲示板のレスは手書きというアナログ方式であるため、終末以前のネット掲示板のようにIDが付いているわけではない。が、その代わりにレスごとに筆跡が異なるのだ。これを調べればこの掲示板の利用人数が、そしてそこからこの周辺に住んでいる生存者の数の目安が立てられるかもしれない。書き込みによっては、居住地や食料事情が把握できる可能性もある。
そこそこの労力は必要だろうが、やるだけの価値はあるように思われる。気合を入れるため、んーっ、と伸びをして、気づく。いつの間にかジャングルジムの周囲をゾンビに囲まれていた。
……どうするか。一体いつ湧いて来たのか、十数体ものゾンビ共を眺めながら考える。
大人しくここから降りてボコされるか? そうすれば俺はおそらくゴミにされたのち、公園の外に捨てられ、こいつらはここにたむろすることになるだろう。掲示板を調べる事は出来なくなる。
しかしこのままジャングルジムの上で耐久するのはあまりにも危険だ。もし上にいる時に奴らに捕まった場合、ここから引きずり降ろされるわけだ。その際に鉄の棒に頭や腹を打ち付ける危険がある。ボコられるだけなら大怪我は無いだろうが、そっちの事故では分からない。そんな死に方は流石に嫌だ。……どうするか。
うーうー呻き声と共に伸ばされるゾンビの手をかわしつつ、やはり無理はせずに諦めて下に降り、ゴミにされようと決めた時。
どぅるるん、どぅるるん、どぅるるるるるるるん。
公園の外から、景気のいいエンジン音が鳴り響いた。ゾンビ共が音につられて振り向く。俺もそちらに顔を動かす。視線の先、そこに停まっていたのは黒々とした一台の大きなバイク。乗っているのは、黒いフルフェイスヘルメットを被り黒いライダースーツを着込んだ大柄と小柄の二人組。
俺達の注目を一身に浴びながら、大きな方の背にしがみついていた小さい方がバイクから降り立ちメットを外した。中に収められていた透けるようなプラチナブロンドの髪がぶわっと広がる。数多の視線をものともせずに、強気にこちらを見つめ返すエメラルドのように美しい翠の瞳。
メットの中から現れたのは、人形のように整ったかんばせの少女。――額には「ロシアン少女」の文字。
そして少女は俺達に向かって指を突きつけ、叫んだ。
「ヘイヘイヘイヘイ! そこな猫耳幼女ちゃん! ピンチかい!? ピンチなんだね!? そうだと言いなさい!」
突然の大声にあっけにとられる俺(とゾンビ)。幼女って言われたけど俺の方がちょっとだけ背高くない? そんな疑問は特に口に出さずにいると、今度は大きい方がバイクにまたがったままメットを外す。ぼっさぼさの黒髪に無精ひげ。そしてあまりに無骨な顔つき。そんな額に刻まれているのは「
むせかえるほど漢臭い大男は興味なさげにこちらを一瞥。緩慢な動作でライダースーツのファスナーをジーッと下ろし、胸元からタバコとマッチを取り出す。そしてタバコに火をつけ、ふーーーーーーーっと一服。むき出しになった分厚い胸板に生えた、漢のフェロモンをムンムンに醸し出す胸毛が風にたなびく。
なんやこいつら。
たぶん初めて俺とゾンビたちの心が一つになった。
なんかもう色々めんどくさくなってきたし今日はやめにしない? 近くのゾンビに視線でそう語りかける。するとそいつは少しうつむいた後、ボロボロの衣服を破り捨てると、むんと胸を張り腐った胸板を俺に向かって突き出して来た。まるで大男に対抗して、俺の胸筋はどうだ、と訴えているようである。
俺とゾンビたちの心は別に一つになっていなかった。空を見上げればウンコみたいな雲はどこかに消え、チンコみたいな雲が浮かんでいた。
あー、みんな死ねばいいのになー。いやこいつらもう死んでるわ。はっはっは。
「あの子を助けてあげようかHB君! 私とキミにかかれば、あんな奴ら一網打尽さ一網打尽! そうだよね! 猫耳幼女ちゃんはその特等席で、目ん玉開いて見てなさい! れっつどぅいっと! だよ! HB君!」
「……俺をその名で、呼ぶんじゃねえ」
ベラベラ叫びながら鉄パイプを構えるロシアン少女。気怠げに煙を吐きながら赤さびたマチェーテを胸元から取り出すHB。
俺を取り囲んでいたゾンビ共が彼らに向けて一斉に駆け出す。何体ものゾンビが迫りくるその恐ろしい光景を目の当たりにして、しかし不敵な笑みを浮かべる少女と、以前興味なさげにバイクにまたがったままの大男。
俺はもうどうにでもなーれと思いながら、ジャングルジムから砂場に降りて、寝そべりながらうんちの絵を書いて遊ぶのであった。
終われ